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2.雨の月曜日
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◇
学校から30分ほどの道のりを歩いてようやく佐尾くんの住むマンションに辿り着くと、彼が私を濡らさないように気を付けながら傘を閉じた。
「ありがとう、西條さん。今日も助かった」
エントランスの軒先で、佐尾くんが私に向かって満面の笑みを浮かべる。
だけど、佐尾くんの隣を緊張しながら歩いていた私は、いつも以上に疲労を感じていて。彼に愛想笑いを返す余裕がなかった。家に帰ったら少し休まないと。
「佐尾くん、傘……」
一刻も早く帰宅したいけれど、私の傘はまだ佐尾くんが持ったままだ。
花柄の傘を指さすと、佐尾くんが「そうだった」と、小さくつぶやいた。
もし指摘しなかったら、佐尾くんは私の傘を持って帰っていたかもしれない。やっぱり、私の傘が気に入ってるのかな。
疲れた頭でぼんやりとそんなことを考えていると、佐尾くんが笑顔で傘を差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
軽く会釈して傘を受け取ろうとすると、佐尾くんが突然「あっ!」と大きな声をあげた。それと同時にこちらに差し出していた傘まで引いてしまうから、行き場を失った私の手が宙を彷徨う。
「あの……」
「西條さん、濡れてる」
私が戸惑いの声を漏らしたのと、佐尾くんが低い声でつぶやいたのはほぼ同時だった。
「ちょっと待ってて。俺、家からタオル取ってくる」
佐尾くんがそう言って、エントランスのドアを開ける。
「大丈夫。家、ここからそんなに遠くないし」
「すぐ戻るから待ってて」
「あの、本当に大丈夫だから」
懸命に引き止めたけど、佐尾くんの耳には私の声など届かないようだった。すごい速さでドアから飛び込んで、エントランスの奥へと消えていく。
本当に大丈夫なのに……。このまま黙って帰ってしまおうか。
そう思ったけど、手元に傘がなかった。
佐尾くんが傘まで持って行ってしまったらしい。
未だにやむ気配のない雨と、エントランスの軒先の端から下へと滴り落ちる雨水を見つめて深いため息をつく。
早く帰りたい。
雨の空気、匂い、降りしきる音。それらが全部、私を憂鬱にさせる。
「西條さん、おまたせ」
しばらく待っていると、佐尾くんがフェイスタオルと私の傘を持って戻ってきた。
息を切らせながらにこりと笑う佐尾くんを見れば、ものすごく急いでくれたのだろうとわかる。
だけど、降り止まない雨を見つめながらじっと立っていた私には、彼が戻ってくるまでの時間がものすごく長く、心細いものに感じられた。
佐尾くんが戻ってきてくれてよかった。もしかしたら、ずっとこのままなのかと思ったから。
「これで拭いて。西條さんの右側、肩と腕がすごい濡れてる」
「ありがとう」
差し出されたタオルを遠慮がちに受け取る。下ろしたてだと思われる白のタオルは、柔らかくて手触りが良い。
ふわふわのタオルで制服についた水分を落としていると、その様子をそばでジッと見ていた佐尾くんが、申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「俺の挿し方が悪かったんだよな。ごめんね、寒くない? 風邪ひかないといいけど……」
「平気」
「ほんとに?」
頷くと、佐尾くんが眉を寄せたまま少し笑う。
「タオル、洗って返すね」
制服とスクールバッグを軽く拭いたあと、借りたタオルを半分に折りたたむ。
「いいよ。このまま持って帰って洗濯機突っ込めばいいし」
「でも……」
私がタオルをスクールバッグに入れようとしていると、佐尾くんがそれを横から強引に奪い取る。
濡れたタオルを目で追っていたら、佐尾くんが不意に私に一歩近付いてきた。
学校から30分ほどの道のりを歩いてようやく佐尾くんの住むマンションに辿り着くと、彼が私を濡らさないように気を付けながら傘を閉じた。
「ありがとう、西條さん。今日も助かった」
エントランスの軒先で、佐尾くんが私に向かって満面の笑みを浮かべる。
だけど、佐尾くんの隣を緊張しながら歩いていた私は、いつも以上に疲労を感じていて。彼に愛想笑いを返す余裕がなかった。家に帰ったら少し休まないと。
「佐尾くん、傘……」
一刻も早く帰宅したいけれど、私の傘はまだ佐尾くんが持ったままだ。
花柄の傘を指さすと、佐尾くんが「そうだった」と、小さくつぶやいた。
もし指摘しなかったら、佐尾くんは私の傘を持って帰っていたかもしれない。やっぱり、私の傘が気に入ってるのかな。
疲れた頭でぼんやりとそんなことを考えていると、佐尾くんが笑顔で傘を差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
軽く会釈して傘を受け取ろうとすると、佐尾くんが突然「あっ!」と大きな声をあげた。それと同時にこちらに差し出していた傘まで引いてしまうから、行き場を失った私の手が宙を彷徨う。
「あの……」
「西條さん、濡れてる」
私が戸惑いの声を漏らしたのと、佐尾くんが低い声でつぶやいたのはほぼ同時だった。
「ちょっと待ってて。俺、家からタオル取ってくる」
佐尾くんがそう言って、エントランスのドアを開ける。
「大丈夫。家、ここからそんなに遠くないし」
「すぐ戻るから待ってて」
「あの、本当に大丈夫だから」
懸命に引き止めたけど、佐尾くんの耳には私の声など届かないようだった。すごい速さでドアから飛び込んで、エントランスの奥へと消えていく。
本当に大丈夫なのに……。このまま黙って帰ってしまおうか。
そう思ったけど、手元に傘がなかった。
佐尾くんが傘まで持って行ってしまったらしい。
未だにやむ気配のない雨と、エントランスの軒先の端から下へと滴り落ちる雨水を見つめて深いため息をつく。
早く帰りたい。
雨の空気、匂い、降りしきる音。それらが全部、私を憂鬱にさせる。
「西條さん、おまたせ」
しばらく待っていると、佐尾くんがフェイスタオルと私の傘を持って戻ってきた。
息を切らせながらにこりと笑う佐尾くんを見れば、ものすごく急いでくれたのだろうとわかる。
だけど、降り止まない雨を見つめながらじっと立っていた私には、彼が戻ってくるまでの時間がものすごく長く、心細いものに感じられた。
佐尾くんが戻ってきてくれてよかった。もしかしたら、ずっとこのままなのかと思ったから。
「これで拭いて。西條さんの右側、肩と腕がすごい濡れてる」
「ありがとう」
差し出されたタオルを遠慮がちに受け取る。下ろしたてだと思われる白のタオルは、柔らかくて手触りが良い。
ふわふわのタオルで制服についた水分を落としていると、その様子をそばでジッと見ていた佐尾くんが、申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「俺の挿し方が悪かったんだよな。ごめんね、寒くない? 風邪ひかないといいけど……」
「平気」
「ほんとに?」
頷くと、佐尾くんが眉を寄せたまま少し笑う。
「タオル、洗って返すね」
制服とスクールバッグを軽く拭いたあと、借りたタオルを半分に折りたたむ。
「いいよ。このまま持って帰って洗濯機突っ込めばいいし」
「でも……」
私がタオルをスクールバッグに入れようとしていると、佐尾くんがそれを横から強引に奪い取る。
濡れたタオルを目で追っていたら、佐尾くんが不意に私に一歩近付いてきた。
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