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5.優しい雨予報
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しおりを挟む私と向かい合って立ち尽くしたまま、もどかしそうな表情を浮かべている佐尾くん。そんな彼が何か話し出すのをジッと待っていると、しばらくして、彼がゆっくりと私に話を切り出してきた。
「この前、西條さんがタオルを俺の靴箱に入れようとしてたとき、『こそこそせずに直接返してくれればいいのに』って言ったじゃん? だけど、こそこそしたくなる気持ちが少しわかった」
「うん?」
話の意図が見えなくて首を傾げると、佐尾くんが苦笑いした。
「最初は、西條さんに直接傘を返そうと思ってたんだよ。だけど、西條さん、あれから全然学校来ないし。余計なことして嫌われたのかな、とか、俺のせいで学校来れなくなってるのかな、とか、気になっちゃって……」
「ごめん。普通に風邪で……」
「うん。それ聞いて、良くないけどよかったって思ってほっとした。西條さんに嫌われたのかなって思ったら、直接傘を返す勇気なんて全然湧いてこなくて。『こそこそするな』って言ったのは自分のくせに、西條さんの靴箱の中にこっそり傘を入れとくことしかできなかった。あのときは、無神経なこと言ってごめんね」
佐尾くんが、ふっと息を漏らしながら力なく笑う。いつも人の輪の中心にいる彼でも、私と似たようなことを思うなんて。佐尾くんの弱々しい笑顔に、胸がギュッと狭まった。
「気にしないで。傘、返してくれてありがとう」
つま先同士で向かい合う佐尾くんの上履きに視線を落とし、肩にかけたスクールバッグの紐をきゅっと握る。
そのとき、距離を保って向かい合っていた佐尾くんの上履きの先が私のほうにジリリとにじり寄ってきた。
「西條さん」
名前を呼ばれると同時に、スクールバッグをかけていないほうの手首をつかまれる。
「顔、あげて。ちょっとだけでいいから」
反射的に後ずさってしまった私に向かって、佐尾くんがつぶやく。普段明るい佐尾くんには似合わない、切なさを含んだ声の響きに、胸がざわついた。
「西條さん……」
懇願するように名前を呼ばれてそっと顔をあげると、佐尾くんがほっとしたように表情を和らげた。
「この前はごめん」
トクンと、小さく心臓が跳ねた。
佐尾くんのいう「ごめん」が、何をどこまで指しているのかは明確にはわからない。けれど、私を見つめる彼の瞳は清廉なまでに澄んでいて。同情で謝られているわけではないことは、なんとなくわかった。
「私のほうこそ、ごめんなさい。それから、ありがとう。従兄に連絡してくれて……」
「俺も動揺しちゃって、他に連絡先思いつかなかったんだけど……。すぐに来てもらえてよかった」
佐尾くんから優しい眼差しを向けられて、真っ直ぐに視線をあわせることができずに困る。
額の傷のことを知った佐尾くんは、もう私に話しかけてこないかもしれない。そんな可能性も視野にいれていたのに。今までにないくらい優しい表情で見つめられるなんて、予定外だ。
「あ、そ、そうだ。従兄の家でショコラに会ったから写真を撮ってきたんだけど……。見る?」
「え、見たい!」
戸惑う気持ちを隠すために、思い付きで写真のことを口にしたら、佐尾くんが飛び跳ねる勢いで私の手をギュッとつかんだ。
嬉しそうに笑った佐尾くんとの距離がそれまでよりも狭まって、思わずビクついてしまう。それは触れられるのを避けたかったからではなく、単純に驚きと戸惑いの感情によるものだったのだけど……。
佐尾くんは、しまったという表情を浮かべて、慌てて私の手を振り解いた。
「ごめん、つい……。写真、見せてもらってもいい?」
一歩後ずさって私から身を引いた佐尾くんが、首の後ろを撫でながら遠慮がちに尋ねてくる。
「うん、待ってね」
カバンからスマホを取り出してショコラの写真を見せると、佐尾くんが私との距離を気にしながら手元を覗き込んできた。
「わ、もうこんな大きくなったんだ」
佐尾くんの明るい茶色の髪が、眼前で揺れる。それをぼんやりと眺めていると、彼が急にパッと顔をあげた。
「ありがとう、西條さん」
油断して気を抜いていたタイミングで笑いかけられて、何か思うよりも先に、カーッと顔が熱くなる。
「よかったら、また写真見せて」
佐尾くんの言葉に、コクコクと機械的に頷くと、彼がにこっと嬉しそうに笑う。その笑顔が、私をなんとも落ち着かない気持ちにさせた。
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