フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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6.雨の日は、

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 保健室のベッドから起き上がって窓の外をみると、雨がしとしとと降っていた。

 今は何時だろう。空が、私がここにやって来たときよりも薄暗い。

 ベッドの脇に揃えて置いた上履きに足を入れながら薄いレールカーテンを開くと、保健室の先生が振り向いた。

「起きたのね。気分はどう?」

 そう言いながら、先生が私に歩み寄ってくる。

「もう、大丈夫です。え、っと、今って……」

調理実習中の清水さんとのトラブルがあって、成り行きで保健室で休むことになったけど、元々体調不良だったわけではないから、若干気まずい。

心配そうな先生の目をまっすぐに見返すことができず、時計を探して視線を動かしていると、先生が白衣の袖を軽く捲って腕時計を見せてくれた。

「もう下校時刻よ。ちょうど少し前にSHRが終わった頃じゃないかな」

「下校……」  

調理実習があったのは3、4時間目だ。どうやら私は、随分長い時間寝ていたらしい。

「今日は無理しないように早めに帰りなさいね」

「ありがとうございます」

 5、6時間目を昼寝してサボってしまったことは気がひけるけど、教室に戻りづらい気持ちもあったからちょうどよかったのかもしれない。

 私は先生に頭を下げると、保健室を出た。

 とりあえず、教室に荷物を取りに行かないと。

 SHRが終わったばかりなら、まだ教室に何人かクラスメートが残っているかもしれない。

なるべく誰とも顔を合わせたくないな。

 そう思ったから、時間稼ぎのために、かなりゆっくりとしたスピードで廊下を歩いた。

 一段一段踏みしめるように階段を登り、2年の教室が並ぶ廊下まで辿り着いたところで、おもむろに立ち止まる。

 ゆっくり歩いてきたおかげで、2年生のほとんどの生徒が下校したか部活に行ってしまったらしい。

 保健室を出てからすれ違った生徒数名は私とは違うクラスの生徒だったし、廊下は放課後らしくとても静かだった。

 クラスメートに合わずに済んだことにほっとしながら、窓の外をぼんやりと見やる。

 今日の雨はとても静かで穏やかだ。

 湿気を孕む匂いも、べっとりと肌に張り付いてくるような湿度も大嫌いなのに、静かに降る雨が私に思い出させるのは佐尾くんのことだった。

「放課後に雨が降ったら傘に入れて欲しい」と言っていたけど、佐尾くんはどうしただろう。

 私が保健室で長い時間寝てたから、先に帰宅してしまったかな。雨に濡れずに帰れていればいいけど……。

 佐尾くんが雨に濡れてないといいと思う反面、彼が私以外の誰かの傘に入って歩くところを想像すると少し淋しい。

 雨の日は嫌いなのに。雨が降る度に私の傘に入れてほしがる佐尾くんのことだって、煩わしく思っていたはずなのに。

 彼に対する特別な感情に気付いた途端に、こんな気持ちになるなんて。我ながら勝手だ。

 口端に自嘲の笑みを浮かべて、顔をうつむける。
教室からスクールバッグを取ったら、さっさと帰ろう。

 脳裏に浮かぶ佐尾くんの残像を振り払うように首を振ると、ゆっくりと教室に向かう。
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