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Extra.今日が雨なら
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しおりを挟むしばらく歩き続けたところで、西條さんが繋いだ手を遠慮がちに後ろに引いた。
「あ、あの。佐尾くん。駅、通り過ぎちゃったよ?」
困惑気味に俺を見上げる彼女を見てハッとする。
ハンバーガーを食べたあとは電車に乗って出かけるつもりだったのに。気付けば俺は、待ち合わせをした公園の近くまで西條さんのことを引っ張ってきてしまっていた。
「あぁ、ごめん……」
頭を掻きながら謝ると、西條さんが首を横に振ってはにかむように笑った。
「いいよ。遠くに出かけるのはまた今度で」
「でも……」
「ここまで戻ってきたなら、公園のベンチで座らない? 私、これ作ってきた」
西條さんがそう言って、肩からかけていたトートバッグの中から小さな紙袋を取り出す。
手渡されたそれを見ると、中には綺麗にラッピングされたクッキーが入っていた。
そういえば、料理が得意だという彼女に「何か作って」と何度か頼んだことがある。
その度に「学校には持っていけないから」と渋られていたけど、今日持ってきてくれたんだ。
「ありがとう。すげー嬉しい」
笑いかけると、西條さんが前髪の上から額を押さえながら、恥ずかしそうに目を伏せた。
「あの、なんか。ごめんね……」
いい匂いのする紙袋を覗き込んでいると、西條さんが前髪を押さえたまま、肩を竦めて小さく笑った。
自嘲気味にも見えるその笑い方に、少し不安になる。
「何のこと?」
「私なんかと一緒にいるところを友達に見られたりして、佐尾くんが気まずい思いしたかな、って……」
俺から視線を外して、ふふっと自嘲気味に笑う西條さん。長くて綺麗な髪の隙間から覗く少し切なげな横顔が、俺の胸をチクリと刺した。
「何言ってんの? そんなこと思うわけないだろ」
「いや、でも……富谷くんが言ってたみたいに、今まで佐尾くんが付き合ってたのって明るくて目立つ子ばかりだったし。きっと、私なんて佐尾くんには釣り合わないって、そんなふうに思われたよね」
口角をあげるようにして話す西條さんの頬は僅かに引きつっていて、無理して笑おうとしているのがわかる。
あぁ。やっぱり、あのとき絶対傷付けた……。
富谷の考えなしな発言と、その場を誤魔化すように逃げてきた自分の態度に今さらながら腹が立った。
確かに、おれが今まで付き合ったことのある子は学校でも目立つタイプの子が多かった。
だけど、それは今、西條さんと付き合ってることとは全くの無関係。俺が今確かに惹かれてるのは、目の前にいる彼女以外にいないのだ。
「俺があいつらから西條さんのことを遠ざけたのは、気まずいとかそんな理由じゃないよ。富谷が強引に西條さんの連絡先を聞こうとしてたから、少しでも早くあいつから遠ざけたかっただけ」
「大丈夫。気を遣ってくれなくても平気だよ?」
ようやくこちらに視線を向けてくれた西條さんが、俺を気遣うように小さく笑いかけてくる。
だけど、その笑顔が俺を微妙に傷付けた。
「気遣いとかじゃなくて……普通に嫉妬した。富谷って、中3のときによく、西條さんのこと可愛いって騒いでたんだよ。そんなやつに、西條さんの連絡先なんて教えられねぇだろ」
俺が真顔でそう言うと、西條さんは頬を真っ赤に染めて全力で首を左右に振った。
「それ、絶対富谷くんの冗談だよ。私なんかに、本気でそんなこと思うはずないし」
西條さんの表情を見れば、謙遜じゃなくて本気でそう思っているのだとわかる。
だとしたら、西條さんのこと好きな俺の気持ちは……? それも、本気じゃないって思われてるってこと?
そんなふうに、人の気持ちをあんまり見くびらないでほしい。
「それ、言わない。私なんか、ってやつ」
つい苛立って、口調がキツくなる。
強い口調で話す俺を見て、西條さんが驚いたように目を瞠った。
そんな彼女の目を真っ直ぐに見つめる。そうしたら彼女が困って目を逸らそうとするから、逃げられないように手首をしっかりつかまえた。
「あの、佐、尾く……」
「俺が西條さんと一緒にいるとき、いつも何考えてるか知ってる?」
西條さんの言葉を遮って問いかけると、彼女が困惑顔で小さく首を傾げた。
問いかけておきながら、俺は西條さんからの明確な答えなんて初めから求めてなかった。
「もっと近付きたい、抱きしめたい、キスしたい。ほんとにもう、そんなことばっか」
いつも伏し目がちで遠慮がちな西條さんを前に、これまで押し込めてきた欲望にも似た感情を一気に吐き出す。
そうしたら俺自身はすっきりしたけど、西條さんは白目でも剥きそうな勢いでピタリと固まっていた。
しばらく待ってみたけど、固まったままの西條さんはなかなか反応を示さない。
「ごめん、引いた?」
「いや、あの……」
こっちから声をかけたら、ようやく視線が左右に揺れて、すぐに戸惑い気味に俯いてしまった。
よく見たら、綺麗な黒髪から覗く耳の先が発火しそうなくらいに赤くなっている。
引かれたわけではないのか。
俯いてしまった西條さんの頬にそっと手を添えたら、そこも発火しそうなくらいに熱い。
頬に手のひらを添えたまま、親指だけを顎に這わせて軽く持ち上げると、西條さんは案外素直に顔を上げてくれた。
俺の言葉を、少しは本気で受け止めてくれたのかな。
真っ赤に染まった頬で困ったように俺を見上げる西條さんは、どうしようもなく可愛い。
「つりあわないとか、それ誰基準の話? 西條さん、可愛いよ。俺史上最高に可愛い」
我慢できなくなってぎゅっと抱きしめたら、西條さんが腕の中で緊張気味に少し震えた。
「佐尾くん、変。私にそんなこと言うひと、佐尾くんくらいだよ」
そう言って、西條さんが俺の腕の中から顔を覗かせる。
俺を見上げてクスリと笑う西條さんの表情は、とても綺麗だった。
「今日が雨だったらよかったのに……」
思わずつぶやくと、西條さんが不思議そうに眉を寄せた。
だって雨だったら、傘の下で俺だけが、彼女のどんな表情も独り占めにできる。
西條さんを抱きしめながら、自分の独占欲の強さにはじめて気が付いた。
「俺、西條さんのことだいぶ好きなんだけど」
抱きしめる腕に力を込めると、西條さんが遠慮がちに俺の背に両腕を回した。そうしてやっぱり遠慮がちに、俺の服だけをつまんでぎゅっと握る。
「私も、佐尾くんが大好きだよ」
語尾をあがりに、確かめるように囁かれた彼女の言葉に、胸の奥が熱くなる。
「キスしていい?」
「え?」
西條さんのを抱きしめたまま耳元で訊ねると、彼女の肩が驚いたように小さく揺れた。
返事を待つつもりも、そんな余裕もなかった。
抱きしめていた腕を解くと、西條さんの頬を掬い上げる。
唇を合わせる間際、一瞬俺を見て、それから目を伏せた西條さんの表情はとても綺麗で。このまま、俺だけが独り占めしたい。
西條さんの唇に触れながら、もう一度思った。
今日が雨ならよかったのに……。
《完・フツリアイな相合い傘》
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