魔法少女~春夏秋冬

めけめけ

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新しい顔

第一話

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「ほら、新しい顔だよ。新しい顔だよ」
 女の声がする。妖艶さ、おぞましさ、悲壮さ、卑猥さ。
 それはおよそ、この世のものでないとすぐにわかるような奇声であったが、その容姿は更に異様であった。

「来るな! 来るんじゃない! やめろー! やめてくれー!」
 男の声がする。怒号、混乱、狂気、恐怖。
 それはおよそ、この世のものでない何かを見た者、出会ってしまった者の声であるが、男に逃げ場はない。

「ほら、新しい顔だよ。新しい顔だよ」
 女の――女の顔をした女ではないものは、それは、それは美しい顔であった。だが、美しいのは顔だけであった。

「ほら、新しい顔だよ。ほら、ほら」
 女は――女の顔をした人ではないものは、男にさらににじり寄る。迫り来る。追い込む。

「な、何なんだよ。いったい、お前……、ひぃぃ、化物!」
 男は恐怖のあまりに叫んだ。叫んだが誰にも聞こえない。男の叫び声を女の――男が化物と呼んだそれの声が遮る。かぶせる。覆い隠す。

「美しい顔なのに、きれいな顔なのに、新しい顔なのに、お前は私に来るなという。お前は私を怖いという。お前は私が化物だという」
 男は声を失う。目から涙を流す。鼻から鼻水をたらす。ついには気を失う。

「ほら、新しい顔だよ。新しい顔だよ」
 女は――新しい顔の持ち主は、振り返らず、後ろを向いたまま気を失った男を悲しい目で眺めながら去ってく。振り返る必要がない。なぜなら女は――すでに男に背を向けていたからである。

 コツッ、コツッ、コツッ、コツッ……

 靴音が小さくなる。暗闇に女の顔だけが青白く浮き上がる。



「本当に見たんですってば!」
 川崎一郎は、必死で訴えた。だが、誰も彼の話をまともに聞こうとするものはいなかった。

「どうせ酔っ払って夢でも見たんだろう」
「そりゃ、確かにあの日もビールを2~3杯飲みましたけど、酔っ払って正気を失うような量じゃないですよ」
 一郎は、関東郊外の雑居ビルの地下にあるライブバーでバーテンダーのアルバイトをしていた。カウンターに居座る顔なじみの客に、昨日の夜、店を閉めてから帰り道に出くわした出来事について話をしていた。

 店を閉めるのは夜中の1時。それから片づけをして早ければ2時前に戸締りをして店を出る。一郎の住んでいるアパートまでは歩いて15分では着かない。通り道のコンビニに立ち寄れば30分はかかる。その日もコンビニに寄って雑誌を少し立ち読みしてから弁当を買い、アパートまであと10分もかからないところまで来たときのことだった。そこは繁華街から少しは離れ、その時間、人通りはほとんどない場所である。

「最初は、なんていっているかわからなかったんだ。後ろの方で女の人の声が聞こえてくるから、こんな夜中に酔っ払いの女が何をぶつぶつ言っているのかなと後ろを振り返ったら……」
「走ってきたの? その女が?」
「そうなんだよ。街灯に照らされて青白い顔だけははっきり見えたんだけど、だんだんその顔が大きく見えてきたし、コツコツってヒールの音が聞こえたから、こっちに向かって走って来るのはすぐにわかったよ。でも……」
 一郎は、口ごもった。記憶に自信がないからではない。話の聞き手の顔に、はっきりと『嘘をつくな』と書いてあることが分かったので、続きを話すことを躊躇したのである。

「ヒールを履いて後ろ向きなんかに走れないだろうが、だいたい――」
「本当に後ろ向きだったんだ。腕の関節も足の関節も逆向きに曲がっていたのに、あの女、あの女の顔は――」
「で、怖くなって走って逃げたってわけか。流石に後ろ向きに走っているのなら追いつかれることはないか」

 一郎は、そのままアパートまで一目散に駆け出し、振り返らないでアパートに着くと部屋に鍵をかけ、片端からまだおきていそうな近くの友人知人に電話をしまくったが、結局誰も一郎のアパートには来てくれなかった。
 翌日、いつもより早く店に出勤し、その日の準備を終わらせ、常連客と酒を飲みながら昨日の夜の話をしているところだった。

「その話、もう少し詳しく聞かせていただける?」
 少女は、いや、少女のように見える女性は、まるでフランス人形のような、透き通った白い肌をしていた。
 髪の毛は少し重たく感じるくらいに黒々としている。
 目はパッチリとしている。
 瞳はどことなく日本人のそれとは違うような、色素の薄い色をしている。

 あまり見ない顔だとは思っていたが、その少女にように見える女性は30分ほど前からカウンターで一人、ジンライムを一杯飲み干し、先ほどマティーニを注文したばかりだった。

「面白そうな話ね。で、その女の人は、どんな格好をしていたの?」
「さぁ、服装とかはあまりよく覚えていないというか、暗くてはっきり見えなかった気もするし……」
 一郎は少し戸惑った。

 唐突に質問されたことにではなく、尋ねられたことに対してまるで無防備に答えてしまった自分に対してである。
 なぜかはわからないがその見慣れない客には嘘を就けないような気がした。嘘をついてもすべて見透かされてしまうような感覚。心の中を覗かれているような妙な感じがした。

「髪の毛は長かったの?」
「えぇ、髪の毛は黒くて肩より長く伸びていたと思います。あー、多分スーツ。まじめそうなOLが着るような紺か黒のスーツで、膝が見えるくらいのスカートでした。そう、膝の裏側が見えたんです」
「後ろ向きに走ってたって、それは間違いないのね」
「ええ、それは間違いないです。今思い出してもぞっとします。アレは絶対この世のものじゃないですよ」

「そんな幽霊の話は聴いたことないぞ。こいつ、きっと酔っ払って悪い夢でも見たんですよ」
 常連客が茶化すのをまるで無視するように彼女は言った。

「どうかしらね? でも、あなたのお友達は本当に怖い目にあったみたいね。それが幽霊なのか何なのかは別として」
 見慣れぬ客はマティーニを眺めながら考えにふけているように見えた。その姿は思わず見蕩れてしまうような美しさと、一瞬先には消えてなくなりそうな儚さを兼ね備えていた。

 そして、どこか危険な香りがしていた。

「場所を教えてくれなくて? ここから歩いてどのくらいのところ?」
 一郎は店からの簡単な地図を伝票の裏に書いて渡した。

「僕の足で14~5分のところです。 いかれるんですか? そこに」
「そうね。行ってもいいし、行かなくてもいいのだけれど。女一人でうろうろしていい場所でもなさそうね」
「そうですね。この時間でもあまり人通りがないですし、ひったくりや痴漢がでるっていう話も、時々聞きますからね」
「あなた、今日は違う道を通って帰るつもり?」

 一郎は一瞬ためらった。『そうだ』といってもいいし『ちがう』といってもいい。
 どちらにしても結果は同じではないのか――つまり、やはり、自分はまた、あの道を行くことになるのではないかと、そんな直感がした。

「できれば、通りたくないですね」
「そう? でも人生はなかなか、ままならないものよ」
「そうですね」
「大丈夫よ。今夜は一人じゃないのだから」
 一郎はためらわなかった。この世には抗うことが出来るものと出来ないものがある。
 一郎にとって目の前にいる客は、そういう存在なのだと悟った。

「ご馳走様。またあとでね」

 その客が去った後、なんともいえない虚無感が一郎と常連客を支配し、そして何事もなかったように客の一人が言った。
「で、なんの話をしていたんだっけ?」
「あー、なんだっけ、忘れた」
「飲みすぎじゃないですか?」
「まぁ、いいや、あー、そうそう。この前連れてきた女いただろう? あの後どうしたんだ?」

 見慣れない客のことをみんなが忘れ去り、一郎はカウンターに残された飲みかけのマティーニを不思議そうに眺めていた。
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