【完結】彼女の前世がニホンジン? このままでは婚約破棄しかない!

さんかく ひかる

文字の大きさ
5 / 31

5 婚約者との出会い

しおりを挟む
 メアリとの出会いに、新聞記者を喜ばせるような物語はない。
 僕が王立学園に入学したころから、新聞記者たちは同級生の女子たちを妃候補だと書き立てた。大学に進学してから、一層、記者たちは僕の醜聞を暴こうと躍起になった。
 先ほど僕の初めての口づけを奪った彼女は、何度も記事に取り上げられた。

 だから僕は、必要以上に女性に近づかなかった。
 父の命令で貴族令嬢が集まるダンスパーティーに参加したが、いずれ王妃となる女性の選択には、慎重にならざるを得ない。

「ネールガンドの男子たるものが、伴侶ひとり選べないとは情けない!」

 父があまりにしつこいから、僕は反論した。

「生涯の伴侶の選定には時間がかかります。それに僕に子供ができなくても、叔父上がいらっしゃるではありませんか」

「あれは駄目だ。未だに絶対君主制の復活を夢見ている」

 ついに大学卒業の三か月前、父は何枚もの写真をテーブルに並べ「この中から選べ」と僕に迫った。
 だから僕は、一番美しいメアリを選んだ。他の令嬢は、首筋や肩がむき出しのドレスを身に着けていたが、メアリは古風な袖の長い無地のドレスに身を包んでいた。
 母は「上品なお嬢様だけど、ファッションセンスがどうかしら?」と首を捻っていたが、むしろ僕は好ましく感じた。肌を見せる流行りの服より、清楚な女性の方が国民の理解を得られるに違いないから。

 すぐメアリとペンブルック伯夫妻を宮殿のディナーに招き、話し合った。
 写真と同じような古風なドレス。背が高く、立つと僕とあまり変わらない。豊かな胸に引き締まった腰。昔の彫刻……かの聖妃アタランテの像を思い出す。目鼻立ちがはっきりして、穏やかに微笑む聖妃像とは違うのに。
 伯爵夫妻は「滅相もない」「娘は気がまわらないので」と、恐縮するばかりだった。
 メアリは、意志の強そうな顔に反して大人しく、その場でほとんど口を開かなかった。ただ一言「大役、務めさせていただきます」と答えた。

 母は、背が高いだの性格がおとなし過ぎるだの、王太子妃に求める資質としてはどうでもいいことを口にしたが、父は「お前が気に入ったのならそれでよい」と認めてくれた。
 大学卒業と同時に婚約し、記者に気づかれる前に発表した。

 僕とメアリは、エリオン教徒として節度ある関係を保った。彼女の頬や額に軽く唇を寄せ抱きしめたが、それ以上進むことはなかった。
 なのに、僕が強靭な意志力で踏みとどまっていた関係が、あっさり崩された。学生たちが集まるカフェのテーブルで、他の女に唇を奪われた。
 こんなことになるなら……無理に我慢せず、メアリともう少し接近すればよかった。彼女のふっくらした唇を思い浮かべる。
 迎えに来た車の中で、僕は思わず呟く。

「メアリ……君に会いたい」

 いつの間にか車は停まっていた。見回すと宮殿ではなくペンブルック伯邸の裏庭だった。

「ここは……どういうことだ?」

 運転手がドアを開けながら答えた。

「殿下のご指示に従いました」
 
 僕のこぼれた独り言に、忠実な宮殿の運転手が、実直に答えてくれたわけか。
 迂闊に独り言をこぼせる立場ではないと自覚していたのに油断した。

 突然の訪れにも関わらず、伯爵夫人が「殿下! もったいのうございます」と歓迎してくれた。
 夫人の好意をいいことに、僕は伯爵邸のソファに腰を下ろす。
 歴史学者である館の主人は、先ほど僕がいた王立大学の研究室で、学生たちにネールガンド建国史について説いているかもしれない。


 今、僕とメアリはソファに並んで座っている。応接間に僕ら二人だけ。

「殿下、その、私……」

 俯いて瞬きを繰り返す彼女の頬を包み込む。薔薇の蕾のような唇に、何度も指を這わせる。
 ずっと前から欲しかったもの。
 史師エリオンの教えはどこかへ消えてしまった。

「あ、あの、殿下」

 メアリが長いまつげを震わせている。彼女の怯えに吸い寄せられるように、唇をそっと触れあわせた。
 柔らかく甘いしびれが僕の全身を駆け巡る。年代物のワインに酔ったかのよう。

「で、殿下、あ……」

 メアリが顔を背けようとしたので、両の滑らかな頬を挟み、こちらに向けさせる。
 今度はもっと噛みつくように唇を奪った。
 ソファにメアリの背中を押し付けた。彼女の白い額、赤みのさした頬、鼻の先、瞼……全てに跡を残す。

「あ、殿下、待って、あ……だ、だめ……」

 彼女が腕を突っ張り、勢いよく手のひらでペチっと僕の頬を叩く。

「申し訳ございません!」

 婚約者の泣きそうな叫びで、我に返った。
 僕の右手は布越しだが彼女の鎖骨の下に置かれ、左手はスカートの裾をめくり、奥に侵入を始めていた。
 僕は今、なにをした?
 軽く唇を触れ合わせるつもりが、いつの間にかそれ以上の行為に及んでいた。
 未婚の貴族令嬢に、しかも今となっては結婚が危ぶまれる女性に、僕はなにをした?

「メアリ、すまない!」

「い、いえ、私こそ申し訳もありません」

「謝らないでくれ! 僕は、君にナイフで刺されても当然のことをした」

 メアリは軽く首を降り、ソファに座り直した。

「そんなことおっしゃらないで……突然で驚いただけです……殿下も男の方なのですね……」

 先ほど触れ合った唇に怒りの影はどこにも見当たらず、優しく笑っている。

「僕が女に見えるか?」

「まさか……でも殿下は今まで私に触れてくださらなかったから……」

 彼女は僕の行為を喜んでいるのか? それはそれで困る。そんな笑顔を見せられたら、先程の続きを進めたくなるではないか。
 史師エリオンが、結婚前の口づけを禁じた理由がわかった。一歩踏み出せば、一歩で留めることは難しいからだ。

 このまま進めば、メアリは未婚のまま子供を産む羽目になるかもしれない……メアリが僕の子供を? ああ彼女は優しい母親になるだろう。大きなお腹のメアリが僕に微笑み……なにを考えている!
 自分はただの男ではない。ネールガンド王国の王太子だ。無責任に子供を作っていい立場ではない。

 メアリとこれ以上進むのは危険だ。が、彼女の大きな緑色の眼が、僕を誘っている。
 どうにも離れがたくて肩を抱き寄せた。互いに頭を寄せあう。
 この前二人で観たグランドオペラを思い出す。ソプラノとテノールが寄り添い、愛の喜びを高らかに歌い上げる。

「男の方とこのように触れ合えるなんて、夢のようです……やはりこの世界は、神様のプレゼントなのですね」

 今度こそ、僕は本当の意味で我に返った。神のプレゼント!? 冗談ではない!
 このように触れ合っても、事態は一向に進展しない。

「メアリ! あと二か月で前世を忘れられるか?」

 僕は、父との約束を彼女に告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~

えとう蜜夏
恋愛
私は気がついてしまった……。ここがとある乙女ゲームの世界に似ていて、私がヒロインとライバル的な立場の侯爵令嬢だったことに。その上、ヒロインと取り違えられていたことが判明し、最終的には侯爵家を放逐されて元の家に戻される。但し、ヒロインの家は商業ギルドの元締めで新興であるけど大富豪なので、とりあえず私としては目指せ、放逐エンド! ……貴族より成金うはうはエンドだもんね。 (他サイトにも掲載しております。表示素材は忠藤いずる:三日月アルペジオ様より)  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九
恋愛
転生モブ令嬢アレハンドリナは、王子セレドニオの婚約者ビビアナと、彼女をひそかに思う侯爵令息ルカのじれじれな恋を観察するのが日課だった。いつまで経っても決定打にかける二人に業を煮やし、セレドニオが男色家だと噂を流すべく、幼馴染の美少年イルデフォンソをけしかけたのだが……。 令嬢らしからぬ主人公が、乙女ゲームの傍観者を気取っていたところ、なぜか巻き込まれていくお話です。主人公の独白が主です。「悪役令嬢ビビアナの恋」と同じキャラクターが出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。あらすじはアレですが、BL要素はありません。 アレハンドリナ編のヤンデレの病み具合は弱めです。 イルデフォンソ編は腹黒です。病んでます。 2018.3.26 一旦完結しました。 2019.8.15 その後の話を執筆中ですが、別タイトルとするため、こちらは完結処理しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...