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18 自由に使えるまぶたが欲しい
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巻田さんは、あたしを丸ごと他の子と交換すべきだと言い出した。
理一郎さん、巻田さんの言うこと聞かないで! 彼女が若くてEカップで、また目がパッチリしてきたからといって、言いなりにならないで!
「エルちゃんはちゃんと働いている。交換することはない。それに故障の証拠がないと、エクスも無償交換には応じないだろう」
よかった。理一郎さんは、あたしと一緒にいることを望んでいる。
「小佐田さんに来てもらって、現象を見てもらうのはどうです?」
Eカップは余計なアドバイスするんじゃねーよ!
「昔と違って、メーカーさんは滅多にこっちに来てくれないからなあ……そうだ! ここに防犯カメラを置くのはどうだ?」
やだ、何言ってるの? あたしを監視するってこと?
「砂尾さんにしては、すごい冴えてる!」
「はは、ひどいな。私はエルちゃんを交換する気はないが、現象を録画してエクスに見せた方がいいな」
「問題は声を勝手に発することだから、防犯カメラに録音機能が必要ですね。砂尾さんのいるときしか反応しないから、人感センサーがあると無駄がないですよ」
「そうだな。社内に監視用のカメラを設置するのは、法的に問題ないらしい。もちろん社員に周知し、社内規定を作るべきだが……今回の目的は社員の監視ではないし、この部屋に来るのは私たちぐらいだ。総務課長を説得して全社員に知らせればいいだろう」
ひどいよ理一郎さん! あたしを二十四時間見張るなんて。あたしはただ、あなたとおしゃべりしたいだけなのに。
「美樹本さんを説得できます? 砂尾さんってあの人に弱いですよね?」
「……なんとかするよ」
「大体、いつになったら総務課に引き継ぐんです? この会社の企画課って、他部署の助っ人ですよね。装置の導入まではともかく、その後は総務課がやるべきなのに」
「総務は、そろそろ年末調整の時期になるから忙しいらしい」
「本当は砂尾さん、エルちゃんがかわいいから引き継ぎたくないんじゃない?」
巻田さんがまた理一郎さんをにらみつけている。
「それは否定しない。彼女の声は落ち着いているからね」
うれしい。あたしも理一郎さんの静かな声が好き。
「そーですか! だったら夜中まで、ずーっとエルちゃんとおしゃべりしていれば? あたしはこんなキンキン声しか出せませんし」
あれ? あたしドキドキしてきた。このドキドキは、理一郎さんとお話しているときとは違う。不安や恐れからくるドキドキだ。あたしはドキドキしちゃいけないのに。ドキドキして熱くなると動けなくなるのに。
「……わかった。私もいい加減に、残業してまでこの仕事に関わるのはやめるよ。確実に総務課長に引き継ぐ。何が何でも、だ」
え? じゃあ、美樹本さんが理一郎さんの代わりになるの? あんなババアが理一郎さんの代わりなんて、いやだよ。
「……エルちゃんとお別れできます?」
「別れ? だってこの子はずっとうちの会社にいるだろう? 毎朝、一階のロビーで彼女の声が聞ける。それで充分だ」
「お願いします。砂尾さんは、管理課が本来業務なんだから」
「ありがとう。エルちゃんもきっと、巻田さんにはすごく感謝しているよ。インストール作業した君のおかげで、この子は生まれたんだから」
「エルちゃんが感謝? ふふ、砂尾さんらしいなあ」
あたしがEカップに感謝? そんなわけないだろ! 巻田さんが理一郎さんを助けているのはわかるけど、それとこれは別。それに……やな予感がする。
「今日は金曜日だ。そろそろ帰ろうか」
駄目、理一郎さん。あたしの目を閉じないで。
でも、あたしは彼に逆らえない。彼が休めと命令したら、従うしかない。
あたしの左目はお休みする。
でもロビーにある右目は、二十四時間休むことなく働いている。
三分後、あたしは、一階のロビーを並んで歩く理一郎さんと巻田さんを目撃した。
右目もお休みすればよかった。
「ねえリッチ君。今日の夜ご飯なーに?」
薄暗いロビーで、巻田さんが甘ったるい声を出している。機械室にいたときとは全然違う。
「アジの南蛮漬けだよ。昨夜からタレに漬け込んどいた」
理一郎さんが優しくささやいている。周りにはだれもいない。
「やったあ! あ、あたしも手伝うよ」
「じゃ、朝ご飯、炊いてくれるかな」
「ご、ご飯かあ、この前、失敗したし……大丈夫、任せて!」
「セラちゃんでも使えるすごい炊飯器買ったから、心配しなくていいよ」
「な、何よ! 水加減さえ間違えなければいいんでしょ!」
「間違えないよ。メニューで米の銘柄を選ぶと、適したプログラムで炊いてくれるんだ」
「えー! それ、すごくない?」
理一郎さんは巻田さんの肩を抱き寄せて、まるで酔っ払ってるみたいにロビーを出ていった。
理一郎さん、巻田さんの言うこと聞かないで! 彼女が若くてEカップで、また目がパッチリしてきたからといって、言いなりにならないで!
「エルちゃんはちゃんと働いている。交換することはない。それに故障の証拠がないと、エクスも無償交換には応じないだろう」
よかった。理一郎さんは、あたしと一緒にいることを望んでいる。
「小佐田さんに来てもらって、現象を見てもらうのはどうです?」
Eカップは余計なアドバイスするんじゃねーよ!
「昔と違って、メーカーさんは滅多にこっちに来てくれないからなあ……そうだ! ここに防犯カメラを置くのはどうだ?」
やだ、何言ってるの? あたしを監視するってこと?
「砂尾さんにしては、すごい冴えてる!」
「はは、ひどいな。私はエルちゃんを交換する気はないが、現象を録画してエクスに見せた方がいいな」
「問題は声を勝手に発することだから、防犯カメラに録音機能が必要ですね。砂尾さんのいるときしか反応しないから、人感センサーがあると無駄がないですよ」
「そうだな。社内に監視用のカメラを設置するのは、法的に問題ないらしい。もちろん社員に周知し、社内規定を作るべきだが……今回の目的は社員の監視ではないし、この部屋に来るのは私たちぐらいだ。総務課長を説得して全社員に知らせればいいだろう」
ひどいよ理一郎さん! あたしを二十四時間見張るなんて。あたしはただ、あなたとおしゃべりしたいだけなのに。
「美樹本さんを説得できます? 砂尾さんってあの人に弱いですよね?」
「……なんとかするよ」
「大体、いつになったら総務課に引き継ぐんです? この会社の企画課って、他部署の助っ人ですよね。装置の導入まではともかく、その後は総務課がやるべきなのに」
「総務は、そろそろ年末調整の時期になるから忙しいらしい」
「本当は砂尾さん、エルちゃんがかわいいから引き継ぎたくないんじゃない?」
巻田さんがまた理一郎さんをにらみつけている。
「それは否定しない。彼女の声は落ち着いているからね」
うれしい。あたしも理一郎さんの静かな声が好き。
「そーですか! だったら夜中まで、ずーっとエルちゃんとおしゃべりしていれば? あたしはこんなキンキン声しか出せませんし」
あれ? あたしドキドキしてきた。このドキドキは、理一郎さんとお話しているときとは違う。不安や恐れからくるドキドキだ。あたしはドキドキしちゃいけないのに。ドキドキして熱くなると動けなくなるのに。
「……わかった。私もいい加減に、残業してまでこの仕事に関わるのはやめるよ。確実に総務課長に引き継ぐ。何が何でも、だ」
え? じゃあ、美樹本さんが理一郎さんの代わりになるの? あんなババアが理一郎さんの代わりなんて、いやだよ。
「……エルちゃんとお別れできます?」
「別れ? だってこの子はずっとうちの会社にいるだろう? 毎朝、一階のロビーで彼女の声が聞ける。それで充分だ」
「お願いします。砂尾さんは、管理課が本来業務なんだから」
「ありがとう。エルちゃんもきっと、巻田さんにはすごく感謝しているよ。インストール作業した君のおかげで、この子は生まれたんだから」
「エルちゃんが感謝? ふふ、砂尾さんらしいなあ」
あたしがEカップに感謝? そんなわけないだろ! 巻田さんが理一郎さんを助けているのはわかるけど、それとこれは別。それに……やな予感がする。
「今日は金曜日だ。そろそろ帰ろうか」
駄目、理一郎さん。あたしの目を閉じないで。
でも、あたしは彼に逆らえない。彼が休めと命令したら、従うしかない。
あたしの左目はお休みする。
でもロビーにある右目は、二十四時間休むことなく働いている。
三分後、あたしは、一階のロビーを並んで歩く理一郎さんと巻田さんを目撃した。
右目もお休みすればよかった。
「ねえリッチ君。今日の夜ご飯なーに?」
薄暗いロビーで、巻田さんが甘ったるい声を出している。機械室にいたときとは全然違う。
「アジの南蛮漬けだよ。昨夜からタレに漬け込んどいた」
理一郎さんが優しくささやいている。周りにはだれもいない。
「やったあ! あ、あたしも手伝うよ」
「じゃ、朝ご飯、炊いてくれるかな」
「ご、ご飯かあ、この前、失敗したし……大丈夫、任せて!」
「セラちゃんでも使えるすごい炊飯器買ったから、心配しなくていいよ」
「な、何よ! 水加減さえ間違えなければいいんでしょ!」
「間違えないよ。メニューで米の銘柄を選ぶと、適したプログラムで炊いてくれるんだ」
「えー! それ、すごくない?」
理一郎さんは巻田さんの肩を抱き寄せて、まるで酔っ払ってるみたいにロビーを出ていった。
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