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作者は主人公いじめが大好き
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小説投稿に関するアレコレをつぶやくエッセイ、始めます。
前回、毎週日曜日に投稿するぞと宣言したくせに、今、日曜日の夜十時半です。わお! 一時間半しかないぞ。絶対間に合わない!
この、できもしないことを宣言するくせ、なんとかならんもんですかね?
その代わり? 現在(2025年10月)連載小説の方は、気分が乗ってます。週二回連載を宣言しましたが、週三回でもいけるほど書き溜めております。
なんで気持ちが乗ってるかって?
それは、今、小説が、私史上最高に不幸な展開を突き進んでいるからであります。
私の今までの長編は、現代だったり近未来だったりと、身近な設定が多かったんです。なので悲劇といっても、彼氏に振られたとか親と喧嘩したとか、そんなレベルです。いや、それでも充分不幸だけどさ。
しかし今書いてるのは、異世界恋愛ファンタジー。壮大スケールの不幸をマシマシに書けます。
基本私はハッピーエンドを目指して書いています。今まで書いた長編も、すったもんだあるけど、最終話で主人公は幸せになります。なので今回も、たとえジャンルが異世界恋愛でもハッピーにするつもりです。
しかしせっかくの異世界恋愛。途中のすったもんだを、親子喧嘩やただの三角関係のもつれにしちゃ面白くない。異世界らしいすったもんだにしなくちゃ、と、妙に張り切ったら、結構どぎつい展開になってきました。
私、お話を実際に書くより、どんな話か考える方が楽しいんだよね。で、この不幸展開を妄想しているうちに「しまった! もっと可哀想な展開思いついたのに、もう話をアップしたから、使えないや」なんて考えだして、ハッと目覚めました。
なぜ私は、キャラクターを喜々として不幸のドツボに追い込もうとしているんだ?
悲劇ってなんのためにあるんですかね? なんで悲しい物語って受けるんですかね?
悪人が成敗される話、勝利を積み重ね成功する話、人や動植物、自然との温かな触れ合いを描いた物語、くすっと笑えるコメディ……そういう話が人気あるのは、わかります。やっぱ幸せ気分を味わいたいもん。
しかし、悲しい話も絶大に人気ありますよね。人々を救うために命を犠牲にする物語、誰も救われない悲劇、なかには人類全滅する話もあります。
なぜ人間は、救いようのない話を求めるのでしょうか?
ここでアリストテレスが書いた文学論『詩学』を見てみます。おお、なんかかっちょえー、って感じですが、私が読んだ文学評論ってこれしかないんです。かつ、私が読んだギリシャ哲学もこれしかないです。そんなに分厚くないので読めると思います。
小説が上手くなるかどうかはわかりませんが「脚本は上演時間内におさまるように」なんて案外ベーシックな記述もあります。
なぜ人が悲劇を求めるのか、『詩学』をザッピングしたところ、こんな文句を見つけました。
悲劇とは……[中略]……憐れみと怖れを通じ、そうした諸感情からのカタルシス(浄化)をなし遂げるものである。
多分、文学論で「カタルシス」って言葉が出てきたのは、アリストテレスがお初っぽいです。
じゃあ「カタルシス」ってなんじゃい? って『詩学』の中を探しても、アリストテレスさん「カタルシス」を定義してないんですよ。学者さん達の間ではいろいろ問題になってるようですが、私はこの手の議論はわかりません。
私たちは、会社やら親戚付き合いなどで、いや~んな気持ちがグツグツ溜まっております。
が、そんな風にどうにも解消できないモヤモヤを、悲劇の物語という非日常世界にトリップすることで、「あーすっきり!」ってさっぱりすることが「カタルシス」なんじゃないかなあ?
とすると、ことさら私が主人公たちに悲しい展開を押し付けるのも、「会社行きたくない~」「机、片付けてない~」といったモヤモヤを解消する手段なのかもしれません。
でもさあ、机は片付けりゃいいじゃん? 会社行きたくないなら辞めて行かなくても生きていける方法見つければいいじゃん?
なのにさあ、そういう前向きな手段を取らず、妄想でキャラクターいじめをして発散するってどうよ? って思っちゃったんですよ。
私が仕事をサボりたいがため自分で創造したキャラクターを苦しめるって、なんか変じゃねえ? それってひどくない?
……悲しい物語を紡ぐみなさま、そんなことで悩んだことあります?
じゃ、私、どうするか?
ごめん! 今さら展開変えられないのよ! だって、伏線マシマシ仕込んでいるし、もうエンディングまで決まってるの!
ごめんね! 一応、君たちの悲劇が少しは報われるよう、がんばるからさ!
……現在夜の11時半。なんとか、日曜の更新に間に合いそうです。
突貫工事で書いたエッセイ、なにとぞご容赦のほどを。
前回、毎週日曜日に投稿するぞと宣言したくせに、今、日曜日の夜十時半です。わお! 一時間半しかないぞ。絶対間に合わない!
この、できもしないことを宣言するくせ、なんとかならんもんですかね?
その代わり? 現在(2025年10月)連載小説の方は、気分が乗ってます。週二回連載を宣言しましたが、週三回でもいけるほど書き溜めております。
なんで気持ちが乗ってるかって?
それは、今、小説が、私史上最高に不幸な展開を突き進んでいるからであります。
私の今までの長編は、現代だったり近未来だったりと、身近な設定が多かったんです。なので悲劇といっても、彼氏に振られたとか親と喧嘩したとか、そんなレベルです。いや、それでも充分不幸だけどさ。
しかし今書いてるのは、異世界恋愛ファンタジー。壮大スケールの不幸をマシマシに書けます。
基本私はハッピーエンドを目指して書いています。今まで書いた長編も、すったもんだあるけど、最終話で主人公は幸せになります。なので今回も、たとえジャンルが異世界恋愛でもハッピーにするつもりです。
しかしせっかくの異世界恋愛。途中のすったもんだを、親子喧嘩やただの三角関係のもつれにしちゃ面白くない。異世界らしいすったもんだにしなくちゃ、と、妙に張り切ったら、結構どぎつい展開になってきました。
私、お話を実際に書くより、どんな話か考える方が楽しいんだよね。で、この不幸展開を妄想しているうちに「しまった! もっと可哀想な展開思いついたのに、もう話をアップしたから、使えないや」なんて考えだして、ハッと目覚めました。
なぜ私は、キャラクターを喜々として不幸のドツボに追い込もうとしているんだ?
悲劇ってなんのためにあるんですかね? なんで悲しい物語って受けるんですかね?
悪人が成敗される話、勝利を積み重ね成功する話、人や動植物、自然との温かな触れ合いを描いた物語、くすっと笑えるコメディ……そういう話が人気あるのは、わかります。やっぱ幸せ気分を味わいたいもん。
しかし、悲しい話も絶大に人気ありますよね。人々を救うために命を犠牲にする物語、誰も救われない悲劇、なかには人類全滅する話もあります。
なぜ人間は、救いようのない話を求めるのでしょうか?
ここでアリストテレスが書いた文学論『詩学』を見てみます。おお、なんかかっちょえー、って感じですが、私が読んだ文学評論ってこれしかないんです。かつ、私が読んだギリシャ哲学もこれしかないです。そんなに分厚くないので読めると思います。
小説が上手くなるかどうかはわかりませんが「脚本は上演時間内におさまるように」なんて案外ベーシックな記述もあります。
なぜ人が悲劇を求めるのか、『詩学』をザッピングしたところ、こんな文句を見つけました。
悲劇とは……[中略]……憐れみと怖れを通じ、そうした諸感情からのカタルシス(浄化)をなし遂げるものである。
多分、文学論で「カタルシス」って言葉が出てきたのは、アリストテレスがお初っぽいです。
じゃあ「カタルシス」ってなんじゃい? って『詩学』の中を探しても、アリストテレスさん「カタルシス」を定義してないんですよ。学者さん達の間ではいろいろ問題になってるようですが、私はこの手の議論はわかりません。
私たちは、会社やら親戚付き合いなどで、いや~んな気持ちがグツグツ溜まっております。
が、そんな風にどうにも解消できないモヤモヤを、悲劇の物語という非日常世界にトリップすることで、「あーすっきり!」ってさっぱりすることが「カタルシス」なんじゃないかなあ?
とすると、ことさら私が主人公たちに悲しい展開を押し付けるのも、「会社行きたくない~」「机、片付けてない~」といったモヤモヤを解消する手段なのかもしれません。
でもさあ、机は片付けりゃいいじゃん? 会社行きたくないなら辞めて行かなくても生きていける方法見つければいいじゃん?
なのにさあ、そういう前向きな手段を取らず、妄想でキャラクターいじめをして発散するってどうよ? って思っちゃったんですよ。
私が仕事をサボりたいがため自分で創造したキャラクターを苦しめるって、なんか変じゃねえ? それってひどくない?
……悲しい物語を紡ぐみなさま、そんなことで悩んだことあります?
じゃ、私、どうするか?
ごめん! 今さら展開変えられないのよ! だって、伏線マシマシ仕込んでいるし、もうエンディングまで決まってるの!
ごめんね! 一応、君たちの悲劇が少しは報われるよう、がんばるからさ!
……現在夜の11時半。なんとか、日曜の更新に間に合いそうです。
突貫工事で書いたエッセイ、なにとぞご容赦のほどを。
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