【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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3章 アラサー女子、ふるさとの祭りに奔走する

3-9 二つの金属加工物

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 ためらいより好奇心。モラルより下心。私も彼も同罪だ。
 彼には毎晩話す彼女がいる。なのに彼は私を部屋に誘い、私はそれに乗った。

 中は2LDKのようだ。LDKの部分がかなり広い。私のアパートとは大分違う。
 男の人の独り暮らしというとさぞ汚いだろうかと思ったが、それほどでもない。
 壁面に大きな本棚がおいてあり、一面ぎっしり詰まっている。
 窓際に大きな望遠鏡が置いてあった。この辺、宇宙の研究者っぽい。

「いいところ住んでるね」私は素直な感想を述べた。
「実家と変わらないスペース、一人で独占しているよ。家賃補助が出るから」
「これなら後、一人、二人住めそうね」
「増やしてみる?」
 流斗君がニヤッと笑う。冗談がきつすぎる。

 広いLDKの中央に四角いちゃぶ台がポツンと置かれている。
 流斗君は、どこからかクッションを取り出し床に置くと、キッチンに消えた。私は、そのクッションに座って彼を待つ。

 やがて、高さ二十センチメートルほどの透明なペットボトルと緑色の瓶、そしてガラスのコップを二つお盆に乗せて、流斗君が現れた。
 お盆には、よく知っている珂目山かめやまの水と地酒。流斗君が出張する前、珂目山のそば屋で買ったお土産だ。

「まだ持っててくれたの?」
「一人じゃもったいなくてね」
「お酒は……止めておこうか。お水を開けるね」
 うっかりお酒なんか飲んだら運転できなくなる。帰りに送ってもらえない。
「珂目山の水で乾杯しましょ」
 ペットボトルの栓をあけて、水を入れた。
 何か、妙な雰囲気になっているので、清水で気持ちをリセットしたい。
「常温でもおいしいわ。どうかな? まあ普通の水だけど」
「うん、おいしいよ」
「せっかくだから、冷やして飲んでみる? 氷、冷蔵庫かな?」

 私はキッチンに入り、冷蔵庫の小さな扉を開け、氷を見つける。入れるための器を探そうと、そばにある食器棚の戸を開ける。
 そこに食器棚に相応しくないものがあった。
 ジュースの空き缶が二つ並んでいる。何かに使うつもりなのか、中は空っぽできれいだ。
 片方はアルミ缶でもう片方はスチール缶だ。緑色のアルミ缶は梅の炭酸ジュース、紫色のスチール缶はミルクティーだ。
 梅ジュースにミルクティー。アルミ缶にスチール缶。
 え?

 初めて彼に会って車で送っていったとき。このマンションの前のロータリーで、ジュースで乾杯した……まさかあの時の?
 考えすぎだ。気のせいだ。
 私はゆっくり振り返る。
「那津美さん、わかった?」
 流斗君が、心配そうな顔をして立っていた。


 食器棚にあった二つの空き缶。初めて会った時一緒に飲んだジュースの空き缶に似ている気がする。
「流斗君、こういうの集めてるんだあ。いろいろ使えるよね」
 私は、わざとらしいほど能天気な声で聞いた。
「捨てられなかった」
 彼は、低い声でぼそっと呟く。

「そ、そうだよね。もったいないよね。空き缶ってキレイだしオブジェ作る人もいるよね」
 私は努めて明るい声を出そうとするが、語尾が震えてしまう。
 単に彼は空き缶が好きなだけだ。変に意識したら彼に失礼だ。
「氷、この皿に入れておくね」
 製氷皿から、氷を器に入れる。
「夢だと思いたくなかった」
 作業中の私の耳元で彼が囁く。
「な、なに言ってるの?」
 彼がミルクティーの空き缶を取り出して、私に見せつける。
「これは、あなたに会ったのが現実だっていう証拠なんだ」

 やっぱり空き缶は、一緒にジュースを飲んだときのものだったのね!
「私も流斗君も現実でしょ? ふふ、それともバーチャルなのかな」
 笑おう。笑ってこの妙な雰囲気を何とかしたい。
「そうかもしれないね。この世界が誰かのバーチャルだっていう説はあるよ」
 流斗君の指先が紫色のスチール缶をなぞった。
 怖い。何か怖い。彼が空き缶を残した理由が怖い。

 氷を入れた皿を持ってちゃぶ台に戻った。彼も向かいに座る。
 それぞれのグラスに氷をいれた。
「じゃ、キンキンに冷やしてもう一度乾杯ね」
「バーチャルの方がよかったな。コップや空き缶みたいに、那津美さんを持ち運べる」
「ごめんね。私、重いから運べないよね」

 やはり怖い。適当なことを言って今日は帰ることにしよう。だから、グラスの水を飲みほして私は告げた。
「明日休みだから祭りの会合が早いの。話はまた今度ね。悪いけど送ってもらえるかな?」
 私は彼を拝むように手を合わせた。本当は会合は夕方だし、私は出るつもりはない。
 流斗君も、私と同じように一気にグラスを開けた。
「いいよ」
 カタン、とグラスがちゃぶ台を叩く音が響く。
「明日の朝でいいよね。今日はもう運転できないから」

 流斗君は、緑色の小さな瓶を軽く持ち上げた。瓶が開いている。珂目山かめやまの清酒だった。どうして私は気がつかなかったのだろう。
「何で飲んじゃったの?」
「目の前にあったから」
 流斗君は、耳まで真っ赤に染めて、笑っていた。


 金曜日の夜。独り暮らしの彼のマンション。
 元々、好奇心と下心で彼のマンションに誘われるまま入った。泊まる展開も多少覚悟、いやかなり期待していた。
 が、目の前の彼は、私が知っている彼と何か違う。

「先に勝手に飲んでごめんね」
 そういって、空になった私のグラスに、流斗君はお酒をなみなみと注いだ。
「このお酒、度数高いの。こんなに飲んだら危ないよ」
「そうやっていつも年上ぶるね。じゃ、あなたなら、あっさり飲めるんだ」
「年上ぶるも何も事実だもの。でもいただくわ」
 少し口をつけた。サラサラとすっきりして飲みやすい。

「お酒を造る時にね、月に昇ったウサギさまに祈りを捧げるんだって」
「だからかな? 僕はまるで月にいるかのように身体が軽いよ」
 いつも以上に声が高く上ずっている。普段、彼はお酒を口にしないのに、一気に酒を水のように飲んだ。そうとう酔いが回っているようだ。
「流斗君、休んだ方がいいわ」
 彼の隣に移り、立たせようと背中に手を回した。
「やった! 捕まえた!」

 不意に抱き寄せられた。思った以上に彼の腕の力が強く、逃れることができない。
「ちょ、ちょっと! 立って。もう休むの! 寝室はあっち?」
 私は立ち上がって、奥の扉を指した。
 しがみついた流斗君に持ち上げられるように立ち上がる。
「わーい、一緒に寝てくれるんだね」

 支えるつもりが、逆に彼に引きずられるように、奥の部屋に連れていかれた。
 扉を開けると、シンプルな木枠のベッドとパソコン机に壁面の本棚が目に入った。

 が、部屋を観察する余裕もなく、もつれるようにベッドに雪崩れ込む。
 そのまま彼に頭を押さえつけられ、唇を押し付けられた。
 初めての優しいキスとは全然違う。食べつくすかのように唇が動き、ざらついた舌が侵入し口内で暴れまわる。

 高校生のような姿で、一流の宇宙研究者として難しいプロジェクトに挑み、年上の学生を面倒見る先生。
 私に科学知識の危うさをダメ出ししつつ、甘えた風もあり、エッチな冗談を言う人。
 私の知っている彼とは全く違う何かがいる。あどけない顔をした丸っこい瞳の中にいるのは、人を食らおうとする妖怪だ。
 彼女がいるくせに、たまたま知り合った人間が飲んだジュースの缶を取っておくなんて、普通じゃない。
 この妖怪から、今は逃げなくては!。

「流斗君! こんなことしたら、彼女が泣くよ! 毎晩、好きな子と話してるんでしょ?」
「ああ、あの彼女は大丈夫。僕が那津美さんを欲しいと相談したら、応援してくれるんだ」
 応援してくれる? それは本当に彼女なんだろうか?
「流斗君、本当にその子と付き合ってるの?」
「彼女、変わってるんだ」
「変わりすぎよ。私だったら絶対に嫌。流斗君こそ平気なの? 彼女が他の男の子と遊んでたり、彼女にそんな相談して応援されるなんて寂しくないの?」
 流斗君がぽかんと私を見つめている。彼の腕の力が緩んだところで、ようやくベッドから抜け出せた。

「那津美さん、行っちゃうの?」
「流斗君、今日は変だよ。私、タクシーで帰る」
 スカートのすそを掴まれた。
「まだ、話は全然終わってないよ」
「だから、続きはまた明日」
「明日じゃ遅い。あいつに会うんだよね?」

 荒本さんに拘る流斗君に根負けし、私は事実を告げることにした。
「確かに彼と付き合ってたわ。でも別れて七年経つの。すぐ彼は結婚し子どもが生まれたの」
 実際は、今の奥さんに子どもができたから別れたのだが。
「関係ないよ。結婚したって別れたって、欲しいものは欲しい」
 そう言った流斗君の目が、どこか悲しく切ない。

 何となく去りがたくなり、私はベッドのそばの床に座り込み、腰かける流斗君を見上げた。
「僕も同じだ。付き合ってたって関係ない」
 彼の指が私の頬をなぞる。付き合ってる彼女がいるのに、なぜ、私が飲んだ空き缶を取っておくぐらい執着するのか、彼自身わからないのかもしれない。
「それは、引っ越して遠距離恋愛になったのと、彼女がまだ若いからだよね」
 もしかすると本当に小学生の女の子かもしれない。それぐらいの年なら、好きな子との恋を応援するピュアな気持ちになれるかもしれない。
「若い? 若いと言えば、若いかな」
「彼女では満たされない部分を私に求めているんでしょ?」

 自分でこんな情けないこと言いたくなかった。
 流斗君の心は彼女にある。が、彼女は若すぎて彼の肉体的要求に答えられない。そこで彼は私をターゲットにした。年上のおばさんなら簡単にさせてくれるから。
「あなたのそういうところ、嫌いだ」
 私は肩をぐっと抑えつけられた。
「僕だけじゃない。あなただってそういう気持ち、あるはずだ。いくらでも証明してみせるよ」
「そのとおりよ。でも考える時間が欲しいの」
 下心と好奇心はある。でも、セフレになることへの誘惑と抵抗のあいだを、行き来する時間が欲しい。
「じゃ、一つの判断材料だ。大学行きのバスはね、電車の終電まで運行しているんだ」

 なぜ唐突にここでバスの話が出てくるのだろう。
「なのにあなたは、僕を強引に車に乗せた」
 え?
「地元のあなたが終バスの時刻を知らないはずがない。あなたは、バスは終わってると主張して、僕を誘ったんだ」
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