【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る

4-4 もう一度、ふるさとから脱出

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 このところ、夜になるとスマホの前でつい待機してしまう。流斗君からのメッセージがこないかと、何度もアプリを起動してしまう。
 と、今夜は、次の週末のお出かけプランを、珍しく流斗君が提案してきた。

 メッセージを受信した途端、電話がかかってきた。
「前の研究室の学生が、プラネタリウムのリニューアル記念で講演するんで、チケットもらった」

 そのプラネタリウムは、首都の有名な観光スポットになっている科学体験施設に入っている。
 首都でプラネタリウムというと、二十年前、母に連れられたことがある。
 あの時、母は私を祭りの儀式から守るため首都に連れ出したのだろうか? それがきっかけで離婚になり、その後も祭りのたび私に付きまとっていたのは……もう考えるのはやめよう。
 せっかく彼が誘ってくれたのだ。
「そうね、たまには宇関の外に出ないとね」

 ドクン。
 私はこの七年、宇関から出たことがない。
 以前、首都のバイト面接に行こうとしたが町の境の駅で降りてしまった
 そして、先週の山登りでも、隣の市との境に入ろうとすると、動けなくなった。
 ドクン。
『お父さんが死んだのは誰のせい?』
『お前が、ここから出ていったからよね?』
「やめて!」
 頭の中に響く幼女の声を打ち消そうと、私は叫ぶ。

「那津美さん! どしたの? 僕なんかひどいこと言った?」
 スマホの向こうで、流斗君が心配してくれる。
「あ、違うの。流斗君に言ったんじゃなくて」
「え?」
 ますます、彼の声に不信感が交じる。だって、ここには私と流斗君しか話す人がいない。
「あ、あのね……」
 行きたい。せっかく彼が誘ってくれたのに。前の研究室の学生さんの講演なんて、特別な機会だ。それを私と過ごそうと提案してくれたのに。
 宇関もいいけど、たまには外に出かけたいに違いない。都会育ちの彼だ。ずっと田舎じゃ飽きるはず。

『あんたに、そんな資格あるの?』
『誰かが死んでもいいの?』
「わかったわ! 私、行かないから!」
「な、何で、そんな怒るの?」
 ああ、ダメだ。
「ごめんね。私、ずっと宇関にいたから都会に行く自信ないの。だから、悪いけど他の人、誘って」
「え? いや外国ってわけじゃないし、二-三時間、遠出するだけだよ……そうだ、那津美さん、首都に行ったことあるよね?」
 都会の人って、誰も彼も首都に行くもんだって決めつけるんだから。

「千年前の超新星爆発をテーマにした卒業論文。あれ、首都の大学の先生が指導したんでしょ?」
「それがどうしたの?」
「謝辞に載ってるし、先生の名前検索したら、似たような本、書いてたよ。天体現象とこの国の歴史がテーマだった」
 そうか。流斗君は根拠があって言ったのね。ごめんね、勝手に都会の人って決めつけたのは私。
 卒業論文は流斗君に「テーマを変えるべき」とまでこき下ろされている。その割に細かいところまでチェックしてる。いやチェックしたからこき下ろしたのかもしれない。

 流斗君と過ごす時間が楽しくて、大切なことを忘れていた。忘れようとしていた。
 彼には毎晩話す彼女がいる。体をつなげるには若すぎる女の子が。
「好きな子、首都にいるんでしょ。だったらその子を誘っていけばいいじゃない。プラネタリウムと講演の健全なデートなら、全然問題ないでしょ」

「他の人と行けって、どーいうこと?」
 これは止めなければいけないパターンだ。でも、やめられない。

 自分がこんな関係に彼を引きずり込んだくせに、彼女と別れて! ただの友だちじゃ嫌! という身勝手な気持ちを抑えることができない。
「あなたとの関係は、これでも割り切ってるつもりよ。でも、毎晩話す彼女のことはどうなの? せっかく首都に出かけるんだから、電話だけじゃなくて会ってくればいいじゃない」

「那津美さんは、僕が他の女子と遊んでもヘーキなんだ」
 そんなの嫌! 私以外の子と仲良くしないで!
「平気も何も、私たちは、友だちじゃない」
 ただの友だちじゃ寂しい。私はあなたの特別な存在になりたい。

「プラネタリウムとか講演とか好きじゃないなら、そう言ってよ。あなたは僕と違って、仕事で宇宙に関わっているだけだよね……僕は、女の人がどういうところが好きか、わからないんだ」
 流斗君の声が沈んだ。

 行けるならどこだって一緒に行きたい。流斗君と同じ研究室だった人に会ってみたい。
 でも、就職の面接に行こうとした時みたいに、山の向こうに行こうとした時みたいに、『あの声』が響いたら、すごく迷惑かける。
「わかった。そこまで那津美さんが言うなら、久しぶりに彼女と話してくるよ」
「うん、いいと思うよ」
 どこかで期待していた。もう、彼女とはとっくに終わったって。私のこと好きなんだって。
「本当に那津美さんは、いいんだね」
「楽しんできてね」
 通話終了をタップした。これでいい。だって私は宇関から出られないんだから。



 今ごろ彼は、彼女と会って、プラネタリウムに出かけ、お友だちの講演を聞いているのだろうか?
 もし彼女さんがまだ中学生だったら、お友だちの講演、難しくないかな?
 ああ、それを流斗君が優しく解説してあげればいいんだ。
 きっと、中学生の彼女さんになら、もっと勉強しろ、なんて言わないだろう。いや、彼のことだから、今のうちに勉強しろ、なんて言ってたりして。

 そんなことを考えていたら宇関の駅に着いた。
 ダメもとで、宇関の外に出られるか挑戦しよう。今度誘われたときは、堂々と応えたいから。

 切符を買う。改札に入る。ホームで電車を待つ。
 そこまではドキドキするが、慣れてきた。
 けたたましい音をたてて入ってきた電車に乗る。
 ここまではいい。
 問題は、次の駅。宇関の町の境、宇鬼川に差し掛かる橋の駅。
 ここを我慢すればいい。

『お父さんが死んだのはお前のせい』
『お前に、この町を出る資格があるの?』
『お父さんを置いて出ていくの?』

 ああ、頭の中で、女の子の騒ぎが始まった。
「やめて! お願い静かにして!」

『また誰かが死んでもいいの?』

「知らない!」
「仕方なかったの!」

 うずくまって叫んでいたが、どこからか現れた車掌さんに促され、私は駅を降りた。
 ホームから見える橋と川は、快晴の秋の日差しを受け、白く輝いていた。


 電車がだめなら歩いて出られるか試そう。
 駅を降りて、川に向かう。川には、電車の鉄橋だけでなく、コンクリートでできた車の橋が近くにかかっている。
 あの橋を歩いてみよう。歩くだけなら、電車の車掌さんに捕まることはない。

 土手に沿って進むと橋に着く。この橋を渡ればいいだけだ。
 橋は何百メートルもない。五分ほど歩けば隣の市に行ける。
 隣の大地が目に映っている。
 足を機械的に交互に前に出せば、いつのまにか着くはず。

 また頭の中の声が響く。私を殺人者だと追い詰める声。わかった。やめて!
 橋の欄干にしがみつき、目をつぶった。
 そう、これでいい。自分がどこにいるかわからなければいいのだ。
 あとは、しがみつきながら歩けばいい。
 頭の中の声は、どんどん大きくなるけど。
「黙ってて! 私は行くの! ここから出たいの!」

 足を動かすだけだ。うん。そうしたら、いつのまにか向こうに着く。この欄干が途切れたら、目を開けよう。
 まだダメ。今、目を開けちゃダメ。しがみついて、足をそろそろと引きずって歩く。
「ちょっと、あなた、大丈夫? 具合悪いの?」

 不意に、見知らぬ女の声が聞こえる。
 反射的に目を開けた。
 六十代ぐらいの女性が、心配と恐れの混じった表情で私を見つめている。
「あ、ごめんなさい。えーと、ちょっと練習なんです……」
 周りを見渡す。目をつぶってから、十メートルも進んでない。隣の市は遥か彼方だ。
「もう、大丈夫です。あの……劇の練習をしていたので……」
 お礼もそこそこに変な言い訳をして、もと来た道を速足で戻った。

 欄干にしがみついて叫ぶなんて、まともな人間のすることではない。
 あの時も、あれぐらいの見知らぬ女性が、心配してくれた。
 あの時?
 それを思い出すと、頭がズキズキ痛くなってきた。

 ふらつきながら、地下にある宇関のホームの椅子に腰かけ一息ついた。
 もう、あの声は聞こえない。
 ホームでまだ痛む頭をさする。

「那津美さん、どうしたの? 大丈夫?」

 不意に声をかけられた。少年のような声だった。
 よく聞くようになった声。いつからか大好きになった声。
 まさか今日、彼に会えるなんて、思ってもみなかった。


 流斗君に抱えられるようにして駅を出て、駐車場に向かう。
 彼のオレンジ色の軽のミニバンが駐まっている。車で私のアパートに寄ってくれた

 彼は、私の押し入れから布団を出して敷く。
「大丈夫よ。そんなことしなくても」
 押入れを覗かれるのは恥ずかしい。
「着替えてもう寝た方がいいよ。これかな?」
 タンスの中を開けられ、ルームウェアを出された。もっと恥ずかしい。
 さらに恥ずかしいことに、彼は私のシャツのボタンを慣れた手つきで外そうとする。
「やめて、自分で着替えるから」
「那津美さんを脱がすの得意なんだけど、まあいいか」
 流斗君は笑いながら、襖を閉めた。

 出されたルームウェアに私は着替え、襖を開けた。
「もう、大丈夫よ。心配かけちゃったね」
 流斗君は、首都のプラネタリウムに出かけ、前の研究室の学生さんの講演会に行った……彼女と一緒に。
 時間からして、講演会が終わって三十分ほどで、首都を出たようだ。彼女とのおしゃべりはそこそこにして帰ってきたことに、ホッとしてしまう。
「那津美さん、大丈夫? 今日は別に用があったんだね」

 何と答えたらいいんだろう?
「地下の駅に慣れようとしたんだけど、ちょっと苦手みたい」
「苦手という感じを超えているよ。閉所恐怖症なの? でもエレベーターは普通に乗ってるよね」
「いーのよ。何度か練習すれば慣れると思う」
 彼が首を振っている。
「無理するなよ。そうだ、これ」
 星々がプリントされた掌に乗る大きさの箱がちゃぶ台に置かれた。ハーブティーのパックだ。

「プラネタリウムに、こんな可愛いの売ってるんだ」
「お茶好きかなって」
「ありがとう! じゃ、さっそく淹れてみるね」
「那津美さんは具合悪いんだから、休んでて」
 そういって彼は、小さなキッチンでお湯を沸かす。
 ちゃぶ台に置かれたマグカップから、カモミールティーのツンとした香りが漂ってきた。
「いただきます。ふふ、人が淹れてくれたお茶って美味しいね」
「お湯を入れただけだよ」
 本当に美味しい。彼の優しさが喉を通って胃にしみこむ。
 私のこと忘れないでお土産を買ってきてくれた、その暖かさが私を包みこむ。

「ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」
 そういって流斗君は出て、二十分ほどで、本当に戻ってきた。
「はい。ご飯、作るの面倒でしょ?」
 片手にコンビニの袋をぶら下げている。
「普通のお弁当だけどいい?」
 取り出して見せてくれたのは、ヘルシー志向で副菜がたっぷりの炊き込みご飯の弁当だった。
「うわ、助かる! 嬉しいな」
 隣に座り込んだ流斗君に、頭を撫でられた。

「駅が怖くて、断ったの?」
 恥ずかしくて言えない。宇関から出られないなんて。
「言ってくれればいいのに。ごめん。気づかなかった。今度は車に乗っていこう。高速道路を通って首都ね……ゲームより簡単だよね」
 それは申し訳ない。運転を始めて半年の彼にそこまでやってもらうわけにいかない。

 だって、首都に車で行くのは大変だった。
 そう。大変だった、あの時。
『そんなところへ行くから、お父さんは死んだのよ』
 ごめんなさい。もう私はここから出ないから。中から聞こえてくる声に私は答える。
「那津美さん!」
 突然、私は揺さぶられた。

「ちゃんと寝た方がいいって」
 私は中の声に囚われ、ぼうっとしていたらしい。
「違うわ。運転初心者の流斗君が高速なんて怖いなあって思って」
「僕はもっと難しいコース、クリアしたぞ」
「それ、二次元でしょ?」
「ちゃんとVRの三次元だ!」
 口を尖らせた彼が愛おしい。
「それより流斗君、マルチバース見つける衛星、もうすぐ打ち上げるんでしょ?」
「那津美さん! 本当にそれはちゃんとやってるんだって!」

 ねえ、今日は彼女と一緒だったんだよね? どんなこと話したの? 楽しかった?

 気になるけれど、やめておくね。
 ここから出られない私に、聞く資格はないから。
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