炎血のレノクス

雨樹義和

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ACT08:「行くよ、突撃!」

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□平原
昼下がり。傭兵団の砦からやや北へ離れた平原のど真ん中に、傭兵団と領兵隊が雑然と集結している。その数およそ千五百。


□領兵隊・本営
黄金の戦装束をまとったマクダフと、同じ姿の領兵隊長ムルークが陣中で立ち話。

マクダフ「主力をそっちがやるんなら、弓と長槍は任せていいってことか?」
ムルーク「そうだ。傭兵諸君は左右両翼に控え、機動力を活かしてカバーしてほしい」
マクダフ「あちらは全部騎兵らしいし、弓箭と長槍で迎え撃つのが常識なのはわかるが」
ムルーク「ここで我々と諸君が無理に連携を試みても、うまくいくまい。そういう訓練はやってこなかった」
マクダフ「承知した。なら、あちらの初撃を受け止めるのは、あんたらの仕事だ。その後、必要に応じて俺たちも動く」
ムルーク「それでいい。死ぬなよ?」
マクダフ「あんたこそな」

マクダフ、飛電に乗ってその場を離れる。


□平原
傭兵団の騎兵陣列が左右に分かれる。中央に領兵隊。前備えに弓箭隊を並べ、その後方に長さ一丈(約三メートル)の長槍を掲げた重装歩兵がびっしりと隊伍を組んでいる。傭兵団はその左右に控える形。
マクダフは右翼の先頭にあり、左翼はクーガーが率いている。

クーガー「まずは見物だとさ」
傭兵J「相手は本物の軍隊って話だろ」
傭兵K「だからさ。いきなりぶつかっていっても、勝てるかどうかわかんねえし」
クーガー「なーに、物見がいうにゃ、あっちは全員、黒い鎧を着込んでて、A級持ちは見えなかったってよ」
傭兵K「じゃあ、あっちの装備はせいぜいC級か」
傭兵J「楽勝ってことはないだろうが、なんとかなりそうだな。こっちにゃマクダフの旦那もいるし」
傭兵K「レノはどうしたんだよ?」
クーガー「あいつは第十一隊の隊長だ」
傭兵J「ええ、もうB級持ちかよ?」
クーガー「あいつの腕前はオマエラだって見てるだろうが」
傭兵K「そりゃあ、わかるけどよ」
クーガー「ただ、部下の数は少ないし、しかも全員ヒヨコだ。なんとかまともなのはカラハくらいか。今回はさすがに前には出せん。後備えってやつだ」

一方、右翼の先頭にあって、マクダフは静かに前方を見据えている。

一番隊長ルイン「配置、終わりました」
マクダフ「そうか。俺が指示するまでは、そのまま動くなよ」
ルイン「はい。しかし緊張しますね、これは」
マクダフ「正直、俺だってそうだ。王宮のお飾りで武官だの将軍だのやってた頃には、こんなことになるとは想像もしてなかったがね」
ルイン「まさか、自分が生きてるうちに、本物の戦争が起こるとは」
マクダフ「何かの巡り合せってやつだろ。ならついでに、その戦争が終わるところも見届けたいもんだな」
ルイン「そうありたいですね」


□領兵隊・本営
領兵隊長ムルークが前方を眺める。すでに彼方におびただしい馬煙が巻き上がっている。

ムルーク「弓隊、構えよ」

領兵隊の前列、およそ三百の弓兵が一斉に矢を番える。
陽光の下、真っ黒い鎧甲をきらめかせながら、敵の騎兵隊が列を組み、帝国の旗幟を掲げて突入してくる。

ムルーク「射よ!」

ムルークが右手を前へかざして叫ぶ。同時に、領兵隊から放たれた猛烈な矢うなりが敵騎兵めがけ降り注いでゆく。
しかし敵はまるで怯む様子も見せない。黒い鎧が矢を弾き、ほとんどの敵が無傷のまま急激に距離を詰めてくる。二射目、三射目でも、射落とせたのは先頭のわずかな人数。

ムルーク「いかん、弓隊、後退! 戦鼓鳴らせ! 歩兵前進!」

ムルークの指示と同時に、弓兵の陣列はサッと左右にわかれて後退。戦鼓が打ち鳴らされ、かわって長槍を掲げた重装歩兵六百が重厚な戦列を組んで前面に出る。


□傭兵団左翼

ロゴス「矢が通じてないだと?」
クーガー「矢を弾いてやがる。あの戦装束、かなり強化されてるな」


□領兵隊・本営
領兵隊の長槍隊が前進を開始すると、敵の騎兵隊の先頭がさっと左右に分かれる。その後方から、長槍を揃えた騎兵の陣列が押し出されてくる。一斉に槍の穂先を前へ突き出し、横列三段に馬を連ねて突進してくる。

ムルーク「槍騎兵だとっ?」

敵の槍騎兵隊の槍は、領兵隊のものよりわずかに長い。


□傭兵団右翼

ルイン「あんな長槍を、馬上でっ?」
マクダフ「槍どうしなら、より長いのを揃えたほうが有利に決まってる。どうやらあちらさん、こっちの戦法や装備は、とっくに把握済みらしい。しかも、あんなものを片手で扱えるってことは、戦装束の強化倍率も相当高いってことだ。おそらく全員、B級以上だな」
ルイン「ということは」
マクダフ「行くぞ! ついてこい!」

マクダフ、戟を掲げて号令を下す。マクダフを先頭に傭兵団右翼が一斉に敵騎兵隊の前列めがけて突進していく。


□傭兵団左翼

クーガー「マクダフの旦那が動いたぞ!」
ロゴス「行くか!」
クーガー「おうよ、遅れちゃならねえ!」

傭兵団左翼、クーガーを先頭に突進を開始。


□領兵隊本営

敵の槍騎兵隊が領兵隊の歩兵陣に突入。リーチの差により、領兵隊側は槍騎兵の繰り出す槍先に一方的に薙ぎ倒され突き殺される。ほとんど一瞬のうちに領兵隊の前衛は粉砕され、敵騎兵が勢いそのままに中営へと押し込んでくる。

ムルーク「怯むな! 肉薄して騎馬の足を止め、各個に分断して仕留めよ! 領兵隊の意地にかけても、ここを通させるなよ!」

ムルークも剣を抜き、部下らを率いて敵騎兵へ白兵戦を仕掛ける。繰り出される敵の槍先を剣で打ち払い、かいくぐりながら肉薄し、敵騎兵を次々と斬り倒してゆく。
しかしムルークらの奮戦もむなしく、領兵隊の歩兵らは次々と敵の槍先にかかり斃れてゆく。敵の圧倒的優勢のうちに両軍の陣列入り乱れ、やや混戦に陥りかけた頃あい、おびただしい馬蹄の響きとともに、マクダフ率いる傭兵団右翼が突貫。敵騎兵隊前衛の側面を突く。

マクダフ「おらあッ! 邪魔だ!」

マクダフ、突撃の先頭で長柄の戟を振り回し、敵の槍騎兵を続々と薙ぎ倒して行く。続くルインらも槍を繰り出し、敵の陣列を突き崩し踏み破る。だが敵も粘り強く踏みとどまり、強烈な反撃で傭兵団の突進を弾き返す。

マクダフ「少しは手ごたえあるな!」
ルイン「少しどころじゃありません! こいつら、ほとんどB級並ですよ!」
マクダフ「よっぽど鍛えてんだろう! 戦装束もアホみたいに頑丈だしな! くっそ、硬ぇ!」

マクダフ、悪態をつきながらも暴風のごとく戟を振るい続け、軽々と敵の陣列を叩き砕いてゆく。


□帝国軍騎兵隊・中軍
仮面の騎士ビクターが悠然と馬を進めている。そこへ、脇から部下の一騎が駆け寄り、何事か報告する。

ビクター「シキラスに伝達。かねての予定通り、前衛隊はただちに現場を打ち捨てて反転離脱。我々はこのまま前進だ。敵将へ軽く挨拶しておこう」

ビクター、馬の手綱を打って駆け出し、部下たちも馬煙をあげて続々と追従していく。


□領兵隊本営
マクダフらの奮迅もあり、防御側は一時の劣勢をかろうじて盛り返している。マクダフとルインはムルークの左右に駒を寄せて防戦。一方クーガーら左翼は敵の側面を崩しきれず悪戦苦闘している。一進一退の戦いが続くなか、どこからか鉦鼓が響き渡る。敵の槍騎兵隊はそれを合図に一斉に槍を彼方此方へ投擲し、馬首をめぐらせて退却しはじめる。

クーガー「おお? どうなってる!」
ムルーク「逃げるのか! なら追撃を!」
ルイン「待ってください! 新手が!」
マクダフ「お次は何だ!」

マクダフらの前から、左右に分かれて鮮やかに退却していく槍騎兵隊。かわって、土煙の彼方から新手の騎兵隊が姿を現す。先頭には仮面の騎士ビクター。他の騎兵らと異なり、黒銀に輝く特別な戦装束をまとっている。

マクダフ「なんだありゃ、仮面?」
ルイン「あの戦装束は何でしょう? あんなの見たことないですが」
マクダフ「なんか危なそうな奴だな。あいつは俺が相手するから、おまえらは他を食い止めてろ」

マクダフ、飛電の手綱を打ち、戟を振るって突進。ルインらも続く。
ビクター、マクダフの姿を見るや手綱を切って馬を止め、黒槍の柄でマクダフの戟を受け止める。その周囲で、ルインら傭兵団右翼とビクターの部下たちが衝突。そこへさらにクーガーの傭兵団左翼が突進。混戦となる。ビクター、猛然とマクダフに打ちかかる。

ビクター「その戦装束、名のある将と見た! 首を貰い受けるぞ!」
マクダフ「生憎だな! こちとら、ただの傭兵さ!」
ビクター「A級持ちが謙遜か!」
マクダフ「いや事実なんだけど……な!」

両者閃々と刃を撃ち合い、まったく相譲らず戦い続ける。クーガー、その様子を遠目に見て驚嘆の声をあげる。

クーガー「旦那と互角? 化け物かよ!」

いっぽうビクターに続いてきた騎兵隊の一部が、雪崩を打ってルインめがけ殺到し、ルインは脇腹を突かれて落馬しかける。

ルイン「ぐうッ!」

戦装束の脇腹を敵刃に砕かれ吐血するルイン。

ルイン「ここまでか――」

ルインが観念の目をふさぎかけたとき、周囲の敵兵がばたばたと倒れはじめた。同時に、新手の馬蹄の音が近付いてくるのを聴く。
きらびやかな銀の戦装束をまとうレノクスが、馬上に片手弓をさげ、砦のほうから一隊を率いて駆け付けてくる。レノクスはさらに二、三、馬上から騎射を放ってルインの左右の敵を射倒し、弓を鞍にかけると槍を掲げて叫んだ。

レノクス「行くよ、突撃!」

おおうっ、と、後に続くカラハら第十一隊、二十騎が喚声をあげる。


□傭兵団の砦・望楼上
エレオノールと吏員三人が欄干に手をかけ、平原の戦況を観望している。

吏員A「あれあれ、傭兵団の後備え」
吏員B「これは見事な働きを」
吏員C「だが、あれしきの小勢では」

エレオノール、欄干にもたれかかって、戦塵を捲いて駆けゆくレノクスの姿を厳しい眼差しで眺めている。

エレオノール「戦争。これが……」


□領兵隊・本営
レノクス率いる一隊が敵の兵列に突入。レノクス、槍を振るって数人の騎兵を突き倒し、クーガーの部隊と合流する。カラハらも剣を抜いて奮戦している。

レノクス「無事ですか!」
クーガー「おうレノ、助かった!」
ロゴス「この、おいしいとこを持っていきやがる!」
レノクス「このまま押し返しましょう!」

レノクス、クーガーらと肩を並べて突進。前に立ちはだかる敵兵を打ち倒した瞬間、マクダフの背中が視界に入ってくる。

レノクス「えっ?」

レノクスが顔を上げると、マクダフの背中の向こう側に、ビクターの仮面がのぞく。レノクス、時間が止まったような感覚にとらわれる。

レノクス「あれ……は」

レノクス、馬を止め、マクダフとビクターの一騎打ちを凝視する。二人は相変わらず互角に打ち合っている様子。

カラハ「レノ、どうした!」
クーガー「おいレノ、見物してる場合じゃないぞ!」
レノクス「見つけた」
カラハ「え?」
レノクス「あいつだぁ!」

レノクス、怒髪天を突くがごとき形相で馬の手綱を打ち、一騎打ちの現場へとまっすぐ突進していく。

カラハ「ええっ、ちょっ、レノ!」
スデルト「俺たちを置いてくなよー!」
メッカ「いや、隊長なんだからよ! 俺らがついていくんだよ!」
カラハ「ああっ、そうだね!」
エンギ「続くぞ!」
カラハ「おおっ!」

レノクス、放たれた矢のごとき勢いでマクダフたちのもとへ迫る。そこへ左右から阻みかかる敵の数騎。

レノクス「どけえッ!」

レノクス、雷光のごとく槍を突き出し、ほとんど一瞬で複数の敵の喉元を貫き、突き落とす。
マクダフとビクターが激しく槍を交えるところへ、ついにレノクスが割って入る。

マクダフ「どぅわっ! なんだぁ!」
ビクター「邪魔を!」
レノクス「おまえだけはぁ!」

レノクス、眦を裂き、気迫を込めて槍先に風を呼び、渾身の一撃をビクターの胸元へ繰り出す。

ビクター「ええい!」

ビクター、身を沈めてレノクスの一撃をかわすも、槍先が肩口をかすめ、激しい火花が散る。ビクター、レノクスの顔を見て驚声をあげる。

ビクター「赤目だとっ!」
レノクス「サビネアだぁっ!」

レノクス、さらに一撃を突き出す。

ビクター「未熟な!」

ビクター、黒槍の柄でレノクスの槍先を受け流す。

マクダフ「おいレノ! どうした!」
ビクター「少年、邪魔をするな!」
レノクス「ボクらの家を焼いて! みんなを、殺したのは! オマエだろぉ!」
ビクター「なにッ――」

レノクス、神速の連続突き。しかしビクターは既にレノクスの攻撃を見切っている。

ビクター「そんなものでは!」

ビクター、黒槍を横に払い、レノクスの肩口を柄で打ち叩く。戦装束の肩甲が一撃で砕け散る。

レノクス「ぐぅッ!」
マクダフ「おっとぉ!」

落馬しかけるレノクス。それをカバーするように、マクダフが横あいからビクターに戟先を突き出す。ビクター、身をのけぞらせてかわしつつ、手綱を操って馬を後退させる。

マクダフ「器用なやつだな!」
レノクス「腕がっ……!」
ビクター「思わぬ邪魔が入った。今日はこれまでだ」
マクダフ「お、逃げるつもりか?」
ビクター「ここは貴様に勝ちを譲ってやる。そこの少年! ひとつだけ聞く! まさか、ゼレキナの森にいたのか? あそこの施設の生き残りか?」
レノクス「だったらどうする!」
ビクター「そうか、生き残りがいたか! 私はビクター、帝国軍戦奴隊の長だ! よく憶えておけ!」
レノクス「戦奴隊……?」
ビクター「ではな、また来るぞ!」

ビクター、くるりと馬首を翻す。

ビクター「鉦鼓打て! 撤退だ!」

どこからか鉦鼓が鳴り響き、敵騎兵全員が戦闘を放棄、一斉に馬をめぐらせて離脱していく。レノクス、痺れる腕をおさえ、歯を食いしばり、赤い目に怒りをたたえながら呟く。

レノクス「ビクター……!」

カラハたちが後方から駆け寄せてくる。

カラハ「レノ! 無事かい?」
エンギ「心配させんなよ、もう!」

レノクス、ハッと表情をあらため、カラハらをかえりみる。

レノクス「ああ……ごめん、みんな。つい頭に血がのぼって」

脇からマクダフが馬を寄せる。

マクダフ「落ち着いたか?」
レノクス「ええ。すみません、割り込んでしまって」
マクダフ「いや、そりゃ構わんが、なんか事情がありそうだな?」
レノクス「はい。詳しいことは、後で話します」

レノクス、あらためて平原へ顔を向ける。撤退してゆく敵騎兵隊。巻き上がる馬煙とともに、ビクターの騎影は次第に遠くへ消え去ってゆく。


□傭兵団の砦・治療室
レノクス、上半身裸で椅子に座り、エランドの治療を受けている。レノクスの肩に湿布をはりつけるエランド。それを眺めるマクダフ。

レノクス「ひえっ!」
エランド「ただの打ち身だよ。治療はこれでおしまい。二、三日は痛むだろうけど、たいしたことないから」
レノクス「ありがとうございます」
マクダフ「まったく、ヒヤヒヤさせやがって」
レノクス「すみません……」
マクダフ「いいって。それより、さっきの話だけどな」
レノクス「はい」
マクダフ「ようするに、あのビクターって野郎は、おまえにとっては孤児院の仲間の仇なんだな」
レノクス「ええ。名前は知りませんでしたが、あの仮面と鎧に、はっきり見覚えがあったので」
マクダフ「それで頭に血がのぼって、突っかかって行ったと。道理で、いつもと様子が違うとは思ったがな」
レノクス「いま、冷静になって思えば、同じ格好なだけの別人って可能性もあったんですけど……運良くというか、本人だったみたいで」
マクダフ「巡り合せってやつかもしれんな。だがレノ、仲間の仇を討ちたい気持ちはわかるが、次にあいつが出てきても、もうあんな無茶はするなよ。あれは強い。はっきりいって、俺もまるで勝てる気がしなかった」
レノクス「それはボクも感じました。最初の不意打ちも、かすっただけですし、その後はもう……ボクじゃ相手にもなりませんでしたから」
マクダフ「戦具も破損しちまったしな。残念ながらB級はストックがない。修理が済むまで、おまえは留守番ってことになるな」
レノクス「そうですか……」
エランド「レノくんの戦具なら、あるけど」
マクダフ「ん?」
エランド「ああ、そっか。まだマクには話してなかったっけね。レノくん、言っちゃっていいよね?」
レノクス「え、なんの……あ! あれですか!」
エランド「そ。もう制御結晶の解析もあらかた済んでる。色々と、とんでもないデータが出てきたけど……あとはちょっと細かい調整ぐらいかな」
レノクス「なら、ちょうどいいです。マクダフさんには、そのうち説明しなきゃいけないと思ってましたから」
マクダフ「おい、なんの話だ?」
エランド「それはねー」

エランド、部屋の隅の棚から、盆を取りだし、マクダフの前に持っていく。

エランド「こういうものがあってね。レノくん専用の戦具だよ!」

盆に載っているのは、紅蓮のような輝きをたたえる炎血王具。

マクダフ「おお、なんだこりゃ」

マクダフが声をあげた直後、いきなりドアが開き、カジュアルドレスの金髪少女が姿を現す。

エレオノール「話は聞かせてもらいましたっ!」
エランド「は?」
レノクス「ええ?」

エレオノールの闖入に驚くレノクスとエランド、呆れ顔のマクダフ。

エレオノール「私にも、それを見せてください。もちろん、取ったりしませんから」

にっこり微笑むエレオノール。

マクダフ「殿下……」
エレオノール「ここを通りかかったら、たまたまドアが少し開いていたので、立ち聞きさせてもらいました。もちろん最初から全部聞いていました」

マクダフ、ジト目で聞く。

マクダフ「たまたまドアを少し開けられたのも殿下でしょう」
エレオノール「ふふふ、なんのことでしょう」
マクダフ「これだよ……本当に昔から変わらん」

マクダフ、大いに溜息をつく。


□平原・戦奴隊野営地
夕方。薄暮の平原。疎林の木々の間に多数の天幕が張られている。
潅木に馬を繋ぎ、焚き火のそばにかがみこむ仮面の男ビクター。
そこへ背後から静かに近寄ってくる女性兵士。目が赤く灰色の短髪。黒い首輪をはめており、奴隷身分であることがわかる。ルジャノール、二十一歳。ビクターの副官。

ルジャノール「隊長」
ビクター「どうした」

ビクター、振り向くこともなく、焚き火を眺めたまま答える。

ルジャノール「死傷者数ですが、全部隊合計で未帰還六十八名、帰還後に死亡した者が八名、重傷者二十七名。負傷者の詳しい内訳は、後で従軍治療師のほうから書類にして提出するとのことです」
ビクター「そうか。思った以上にやられたな。シージュは弱兵などと、誰が言ったものやら」
ルジャノール「想定以上に練度の高い相手でした。ただ今後当面、無理にこちらから仕掛ける必要は無いと考えますが」
ビクター「カンラに接近し、敵戦力の注意を我らのほうへ引き付ける……それがカリンガ閣下のご指示だからな。その目的は既に果たしたが、攻撃は続行する。我々には、そうせねばならん理由がある」
ルジャノール「どういうことですか?」
ビクター「ルジャ、二年前の作戦を憶えているか。ゼレキナの森での」
ルジャノール「え……ああ、禁術施設の殲滅ですね。名目上は森林部での演習で、公式記録には残らない特殊な作戦でしたが……」
ビクター「ゼレキナの森の、赤目の子らを集めた孤児院。慈善団体を装いながら、その実態は、帝国法によって厳重に禁じられた錬金術による人体実験施設……あまりに悪質ゆえ、皆殺しもやむなしという、ドヌルベイ将軍閣下じきじきの命令だった。私も、それは正しいことだったと、今でも思っているが……」
ルジャノール「同胞の子供たちを、この手にかけなければなりませんでした。それは、いくら危険思想の団体とはいえ、忸怩たる点がないといえば嘘になります」
ビクター「今日、あの施設の生き残りと出会った」
ルジャノール「えっ」
ビクター「シージュの軍勢のなかにいたのだよ。赤目の少年が。どうも私の、この仮面を憶えていたようでな。はっきりと、私を仲間の仇だと言っていた。あの様子だと、相当恨まれてるようだ」
ルジャノール「そんな! じゃあ、あそこから逃亡して、壁を越えたと……?」
ビクター「そうらしい。しかもB級持ちときた。実力もかなりのものだった」
ルジャノール「それは……やはり、実験体だからでしょうか?」
ビクター「おそらくな。あんな年端もいかぬ少年にしては不自然な強さだった。なんらかの処置を施されていると見るべきだ」
ルジャノール「上に報告しますか?」
ビクター「いや、それは待て。できれば捕獲して、どうやってあそこから逃げ延びたか、他に生き残りがいるのか、そのへんの情報を引き出しておきたい。そのために攻撃を続行するのだ。判断はその後のこととしよう」
ルジャノール「まだ、あの作戦は、終わっていなかった……ということですね」
ビクター「忌まわしい作戦ではある。だが完遂せねばなるまい。我らの手で」

ビクター、立ち上がり、表情を引き締めて天幕のほうへと歩み去る。


□傭兵団の砦・治療室

エレオノール「それで、ここの装飾は?」
エランド「古代王朝のごく初期の出土品にのみ見られる様式ですよ。ティアック・アンプル模様と呼ばれるものです」
エレオノール「じゃあこの金色の象嵌も」
エランド「金ではなく、それに似た、もっと頑丈な特殊金属を使っているようです。ヒヒイロカネに象嵌をほどこすなんて、どんな技術なのか想像もつきませんが」
エレオノール「オリハルコンのように見えましたけど、まさか幻のヒヒイロカネだなんて!」
エランド「なにより凄いのが、この制御結晶。ダイヤモンド構造の珪素結晶体、それもきわめて高純度な……」

エレオノールとエランド、炎血王具について盛り上がっている。それを呆れ顔で眺めるレノクスとマクダフ。

エレオノール「はー。とても有意義な時間でした!」

満足げにうなずくエレオノール。

エレオノール「さて、名残は尽きませんが……そろそろ帰ります。ネリルも待っているでしょうから」
エランド「そうですか。これについては、まだまだ語れることは多いんですけどね」
エレオノール「それは後日の楽しみとさせてもらいます」

また来るんかい、と呆れ顔を見合わせるレノクスとマクダフ。

エレオノール「えっと……。レノクス」
レノクス「え?」
エレオノール「玄関まで案内なさい。馬車を待たせてありますから」
レノクス「はい。わかりました」

二人、同時に席を立つ。

エレオノール「マクダフ様、エランド様。それではご機嫌よう」

エレオノール、優雅に微笑み、レノクスの後について部屋を出る。
ドアが閉まると、マクダフも席を立ち、エランドのもとへ歩み寄る。

マクダフ「殿下はすっかりレノがお気に入りみたいだな。初対面のときは、どうなることかと思ったもんだが」
エランド「そりゃあ。レノくんって、いい子だから。キッカケは何であれ、レノくんと実際に接したら、嫌いにはなれないだろうね」
マクダフ「確かにな。ここの連中だって、最初のうちはレノを毛嫌いしてる奴も多かったが、もうすっかり馴染んじまった」
エランド「しっかしレノくん、本当に何者なんだろうね。北の孤児院の話はさっき聞いたけど」
マクダフ「何か気になるのか?」
エランド「いやさ、この戦具だけど。プロテクトが掛かってるってことは、当然、特定の人間にしか使えない。それ以外の人間にとっては、たんなる鑑賞用の骨董品でしかない。それはわかるよね」
マクダフ「ああ」
エランド「制御結晶を解析してわかったんだけど、このプロテクト、製造直後から五千年もの間、一度も解除されたことがないんだよね」
マクダフ「どういうことだよ」
エランド「この戦具は、本来の持ち主……つまり、製造された直後に制御結晶に登録された人物でなければ扱えないはずなんだ。プロテクトはずっと掛かったままなんだから。でも五千年前に登録された人物が、いま生きてるわけないよね?」
マクダフ「ちょっと待て。じゃあなんで、レノがそれを扱えるんだ」
エランド「だから私にもワケわかんないんだって。ただ」
マクダフ「ただ?」
エランド「その五千年前に登録済みの、本来の持ち主の名前ってのが……サビネア王、レノクス・エルグラード、っていうんだよね」
マクダフ「……いまちょっと、背筋がヒヤリとしたんだが」
エランド「いやぁ、さすがに本人ってわけはないと思うけどね。ひょっとしたら、その人の直系の子孫とかかも。あの子、純血のサビネアみたいだし」
マクダフ「なるほどな。世が世なら、やんごとなき身分だったかもしれないってわけか……」
エランド「レノくんについてはもう少し調べておきたいね。あの子の身体に施されてる処置も、どういうものか気になるし」
マクダフ「興味を持つのはいいが、ほどほどにしとけよ。錬金術で人体を直接いじくるのは、王国法でも厳禁だからな」
エランド「わかってるって」
マクダフ「それにだな」

マクダフ、エランドのもとを離れ、ドアへ向かう。

マクダフ「そもそも、ここはお気楽な傭兵団だ。団員の素性がどうだろうと、腕っぷしさえ強けりゃ、過去は問わない。そういう場所だろ」


□傭兵団の砦・玄関口


日は暮れかけている。玄関前には王家の紋章がついた大型馬車が停まっている。そこへ乗り込もうとするエレオノールと、見送りに立つレノクス。エレオノール、きわめて神妙な顔つきでレノクスを見つめている。

エレオノール「今日は色々と勉強になりました。おまえからも教わることが多かった気がします」
レノクス「え? ボクは何も」
エレオノール「戦争とはどういうものか、おまえは身をもって見せてくれたではありませんか。怪我は痛みませんか」
レノクス「え、あ……はい。大丈夫です」
エレオノール「私は明日、王都へ帰ります。本当はもう少しとどまっているつもりでしたが、帝国との戦争が既に始まっていること、急いで王宮に報告せねばなりません」
レノクス「そちらも大変なんですね」
エレオノール「厄介払いできるという顔ですね?」
レノクス「い! いえ! そんなことはないです!」
エレオノール「ふふふ、冗談です。おまえがそんな人ではないことくらい、もう私にもわかっています」
レノクス「はあ」
エレオノール「それでは……レノクス」

エレオノール、何か言いたげな面持ちでレノクスを見つめる。しばし無言。レノクスはエレオノールの言葉を待ち受けている様子。

エレオノール「また、会いましょう」

エレオノール、ちょっぴり寂しげに告げて、馬車に乗り込む。レノクス、無言でお辞儀。
去って行く馬車。レノクスは頬を引き締め、踵を返す。


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