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2章 寄り添い
25話 変わったことと、変わらないこと
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あの一件が終わってから、晴柊はまたあの部屋へと戻った。以前は「監禁されている」と感じていたものだったが、今はそうは思っていない。ここが自分にとって、ずっと前から当たり前に帰る場所であり続けていたかのように感じていた。
篠ケ谷は少しずつ治りかけた怪我の包帯を、誰もいないリビングで変えながら、あの日のことを思い返していた。あれから約1週間が過ぎようとしていた。
晴柊が意識を落とす瞬間、気絶した晴柊から逸らし一発の弾丸をベッドに埋め込んだ琳太郎は、そのまま篠ケ谷をみた。当たり前のように篠ケ谷は琳太郎に殺されると思った。隣の血生臭い肉体が次はお前の番だぞと篠ケ谷に凄んだ気がした。
篠ケ谷は暴れるも動揺もしない。じっと、琳太郎の冷たい目が篠ケ谷を捉えると、晴柊の眠るベッドから降り、琳太郎が篠ケ谷の目の前に立つ。
「……お前がやったことはこの男と何ら変わりはない、俺への裏切り行為だ。例外なく排除対象。…………しかし、お前をこの下っ端と同じように殺してしまうほど、お前のことが惜しく無いわけでは無い。今までの組に対する功績を考えて、一度生かすチャンスをやろう。次こそは俺を失望させるな。俺のために、組のために全てを捧げろ。」
篠ケ谷は、少し驚いたがすぐに琳太郎に首部を垂れた。
「救済、感謝致します。あなたは俺の全てです。もう二度と過ちは犯しません。」
篠ケ谷は再び忠誠を誓った。琳太郎は、その様子に何も言わず篠ケ谷をじっと見つめたのだった。
湿布を取り出し張り替えながら、篠ケ谷はあの時、晴柊を逃がす様な自分の行動を見つめ直していた。晴柊を逃がそうと一瞬体が緩んだことは自分でも驚くような反射的なものだった。
しかし、それは決して琳太郎に背いたつもりでも、裏切ってやろうと思ったからでもなかった。それは篠ケ谷とって、晴柊への助け船のつもりだったのだろうと今になって思う。
壊れかけて苦しむくらいなら、もう完全に壊れてしまえばいい。人間は中途半端が一番良くない。一端が染まってしまったのなら、もう全て染めてしまった方が美しい。そして、晴柊は琳太郎の元からきっと逃げ切れない。これできっと、否応なしに琳太郎に身を落とすことになるに違いない。
そう思ってのことだった。そして、晴柊に無意識に昔の自分を重ね合わせていた篠ケ谷を、琳太郎は見透かしていたのだった。
「おはよう、シノちゃん。…お腹減ったぁ。」
救急箱をしまう手を止め、じっと固まって晴柊のことを考えていると急に後ろから声が聞こえた。ハッとして思わず反射的に勢いよく振り返ると、寝起きの晴柊がいた。時刻は朝の9時を迎えようとしていた。
晴柊はいつものように足枷を嵌め、首輪もしていた。しかし、首輪には以前ついていなかったチェーンが付いている。その先は足枷と同じ場所であった。これで足枷を外しても晴柊が自由になることはない。
もはや、今の晴柊に逃げる気はさらさらない。それでもこの拘束を続けるのは、琳太郎の執着心と、俺たち世話当番への見せつけであろう。
あれから、世話役は6割が篠ケ谷、2割が日下部、残る2割がその他の中層階層の部下たちと言った具合で回ることが多かった。あの若い下っ端構成員の死を琳太郎は、自分と晴柊の狂った関係構築だけでなく、他の組員達に対する見せしめにも利用した。晴柊を琳太郎の側から離そうものなら、そいつの命はそこで終わる。そうわからせるには効果覿面だった。
晴柊は、琳太郎に対して怯えることも怖がることも悪態をつくこともなくなった。
あの事件の翌日には琳太郎が注入した薬の効果が切れ一度酷く取り乱し暴れたものの、琳太郎があの洗脳ともまじないとも取れる声をかけると、晴柊はまるで催眠にかかった様に徐々に落ち着きを取り戻していた。
それからは、前の様に、いや前以上に柔らかい物腰になった。生意気ではあるが。
晴柊は、元々こういう性格なのだろう、と思わせる態度であった。篠ケ谷の目には、それが以前の様に壊れる寸前にも、演技をしているようにも思えなかった。
本当にあの日、あの場所で琳太郎のものになったのだろう。支配などという域を超えたものに。
「何食いてえんだよ。」
篠ケ谷が、お腹を空かせた晴柊に何枚か出前のチラシを渡す。えっとねぇ、と楽しそうに眺める晴柊。ズボンを履かないで生活している晴柊に合わせて多少オーバーサイズのシャツの下からは、琳太郎がつけたのだろうキスマークが覗く。
琳太郎は琳太郎で、執着心を隠さないようになっていた。お陰で側近の日下部は大分振り回されている。
「…シノちゃん?なんか疲れてんね。」
晴柊が向かいに座る篠ケ谷の顔をぐいっと覗き込む。男とは思えないほど大きく、少し吊り上がった目尻がその大きさを際立たせている。瞬きする度、晴柊の長いまつ毛がまるで音を立てるんじゃないか、と思わせる。
「大丈夫だよバーカ。食いてえもん決まったのかよ。」
篠ケ谷が、べっと舌を出し揶揄うように反応すると、晴柊はコレ!とピザを指さした。
朝からずっと考え事をしていた篠ケ谷は内心お前のせいだぞと言いたくなったが、それを抑えて誤魔化す。
とはいえ、朝からよくこんな脂っこいもの食べられるな、と思いながら篠ケ谷は宅配ピザを頼んだ。何気ない日常が過ぎていく。
晴柊にとってこれが本当に「幸せ」なのかはまだわからなかったが、これでいいのだと、篠ケ谷は思った。
あの一件が終わってから、晴柊はまたあの部屋へと戻った。以前は「監禁されている」と感じていたものだったが、今はそうは思っていない。ここが自分にとって、ずっと前から当たり前に帰る場所であり続けていたかのように感じていた。
篠ケ谷は少しずつ治りかけた怪我の包帯を、誰もいないリビングで変えながら、あの日のことを思い返していた。あれから約1週間が過ぎようとしていた。
晴柊が意識を落とす瞬間、気絶した晴柊から逸らし一発の弾丸をベッドに埋め込んだ琳太郎は、そのまま篠ケ谷をみた。当たり前のように篠ケ谷は琳太郎に殺されると思った。隣の血生臭い肉体が次はお前の番だぞと篠ケ谷に凄んだ気がした。
篠ケ谷は暴れるも動揺もしない。じっと、琳太郎の冷たい目が篠ケ谷を捉えると、晴柊の眠るベッドから降り、琳太郎が篠ケ谷の目の前に立つ。
「……お前がやったことはこの男と何ら変わりはない、俺への裏切り行為だ。例外なく排除対象。…………しかし、お前をこの下っ端と同じように殺してしまうほど、お前のことが惜しく無いわけでは無い。今までの組に対する功績を考えて、一度生かすチャンスをやろう。次こそは俺を失望させるな。俺のために、組のために全てを捧げろ。」
篠ケ谷は、少し驚いたがすぐに琳太郎に首部を垂れた。
「救済、感謝致します。あなたは俺の全てです。もう二度と過ちは犯しません。」
篠ケ谷は再び忠誠を誓った。琳太郎は、その様子に何も言わず篠ケ谷をじっと見つめたのだった。
湿布を取り出し張り替えながら、篠ケ谷はあの時、晴柊を逃がす様な自分の行動を見つめ直していた。晴柊を逃がそうと一瞬体が緩んだことは自分でも驚くような反射的なものだった。
しかし、それは決して琳太郎に背いたつもりでも、裏切ってやろうと思ったからでもなかった。それは篠ケ谷とって、晴柊への助け船のつもりだったのだろうと今になって思う。
壊れかけて苦しむくらいなら、もう完全に壊れてしまえばいい。人間は中途半端が一番良くない。一端が染まってしまったのなら、もう全て染めてしまった方が美しい。そして、晴柊は琳太郎の元からきっと逃げ切れない。これできっと、否応なしに琳太郎に身を落とすことになるに違いない。
そう思ってのことだった。そして、晴柊に無意識に昔の自分を重ね合わせていた篠ケ谷を、琳太郎は見透かしていたのだった。
「おはよう、シノちゃん。…お腹減ったぁ。」
救急箱をしまう手を止め、じっと固まって晴柊のことを考えていると急に後ろから声が聞こえた。ハッとして思わず反射的に勢いよく振り返ると、寝起きの晴柊がいた。時刻は朝の9時を迎えようとしていた。
晴柊はいつものように足枷を嵌め、首輪もしていた。しかし、首輪には以前ついていなかったチェーンが付いている。その先は足枷と同じ場所であった。これで足枷を外しても晴柊が自由になることはない。
もはや、今の晴柊に逃げる気はさらさらない。それでもこの拘束を続けるのは、琳太郎の執着心と、俺たち世話当番への見せつけであろう。
あれから、世話役は6割が篠ケ谷、2割が日下部、残る2割がその他の中層階層の部下たちと言った具合で回ることが多かった。あの若い下っ端構成員の死を琳太郎は、自分と晴柊の狂った関係構築だけでなく、他の組員達に対する見せしめにも利用した。晴柊を琳太郎の側から離そうものなら、そいつの命はそこで終わる。そうわからせるには効果覿面だった。
晴柊は、琳太郎に対して怯えることも怖がることも悪態をつくこともなくなった。
あの事件の翌日には琳太郎が注入した薬の効果が切れ一度酷く取り乱し暴れたものの、琳太郎があの洗脳ともまじないとも取れる声をかけると、晴柊はまるで催眠にかかった様に徐々に落ち着きを取り戻していた。
それからは、前の様に、いや前以上に柔らかい物腰になった。生意気ではあるが。
晴柊は、元々こういう性格なのだろう、と思わせる態度であった。篠ケ谷の目には、それが以前の様に壊れる寸前にも、演技をしているようにも思えなかった。
本当にあの日、あの場所で琳太郎のものになったのだろう。支配などという域を超えたものに。
「何食いてえんだよ。」
篠ケ谷が、お腹を空かせた晴柊に何枚か出前のチラシを渡す。えっとねぇ、と楽しそうに眺める晴柊。ズボンを履かないで生活している晴柊に合わせて多少オーバーサイズのシャツの下からは、琳太郎がつけたのだろうキスマークが覗く。
琳太郎は琳太郎で、執着心を隠さないようになっていた。お陰で側近の日下部は大分振り回されている。
「…シノちゃん?なんか疲れてんね。」
晴柊が向かいに座る篠ケ谷の顔をぐいっと覗き込む。男とは思えないほど大きく、少し吊り上がった目尻がその大きさを際立たせている。瞬きする度、晴柊の長いまつ毛がまるで音を立てるんじゃないか、と思わせる。
「大丈夫だよバーカ。食いてえもん決まったのかよ。」
篠ケ谷が、べっと舌を出し揶揄うように反応すると、晴柊はコレ!とピザを指さした。
朝からずっと考え事をしていた篠ケ谷は内心お前のせいだぞと言いたくなったが、それを抑えて誤魔化す。
とはいえ、朝からよくこんな脂っこいもの食べられるな、と思いながら篠ケ谷は宅配ピザを頼んだ。何気ない日常が過ぎていく。
晴柊にとってこれが本当に「幸せ」なのかはまだわからなかったが、これでいいのだと、篠ケ谷は思った。
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