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第一話
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「もしもし、私だけど。うん。標的は見つけた。
今から狩るから」
そう告げて少女は電話を切る。
少女は青いパーカーを着て、フードで顔を隠している。そしてフードに隠れた碧色の目は肉片と血に塗れた地面を眺めていた。
血は赤くぬめっていて乾いてない。
標的が此処で食事をしてからまだ時間が経っていない証拠だ。
端末をスカートのポケットに仕舞い、右手で剣を握る。
剣の大きさは少女が持つには明らかに大きく、華奢な少女の腕より幅が広い。
そんな自身の体格とは不釣り合いな剣を握っているにも関わらず、少女の足取りは軽い。
時刻は夕刻を過ぎて後は暗くなるだけ。
少女が足を進めるほど周囲は闇に飲まれていく。
次第に何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
どうやらのんきにまだ食事をしているようだ。
少女は呆れるように小さくため息をつくと、剣を音のする方へ向ける。
「出てこい、出来損ない」
咀嚼音が止まる。
そしてゆっくりと音の主はこちらに近寄ってきた。
僅かな夕日に照らされて顕になったのは灰色の狼の姿だった。
しかし、その体の大きさは普通ではない。
雄のライオンよりも一回りは巨大で、血の滴る口は少女の頭を丸呑みにできそうな程だ。狼は訝しげに少女を睨みながら口を開く。
「人間……?」
「派手に食い散らかして。全く嫌になる。
私が知ってる狼はキチンと働いて肉を買って食べてるよ。躾がなってないったら」
少女の声には侮蔑があった。
それが狼の自尊心を煽る。
「餌が……喚きおる……。自由に食ってこそ強者である」
「はぁ。もういいよ。今回は討伐だから、さっさと死んで」
そういって少女は大剣を構える。
左手は添えるだけ。右手の力だけで剣を支えている。
狼はそれを見て口角を釣り上げる。
討伐と言った。依頼を受けた狩人なのだろうが、武器が明らかに少女に合っていない。
大剣を構えれるだけ大したものだが、あれでは碌に動けまい。斬撃を回避して頭なり胴なりを噛みちぎれば終わりだ。
そもそも狩人が現れるのは初めてではない。
どいつも大した事はなかった。
この少女は少しだけ今までの人間と匂いが違うが、それがなんだというのか。
人間を食らえば食らうほど強くなる。
こちら側に来て随分と食事ができた。
この少女を食べたら、少し場所を変えよう。
また食べて、更に強く大きくなる。
そして再びあちら側へ戻るのだ。
少女が剣を少し振り上げる。狼はそれを回避する為に姿勢を下げ、四肢に力を込めた。少女の剣にいつでも反応出来る様に。少女の姿が僅かに揺れた。
それが狼が見た最後の光景。
いつの間にか少女は狼の後ろにいて、とっくに剣を振り下ろしている。
それを宙を舞う狼の首が見つめていた。
動いた反動で顔を覆っていたフードが後ろへと垂れ下がり、少女の風貌を明らかにした。
腰まである蒼の混じる銀色の髪。
碧色の目。幼くも美しい顔。
青銀鬼。少女はそう呼ばれていた。
怪異を狩る怪異。怨念渦巻くこの国でも飛び切りの怪物。
少女は剣を振り抜きこびり付いた血を飛ばす。
そして剣を地面に突き刺すと、端末を取り出して頭を失った狼の胴体と地面に転がった頭をそれぞれ写真に収める。後は仲介屋に連絡すれば終わりだ。
後片付けは役所がやる。
生存者が居ない事だけが残念だった。
もっと早くこちらに回してくれれば、と思うが詮無きことだ。
今回は少し育ち過ぎていた。それに気付くのが遅くなり何人か下級狩人が返り討ちにあった。
仲介屋に写真を送り、電話する。
即相手がとった。何時ものことだ。
「首尾は?」
「生存者なし。一人死んだ時点で判断すれば良かったのに」
「役所はいつだって判断が遅いんだ」
「後始末をする方は堪らないよ。役所の仕事は嫌いだ。お金はいつものようにお願い。私は帰る」
「分かった。気をつけて、はいらない心配だな」
少女はそのまま電話を切る。
狼の顔を一瞥すると、少女は背を向けて歩きだした。
剣を見えない空間に仕舞う。
少女が使える数少ない異能の一つだ。
再びフードを被り直す。
それから自分の体を見渡す。
服にも肌にも血は付いてない。靴の底に血が僅かについていたのでアスファルトの地面に擦り付ける。
身嗜みに問題がない事を確認すると近くのコンビニに入り、軽食と猫缶を買う。
支払いは端末で。店内には流行りのアイドルの歌が流れていた。
やる気のないアルバイトの声を聞きながら外に出る。
もう完全に夜だ。
急ぎの仕事だったが雑魚で良かった。
電車が止まってしまうとタクシーになる。
余計な出費だ。
そのまま帰路につく。
行きは迎えが来てくれたが、帰りは徒歩だ。
全くサービスが悪い。
電車賃は経費で落とすからまあ良いのだが。
何度か駅を経由して寂れた場所に到着する。
この辺りは首都近辺でありながら開発が遅れた場所で、だからこそ訳ありが集まる。
裏の界隈では化け物スラム等と言われているらしい。どうでもいい。
古いマンションの部屋を開けると黒猫が迎えてくれた。
黒猫を抱えてキッチンに向かい、猫缶を皿に開けてやる。黒猫はゆっくり皿に移動するとちびちび食べ始める。
野良猫が居座っていたので面倒を見ているが未だに名前はつけていない。
頭を撫でてやると小さく抗議の鳴き声を出す。
手を洗ってペットボトルからコップに水を注いで、レジ袋からサンドイッチを取り出す。
やがて少女がサンドイッチを食べ終わっても黒猫はまだ食べ終わっていない。
小さい上に本当にのんびりしている。よく野良で生きていたものだ。
皿に水を入れてやり、そばに置いた。
それから少女は自分の部屋に入ってパーカーを脱ぎ椅子の背に吊るす。
下に着ていた黒のインナーが露わになる。
それも脱ごうとして、しかし面倒になりベッドに横になった。
明日晴れたら、色々洗濯して干さなきゃ……
そう思いながら少女の意識は深く沈んでいく。
今から狩るから」
そう告げて少女は電話を切る。
少女は青いパーカーを着て、フードで顔を隠している。そしてフードに隠れた碧色の目は肉片と血に塗れた地面を眺めていた。
血は赤くぬめっていて乾いてない。
標的が此処で食事をしてからまだ時間が経っていない証拠だ。
端末をスカートのポケットに仕舞い、右手で剣を握る。
剣の大きさは少女が持つには明らかに大きく、華奢な少女の腕より幅が広い。
そんな自身の体格とは不釣り合いな剣を握っているにも関わらず、少女の足取りは軽い。
時刻は夕刻を過ぎて後は暗くなるだけ。
少女が足を進めるほど周囲は闇に飲まれていく。
次第に何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
どうやらのんきにまだ食事をしているようだ。
少女は呆れるように小さくため息をつくと、剣を音のする方へ向ける。
「出てこい、出来損ない」
咀嚼音が止まる。
そしてゆっくりと音の主はこちらに近寄ってきた。
僅かな夕日に照らされて顕になったのは灰色の狼の姿だった。
しかし、その体の大きさは普通ではない。
雄のライオンよりも一回りは巨大で、血の滴る口は少女の頭を丸呑みにできそうな程だ。狼は訝しげに少女を睨みながら口を開く。
「人間……?」
「派手に食い散らかして。全く嫌になる。
私が知ってる狼はキチンと働いて肉を買って食べてるよ。躾がなってないったら」
少女の声には侮蔑があった。
それが狼の自尊心を煽る。
「餌が……喚きおる……。自由に食ってこそ強者である」
「はぁ。もういいよ。今回は討伐だから、さっさと死んで」
そういって少女は大剣を構える。
左手は添えるだけ。右手の力だけで剣を支えている。
狼はそれを見て口角を釣り上げる。
討伐と言った。依頼を受けた狩人なのだろうが、武器が明らかに少女に合っていない。
大剣を構えれるだけ大したものだが、あれでは碌に動けまい。斬撃を回避して頭なり胴なりを噛みちぎれば終わりだ。
そもそも狩人が現れるのは初めてではない。
どいつも大した事はなかった。
この少女は少しだけ今までの人間と匂いが違うが、それがなんだというのか。
人間を食らえば食らうほど強くなる。
こちら側に来て随分と食事ができた。
この少女を食べたら、少し場所を変えよう。
また食べて、更に強く大きくなる。
そして再びあちら側へ戻るのだ。
少女が剣を少し振り上げる。狼はそれを回避する為に姿勢を下げ、四肢に力を込めた。少女の剣にいつでも反応出来る様に。少女の姿が僅かに揺れた。
それが狼が見た最後の光景。
いつの間にか少女は狼の後ろにいて、とっくに剣を振り下ろしている。
それを宙を舞う狼の首が見つめていた。
動いた反動で顔を覆っていたフードが後ろへと垂れ下がり、少女の風貌を明らかにした。
腰まである蒼の混じる銀色の髪。
碧色の目。幼くも美しい顔。
青銀鬼。少女はそう呼ばれていた。
怪異を狩る怪異。怨念渦巻くこの国でも飛び切りの怪物。
少女は剣を振り抜きこびり付いた血を飛ばす。
そして剣を地面に突き刺すと、端末を取り出して頭を失った狼の胴体と地面に転がった頭をそれぞれ写真に収める。後は仲介屋に連絡すれば終わりだ。
後片付けは役所がやる。
生存者が居ない事だけが残念だった。
もっと早くこちらに回してくれれば、と思うが詮無きことだ。
今回は少し育ち過ぎていた。それに気付くのが遅くなり何人か下級狩人が返り討ちにあった。
仲介屋に写真を送り、電話する。
即相手がとった。何時ものことだ。
「首尾は?」
「生存者なし。一人死んだ時点で判断すれば良かったのに」
「役所はいつだって判断が遅いんだ」
「後始末をする方は堪らないよ。役所の仕事は嫌いだ。お金はいつものようにお願い。私は帰る」
「分かった。気をつけて、はいらない心配だな」
少女はそのまま電話を切る。
狼の顔を一瞥すると、少女は背を向けて歩きだした。
剣を見えない空間に仕舞う。
少女が使える数少ない異能の一つだ。
再びフードを被り直す。
それから自分の体を見渡す。
服にも肌にも血は付いてない。靴の底に血が僅かについていたのでアスファルトの地面に擦り付ける。
身嗜みに問題がない事を確認すると近くのコンビニに入り、軽食と猫缶を買う。
支払いは端末で。店内には流行りのアイドルの歌が流れていた。
やる気のないアルバイトの声を聞きながら外に出る。
もう完全に夜だ。
急ぎの仕事だったが雑魚で良かった。
電車が止まってしまうとタクシーになる。
余計な出費だ。
そのまま帰路につく。
行きは迎えが来てくれたが、帰りは徒歩だ。
全くサービスが悪い。
電車賃は経費で落とすからまあ良いのだが。
何度か駅を経由して寂れた場所に到着する。
この辺りは首都近辺でありながら開発が遅れた場所で、だからこそ訳ありが集まる。
裏の界隈では化け物スラム等と言われているらしい。どうでもいい。
古いマンションの部屋を開けると黒猫が迎えてくれた。
黒猫を抱えてキッチンに向かい、猫缶を皿に開けてやる。黒猫はゆっくり皿に移動するとちびちび食べ始める。
野良猫が居座っていたので面倒を見ているが未だに名前はつけていない。
頭を撫でてやると小さく抗議の鳴き声を出す。
手を洗ってペットボトルからコップに水を注いで、レジ袋からサンドイッチを取り出す。
やがて少女がサンドイッチを食べ終わっても黒猫はまだ食べ終わっていない。
小さい上に本当にのんびりしている。よく野良で生きていたものだ。
皿に水を入れてやり、そばに置いた。
それから少女は自分の部屋に入ってパーカーを脱ぎ椅子の背に吊るす。
下に着ていた黒のインナーが露わになる。
それも脱ごうとして、しかし面倒になりベッドに横になった。
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そう思いながら少女の意識は深く沈んでいく。
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