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1 学生だけど教師になる

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「貴方、獣人よね?」

その言葉にびっくりする。エルトナ王国に来てからは気づかれた事は無いので油断していたのかもしれない。

「あ、違うわ!貴方を脅迫しようとかそういうのじゃなくて、私はゲームで見ただけで…」

………ん?ゲーム?
ボソボソ聞こえてくる声に耳を澄ますと、乙女ゲームやコントローラー、前世で有名なゲームの機種が聞こえて来た。この人も転生者か…

「そう!たまたま知ってしまって!言うつもりはないから!!貴方に手伝って欲しいことがあるだけなの」

私みたいな平民でしかも訳ありなのだから脅せば一発なのに…この考えをする私がダメなのかもしれないな。
私の前の、平民に向かって「お願い!」と頼み込んでいる侯爵令嬢を見ると何だかバレた事は大丈夫な気がしてきた。

「……色々と問題はありますが、とりあえず先に頼み事の内容を聞いてもいいですか?」
「本当!!分かったわ、それなら見せた方が早いわね。ウメ!来なさい」

その声に反応して若干離れた木の影からメイド服を着た女の子が現れた。
黒髪黒目のかわいらしい7歳くらいの女の子だ。

「この子はウメ、私のメイド。そして…獣人なの」

そう言って侯爵令嬢は手を振って魔法を解くよう指示すると、ウメからピョコンッと耳と尻尾が現れた。

「なるほど…」

この子が獣人となると、私が頼まれることは何となく分かって来る。

「この子の獣人としての教育が欲しいといった所ですよね」
「そうなの。私が小さい頃、道で倒れているのを見つけてメイドにしたんだけれど、獣人についてはあまり詳しくなくて…だから、貴方に頼みたいの。給料は弾むわ」

その言葉に反応する。給料…だって?
今の寒々しい貯金を思い出す。ここでの生活で結構使ってしまったのだ。

「…そう言う事なら良いですよ。ただ、私は半獣なので父からの教えを伝えるくらいになりますが」
「ありがとう!」
「私の名前はリン。獣人だということは秘密でお願いします」
「私はクリスティーナ。ええ、分かってるわ」

そうして侯爵令嬢と私の変な繋がりができたのである。前世についてはもうちょっと様子を見てからにしよう思う



学園に来て2週間と3日がたった。今日が授業の日だ。使う教室にはアテがあるとクリスティーナが言ったっきり、何も連絡がない為分からないが。ま、なんとかなるか

この学園の建前は一応"身分は関係ない"とされていて、クラスは平民も貴族も一緒だ。まぁ、そもそも平民の人数自体少ないけど。

「ねぇねぇ、ヴォナ家のクリスティーナ様みた?」
「ええ、見たわ!艶やかな銀髪に青い目がとても美しくてびっくりしましたわ」

私の斜め前の席に座っている女の子達がおしゃべりをし始めた。

「あの方は社交界でも有名なパーティーにしかいらしてないもの、この学園で話題になるのも無理はないわ」
「私もクリスティーナ様もお近づきになりたいわぁ…」
「そうね。でも、クリスティーナ様は取り巻き等は作らないらしいわ」
「そうかぁ」

そうなんだ…初めて知った。貴族の事は分からないからなぁ…

「あ、王子は見まして?」
「王子と言うと…リベル王子ですわね。見ましたとも!とても美しくていらっしゃったわ…」

そう言って二人でほうっ…と恍惚な顔をする。そんなに綺麗か?入学式で見たけどカッコいいとは思わなかったし
私の好みの問題かもしれないな

「あのキラキラと太陽を反射して輝く金髪にミステリアスな紫の目がマッチして………はぁ、思うだけでツライわ」

なんか、前世でいう限界オタクが産まれかけている気がする…

そんな中、ガラッと言ってドアが開く。入って来たのはクリスティーナだった。クラス全員がそちらを振り向きクラスがザワつく。

ああ、きっと今日の授業についてだろうな…出来れば目立ちたくはないんだけど、侯爵令嬢と関わった時点で無理か。
そんな中、このクラスで身分が一番高そうな青年が声をかけに行った。

「く、クリスティーナ様…!」
「あら、リグミモーネ伯爵子息。お久しぶりね」
「覚えていただけていて光栄です!」

緊張しているのか一挙一動がロボットみたいな青年にクリスティーナは「良いのよ、ここでは身分は然程気にしなくても良いので」と声をかける。
この掛け合いにクラスの貴族は感動したかのように手を前で組んで眺めている。

「女神かもしれない…」

確かに、クリスティーナは可愛いし美しい。わかる気はする

「このクラスにリンという方はいますか?」

実を言うとリンは、私の"前世"での名前だ。名前から獣人だと知られない為に元いた国を出る時に変えてもらうよう頼んだのだ。

「ここに」
「あら、ではちょっとお話しがあるの。ついて来てもらえるかしら」

そう言われて断れない為大人しく着いて行く。本音を言うと凄く嫌だ。だって目立つし、皆から推されているような令嬢だ、出て行った後のクラスで何を言われるか何となく分かるし。



学校の庭の隅の方まで行った。授業の事だろうし警戒するに越した事はないだろう。

「突然呼んで申し訳なかったわ。今日の授業の部屋が取れたから連絡しようと思ったの。でも、私…ちょっと忙しくてこういう時でしか言えなかったから、ごめんなさいね本当に」

しょぼん…として項垂れるこういう姿のクリスティーナもかわいい。かわいい子にはめっぽう弱いのかもしれないと今になって気づく。

「で、教室なのだけど2階の突き当たりにある空き教室をもらえる事になったの。今日からよろしくね」

分かったと頷く。普通は空き部屋であっても中々貸してもらえないはずだが、流石王子の婚約者である。

ある程度、会話した後に別れようとした時近くで数人が談笑している声が聞こえた。

「ぁ…」

声を聞いたクリスティーナはそう言って気まずそうに体を縮こませた。

「大丈夫ですか…?」

そう聞くが、クリスティーナは力無く頷く。どう言う事だ?そう思って声のする方を見ると、庭のベンチに一人の男子生徒と3人の女子生徒が男子を囲うように座ってキャッキャと話ていた。明らかに友達と言えるような距離と空気ではなかった。
ん…?待てよ、あの金髪と紫色の目…まさか王子か?クリスティーナの反応からしてあっていそうだな。
クリスティーナは王子の婚約者だし。という事は今、不貞現場を目撃した事になるのか。そりゃ気まずいだろう

そう思いながら4人を何かあった時の為にと良く見ていると、袖をチョンと引っ張られた。見ると、クリスティーナが服を引っ張っていたのだが、顔色はさっきよりも酷くなっていた。

「とりあえず、離れましょう」

クリスティーナは喋らない。喋る気力さえなさそうだ
とりあえず王子の集団から離れた場所に移動し、クリスティーナを落ち着かせる為にいつの間にか横に来ていたウメにお願いする。

「では、私はとりあえず帰りますね」

まぁ、私がいても良くないだろう。ただの平民だし、何も出来ないぬいぐるみになるつもりはない。
その言葉にまたコクンと頷く。さっきまでの気品を帯びた気配は完全に消えていた。


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