Heaven‘s Gate

南雲遊火

文字の大きさ
19 / 27
篁少年の閻魔張 〜お節介な鬼と伊吹の山神〜 〜Since 810〜

第八話 金の髪の子

しおりを挟む
 崖を迂回し、山道を駆け上がる一行。

「竹生! お前は村へ戻りなさいッ!」

 自然な流れでついて来ようとしていた息子に、岑守は声をあげる。
 しかし。

「時すでに遅し。です! 野殿!」

 ガサガサと藪の中から、何か・・が、勢いよく飛び出してきた。
 それを、筋骨隆々な僧は、「フンッ!」と弾き飛ばす。

 転がったモノ・・を見て、竹生は思わず、息を飲んだ。
 声を震わせる岑守に、空海はごくりと唾を呑み込む。

「空海殿……なんだ……? コレ・・は!」
「私もこんなは初めてですが……」

 空海に弾かれ、転がって動けなくなったその子ども・・・を守るよう、次から次へと、別の子どもたちが飛び出してきた。
 しかし、その異様さ・・・を目にし、さらに一同はワケがわからなく、混乱しかける。

 一同を取り囲むように対峙したその相手。
 全員一様に、ボロ・・を纏った、子どもたち。ではあるのだが。

「空海殿……」
「気を付けて! この子どもたち・・・・・は、生者・・死者・・が、入り交じっている!」

 ギラギラとした、殺意・・という名の、生気を纏うモノ。
 明らかに腐敗が始まり、怨念・・という名の、瘴気を纏うモノ。

「野殿! 此処は私にお任せあれ!」

 錫杖を深々と地に刺し、空海は印を結ぶ。

「なぁに。子どもきみたちに、うってつけの真言マントラがあるのです! ……空海この私が、責任をもって、まとめて君たちを導きましょう・・・・・・

 地蔵菩薩は、死した人間を公平に裁く閻魔王の同一存在でありながら、同時、六道の責め苦の身代わりを受ける、子どもの守護尊。

 往くべきを照らす、慈愛の側面。

oṃオン hahahaカカカ vismayeビサンマエイ svāhāソワカ!」

 カッ! と、眩い光が辺りを包み、そして、その光が落ち着くと、子どもたちはその場で倒れ込んでいた。

 生ける子は、一時ひとときの眠りを。
 死した子は、永遠とわの眠りを。

「さて、我々も、先を急ぎましょう」

 空海は錫杖を抜くと、少し微笑んで岑守たちを促した。


  ◆◇◆


「亞輝斗!」
「おうよッ!」

 こっちはあらかた片付いたぞ! と、鬼の明るい声が響く。
 が。

「………………」
「……なんだよ。どうした?」

 言葉を失う一同に、うろんげに亞輝斗が赤い目を細めた。

 暴れたせいか、長くまとめていた金糸の髪は、ほどけてざんばらに広がり、ところどころ絡まっている。
 しかし、亞輝斗のその手に摘まみあげられている、首謀者とおぼしき、一人の子ども……。

「確かに、金髪の子どもがいると報告がありましたが……」
「亞輝斗ー! 私に黙って、いつの間に隠し子なんかッ!」

 丸く甘めのオブラートに包んだ表現を心がけようとしていた岑守の行為を無駄にして、一瞬、初見で皆の脳裏によぎった言葉を、空海が叫んだ。

「ちっがーぁぁぁう!」

 亞輝斗が全力で否定する。

 が、角は無く、瞳の色は金色と違うが、その子どもの面差しは、亞輝斗によく似ていた。
 特に、子どもの髪も同様に手入れが行き届いておらず、ざんばらだったので、余計そう思えてしまう。

「ねぇ、亞輝斗。もしかして……」

 岑守と義覚の後ろから、竹生が少年に駆け寄った。
 牙をむく少年の顔を、竹生はじぃっと見つめる。

「この子、じゃないかな? 伊吹大明神の──あいたッ!」

 突然、「伊吹」の名を出した途端、少年が竹生の顔をひっかいた。
 慌てて亞輝斗が引きはがし、岑守が駆け寄る。

 しかし、竹生は「待って」と、二人を止めた。

「ゴメン。君、あそこ・・・で、ずっと、ずうっと、嫌な思いしてたんだよね? 気を使わなかった僕が悪かったよ」

 引っかかれてジンジンする頬を押さえながらも、竹生はにっこりと笑った。
 
「僕は竹生。君、名前、なんていうの?」

 手を差し出す竹生を、唖然としながらも、少年は値踏みするよう、じぃっと見つめる。
 しばし、無言の間が流れ、そして──。

「……外道丸げどうまる

 金髪の少年が、ため息とともに、諦めたように答えた。

「よろしく! 外道丸!」

 竹生は外道丸の手をがっしりと握って、ぶんぶんと、大袈裟に見えるほど、大きく縦に振る。

「はは……ナルホド。野殿。貴公のご子息は、祖父の豪胆さと、貴公の思慮深さ、両方を兼ね備えておられるようだ」

 空海が、感心したようにうなずく。

 竹生が目に見えて自分よりも年下であったが故に、芽生えつつある自尊心プライドから、大人の対応・・・・・を取らざるを得なかった外道丸。

 竹生も竹生で、外道丸と手を取り合う事で、「和解した」と、周囲の大人たちに見せつける・・・・・ことで、彼を守ろうとしている。

「しかし……村を襲ったことに、間違いはないわけで……」

 物申したげな岑守に、「あー、それだが」と、亞輝斗が口を開いた。

「確かに、今回の首謀者──というか、根本的にはコイツ・・・能力ちからの暴走が原因だが、コイツだけ・・が原因じゃぁなかったな」

 亞輝斗が顎で指した方を見ると、先ほどと同様に、腐敗しかけた一つの子どもの死体が、今は動かず、転がっている。

「本当の首魁は、そいつだ。このガキ外道丸も、比叡山に向かう途中で、そいつに拾われ、境遇に共感した・・・・にすぎない」

 声をあげることは無かったが、外道丸の目に、じんわりと涙がにじんでいた。

「捨てられた子どもが寄って集まっても、人数分の食べ物を手に入れるすべは無い。徐々に餓死していく連中も増えてゆく」

 そんな中、外道丸の生まれ持つ神力にを触媒に、死の際に祟神と化した子どもたちがあらわれ始める。
 自分が今、生きているのか、死んでいるのか。周りの子どもどころか、本人自身が理解してわかっていない。そんな状況が、あの惨事を、もたらせた──。

「しかし……」

 頭では理解できてはいるが、腑に落ちきっていない。そんな表情の岑守に、突然、背後から声がかけられた。

「では、当初の予定通り、その者の身は、私があずかりましょう」
「さ……最澄……」

 げぇ……と、空海は、露骨に嫌そうな顔を向けた。
 そこに立っていたのは、空海とは真逆の印象を与える、細面の一人の僧。

「なんでお前が此処に……」
「おう! オレオレ」

 手をひらひらと振っているのは、国境警備に向かったはずの、広野だった。

「いやー。南都の件は、万事解決って連絡が入ってよ! 貞嗣殿から、こっちの応援に回れって言われてたら、この人が連れていけってさ」
「私も、心配していたのです。その子の祖父から、孫を弟子にしてくれと連絡があって以降、まったく音沙汰が無かったので……」

 無事で、本当によかった。と、最澄はその細い手で、外道丸の手を取り、さめざめと泣く。

「私の元で修行し、罪を償うといいでしょう。生き残った子どもたちも、全員、一緒に私が引き取ります」
「けッ……いつもいつも例によって、肝心のところで、横取りして……」
真魚まお……お前、そういうところだぞ」

 実に不味そう・・・・なニオイがプンプンする、心の底から善意の塊のような最澄に対して、小声で悪態をつく空海を、呆れながら亞輝斗がたしなめた。

 横取り云々を抜きにしても、最澄と空海の品格の有無は、目に見えて明らかだ。
 鬼の亞輝斗も、思わず頭を抱えてしまう。

「どーせ、私はお育ち・・・が悪い、ヒラ官吏出身ですよーっだ」

 優等生のような最澄と、そんな彼に対して露骨に嫉妬むき出しの空海に、とうぶん、コイツが悟り・・をひらくことなど無いだろうし、そもそも、僧としてコレはどうなんだと、亞輝斗は再度、頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...