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《SS》Side Yukari
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……私は本当になんてことをしてしまったんだろう。
東條香澄さんとの面会の後、拘置所内で一人になり先程の出来事を振り返る。
初めてまともに真正面から言葉を交わした彼女はとても心の清らかな人だった。
あの事件を起こす前までは、婚約者がいながら春くんに手を出して誑かす嫌な女だと思っていたのに。
だけど、事件の後に春くんから教えられた事実は、まるで真逆で。
春くんの方から彼女を利用するために意図的に近づいていたという。
それなのに私は勝手に誤解したまま凶行に及んでしまった。
彼女は完全なる被害者なのだ。
悔やんでも悔やみ切れないし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
……あの時は正常な判断ができないくらい周りが見えなくなっていたな……。
それくらい春くんのことが大好きだった。
春くんは私の運命の人だと信じて疑わなかった。
そもそも私がこれほどまでに春くんにのめり込んだのには理由がある。
それは私の過去に関係する。
生後数ヶ月で児童養護施設の前に捨てられていたという私は、産まれてからずっと施設で育った。
そして遡ること約25年前、私が2歳の頃、当時6歳だった春くんがその施設に加わった。
春くんは幼い頃から容姿端麗で、人当たりも良く、みんなの人気者だった。
もちろん私も例外ではなく、春くんに懐き、物心つく前から本当のお兄ちゃんのように慕っていた。
その気持ちに変化が現れたのは私が小学生になった頃だ。
小学生になった私は、親がいないこと、施設育ちであることに劣等感を抱き、周囲に上手く馴染めていなかった。
友達もおらず、クラスでもちょっと浮いた存在になってしまっていた。
だが、ある日その状況が一変する。
同じ小学校に通っていた春くんが、私のクラスに訪ねてきたことがキッカケだ。
春くんはクラスの女の子の心を一瞬で掴み、その後春くんと仲が良いことで私も注目されるようになったのだ。
親がいないことも、施設育ちのことも、春くんは特に隠していなくて劣等感なんて一切ない。
そんな姿に感銘を受けたし、春くんと仲が良いことで周囲に羨ましがられることで私の自尊心も満たされた。
クラスの子達とも気負いなく話ができるようになり、次第に私は周囲に馴染めるようになっていった。
しばらくは春くんは私の自慢のお兄ちゃんみたいな存在だったけど、それが恋心に変わるのは自然な流れだったと思う。
友達と春くんのことを話すとみんな「カッコいい!」と言っていて、改めて春くんの魅力を再認識するに至った。
同じ施設で生活しているから近すぎて意識していなかったけど、客観的に春くんを見るようになって異性として意識するようになったのだ。
それは小学生らしい淡い恋心だった。
だけどその恋はすぐに終焉を迎える。
私が小学4年生になる頃のこと、小学校を卒業した春くんに養子縁組が決まったのだ。
ある日突然、施設のみんなにその旨が知らされ、お別れ会をした数日後に春くんは施設からいなくなってしまった。
その日以来、施設を出た春くんと顔を合わすことはなかった。
成績優秀だった春くんは、養子になった後に中学から有名私立へ通い始め、高校からは海外の学校へ入学したと風の噂で耳にした。
あんなに身近な存在だった春くんは、物理的にも心情的にも遠い遠い存在の人になってしまったのだ。
私は春くんがいなくなってしまった喪失感を抱えながらも、真面目に勉学に励んだ。
中学生、高校生となる中で、私にも養子縁組の話は何度かあったけど、私はそれをすべて断った。
なぜなら春くんとの縁が完全に切れてしまうような気がしたからだ。
施設にさえいれば、いつか春くんがまた会いに来てくれるかもしれない。
そんなわずかな希望がどうしても捨てられなかった。
高校を卒業してからは施設の近くで一人暮らしを始め、近くの工場の事務の仕事を始めた。
ただ、将来を考えてもっと専門性のある仕事をしたいと思った私は、20歳になった頃にパラリーガルを目指してトラスト総合法律事務所に転職した。
事務職でもパラリーガルなら専門性があり、食いっぱぐれがなさそうだと思ったからだ。
我ながら英断だったと思う。
それから仕事一筋で真面目に頑張ってきた。
たまに合コンに誘われて参加してみたりはしたけど、ただ痛感するだけだ。
春くんより魅力的な人はいない、と。
何年経っても春くん以上に私の心を揺さぶる人なんていなかったのだ。
だから恋愛ごとには縁がないまま、ひたすら仕事に打ち込んだ。
その結果、職場では頼りにされるようになり、パラリーガルとして着実な実績と信頼を築いていくことができた。
そんな私の頑張りを神様はきっと見ていてくれたのだろう。
27歳となったある日、私に信じられない幸運が舞い降りてきた。
海外から帰国する所長の息子の専任パラリーガルをすることになったのだが、顔を合わせてすぐに私には衝撃が走った。
なんと約17年ぶりに会う、一時も忘れたことのない相手――春くんだったのだ。
養子先が久坂所長のところだとは、私も当時幼すぎて知らなかった。
こんな運命的な再会、まるで漫画や小説のようだ。
私と春くんの物語の幕開けとしか思えない。
春くんは17年経っても変わらずカッコよくて、昔以上に素敵になっていた。
ただでさえ春くんを忘れられなかった私の心は、大人になった春くんを目にして浮き足立つ。
長らく感じていなかった淡い恋心が胸いっぱいに広がった。
さすがに17年経っていたからか、春くんは私のことに気がついていないようだったけど、二人になった時に施設のことを話せばすぐに思い出してくれた。
私が昔のように「春くん」と呼ぶのも許してくれるし、昔のように私の話にも耳を傾けてくれる。
やっぱり春くんにとっても私は特別な存在なのかもと思うと嬉しくてたまらなかった。
……だけど、それは私の思い込みだった。春くんは同僚としてただ感じ良く接してくれていただけ。
残念ながら事実はこうなのだ。
運命的な再会ですっかり浮かれて、春くんは私のモノだと勘違いした私は、愚行を犯すことになってしまった。
今は自分の盲目さを心から悔いている。
願わくば私の行いによって不幸にしてしまった彼女と春くんには幸せになって欲しい。
彼女はわざわざ面会に来てまで私に向き合ってくれた。
完全に私が悪いのだから、無視することだってできたのに。
それに春くんも責任を感じたのか、私のために池先生に弁護を頼むと頭を下げてくれてらしい。
決して女性として好意を向けてはくれなかったけど、同僚として、そして昔馴染みとして、春くんは春くんなりに私を大切にしてくれているのを感じた。
そんな二人に私も心から謝罪したい。
……本当に本当に申し訳ありませんでした。二人に非は一切ありません。私が愚かだっただけです。だからどうか幸せになってください。
拘置所内で私は静かに頭を下げる。
もちろん法でも裁かれ、その罪をこれから償うつもりだ。
だけど今この瞬間、どうしても二人にこの謝罪の気持ちを伝えたくて私はただただその場で頭を下げ続けた。
東條香澄さんとの面会の後、拘置所内で一人になり先程の出来事を振り返る。
初めてまともに真正面から言葉を交わした彼女はとても心の清らかな人だった。
あの事件を起こす前までは、婚約者がいながら春くんに手を出して誑かす嫌な女だと思っていたのに。
だけど、事件の後に春くんから教えられた事実は、まるで真逆で。
春くんの方から彼女を利用するために意図的に近づいていたという。
それなのに私は勝手に誤解したまま凶行に及んでしまった。
彼女は完全なる被害者なのだ。
悔やんでも悔やみ切れないし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
……あの時は正常な判断ができないくらい周りが見えなくなっていたな……。
それくらい春くんのことが大好きだった。
春くんは私の運命の人だと信じて疑わなかった。
そもそも私がこれほどまでに春くんにのめり込んだのには理由がある。
それは私の過去に関係する。
生後数ヶ月で児童養護施設の前に捨てられていたという私は、産まれてからずっと施設で育った。
そして遡ること約25年前、私が2歳の頃、当時6歳だった春くんがその施設に加わった。
春くんは幼い頃から容姿端麗で、人当たりも良く、みんなの人気者だった。
もちろん私も例外ではなく、春くんに懐き、物心つく前から本当のお兄ちゃんのように慕っていた。
その気持ちに変化が現れたのは私が小学生になった頃だ。
小学生になった私は、親がいないこと、施設育ちであることに劣等感を抱き、周囲に上手く馴染めていなかった。
友達もおらず、クラスでもちょっと浮いた存在になってしまっていた。
だが、ある日その状況が一変する。
同じ小学校に通っていた春くんが、私のクラスに訪ねてきたことがキッカケだ。
春くんはクラスの女の子の心を一瞬で掴み、その後春くんと仲が良いことで私も注目されるようになったのだ。
親がいないことも、施設育ちのことも、春くんは特に隠していなくて劣等感なんて一切ない。
そんな姿に感銘を受けたし、春くんと仲が良いことで周囲に羨ましがられることで私の自尊心も満たされた。
クラスの子達とも気負いなく話ができるようになり、次第に私は周囲に馴染めるようになっていった。
しばらくは春くんは私の自慢のお兄ちゃんみたいな存在だったけど、それが恋心に変わるのは自然な流れだったと思う。
友達と春くんのことを話すとみんな「カッコいい!」と言っていて、改めて春くんの魅力を再認識するに至った。
同じ施設で生活しているから近すぎて意識していなかったけど、客観的に春くんを見るようになって異性として意識するようになったのだ。
それは小学生らしい淡い恋心だった。
だけどその恋はすぐに終焉を迎える。
私が小学4年生になる頃のこと、小学校を卒業した春くんに養子縁組が決まったのだ。
ある日突然、施設のみんなにその旨が知らされ、お別れ会をした数日後に春くんは施設からいなくなってしまった。
その日以来、施設を出た春くんと顔を合わすことはなかった。
成績優秀だった春くんは、養子になった後に中学から有名私立へ通い始め、高校からは海外の学校へ入学したと風の噂で耳にした。
あんなに身近な存在だった春くんは、物理的にも心情的にも遠い遠い存在の人になってしまったのだ。
私は春くんがいなくなってしまった喪失感を抱えながらも、真面目に勉学に励んだ。
中学生、高校生となる中で、私にも養子縁組の話は何度かあったけど、私はそれをすべて断った。
なぜなら春くんとの縁が完全に切れてしまうような気がしたからだ。
施設にさえいれば、いつか春くんがまた会いに来てくれるかもしれない。
そんなわずかな希望がどうしても捨てられなかった。
高校を卒業してからは施設の近くで一人暮らしを始め、近くの工場の事務の仕事を始めた。
ただ、将来を考えてもっと専門性のある仕事をしたいと思った私は、20歳になった頃にパラリーガルを目指してトラスト総合法律事務所に転職した。
事務職でもパラリーガルなら専門性があり、食いっぱぐれがなさそうだと思ったからだ。
我ながら英断だったと思う。
それから仕事一筋で真面目に頑張ってきた。
たまに合コンに誘われて参加してみたりはしたけど、ただ痛感するだけだ。
春くんより魅力的な人はいない、と。
何年経っても春くん以上に私の心を揺さぶる人なんていなかったのだ。
だから恋愛ごとには縁がないまま、ひたすら仕事に打ち込んだ。
その結果、職場では頼りにされるようになり、パラリーガルとして着実な実績と信頼を築いていくことができた。
そんな私の頑張りを神様はきっと見ていてくれたのだろう。
27歳となったある日、私に信じられない幸運が舞い降りてきた。
海外から帰国する所長の息子の専任パラリーガルをすることになったのだが、顔を合わせてすぐに私には衝撃が走った。
なんと約17年ぶりに会う、一時も忘れたことのない相手――春くんだったのだ。
養子先が久坂所長のところだとは、私も当時幼すぎて知らなかった。
こんな運命的な再会、まるで漫画や小説のようだ。
私と春くんの物語の幕開けとしか思えない。
春くんは17年経っても変わらずカッコよくて、昔以上に素敵になっていた。
ただでさえ春くんを忘れられなかった私の心は、大人になった春くんを目にして浮き足立つ。
長らく感じていなかった淡い恋心が胸いっぱいに広がった。
さすがに17年経っていたからか、春くんは私のことに気がついていないようだったけど、二人になった時に施設のことを話せばすぐに思い出してくれた。
私が昔のように「春くん」と呼ぶのも許してくれるし、昔のように私の話にも耳を傾けてくれる。
やっぱり春くんにとっても私は特別な存在なのかもと思うと嬉しくてたまらなかった。
……だけど、それは私の思い込みだった。春くんは同僚としてただ感じ良く接してくれていただけ。
残念ながら事実はこうなのだ。
運命的な再会ですっかり浮かれて、春くんは私のモノだと勘違いした私は、愚行を犯すことになってしまった。
今は自分の盲目さを心から悔いている。
願わくば私の行いによって不幸にしてしまった彼女と春くんには幸せになって欲しい。
彼女はわざわざ面会に来てまで私に向き合ってくれた。
完全に私が悪いのだから、無視することだってできたのに。
それに春くんも責任を感じたのか、私のために池先生に弁護を頼むと頭を下げてくれてらしい。
決して女性として好意を向けてはくれなかったけど、同僚として、そして昔馴染みとして、春くんは春くんなりに私を大切にしてくれているのを感じた。
そんな二人に私も心から謝罪したい。
……本当に本当に申し訳ありませんでした。二人に非は一切ありません。私が愚かだっただけです。だからどうか幸せになってください。
拘置所内で私は静かに頭を下げる。
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