運命的に出会ったエリート弁護士に身も心も甘く深く堕とされました

美並ナナ

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#33. Purposeful Reunion

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 ……ああ、春臣さんだ。

午後7時過ぎ。

Bar Moonlightバー ムーンライトの入り口には2年ぶりに見る春臣さんの姿があった。

その姿を見つめるだけで、なんだか目頭が熱くなってくる。

私は帽子とサングラスを付けて、テーブル席で気配を殺しながら春臣さんを目で追う。

春臣さんは慣れた足取りでカウンター席に進み、オーナーと親しげに会話を始めた。

このバーが春臣さんの行きつけだという話は本当のようだ。

私がこのバーの存在を知ったのはつい昨日のことだった。

春臣さんに会うためにサンフランシスコに来て、勤め先のローファームを訪れた。

来てみたはいいものの、いざオフィスビルを目の前にすると極度の緊張で足がすくんだ。

あれからもう2年だ。

突然職場を訪ねたら迷惑になってしまうのではないだろうか。

それならここでこのまま春臣さんが出て来るまで待ち伏せするべきだろうか。

ぐるぐる考え込み、ビルの前で右往左往しているところを「Are you okay? (大丈夫?)」とアメリカ人の男性に声を掛けられた。

サイモンと名乗った男性は、このビルにあるローファームで働いているという。

もしかしてと思い、私は春臣さんを知っているかどうかを尋ねてみた。

すると、彼は春臣さんの同僚で、しかも一緒に食事に行ったりするくらい親しい仲だということが分かった。

そこで私は春臣さんに会いに来たこと、でも仕事の邪魔はしたくなくてこうしてオフィスビルの前でどうしようか頭を悩ませていたことを話した。

初対面なのになぜいきなりこんな話を私がしたかというと、それはサイモンさんのせいだろう。

明るく気さくな人柄で、つい心を許してしまうような人だったのだ。

もちろん春臣さんの知り合いだという安心感があったことも大きい。

「……Do you like classical music by any chance? (ひょっとして君ってクラッシック音楽が好きだったりする?)」

私の話を聞いたサイモンさんはなにやら少し考える素振りをしたのちに、パッと笑顔を浮かべた。

そして何の脈絡もなく唐突にこんな質問を投げかけてきた。

「What? Yes, I like it and play the piano too. (えっ?はい、好きですしピアノも演奏しますよ)」

「I see. Then you should go to Bar Moonlight tomorrow night. (なるほどね。それなら明日の夜にバームーンライトへ行けばいいよ)」

「Bar Moonlight? (バームーンライト?)」

「Yeah, He's a regular at the bar there, and he'll definitely be there tomorrow night. (そう、春臣はそのバーの常連客で、明日の夜は必ず行くはずだ)」

詳しく聞けば、明日の夜はそのバーで特別な催しがあるらしく、春臣さんはそれに一人で行く予定だという。

春臣さんの担当パラリーガルから聞いたから確実な情報だそうだ。

 ……仕事以外で春臣さんが一人の時なら邪魔にならずちょうどいいかもしれないな。

そんなことを考えていると、さらにサイモンがおまけ情報があると言う。

「Just so you know, he’s been single for years.
(ああ、そうそう。春臣は何年も恋人はいないよ)」

何を思ったのかサイモンは軽くウインクしながらサラリと春臣さんの恋愛面の近況まで教えてくれた。

実は今回会いに来るにあたって、気になっていたことの一つだった。

2年経った今、春臣さんに恋人がいてもおかしくない。

その場合、私が訪れることは仕事を邪魔する以上に迷惑になる可能性があったからだ。

 ……事前に知れて良かった。

私はサイモンさんにお礼を述べ、春臣さんには秘密にしたいから私に会ったことは言わないで欲しいとお願いする。

彼は軽く手を挙げて了承してくれたが、本当に私のお願いを守ってくれたようだ。

春臣さんがバーに入って来た時に誰かを探すような素振りがなかったことからそれが伺える。

そんなサイモンさんとの昨日のやりとりがあって、今私はここにいるわけだった。

 ……それにしてもこのバーでの特別な催しってドビュッシーの曲ばかりを流す日だったんだ。

先程から店内にはコンサートホール並みに美しい音色でドビュッシー作曲のピアノ曲が次々に流れている。

クラッシック音楽とお酒を愉しめる、なんとも上質で贅沢な大人の空間が広がっていた。

このバーの店名はおそらくドビュッシーの月の光から名付けられていると思う。

そんなクラッシック音楽バーに春臣さんが通っているのは、少しは私のことを覚えていてくれると思ってもいいのだろうか。

ここに来るまで「忘れられているかもしれない」とずっと不安に感じていたことが少し和らぐ。

なにしろ2年が経っている。

私にとっては今もつい昨日のことのように思い出す大切な思い出だが、春臣さんが同じだとは限らない。

 ……でもそれは覚悟していたこと。記憶を取り戻してすぐに春臣さんを探したり、追いかけたりしなかったのは私なんだから。

そう、私は婚約を破棄して家を出た後、春臣さんを探そうとはしなかった。

なぜなら、春臣さんはすべては自分のせいだと責任と悔恨の念を抱き、私と関わらないために去ったからだ。

「春臣さんのせいではない」と私がいくら言っても彼は受け入れないだろうと直感的に思った。

それくらい深い後悔があの手紙からは感じられたのだ。

仮に私が春臣さんをあの時追いかけても、婚約破棄をして家と決別した私を見て、また自分のせいだと苦しんでしまうかもしれない。

だから、私は「春臣さんのおかげで幸せなのだ」と彼に自信を持って誇れる自分になってから、彼に会いに行くと決めたのだ。

そうして月日が流れて2年。

ようやく私は自分の足で立って生きていると胸を張って言える自分になれた。

「Excuse me. Are you by any chance Kasumi, a pianist who is active on YouTube? (すみません。もしかしてYouTubeで活躍しているピアニストのKasumiですか?)」

その時ふいに隣のテーブルに座っているアメリカ人の若い女性2人組に声を掛けられた。

彼女達は私が帽子とサングラスを付けているにも関わらず、近くにいたせいか気が付いたようだった。

さすがクラッシック音楽好きが集まるバーだ。

「Yes, I am. (はい、そうです)」

「Wow! We are your big fans! We always look forward to your playing. (わぁ! 私たちあなたの大ファンなんです! いつも演奏楽しみにしています)」

「Thank you so much. I’m very happy to hear that. (ありがとうございます。そう言って頂けてとても嬉しいです)」

「We will keep cheering for you! (これからも応援しています!)」

握手を求められ、私は彼女たちそれぞれと握手を交わす。

こんなふうに応援してもらえて、なんだかくすぐったい。

彼女達が言うように、実は現在私はYouTubeでピアノ演奏を披露している。

登録者数はまもなく30万人に迫る勢いだ。

きっかけは以前春臣さんが私になにげなく言った言葉だった。

春臣さんが初めて私の演奏を聴いた時に「YouTubeに演奏動画を投稿したりもできるよ。せっかくの腕前なのにもったいないと思う」
と言ってくれたのを思い出したのだ。

家を出て、東條家と縁を絶った私は、その後自力で生きていくために仕事を始めた。

求人情報から見つけた結婚式場とホテルラウンジでのピアノ演奏の仕事だ。

どちらも時給制のアルバイト、尚且つ不定期だったので掛け持ちして稼がねばならなかった。

というのも、幸いにも貯金をしていたため、ある程度の自己資金はあったが、何もしなければ底を尽きるのも時間の問題だったからだ。

住んでいたマンションは父の資金で購入した場所だったのでスーツケースに荷物を詰め込んで立ち去り、次の家が決まるまでは眞帆の家に居候させてもらった。

2LDKの広い分譲マンションから、眞帆の家での居候を経て、1Rの賃貸へ引越し、アルバイトに精を出す日々で感じたのは、いかに自分が恵まれていたのかということだ。

社会で人と関わって、そして自分でお金をやりくりするようになって、初めてお金の大切さと稼ぐ大変さを本当の意味で知った。

そんな慌ただしい毎日が半年を過ぎた頃、ふと立ち止まって「他にも何かできないかな?」と思った。

そして思い出したのが春臣さんの言葉だ。

ストリートピアノ演奏を動画でおさめたものが人気のようだと知り、真帆に撮影協力を頼んでさっそくやってみた。

動画の編集やYouTube の使い方も勉強し、最初は見よう見まねだった。

Kasumiという名前で投稿した動画は、徐々に再生回数を伸ばし、登録者数も日に日に増えていった。

「ファンです」、「応援してます」、「Kasumiの透明感のある演奏が好きです」……など好意的なコメントを貰うことも多くなり、ますます私は頑張った。

結婚式場やホテルラウンジで人に見られながら弾くことに慣れてきていたことも功を奏したのだと思う。

そうしてアカウントは成長を続け、たまに外で声を掛けられることも増え、YouTubeの収益だけでも生活していけるまでになった。

それが最近のことだった。

 ……まさか私がYouTubeで生計を立てることになるなんて。想像もしていなかったな。

本当に人生は分からないものだと思う。

でも一つ言えるのは、これは私が自分で考えて、自分で行動しなければ起こらなかったということだ。

人の言いなりではなく、2年前に思い描いたように、自分で自分の道を切り開いて生きていると自信を持って今なら言える。

そんな今の自分が私は好きだった。


 ……だから春臣さんとの運命も私は自らの手で切り開く!


ファンだと声を掛けてくれた女性達との交流を終え、私はカウンターでオーナーと和やかに話す春臣さんの姿を見つめる。

2年前と変わらない春臣さんの横顔に胸が甘くときめいた。

その時ちょうど流れていた音楽が変わる。

次に旋律を奏で出したのは「ベルガマスク組曲」だった。

「ベルガマスク組曲」は、「前奏曲」「メヌエット」「月の光」「パスピエ」の全4曲で構成される、ドビュッシーが作曲したピアノ組曲だ。

そう、月の光は「ベルガマスク組曲」の第3曲なのだ。

つまりこの組曲が始まったということは、月の光ももうまもなくということだ。

それを察して、ちょうど近くを通りかかったマスターを私は呼び止める。

そして、「月の光が始まったらあそこのカウンターにいる日本人男性にホーセズネックを私のお会計で提供してください」とお願いした。

オーナーはシワの刻まれた人の良い笑顔を浮かべつつも、「彼はそういうの嫌いですよ」とやんわり諌めてくる。

だけど私が譲らなかったため、最終的に折れて了承してくれた。

それから数分後、いよいよ第3曲の月の光のメロディーが流れ始める。

春臣さんはグラスを持つ手を止め、音楽に耳を済ませるよう目を閉じた。

この曲を聴きながら春臣さんは何を思っているだろうか。

少しは私のことを考えてくれたりするのだろうか。

そんな淡い期待と不安で春臣さんを見つめる。

すると、お願いしていた通りにオーナーがカクテルグラスを春臣さんに差し出して、二人は何やら小声で話し始めた。

その次の瞬間、春臣さんがテーブル席の方を振り向き、私を見る。

懐かしい瞳が私を真っ直ぐに視界に捉え、不愉快そうに眉をしかめていた。

 ……ああ、春臣さんだ。あの頃のままだ。

私は立ち上がり、引き寄せられるように春臣さんのもとへ歩みを進める。

春臣さんの視線を独り占めしているのが嬉しくてたまらない。

遠目でも、横顔でもなく、今私は彼の真正面から向き合っているのだ。

春臣さんを前にして私はゆっくりと口を開く。

第一声に掛ける言葉は2年前から決まっていた。

「It’s very nice to meet you. May I join you? (はじめまして。ご一緒しても良いですか?)」


そう、だ。

私はその流れで帽子とサングラスを外す。

そして春臣さんに微笑みかけた。


「……………」


春臣さんは言葉を失い、まるで幽霊でも見たような顔をしている。

無理もない。
なにしろここはサンフランシスコだ。

私も鎌倉で再会した時にはすごく驚いたから、国境を超えている今回はさらにそれを上回る驚愕だろう。

ただ、春臣さんのこの反応で、彼が私のことを覚えていてくれたことがハッキリ分かった。

そのことに胸の底から嬉しさがこみ上げてくる。

「隣に座ってもいいですか?」

春臣さんが何も言わないので、私は日本語に切り替えて再度問いかける。

それに対して春臣さんは言葉を発さず、ただ首を縦に振った。

「このホーセズネックのカクテル言葉を知っていますか?」

私は春臣さんの目の前にあるレモンが印象的に使われたカクテルに視線を向け、彼に尋ねる。

カクテル言葉とは、花言葉のようなもので、各カクテルに割り当てられた言葉のことだ。

それを踏まえた上で私はあえてこのホーセズネックを選んだのだ。

「……いや、知らない」

私の問いかけに春臣さんはやや警戒しながら必要最低限の言葉を選ぶように答えた。

2年ぶりに耳にする春臣さんの声が鼓膜を震わせる。

もっと聞いていたい衝動に駆られながら、私はさらに言葉を紡ぐ。

「カクテル言葉は“運命”なんですよ。……私は偶然に導かれた出会いだけが運命だとは思いません。たとえ意図的に近づいた出会いであっても、二人次第で運命になると信じています」

「……! もしかして記憶を……?」

春臣さんは私の言葉に反応して目を瞬き、恐る恐るというようにつぶやいた。

そこで初めて気付く。

春臣さんは私が記憶喪失のままである可能性を考慮して、もう関わらないという約束を守るために口をつぐんで様子を見ていたのだ、と。

不用意な発言で記憶のない私を刺激して傷つけないように。

ほんの一言二言話しただけで春臣さんがいかに2年前のことを悔やんでいたのかが伝わってくる気がした。

だから私はこう言った。


「はい。すべて思い出しました。手紙も読みました。だからこそ、言わせてください。……。今日ここから私と新しい運命を始めませんか?」


春臣さんは再び驚きに目を見張り、凝視するように私を見つめた。
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