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11. 疲労回復薬作り

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ロイドへの疲労回復薬の受け渡しが明日に迫った日の午前中、私は王宮の本殿がある中庭を侍女と護衛を引き連れて散策していた。

普段は自分に与えられた離宮に籠っているため、本殿に来るのはかなり稀なことだ。

本殿には王族の居住スペースのほか、謁見の間や執務室、ダンスホールなど貴族の家臣が出入りする場所も多い。

そのため中庭を歩いていても人とすれ違う機会があり、その度にベールで顔を覆った私の姿に皆が振り返るのが分かった。

自国でも遠目からジロジロ見られ慣れているため、不躾な視線をものともせず私はお目当てのモノを探すことに注力していた。

探しているのは、ずばり薬草のレウテックスだ。

ロイドから依頼を受け、すぐに自国から持って来た調合道具は準備したのだが、薬草はそういうわけにもいかない。

やはり新鮮なものを使うのが一番なため、受け渡しの直前に採取して調合する必要があるのだ。

そしてその肝心の薬草の採取をどうするかと考えた時に、私はこの国に到着した日のことを思い出した。

馬車を降りて離宮までアランに案内された際、この中庭を通ったのだが、そこでレウテックスを私は目にしていたのだ。

そこでこうして今日この中庭に来たというわけだった。

 ……確かこのあたりだったはずよね。どこかしら? あ! あった!

キョロキョロと周囲を見回していた私の視界に、地面に生い茂っているレウテックスが飛び込んできた。

日当たりが悪く湿った場所を好むレウテックスは、庭や畑、道端などあらゆる場所に分布している。

一見雑草にしか見えないため、誰も気に留めないが実は優秀な薬草なのだ。

アドレリンが貴重な薬草なのに対して、レウテックスは割とどこでも手に入るという点においても重宝する。

私がいつもの調子で薬草を採取しようとその場にしゃがみ込むと、周囲にいたライラ以外の侍女と護衛がギョッしたように目を剥いた。

「ア、アリシア王女殿下!? 何をなさっているのですか……!? ご体調が優れないのですか!?」

慌てたように近寄って来られ、逆に私の方がビックリさせられてしまった。

だが、よく考えれば私が薬草採取をするのは自国でもいつも王宮を抜け出した時、つまりシアの姿の時だった。

確かに王女であるアリシアが自ら薬草採取をするのはおかしいことだろう。

 ……すっかり忘れていたわ。じゃあ私の代わりに侍女か護衛に採取をお願いしなくちゃね。

私はライラに目線で合図をしながら、ライラだけでなく他の人にも向かって声を掛ける。

「驚かせてごめんなさいね。体調は大丈夫よ。申し訳ないのだけど、ここにあるこの雑草を採取してくれないかしら? その、ちょっと研究したいことがあるの」

これが薬草であることは黙っていることにした。

薬草を摘んで調合していることがバレると、なぜそんなことができるのかと追求されかねない。

そうなると芋づる式に王宮から抜け出していた過去が明るみになってしまいそうだ。

私は本で読んで雑草に興味があるから研究してみたくて……と苦し紛れな言い訳を述べてみんなに手伝ってもらう。

最初は意味が分からないという表情を浮かべていたみんなだったが、ライラが率先して動き出したのを見て、次第に真似をするようにそれに続いた。

 ……さすがライラ! 私の意図を汲み取ってくれたのね。

長年の付き合いであるライラには、調合道具を準備し出した動向などから、この雑草が薬草だと見当が付いていたのだろう。

阿吽の呼吸で動いてもらえる存在がいるというのは実に心強いものだ。

自分の手は動かさず、周囲の者に採取してもらい、その様子を側で見ていた私だったが、しばらくした頃ふいに背後から声を掛けられた。

「あら? もしかしてアリシア様ではございませんこと?」

これまで遠目に私を見ている人はいても、直接声をかけてくる人はいなかった。

なにしろ私は一応王女で、この国のほぼ全員より身分が高いため、そう簡単に声をかけられる相手ではない。

それなのに珍しいなと思いながら、女性の声がした方を振り返った。

そこには私の倍以上じゃないかと思われる大勢の侍女と護衛を引き連れた女性が佇んでいた。

昼間だというのに露出が多い派手なドレスを着た、妖艶な雰囲気を醸し出す美女だ。

初めて会う女性だったが、相手の方は私のことを認識しているようだった。

貴族令嬢なのだろうが、王宮勤めの父親に帯同してきたにしては取り巻きが多すぎる。

 ……誰かしら? 王宮でこんなに使用人を引き連れていても不自然ではない立場の人といえば……。ん? もしかして?

なんとなく相手が誰か思い当たったと同じタイミングで、女性が再び口を開いた。

「初めてお目にかかりますわね。 私はマティルデ・タンゼルと申しますわ。あちらにある離宮にお部屋を頂いておりますのよ」

やはり、というのが感想だった。

彼女はエドワード殿下が愛してやまないという側妃だ。

離宮に部屋を賜っているのは、私と側妃だけなので今の一言でそれは確定することができる。

 ……この国に来てもう約3ヶ月経つけれど会うのは初めてね。側妃としか認識していなかったから名前も知らなかったわ。

興味関心もなく、意識も向けていなかったこともあり私は驚くほど彼女について無知だったが、確か2年前にエドワード様に見初められて側妃になった子爵令嬢だったはずだと思い出した。

王太子エドワード様の婚約者と側妃という立場の私たちだが、私は隣国の王女なので身分は私の方が上だ。

「初めまして。私のことはご存知のようだけど、一応名乗っておくわね。リズベルト王国王女のアリシア・リズベルトよ」

貴族は自分の身分に適した振る舞いが求められる。

そのため、私は彼女にへりくだることなく、いつも通りの態度と口調で言葉を返した。

だが、なんとなくその場の空気がピリッとしたのを肌で感じる。

マティルデ様側の取り巻きが敵意を剥き出しにした目でこちらを見ているのが分かった。

 ……まぁエドワード殿下の寵愛を競い合う間柄だったら敵対するのも分かるけど、私は初めからそのつもりないのよね。寵愛は独り占めしてくれて構わないのだけど。

とはいえ、そんな私の内心はきっと伝わっていないのだろう。

マティルデ様の立場を脅かすかもしれない憎き相手として捉えられているようだ。

「離宮に引き籠って全然外に出てこられないと伺っていましたのよ。中庭でお見かけするなんて予想外でしたわ」

「ええ。引き籠っているのは苦にならないから好んでそうしているの」

「あら? そんなんですの? でもやっぱり引き籠りすぎてアリシア様はお心を蝕まれていらっしゃるのでしょう? そうでなければこんなところで土遊びなんてされないでしょうから」

言葉遣いは丁寧だが、明らかにバカにした響きがして、彼女が私を嘲笑っているのがよく分かった。

扇子センスで口元を隠し、クスクスと笑っているのが嫌味ったらしい。

ただ、こんなふうに言われても私には正直何のダメージもなかった。

幸か不幸か、こんな蔑みは妹のエレーナで慣れている。

嫌味を言われる耐性があり、これくらい可愛いものだと思えてくる始末だった。

しかし彼女の滑らかな口は勢いづいてきたようにさらに回り出す。

「私、とても心配しておりますのよ? 隣国から来られて離宮にお一人でお可哀想だと思っておりますの。でも離宮に引き籠っているのは私も同じかもしれませんわ。私も外に出てこうして本殿の方に来たのは実は久しぶりなんですのよ」

「そうなのね。だから今日まで会う機会がなかったのかもしれないわね」

「ええ、そうですわね。なにしろ私の離宮にはエドワード様が四六時中いらっしゃるんですもの。片時も離してくださらないから、外に出ることもままならなくて。今日はこのほんのひと時だけエドワード様がご用事があって久々に外に出れたんですけど。困ったお方だと思いませんこと?」

手を頬に当てワザとらしく困ったわポーズをする彼女だが、要はただの自慢話だ。

いかにエドワード殿下から愛されているか、私の入る隙がないかを誇示したいのだろう。

 ……そんなことより四六時中側妃のところにいるって政務はどうなっているのかしら? そっちの方が気になるわ。

その時ふと『フォルトゥナ』で働いている時にお客さんが言っていた言葉が脳裏に蘇る。


ーー「側妃に骨抜きにされて全然仕事してないって話じゃなかったか?」

ーー「どうせブライトウェル公爵様に尻拭いしてもらってるんだろうさ。王太子様のやることは実質裏で公爵様が動いているってのはみんな知ってるし公然の秘密みたいなもんだからな」


 ……どうやら全然仕事していないっていう噂話は結構本当みたいね。この国、大丈夫なの?

押し黙って頭の中でこんなことを考え、勝手に国の未来を憂いていると、その様子を見て私がショックを受けていると誤解したらしいマティルデ様はご満悦な笑みを浮かべた。

自分だけが寵愛を授かっていることで私より優位に立てたと感じていて、優越感に浸っているのが丸わかりだ。

 ……どの世界にもこういうマウンティングが好きな人っているのね。

前世でも女性が集う場ではよく目にした光景だった。

笑顔を浮かべて会話しているのに、腹のうちでは常に相手と比較し上位にいようとする、そんな人達が恐ろしくて極力関わらないようにしたものだ。

だが、現世は王女という限りなく頂点に近い身分ゆえに、否応なしに貴族女性から僻みややっかみを受けてしまいがちだ。

 ……衣食住に困らず生活できる恵まれた立場の代償みたいなものよね。

私はこのように考えてすべて受け入れていたため、寵愛を誇られてマウンティングされても、ちっとも動じることはなかった。

「ふふっ。エドワード殿下とマティルデ様はとても仲睦まじいのね。素敵だわ。ぜひこれからも仲良くなさってね」

私はアッサリと寵愛を授かっているのがマティルデ様だと認め、それを後押しするような応援を述べる。

負け惜しみでもなんでもない、100%本心だ。

付け加えるなら「政務にも励むように尻を叩いてあげてね」と言いたかったが、さすがにエドワード殿下への不敬にもなりかねないので口にするのは慎んだ。

チラリと薬草摘みの様子を伺うと、もう調合に必要な分量は確保できているようだ。

 ……いつまでもここでマティルデ様と向き合っているのも変な注目を集めそうだわ。早く退散する方がいいわね。

私がショックを受けていると思い込んでいたマティルデ様は、思いの外私がアッサリした態度で悔しさを口にしなかったことが少々ご不満なようで扇子を持つ手が怒りで小刻みに震えていた。

「土遊びも十分だから私はそろそろ部屋に戻ってまた引き籠るわ。それじゃあマティルデ様、失礼するわね。ごきげんよう」

その場を辞す言葉を一言伝えると、侍女や護衛に声を掛け、私はその場をサッサと立ち去った。

王太子の婚約者と寵愛を一身に受ける側妃が対面している状況というのは、どうやら周囲の者に相当な緊張を与えていたらしい。

離れた瞬間、周りの空気がふっと軽くなるのを感じた。


◇◇◇

「さて、さっそく調合を開始するわよ!」

部屋に戻り、侍女に疲れたから休憩したい旨を伝えて一人きりになった私はゴソゴソと棚から調合道具を取り出した。

まずは採取したレウテックスから泥を取り除き、乾燥させていく。

本来は数日天日干しするらしいのだが、私は薬の師匠であるお婆さん直伝の方法でその時間を短縮させる。

次に道具を使って乾燥させたレウテックスを細かく砕いて粉末化していく。

ゴリゴリと何度も何度もすり潰して細かくしていくのだが、これが結構根気と力がいる作業なのだ。

サラサラとした粉末状になったところで、この前城下町で購入しておいたスパイスや蜂蜜などと混ぜ合わせる。

団子のように固まったら再び乾燥させ、最後にもう一度それを粉末化して完成だ。

 ……できた! 久しぶりに調合したけどなかなか良い感じなのではないかしら。これで明日の約束は果たせそうね。

ロイドからは数日使える程度の量の疲労回復薬を依頼されていたが、念のため今回結構な分量を作っておいた。

たぶん数ヶ月持つと思う。

というのも、先程のマティルデ様との話で、エドワード殿下が政務を放棄している現状が透けて見え、相当ロイドに皺寄せがいっているだろうと分かったからだ。

 ……その状況だと、藁にもすがる気持ちで、よく知らない町娘に頼んだとしても良く効く疲労回復薬を手に入れたくなるわよね。

自分も前世では働き詰めで栄養ドリンクが手放せなかったため、気持ちは痛いほど理解できた。

当初は助けてもらったお礼のつもりだったけど、今は少しでもロイドの力になれれば良いなという思いに私はなっていた。
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