追い出されたら、何かと上手くいきまして

雪塚 ゆず

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留年回避編

第百九話 上演開始

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ユリーカ達、演劇委員会の上演日。
約束通り、メノウはきちんと人数を集めてやってきた。

「アレク。連れてきたぞ」
「本当にやってくれたんだね……」
「当たり前だろう。お前のためだからな」
「僕のためって言うのはよくわからないけど」

そこで、演劇委員会の教師が、アレクに向かって泣きながら抱きついてきた。

「アレク君! 本当に、ほんとーにありがとう!! ひぐっ、もうダメかと、ユリーカさんを失ってしまうかとぉ」
「き、気にしないでください。それより、今日は僕も手伝うんですから。最後まで頑張りましょう」
「ゔん」

鼻を啜り、教師は離れていく。
それを不満げに見つめていたのはメノウだった。

「気安く触れるものなのか?」
「? 別に。ほら」

メノウの反応の意味がわからなかったアレクは、ギュッとメノウの手を握ってみせる。
酷く驚いたような顔を彼がするものだから、アレクは笑ってしまった。

「どうしたの? 何か、変?」
「……いや。温かいな、と」
「なにそれ」

くふくふと笑っていれば、メノウは複雑そうな顔でこちらを見下ろした。

「その……頑張れよ」
「うん! 見ててね!」

メノウの手を離し、アレクは舞台裏へと引っ込んでいく。
小道具等の調節がまだだ。
ここで壊れてしまっては、劇が台無しになってしまう。

「アレク君」
「ユリーカ!」

ユリーカに呼ばれ、振り返る。
今日やる劇は、獣人の世界を舞台にしたものだ。
そのため、ユリーカの頭には猫耳がついている。

「わあ……ユリーカ、可愛いね!」
「ありがと」
「今日の劇、僕も凄く楽しみだったんだ。まさか裏方に回れるとは思ってなかったけど」
「そこは頼らせてもらうわ。今日はよろしくね」
「そうだね」

ユリーカの言葉にアレクは頷く。
その時、ユリーカがアレクに寄って、そっと耳打ちした。

「あのメノウって人……ちょっと変じゃない?」
「ちょっと変って?」
「お坊ちゃまらしいのはわかるんだけど。こうも簡単に、二千人って集められるものかしら。それに……集めてきた人達を、『信者』って呼んでた」
「……信者かぁ」
「相当な変人に違いないわね」

アレクの額に軽いデコピンをかますと、ユリーカは警告した。

「あの手の変人は変態が多いんだから。気をつけなさいよ」
「へ、変態って」
「アレク君、そういうのに絡まれやすいんだから」

そこで、開始五分前のブザーが鳴る。
ユリーカはブザーを聞くと、持ち場まで戻っていってしまった。
一人残されたアレクは、悶々としながらも準備を進める。

「変態とか……ないよね? 多分。でも、ディラン王みたいなパターンだったら、どうしようかな」

そうこうしている内に、舞台が始まった。
着々と順調に進むステージに、アレクは演出の手伝いを挟む。
次に、最大の見せ場である、ユリーカの殺陣が披露される。

「うわ……!」

その出来に、アレクは思わず感嘆の吐息を漏らす。
上手い。
二年前ーーアレク達がまだ一年生の頃、初めてやったものより遥かに上達している。
どれだけ練習したのだろう。
ユリーカの見えない努力に、見惚れていたその時。

カァン!

「!」

ユリーカの相手役の、扱っていた剣が弾かれた。
想定しないハプニング。
二年前と同じ。
しかし、ユリーカは違った。

「丸腰の相手に刃物とは、こちらも卑怯に値する! 私も、自身の肉体で勝負させてもらおう!」

(アドリブだ)

ユリーカは握っていた剣を放り投げ、そのまま体術へと持ち込む。
相手も殺陣をしていただけあって、身のこなしは一流。
綺麗に違和感なく繋いだ場に、アレクは胸を撫で下ろした。
魔法で演出を加えつつ、ステージはクライマックスへと持ち込んだ。
最後までやりきれたユリーカが、ステージが終わった後にお辞儀をする。
アレク達も舞台に上がり、最後の挨拶をしていく。

(あれ……)

そこで気づいた違和感。
注目されている。
視線がアレクに集中していたのだ。
アレクはただの裏方で、ステージには一度も登場していない。
それなのに注目されるのはおかしい。
嫌な視線を感じながらも、舞台は幕を閉じた。




「アレク。いい舞台だったな」
「メノウ!」

舞台を見終わったメノウが、アレクの元へと会いに来る。
アレクはメノウに恩義を感じていたので、素直に駆け寄ることにした。

「チケット買ってくれてありがとう。まさか、本当にここまで集めてくれるなんて」
「俺は来るさ。約束は守る主義でな」

「メノウ坊ちゃま」と、後ろから声がかかる。
振り返れば、老紳士が立っていた。

「残念ですが、お時間です」
「そうか。じゃあな、アレク。このメノウの名を、存在を、どうか忘れてくれるなよ」
「う、うん。恩人だし、覚えておくよ」
「……はは、今はお前にとって、取るに足らぬ者かもしれないがな」

メノウは手を一振りして、そのまま去っていった。
覚えておけと言われたが、パンチの強いメノウのことは、忘れることができないだろう。

「後は僕だけかな」

学園長に、留年の件がどうなったか聞きに行こう。
アレクは決心を固めて、ユリーカ達の元へと戻った。
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