ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる

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絆⑤

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 ミーナは地上へ出る階段の終わりまで来ると『サーチ』を使い、人が居ないことを確認する。
 そして出口を作り、外の空気を浴びた。
 彼女に続いて、後ろの三人も数時間振りの空を仰ぐ。

「すっかり日が落ちてるなー」

 二番目に出てきたスライが、そう言って辺りを見る。

 風が吹くたびに木々がさざめき、途端に収まると、不気味な静けさだけを周囲に残していた。
 木々の隙間から見える空は、半分以上が薄紫色を占めていた。だが飾り気のない、淡白な色。

 そんな景色とは裏腹に、拍子抜けした声が雑木林に響く。

「わたしお腹空きました~」
「俺もー」

 ジャックとフィリカはお腹に手を当てて、出てくる時から空腹の意思を示していた。

「あれだけ動きゃ、そりゃ当然腹も減るわな」

 流し目で「旨い御飯食いたいですねぇ」とスライを見るフィリカ。しかし「旅の時にね」と軽く受け流される。

「それにさ、ずっと黙ってたけど、お前らだけ水あるのに俺、水もなかったんだぞ?」
「どうして?」
「どうしてって······お前のせいだよ、半分」
「あぁそういえば、あの時空っぽになってたな」
「そう」
「私はてっきり、自分を追い込んでるのかと思ってましたよ」
「んなトコで追い込みかけねぇよ。ってか気付いてたのかよ」

 同じポーズを取っている彼女に、ジャックはつい突っ込んでしまう。
 そんな彼に、魔法で入り口を閉じたミーナが話しかける。

「それならそうと、なんでもっと早く言ってくれないのよ」
「いやだって、そんな長くなると思ってなかったし······。それに、そういう空気じゃなかったじゃん······」

 彼は、つい口にした不平を隠すように、尻すぼみになる。

 土の中での訓練は、ミーナが主導のもと行われていた。
 その内容は、戦闘を想定した魔法の使用だったが、魔力を無駄遣いしたり、他者へ魔法を使う『チェイン』のタイミングが一瞬ズレただけで、彼女から叱責が飛ぶというスパルタなものだった。

 ——そこ! 一秒遅い!
 ——ちゃんと相手の魔力を感じて!
 ——違う! もっと足元に集中するの!

 それは彼女自身が、魔力——魔法に長け、そこに完璧を求めてしまう故のものだった。

 中でもジャックは、四人の中で「魔力操作」に関しては一番下手に当たるため、特にひどく叱られていた。

 ——ジャック! あんたやる気あんの!
 ——下手くそ! しっかりやって!
 ——あああ、もう! さっき言ったでしょ! 同じ失敗繰り返さないで!

 そのため彼は自分の不甲斐なさも含め、怒り続ける彼女に、自分の意思をなかなか申し付けることが出来なかったのだ。

 だが、そんなジャックの胸中はいざ知らず、追い打ちをかけるよう、彼女はここでも説教を始めてしまう。

「なによ。あんたが私と離れてる時も、魔力の訓練を怠らなければ良かっただけのことじゃない」

 咎める口調の彼女が言う「時」とは、あくまで、彼が兵士になるまでの時間である。

「正直ガッカリしたわ。昔とそんな成長してなくて」

 ジャックに対しての、訓練中のもどかしさがまだ取れきってない彼女は、無遠慮に思いの丈を吐き出してしまう。

「操作のやり方は知ってるんだから、その練習を続けてないのはあなたのせいだと思うわ」

 そんな滅茶苦茶な答えをする彼女に、少年期の自由奔放な時間までも叱責の対象にされ、ジャックもいよいよ、訓練中に募っていた苛立ちと共に、感情を思いのままに口にしてしまう。

「はぁ? 何言ってんだ」

 森がちょうど鳴き止んだ。
 彼女は、その言葉を聞き逃しようがなかった。

「なに、文句あるの?」

 いつもの愚痴を漏らしたのだろうと、彼女は思っていた。

「あるに決まってんだろ。俺は元々兵士になるつもりだったんだぞ?」
「だからなに?」
「その時の兵士だぞ?」
「だから?」
「だから! 魔法なんて必要ないだろ!?」

 急に声を荒げたジャックに、一瞬目を丸くしたミーナだったが、すぐにそれは鋭い目つきへと変貌する。
 彼女にとって、彼が口にする「魔法なんて」という言葉だけは許せなかった。

「お前が急に何も言わず姿見せなくなって俺は日常が変わったってのに、そんな中ひとり、魔力の練習に励んでろなんて言うのは、いくら何でも自分勝手がすぎるんじゃないのか!?」
「じゃあなに? 今やってる訓練が上手くいかないのは、全部私のせいだっていうの!?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」
「じゃあなによ! 不満があるなら全部言ったらどうなの!?」
「いいのか本当に言って!?」
「えぇいいわよ! その腑抜けた頭の中全部聞いてあげるわ!」
「なんだと······!」

 瞳孔の開いた彼は、今にも飛び掛りそうな勢いだった。

「言いたいことがあるんでしょ! 早く言いなさいよ、ジャック! それともあんた、本当に腑抜けなの!?——」
「ちょ、ちょっともうやめてくださいよ······」

 流石にこれ以上はまずいと思ったフィリカが、間に入って止めにかかる。だが、二人は互いを睨んだまま、頑なに目を逸らそうとはしない。
 再び木々が風に揺れ、さざめき始める。

「ジャックさん落ち着いて。ミーナさんも、らしくないですよ。そんなムキになるなんてどうしたんです——」
「フィリカ。明日は俺と練習してくれ」
「えっ」

 それだけ言うと彼は、城の外へ向け歩き出した。

「ジャック、勝手は許さないわよ」

 聞こえるよう言ったミーナだが、彼は振り返ることなく、その場を立ち去っていった。

 その姿が見えなくなってもまだ、ミーナは肩で呼吸をしていた。

 重い空気の中、取り残されるフィリカとスライ。それを察してではないが、一度深く息を吸ったミーナが、二人に向け言葉を発す。

「······ごめんなさい。ちょっと一人にしてもらえるかしら」

 心配そうな顔を浮かべ、胸元で手を組むフィリカの背中に、そっと手が添えられる。
 その主と一、二秒目を合わせるとフィリカは顔を伏せ「······待ってますからね」と言って、林の外へと並んで歩き出した。

 ひとり、立ったまま取り残されるミーナ。

 木々は明かりを失い、彼女の周りには黒い影だけが形作っていた。
 人気を感じなくなった彼女はしゃがみ込んでいた。そして自分の腕に、目元を押し当てる。

 彼女の頭の中では、彼の放った一言がずっと渦を巻いていた。

 ——魔法なんて必要ないだろ!?

 嫌でも繰り返されるその言葉に、彼女の喉から鼻の奥へ、重たいものがこみ上げてくる。

「············ぐすっ············なによ」

 誰も来ない訓練場の奥で、嗚咽する少女の声だけが、哀しく響き続けていた。
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