ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる

文字の大きさ
66 / 83

絆⑨

しおりを挟む
 それからしばらく、二人は黙ったままだった。彼女はまだ、顔を腕に沈めていた。
 ジャックは持っていた水筒から、一口、水を飲む。そして「ありがと」と言うと、水筒を彼女に返す。

 中身は、先の半分ほどになっていた。
 彼女は、ふと思った疑問を彼にぶつける。

「ねぇ、ジャック。あなたにとって"魔法"ってなんなの?」

 落ち着いた声でそう口にするミーナ。
 彼女の涙ももう、声と同様に落ち着きを取り戻している。

「俺にとって?」

 顔を横に向けて彼は尋ねる。

「特にないの?」

 彼女も彼のほうに顔を向ける。

 無意識のその行動が、不意に二人の目を合わせる。だが、ここ二日間のようなことはなく、いつも以上の二人だった。

 ジャックは急に気恥ずかしさを覚え「そうだなぁ······」と言って視線を逸らし、そのことを悟られないようにする。

 ジャックは、自分の指先のほうを見たまま、彼女に話をする。

「スライが、魔法でしたいことは知ってる?」
「うん、ザバを良くするって話でしょ? 訓練の合間に聞いた」
「そっか。俺はザバに行く途中で聞いたんだけどさ、その時に"お前は、魔法でしたい事はないのか"って聞かれたんだよ。よく考えたら俺、そんなこと考えたことなくてさ······」

 そんな彼に、頬を腕に当て、興味の目を向けるミーナ。

「それで、見つかったの? したいこと」

 しかし、両手を上げ、肩を竦めるジャック。

「サッパリ。いつもお前に振り回されるだけだもん。考えるだけ無駄だわ」
「なにそれ、ひどいわね。傷付くわよ?」

 だが、目の下を赤く腫らした彼女は、ふふっ、と笑っていた。ジャックはそんな彼女のほうを見る。

「そんな私、振り回してるかしら?」
「振り回してるよ。ずっと」

 垂れた前髪を耳にかけながら、「気のせいよ」と言ってミーナは目を細める。

「じゃあ、魔法じゃなくてもいいから、やりたいことはないの?」

 首を傾げたままの彼女は、隣にいる彼に尋ねる。彼は天井を見上げ、考えていた。

「ちょっとした事でいいから」
「そう急かすなよ。——うーん······。まぁ、しいて言うなら、魔法に夢中なお前の顔は見ていたいかなー」
「えっ」

 彼の不意な発言にミーナの心臓が驚く。

「ツンとした顔してること多いけどさ、やっぱり、魔法に楽しそうに触れるお前が、俺は一番好きなんだよね」

 彼は恥ずかしげもなく、軽く笑って彼女のほうを見ると、視線を下に向ける。

「だからさっきの事だけど、俺にとっての魔法は、俺の一番好きな人が一番好きなモノなんだと思う······んだ······よ······?——」

 ここまできて彼はハッとした。
 途端にジャックの顔が赤くなっていく。

 彼は無意識に喋っていたため、口を滑らしていた。
 そして途中まで、単に"魔法が好きなミーナが好き"だったが、いつの間にか"自分はミーナが好き"と吐露していた事に彼は気付く。

 焦ったジャックは、慌ててミーナのほうを見る。
 彼女は顔を隠し、耳を赤くしていた。

「ち、違う。俺は、俺はただ、お前の——ミーナの魔法が見たいだけ。そう、ミーナの作った魔法がみたいだけで、そのなんて言えばいいか——」
「そう······」

 顔を見せない彼女は、やけに静かな声をしていた。そして、その声のままもう一言、言葉を付け加える。

「私、ここまで来てハッキリしない男は嫌いよ」

 俯いたまま怒るように言うミーナ。
 ジャックはもう後には引けなかった。
 彼は心を決める。

「わかった······。ちゃんと言う。ちゃんと言いたいから、顔、上げてくれよ」

 それを聞いたミーナも、心を決めて顔を上げる。彼女は顔を赤らめながらも、ツンとした顔をしていた。

 ジャックは二度深呼吸をして、数秒目を瞑る。
 そして、

「俺は······お前が、ミーナのことが——」

 その時、魔力の切れた明かりが徐々に消えていった。

「あっ······」

 声を漏らしたミーナは、こんな時に、と心底天井を恨んだ。

 仕方なく、明かりを付けようとする彼女。
 だが、暗闇の中、彼女の後頭部に伝う手が、それを遮った。

 そして、小さく「ミーナ」と彼女は名前を呼ばれ、その後に短い言葉を聞いた。

 直後、不意に、唇に伝わる感触を覚える。

 目を見開いた彼女だが、程なくして目を閉じると、素直にそれを受け入れていた。
 時間にして十秒程のものだった。

 それが、そんなひと時になったのは、真っ暗闇で状況が分からず、練習を中断した二人によって遮られたからだった。

「ミーナさーん。どうしましたかー?」

 フィリカは大声で呼びかけるが、彼女からの返事はなかった。

 毎回、切れた明かりを灯すのがミーナの役目なのだが、それが全く行われないことに、フィリカ達は訝しむ。

「なんかあったのかな? フィリカちゃん、二人の場所わかる?」
「はい」

 『サーチ』を使ってスライの手を取ると、フィリカは、黙ったままの二人の元へと行く。

「ここです。二人とも······顔逸らして逆のほう向いてますけど······まだ喧嘩中でしたかね?」
「顔も見たくないってか?」
「それほどですか······」

 嘆息を漏らすフィリカ。

「もういい加減にしてください。いつまでやってるんですか。ふん、いいですよ。二人が明かりつけたくないっていうのなら、私が付けますから」

 投げやりな口調でフィリカはそう言うと、魔力を天井一面に張り巡らせる。
 白い明かりを取り戻した魔光石が、辺りを鮮明に映し出す。

「あれ、フィリカちゃんでも点けれるのね」

 天井を見上げ、安堵の声を漏らすスライ。
 だが視線を下ろした時、二人の異変に気付いた彼は目を丸くして、驚きの声を上げる。

「うわっ、どうしたの二人とも」

 その声に天井を見ていたフィリカも、彼らのほうを見る。

「わっ、本当ですね。顔、真っ赤っかですよ」

 そこには、膝を抱えるように座るジャックと、横座りをするミーナがいた。

 ジャックは、目から下を隠すように膝に顔を埋めていた。ミーナのほうは口をモジモジさせ、目を少し潤ませている。
 そのミーナの目に気付き、フィリカは声をすごませる。

「ジャックさん、ミーナさん泣かせました? 流石に許しませんよ?」

 ジャックは横目でフィリカを見ただけで、何も答えなかった。そんな彼を庇うようにミーナが弱々しく言葉を出す。

「ち······ちがうの、フィリカ······」
「なにが違うんですか?」
「そ、それは······」

 フィリカと目を合わせたミーナ。
 だが、暗闇での出来事を口にできない恥ずかしさから、彼女はジャックのほうをチラリと見ただけだった。

「ミーナさん?」

 だがそれだけで、状況を察したスライが助け舟を出す。

「とりあえず、仲直りはできたのかな?」
「え、えぇ。迷惑かけたわね。わ、私たちはもう、大丈夫だから」
「そっ」

 そしてジャックのほうを見たミーナは、平然を装い彼に声を掛ける。

「れ、れれ、れ、れ、練習するわよ。ジャ、ジャック」

 呼び掛けられたジャックは顔を上げ、同じように平然と答えようとする。だが、

「お、おお、お、おう。おう、そうだな、ミ、ミーナ」

 と、目を合わせずに話していた。
 そうして立ち上がると、二人は一緒にフィリカ達からそそくさと離れていく。

 そんな挙動不審な二人に、怪訝な顔をするフィリカ。

「ん? まったく······。変な二人ですねぇ······」

 フィリカは腰に手を当てて、溜息をついた。ただ一人、スライだけはニヤニヤと笑っていたが。

「······若いねぇ」
「ん? 何か言いました?」
「ううん、なんでも。俺らも練習しよっか」
「······そうですね」

 フィリカとスライは、安堵の笑みを浮かべていた。

 そうして、訓練を再開した彼らだが、ジャックとミーナは、別の意味でしばらく連係が上手くいかなかったのは、言うまでもない。

 ——つづく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...