ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―【改稿版】

浅山いちる

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東雲(しののめ)⑥

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 ジャックがケープを纏う彼女を見つけたのは、城内を出たばかりの石畳だった。

「ミーナ」
「ん?」

 振り返った彼女は、どうして、というように目を見張った。が、すぐ眉根を寄せたような顔に戻すと叱るように、

「なに、あの子をよろしくって言ったのに来たの? あなた」
「そのフィリカに追い出されたんだよ」
「本当(ほんと)かしら」
「ホントだっての。嘘だと思うんなら聞いてみろよ、後であいつに」

 ミーナは真偽を確かめるように、隣に並んだジャックを流し目で見る。が、また前に視線を戻すと、

「······ふーん。可哀想な人」

 それ以上、疑いの目を見せることはなかった。んな風に思ってねぇだろ。と思うジャックも、わざわざ出任せを重ねるような真似をすることはなかった。




 そうして二人は並んだままで城門を出る。するとすぐ、左手の壁に男女が沿うに立っているのが見つかった。男のほうが軽く手を掲げる。数日前に見たあの姿と、何一つ変わらない装いだった。

「悪いわね、待たせて。お仲間は······彼女だけみたいね」
「あぁ。他の皆は街を見ててね。宿で落ち合う予定なんだ」

 金色の鎧を纏った彼――クレスタはそう言うと、今度は視線をジャックのほうへ移した。そして、

「やぁ」

 軽く挨拶。それにジャックは、

「あぁ」

 素っ気なく返した。そして目を逸らす。

 ――が、不意にも、ミーナへ会釈をして挨拶をしていたもう一人の彼女――シェリエとも目が合った。大人の雰囲気漂うエルフの彼女は嫋(たお)やかに微笑むと、こちらにも会釈を。

 その嫌みを感じさせない彼女の仕草に、牙を抜かれるような、警戒を解かれるような困惑を覚えるジャック。純粋に会いに来ているのだとそう感じられる彼女には、少しだけバツが悪くなるような気持ちだった。

 そんなモヤモヤとした感情を抱きつつ、ジャックは会釈を返す。彼女はその感情には気付いた様子はなかった。そうして、その二人の挨拶も終わると、程よい少閑でその彼女が「ところで」と話を切り出す。

「今日はあの子は居ないんですね。眼鏡を掛けた司書の。お仕事中ですか?」

 ミーナが最初尋ねたように、彼女も世間話の入りとも言えるそれを柔らかい微笑で二人へ尋ねる。が、別に悪気のない彼女の言葉に、二人は些か顔を曇らせた。しかし、話さないというのも保身のようでフィリカに申し訳ないと思うと、それを確かめるように二人はチラと互いの目を見てから事情を話した。

「あの子、今、医務室なの。私のせいで魔物の攻撃を受けちゃって······」
「まぁ、大丈夫なんですか?」
「えぇ。命に心配はないけどカヤクダケの麻痺がまだ抜けきらなくて、歩くことが出来ないからベッドでおとなしくしてるの」

 やおら目を開いて胸に手を当てていた彼女は「そうでしたか」と、安堵と心配の織り混ぜた様子で言った。しかし程なくして、

「でも、命に関わりないようで何よりです」

 エルフの彼女は胸に当てていた手を下ろしては、また最初の柔らかい微笑を見せた。――と、それを見た二人は、

「ありがとう、フィリカを心配してくれて」
「あぁ、本当(ほんと)に」
「一緒に戦った仲間ですから」

 やんわり小首を傾げるシェリエ。透き通るような白い肌の彼女は、この灰色の重い曇り空でも全く色褪せないほどの眩しさを持っていた。

 そして、それに打たれる二人は気持ち穏やかに。

 だが、心穏やかになるも、そのおかげで余計な緊張もほぐれ、おまけに慈悲の塊のようにあまりに眩しい彼女の姿。その姿に二人は思わず顔を寄せ、思っていたことを小声対談。

「とても不審者扱いされるとは思えないわよね」
「あぁ。なんかの間違いじゃねぇのか?」

 雑踏に消されそうな程の小さな声で二人は彼女について話し合う。が、その会話は彼女の耳に届いていた。

「あら」

 と、言って補足するようもう一言。

「門兵に止められたのはクレスタさんだけですよ?」
「えっ?」

 二人は揃ってその青年のほうを見る。彼は「ん?」と目を少しパチリとさせては、

「あぁ、初めて来る街では大体僕は声を掛けられるのさ。勇者だからかな?」
「ちげぇだろ。絶対(ぜってぇ)」

 ジト目で思わず突っ込んでしまうジャック。

「そうですよクレスタさん。グールさんもいつも止められてるんですから」
「えっ、そうなのかい?」
「そうですよ、もう」

 少しだけ怒りの表情を向けられる彼は「ごめんごめん。街に着くと気が抜けてね」と、苦笑いで言い訳。そんな彼を、ホントに知らなかったのかよ······。と、先程の目で見るジャック。

 そうしているとミーナが、

「でもまぁ、あんな鎧じゃ仕方ないわよねぇ。あなたもだけど、なんでわざわざそんな止められるような格好してるの?」

 金色に輝く鎧を一瞥してはもっともな事を口にする。すると彼――ではなくシェリエが「あっ、でも」とその理由を説明。

「この鎧は性能としては凄いんです。熱にも冷気にも打撃にも斬撃にもそして酸にも。ありとあらゆる攻撃に対して強いんです」
「へぇ、それはすごいわ」
「そう。それでいて何より見た目以上に物凄く軽いんだよ。動くのに全く邪魔にならないほどさ」
「さっきの話の後だとなんかすごく胡散臭く聞こえるんだけど······でもそれが本当ならすごいな」
「えぇ、そうね」

 と、二人は興味の目でしげしげと、やや前のめりにその鎧を見る。が、

「もう、本当ですよ? 私達がいつも目の前で見てるんですから」

 疑いの目は抜けきれてなかった。そんな二人にシェリエは上品に、それでいて可憐さを感じさせるように口元を隠して笑う。それを横目に見るジャックは「まぁ」と言って、前屈みの身体を戻しつつ、

「あんたがそこまで言うんだから、本当なのかねぇ」

 と、両手を腰に。そしてミーナも、

「そんなすごい鎧があるものなのねぇ」

 少し遅れて身体を起こして腕組み。

 その彼女の感心を聞いたクレスタは自分の鎧を見ながら、

「古くから代々伝わる鎧らしくてね。ある小さな集落を助けた時にお礼で貰ったものなんだ。そんな大事なものもらっていいのか悩みはしたんだけどね」
「しかもそのおかげで呼び止められてるんだものね。有り難いのか有り難くないのか」
「いや、そこは有り難さしかないよ」
「えっ?」
「だって僕は目立つの好きだし、勇者だからね」
「勇者関係ねぇだろ······」
「ふーん。じゃあ、一応はあなたにピッタリな装備のわけね」
「あぁ、そうさ」

 と、彼がそう言った所で話は一段落。
 ちょっとした懇談と、丁度いい前振りだった。

 そうして、それを感じたミーナは本来の用件へと入る。

「――で、今日はどうしたのかしら? わざわざ鎧を見せに来たわけじゃないんでしょ?」
「別に、ちょっと遊びに来ただけさ」
「あら、そっ。まっ、国の機密に関わるとこじゃなきゃ自由に入れるから好きにしてったらいいわ」
「君の炎については?」
「それは機密よ」
「残念だね」
「じゃあクレスタさん。とりあえずフィリカさんの所へ行くのはどうです? もしかしたら、一人で寂しくしてるかもしれませんし」
「そうだね」

 シェリエと目を合わせてから少し間はあったものの、そう答えたクレスタは「案内してもらってもいいかな?」とミーナへ尋ねる。その『間』には特に疑問を抱かなかったミーナは「えぇ」と、彼等を城門から招き入れた。




 門を越えた四人は石畳の道を通り、フィリカの居る医務室を目指す。――しかし、城内へ入る手前での事だった。

「ねぇ、そっちは何があるんだい?」

 クレスタは城の右を指差し、ミーナに尋ねる。

「そっちは兵士の訓練場よ。今は休み時間だけど」
「へぇ。ちょっと見ていってもいいかな?」
「別にいいですけど······」
「ホントに何もないとこだぞ?」
「構わないさ」

 ジャックは、変な奴だなぁ。と首を傾げる。が、

「まぁ、それでいいなら行きましょうか」

 そう言ってミーナが歩き出した事で、その理由を考えるよりも先に彼女の隣へと追うように走ることに。そして、そんな先導するよう歩き出す二人は、まだ後ろの彼等には気付いてなかった。

 クレスタはまだ、そこで立ち止まっている。
 自分に気付かず訓練場へと向かう二人をじっと見据えて。

 そんな彼の隣で、シェリエは不安な顔でこう呟く。

「お願いですから、見るだけにしてくださいね」

 だが、勇者は彼女に微笑むだけで、何も言わなかった。




 訓練場の上空には先程より重い、今にも降りだしそうな暗雲が押し寄せてきていた。四人はその下に広がる、整備された土のフィールドを歩いていた。

「本当に何もないとこなんだね」
「訓練生や兵士がトレーニングしたり模擬戦をするとこだから、人がいないと廃れたように閑散としてるの」

 すると、ミーナは隣の幼馴染を見ては、

「でもあなた、最近そんな時でもここで何かしてるのよねぇ」

 どこかおちょくるような、だがそれでいて誇らしげな様子で言う。だが、その幼馴染はそれには普段の顔で視線を返すだけで大きな反応は見せなかった。ミーナは「なによ、釣れないわね」と言って前を向く。

 と、そうしている二人の後ろで、

「模擬戦ねぇ······」

 クレスタは下顎に手を当て、独り言を呟いていた。彼はしばらく手を当てそうしていたが、やがて腕を下ろすと、

「まぁいっか」

 そして立ち止まる。
 その声は前の二人にも聞こえ、「ん?」と振り返る。

「もういいのかしら?」
「あぁ、ありがとう。ここらで大丈夫だ」
「あら、そうなの。――じゃあ、戻りましょうか。雨も降り出しそうだし」

 と、ミーナは空を見上げて言う。――が、

「いや、それはもう少し後にしよう」
「えっ?」
「さっき“遊びに来た“とは言ったけど、それは“君に“って意味でね。本当は今日――」

 クレスタは、ミーナの隣へ視線を移す。

「ジャック。君に会いに来たんだ」
「はぁ? 俺に?」
「あぁ、君にだ。――ねぇ? シェリエ」
「は、はい」

 シェリエは、やや困惑しながらそれに首肯。
 嘘ではない様子だった。

 しかし、当然ジャックは疑問で顔を顰める。隣にいる幼馴染ならまだしも、彼等が自分に会いに来る理由が分からなかった。

「ただ、本当は話してからのつもりだったんだけどね······ほら、彼女の言う通りこの天気だろ? だから少し予定を変えたいんだ」
「うーん、何のことかサッパリわかんねぇけど······」

 すると彼は、自分の腰の剣に手を当てる。

「ジャック。僕とちょっと手合わせしてよ」

 あまりに唐突な事に、ジャックは目を見張る。

「はっ? なんでお前と」
「君の腕を知りたいんだ。別にいいだろう? よくやってるみたいなんだし」
「いや、そうだけど······。だったら先に理由くらい言ってくれてもいいだろ? 場合によっちゃわざわざ今じゃなくたって――」
「今じゃ何か不都合でも?」
「い、いや······」

 ジャックはつい目を伏せる。が、一瞬だけ隣の幼馴染を見ていた。

 そんなジャックを見据え、彼は続ける。

「まぁ、タダで付き合ってくれとは言わないさ。そうだな······じゃあ、君が勝ったらこの剣を君にあげるよ。この剣なかなか立派な代物でね。滅多なことじゃなきゃ刃こぼれさえしない名剣なんだ。剣士なら誰もが欲しがるほどのね。切れ味もちゃんと僕が保証するよ」
「いや、別にそんな物貰っても俺は――」
「それでだ」

 すると、聞く耳を持たず言葉を遮ったクレスタは、一度ミーナを見ては、嘘偽りのない真剣な眼をジャックに向ける。



「僕が勝ったら、彼女をもらっていく」



 茶色の双眸が放つその言葉には、耳を疑った。

「ちょ、ちょっと待ってください、クレスタさん! それは私も聞いてないですよ!?」
「悪い、シェリエ。気が変わったんだ」
「だからって――」

 クレスタは、自分の前へ出たシェリエをそっと押しのけるように前へ出る。そしてもう一度。

「どうなんだい、ジャック。やってくれるかい?」
「ジャック、相手にしなくていいわよ。最初から私は行く気なんてないんだから」

 険悪な雰囲気が漂い始め、余計な諍いを生まぬようミーナは意思を示し止めようとする。

 ――が、動揺のジャックは、

「い、いや、なんでそんな勝手に色々決めんだよ······。そもそも誘いたいのはミーナなんだろ? なら普通、ミーナ本人に聞くのが筋なんじゃないのか? なのになんで俺に——」
「怖いのか? 負けるが」

 ピクリ、とジャックの指先が動く。
 その僅かな緊張を彼は見逃さなかった。

「なんだ、怖いだけか」
「あぁ?」

 溜め息と落胆のその二度目の言葉を聞いたジャックは途端に目の色を変え、鋭く相手を睨みつける。しかしクレスタは全く物怖じせず、むしろ小馬鹿にするような薄笑いで挑発を続けた。

「彼女を失うのが怖いんだろ? 負けるのが怖いんだろ? 仕方ないと思うよ? 僕は強いからね。君じゃ到底、僕の足元にも及ばないだろう。······ただ、それをうすうす自分でも分かってるんだろう? 君は僕の剣を一度見てるから、それに比べたら自分の剣は圧倒的に弱いんだって。なんだって」
「んだと······!」
「ちょっとクレスタさん! いくらなんでも失礼ですよ! 謝ってください! ――ジャックさんも気にしないでください。彼時々こういう風に人と張り合おうとするだけで、別に本当はそんなつもりじゃ――」

 金属の擦れる音が、キィン、と響く。

「ジャックさん······」

 ジャックが腰に差した剣を引き抜いていた。
 静かに息を吐く獣のように、肩で呼吸をしながら。

「いいよ······やってやるよ。それがお前の本音なんだろ? それがここに来た本当の理由なんだろ? なら俺だって本当(ほんと)のことを言ってやる」

 帯剣の紐を引き千切ると、ジャックは鞘を投げ捨てる。

「俺は会った時からお前が気に食わなかったんだ。どっかでずっとぶっ飛ばしてやりたいと思ってたよ。本気で打ち負かしてやりたいと思ってたよ。それをわざわざこうして自分から来てくれるって言うんだから············来いよ。付き合ってやってやる。どっちが雑魚だか教えてやる」
「ちょっとジャック! あんたまで何言い出して——」
「じゃあ決まりだ」

 クレスタは不敵な笑みを浮かべる。

 右手に剣を持って歩き出すジャックに続き、彼もフィールドの真ん中へ。互いが少し距離を取った場所へ立つと、今度はクレスタが剣をゆっくりと引き抜く。

 鏡のような剣身が、その右手に現れる。

「僕なんかに手を震わしてくれるなよ。みっともないから」
「安心しろ。てめぇなんか犬と同じだ」

 二人は剣を下げて向かい合っていた。

 そしてそこへ偶然、南地区の報告で城へ来ていたあの兵士――スライが、建物の角で映るジャックを見つける。

「おーい、ジャック。なにして——」

 彼は手を振って声を掛けるが途中で止めた。それは、とてもそこに入れるような雰囲気ではなかったから。どちらにしろその声は風の音で消され、届くことはなかったが。

 剣を構えるジャック。
 その向かいで同じように構える金色(こんじき)の男。

 その佇まいで相手を察するスライは、建物の陰からそれを見守ることに決める。
 
 対峙する二人。

「僕が憎いんだろう? 模擬戦と言わず本気で殺しに来なよ」
「その減らず口、二度と開けないようにしてやるよ」

 端ではシェリエが両手を胸の前で組み、心配そうに二人を見つめていた。その隣ではミーナが冷静な顔をして腕組み。だが、その手の先は固く、自分の黒い服を震えるように強く握り締めていた。

 ポツリ、ポツリ、と雨が降り始める。
 乾いた地面が、黒へと染まっていく。

「早いとこ終わらせようか、ジャック。彼女等が可哀想だ」
「あぁ、嫌でも終わらせてやる」

 だが強風と雨の中、いまだ微動だにせぬ二人。
 二人の足元には小さな水溜まりが出来始めていた。

 剣の柄から垂れる水滴。
 それは彼等の足元で幾度と音を立てる。

 そしてそれがまた四、五度落ち、次に水溜まりへ触れた刹那。

 二人は飛ぶよう強く、全力で、前へと踏み出していた。
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