とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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はじまりの町 8

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 リッカと別れたスタンは、町の周囲をぐるりと周り、ある建物を視界の中へと納めた。

「あれがそうか……」

 昔、貴族が建てたという古い屋敷。
 この屋敷こそが、店主の話に出ていた、冒険者の一団が占拠しているという屋敷なのだ。
 スタンは相手に気付かれないよう、遠くからその様子を眺め始める。
 辺りには他に建物がなく、屋敷の周囲には草木が生い茂っていた。
 敷地は高い塀に囲まれており、門のところには見張りらしき男が一人。
 スタンは暫く様子を見ていたが、時折何人かの男達が出入りするだけで、それ以外の変化は特に無かった。

「ここからじゃ、他に分かる事は無さそうだな」

 見張りに立っている男と、出入りする何人かの男達。
 彼らの装備などは確認する事はできたが、それ以上の事は屋敷の中へと入ってみない事には分からなかった。

「まぁ、念の為に見に来ただけだしな。これ以上近付いて刺激するのも馬鹿らしい」

 そう言ってスタンは、眺めていた屋敷へと背を向ける。
 スタンが様子を見に来たのは、万が一に備えての為だ。
 率先して彼らを討伐しよういう気は、スタンにはない。
 依頼を受けている訳でもないし、相手の力量も未知数なのだ。
 わざわざ危険に身を晒す理由もない。

「それに、領主が動いているなら、そっちに任せるべきだしな」

 店主の話では、町長が領主へと知らせに行ったという。
 それならば、近いうちに討伐の兵が送られてくるだろう。
 そうであるならば、よそ者のスタンがわざわざ首を突っ込む必要もない。
 その土地の揉め事は、その土地に住む者達が解決するのが一番だ。

「さて、せっかく外に出ているんだし、軽く狩りでもして戻るか」

 屋敷から遠ざかったスタンは、そのまま森へと足を向ける。
 森で適当な小動物でも捕まえてから、町へと戻るつもりなのだ。
 宿代はいらないと店主に言われてはいるが、これくらいの事はいいだろう。

「美味い料理の為には、良い食材が必要だしな」

 今晩の料理を楽しみにしつつ、スタンは森の中へと入って行った。



 森での狩りは順調に済み、スタンはまだ太陽が高いうちに、町へと戻る事が出来た。
 その手には、森で獲れた成果がぶら下がっている。
 そのままもう少し散策しても良かったのだが、荷物を抱えたままでは面倒だと思ったスタンは、早めに戻る事にしたのだ。
 この肉があれば、今夜の食事は豪華なものになるだろう。
 リッカの腕であれば、不味い料理が出てくる心配も無い。
 差し出した獲物を前に、あの、少しがさつだが優しくて照れやすい少女はどのような顔をするだろうか。
 そんな他愛もない事を考えながら、スタンは酒場の前へと辿り着いた。



 意気揚々と、酒場の扉を開けたスタン。
 だが、中へと入ろうとして、その眉をひそめる。
 今朝とは違い、酒場の中には数人の男達が集まっており、何やらただならぬ雰囲気をかもし出していた。
 何かあったのだろうか?
 スタンは腰の剣を確認しつつ、酒場の中へと足を踏み入れていく。
 中にいた男達が、スタンの方へと振り向く。
 服装からして、町の住人のようだ。
 これならば危険は少ないだろうと、スタンは剣へと伸ばしていた腕を元に戻した。

「何だ、お前は?」

 突然の外からの来訪者に、男達が不審の目を向ける。
 身構える男達に対し、どう説明しようかとスタンが悩んでいると、

「ああ! スタンさん!!」

 聞き覚えのある声が、男達の奥から聞こえてきた。
 この酒場の主の声だ。

「よお、親父さん。何だか物々しい雰囲気だが、何かあったのか?」

 男達を掻き分け、スタンの前へと出てくる店主。
 彼はそのまま、すがりつくようにスタンへと訴える。

「リッカが……リッカがっ……!!」

 店主の言葉に、スタンの顔が引き締まる。
 すぐに店内を見渡してみたが、リッカの姿は見えなかった。

「落ち着け。何があった? リッカがどうかしたのか?」

 スタンは事情を確認する為に、慌てふためく店主を落ち着かせようとするのだった。



 スタンの説得により、店主は多少の落ち着きを取り戻した。
 彼の説明によると、リッカは子供達と一緒に、町はずれの屋敷へと連れていかれたらしい。

「さっき奴らが現れて、雑貨屋で暴れていったんだ。それを見ていた子供達が……」

 実際に現場に居合わせた男が、事情を説明してくれる。
 雑貨屋へと現れた、町はずれの一団。
 奴らは雑貨屋の中で暴れ、商品を奪っていったそうだ。
 その光景を、リッカと子供達は見てしまった。
 運の悪いことに、子供達の中には、雑貨屋の息子も居たらしい。
 自分の家が壊され、両親が傷つけられるのを見た少年は、奴らへと向かい、石を投げつけてしまった。
 それが、奴らの怒りを買ったのだ。

「一緒に居たリッカが子供達を庇ったんだが、結局、一緒に連れていかれちまった」

 悔しそうにうつむく男達。
 何も出来なかった自分達が、不甲斐無いのであろう。

「このまま黙っている訳にはいかない! 子供達を取り返しに行こう!」

 耐えかねた一人が、叫び声をあげる。

「馬鹿な事を言うな! 以前も返り討ちにあったんだぞ! また怪我人が……最悪の場合、死人が出るぞ!」
「じゃあ、子供達を見捨てると言うのか!」

 酒場へと集まった男達から、怒号が飛び交う。
 その姿は、自分達の苛立いらだちをぶつけ合っているようにも見えた。

「領主様の所へと行った、町長が戻って来れば……」

 誰かが一縷いちるの望みを込めてボソリと呟く。
 町長と、連れてくるであろう領主の兵がいれば、子供達を救う事が出来るはず。
 しかし、その願いは叶いそうにない。
 今になっても、兵士どころか町長も姿を現さないのだ。
 彼らが来るよりも、リッカや子供達が酷い目に遭う方が早いだろう。

「やはり、私達で救うしかない……!」

 悲壮な覚悟を決めた顔で、店主が立ち上がる。
 例え敵わないと分かっていても、娘が連れていかれて黙っていられないのだろう。
 その場に居た男達も、店主の覚悟を見て取り、次々と同意の声を上げる。
 だが、

「やめとけよ」

 一人、外側で冷静に見ていたスタンが、それを止めた。
 覚悟に水を差された男達が、敵意にも似た視線を向けてくる。
 だが、スタンがその程度で動じることは無かった。

「あんた達が行っても、子供達を救い出せる可能性は低い。それに、失敗すれば子供達が更に危険な目に遭う可能性だってある」
「じゃあ、どうしろと!? このまま子供達を見棄てろと言うのですか!?」

 冷静なスタンの指摘に、店主は悲痛な叫びをあげる。
 その叫びを、店主の想いを受け止めた上で、

「ここは俺に任せて貰えないか?」

 スタンは店主へと提案した。



 スタンの提案に、ざわめきが広がる。
 このよそ者に任せても良いのだろうか?
 一人で何ができるのだろうか?
 そんな思いが、男達の間へと広がる。

「子供達を取り返せばいいんだろ? だったら、やり方次第で何とかなるさ」

 だが、余裕の笑みを浮かべるスタンの言葉に、もしかしたらという望みが、その場に芽生えつつあった。

「どうする? この男に任せてみるか?」
「こいつはよそ者だぞ。信用できるのか?」
「しかし、他に良い方法も……」

 悩み、相談した上で、男達は決断した。

「分かりました、スタンさん。貴方にお任せします」

 店主が、男達が、スタンへと願いを託す。

「ああ、任せてくれ」

 そんな皆へと、スタンは力強く頷いた。 

「どうか子供達をお願いします。無事に連れ帰って頂いた時には、出来る限りのお礼を……」
「いや、礼なんか要らないさ。俺が動くのは、俺の都合でだしな」
「スタンさんの都合ですか?」
「ああ」

 スタンは近くにあった机へと、チラリと目を向ける。
 その机の上には、スタンが持ち帰ってきた獲物の姿が転がっていた。

「せっかく獲ってきたのに、このままじゃ無駄になりそうだからな」



 酒場を出たスタンは、装備を確認しながら、町はずれを目指す。

「早速、役に立つとはなぁ……」

 下見したばかりの、屋敷や相手の情報を頭の中で確認していくスタン。
 それでも未知数な部分は多いが、これ以上時間を掛けている訳にはいかない。

「まぁ、やるしかないよな」

 軽く呟いたスタンだが、その瞳には戦意が満ち溢れていた。
 


 スタンが去った酒場の中では、まだ男達は輪を作っていた。

「本当に大丈夫だったのだろうか?」

 一人で子供達の救出へと向かったスタン。
 先程は彼を信じて送り出したのだが、本当にそれで良かったのだろうか。
 時間が経つにつれ、そんな不安が、男達の中に出てきたのだ。

「やはり、我々も助けに行った方がいいんじゃないか?」
「だが、逆に彼の邪魔になってしまう可能性も……」

 不安を紛らわすように、男達はまたも相談し始める。

「どうすれば良いんだ……」

 誰もが考えるのに疲れ始めた時、酒場の外から物音が響いてきた。
 それはひづめが地面を叩く音、そしてガタゴトと車輪が回る音。
 その音は誰もが聞いた事がある、馬車特有の音だった。
 馬車の響かせる音は、馬のいななきと共に酒場の前で停止する。

「着きましたよ、セトナさん」
「ようやく……な。エルが道を間違えさえしなければ、もっと早く着いただろうに……」
「もう、セトナさん! その事は何度も謝ってるじゃないですかぁ!」

 賑やかに言い合う声と共に、入口の扉が開く。
 店へと入って来たのは、二人の少女だった。
 陰鬱いんうつとした店内の様子に、少女達は不思議そうな顔をする。
 だが、そんな顔をしたのは一瞬だった。
 店がどんな状態であろうと、彼女達が聞くべき事は一つだけだったからだ。
 この地方では見かけない、独特な民族衣装を着た少女が、男達へと問いかける。

「すまないが、この辺りでスタン・ラグウェイという男を見なかっただろうか?」
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