とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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再会の旅路 5

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 簡単な挨拶を済ませたスタン達は、空いていたテーブル席へと座る。
 注文を取りに来た店員に食事と飲み物を頼むと、スタンは早速、エバンスから事情を聞いていた。

「アリカとサラサが?」
「ええ、大旦那様から許可を頂きまして、すでにこの辺りまで来ております」

 エバンスの言葉に、エルとセトナが驚きの表情を見せる。
 彼女達も、アリカとサラサとは一緒に冒険をしていた仲だ。
 アリカ達が今回の旅に一緒に来れなかった事を、残念にも思っていた。
 しかし、アリカ達が追い掛けて来てくれた事が分かると、二人の表情は明るいものへと変わった。

「で、アンタが護衛に付いてきたのか?」

 スタンの確認に対して、エバンスは顔の前で手を横へと振った。

「いえいえ、私は大旦那様から暇を頂いて、旅行をしているだけでございます」
「ほう?」

 スタンはアリカの祖父であるハンネスの事を思い出し、首をひねる。
 アリカの事を、大袈裟とも言える程に可愛がっているあの老人であれば、部下の中で最も信頼しているであろうエバンスを護衛に付けてもおかしくないと思ったからだ。
 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、その疑問に対して、エバンスが答えた。

「お嬢様の護衛であれば、サラサがおります。それに、婿殿がお嬢様を守って下さると、大旦那様も私も信じておりますので」

 エバンスに婿殿と呼ばれて、スタンは苦笑する。
 過去のいきさつから、名目上の事ではあるが、スタンはアリカの婚約者とされていた。
 その為、エバンスはスタンの事を婿殿と呼んでいるのだ。

「それで? アリカ達は今どこに?」
「朝のうちにこの宿場を出て、北へと向かった事は確認しております」

 荷物から地図を取り出し、スタン達へと見せるエバンス。

「恐らく、ここへと向かったのではないでしょうか」

 指差した先は、アリカ達の向かった渓谷地帯だった。

「今すぐにここを発てば、追い付けそうだな」
「ええ、なるべく急いで頂けると助かります」
「……何かあるのか?」

 急いで行く事に、スタンとしても異論はない。
 しかしエバンスの念を押すかのような態度に対し、スタンは疑問を感じた。

「実は……どうやらお嬢様の向かった先は、少々危険な場所のようです」

 エバンスは、この宿場で集めた渓谷地帯に関する情報をスタン達へと伝える。
 その渓谷は、道が複雑な上に魔物が数多く出るという事を。

「本来であれば、私めが追い掛けて様子を見ようと思っていたのですが、それは婿殿達にお願いしようと思います」

 その言葉に、スタンは即座に頷いた。

「ああ、任せておけ。すぐに向かう事にするさ。エルとセトナも問題無いな?」
「もちろんです」
「アリカ達が危ないというなら、急いだ方がいいだろう」

 やる気に満ちた声で、返事をする少女達。
 エバンスは彼女達に礼の言葉を述べると、おもむろに立ち上がった。

「では、お嬢様達の事はお任せします。私は私で、他にもやるべき事がありますので」
「……成程、アンタは直接アリカ達の供はせず、陰から助けている訳か」

 スタンの言葉に対し、エバンスは静かに笑うだけで、答えはしなかった。

「では、私めはこれにて。ああ、出来れば私の事は、お嬢様には……」
「内緒にしておけと? 分かった。アンタがその方が良いと言うなら、言わないでおくさ。せいぜい旅行を楽しむんだな」
「ええ、そうさせて頂きます。では、皆様方もよい旅路を」

 スタンにアリカ達の事を任せたエバンスは、そのまま店の出口へと歩いてく。
 それを見送ったスタンは、少女達へと振り返った。

「そういう訳だから、食事は残念ながらキャンセルだ。昼飯は馬車の中で済ませる事にしよう」
「分かりました、師匠!」
「残念だが、仕方ないな。……ここの肉料理は美味しそうだったのだがなぁ……」

 元気よく立ち上がるエルと、少々残念そうに立ち上がるセトナ。
 スタンは店員へと謝ると、支払いを済ませ、酒場を出た。

「ところで師匠、一つ聞いてもいいですか?」

 エルがスタンに質問してきたのは、そんな時だった。

「ん? 何だ、エル?」

 馬車へと向かいながらも、質問の内容を確認するスタン。
 その足は速く、急いでアリカ達の所へ向かおうという気持ちが現れていたのだが、

「どうして師匠は、エバンスさんに婿殿と呼ばれてたんですか?」

 エルの質問に、ピタリとその足が止まる。

「ああ、そう言えばエルは知らなかったのだな」

 事情を聞いた事があるセトナが、意味ありげな視線をスタンへ送る。
 ニヤリと言った言葉が似合いそうな笑みを浮かべたセトナは、そのままエルへと事情を説明し始めた。

「実はな……」

 エルが驚きの表情を浮かべ、次いで半眼の視線をスタンへと向ける。

「師匠……?」
「今は急いでいるんだから、立ち止まっている暇は無いぞ」

 面倒な事になりそうだと思ったスタンは、その場から逃げ出すように馬車へと向け、歩き出した。

「……別にいいですけどね? 馬車の上でたっぷりと聞かせて貰えばいいんですし」

 そんなスタンの後を、半眼のエルと、ニヤニヤと笑うセトナが付いてくるのだった。
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