とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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商会の暗躍 2

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「申し遅れました。私はこの店を会長から任された、ロベルトという者です」

 壮年の店員はそう名乗ると、丁寧に頭を下げた。
 そして、一行の中にアリカの姿を見つけ、満足そうな顔をする。

「アリカお嬢様、無事にスタン様と合流できたのですね。これで会長も安心なされるでしょう」

 ロベルトは、アリカと直接の面識はない。
 しかし会長の孫娘であるアリカの事は、ウィルベール商会の誰もが知っていた。

「ええ、私は問題無いわ。お爺様に報告する機会があれば、そのように伝えておいて」

 心配性な祖父の顔を思い浮かべ、苦笑いするアリカ。

「かしこまりました」

 ハンネスの性格を知っているのであろう、ロベルトも同じような顔で頷く。

「ところで、私はこの街にウィルベール商会ウチのお店があるって知らなかったのだけれど……聞き忘れていたのかしら?」
「いえいえ、そうではございません。何せこの店が出来たのは、アリカお嬢様達が出立した後でございますので」
「我々が旅立った後で、ですか?」

 ロベルトの言葉に対し、サラサが反応する。
 彼女が知る限り、現在のウィルベール商会は、国外で積極的な活動はしていないはずだった。

「確か、商会は国外での活動は控えていたのでは?」

 不思議に思うサラサに対して、ロベルトがにこやかな笑みで答える。

「つい最近、会長が方針を変えられたのですよ。いやはや、歳を取って落ち着かれたと思ったのですが、ここに来てまた商会の拡大に出るとは……老いてますます盛んという事なんでしょうかねぇ?」
「まぁ、お爺様は元気な人だから、また商売にやる気を出してもおかしくはないわね」

 冗談めかしたロベルトの言葉に、納得した様子で頷くアリカ。
 その横で、スタンは苦笑を浮かべる。

「このタイミングで爺さんハンネスが商会を拡大する理由なんて一つしかないだろうに……」

 ぽつりと呟きながら、スタンはその理由へと目を向ける。

「ん? 何よ? どうかしたの、スタン?」
「……いいや、何でもないさ」

 しかし、当の本人アリカは分かっていない様子であった。



「さて皆様、折角ですので当店自慢の品々をご覧になっていって下さい。この店では様々な品を御用意しておりますので、何かお眼鏡に適う物があるかもしれませんよ?」

 話が一段落したところで、店の商品を勧めてくるロベルト。
 そこでスタンは、街を歩いていた目的を思い出した。

「実は、馬車を変えようと思ってな」

 先日の渓谷の一件で少々無茶をした為、スタンの使っていた馬車はあちこちが傷んでいた。
 そう遠くないうちに、動かなくなる可能性が高いだろう。
 アリカとサラサが乗ってきた馬車はあるものの、全員が乗るにはいささかサイズが小さく、それならば新しい馬車が調達できないかと、街を散策しながら探していたのである。
 事情を聞いたロベルトは、嬉しそうに顔をほころばせる。

「そういう事であれば、お任せ下さい。当店にとっておきの物がございますので。ささ、こちらへどうぞ」

 恭しく頭を下げたロベルトは、スタン達を店の奥へと案内する。



 店の中を抜け、裏口から外へと出たスタン達の目の前に現れたのは、石造りの大きな倉庫だった。

「中は少々薄暗くなっていますので、お気を付け下さい」

 倉庫の鍵を開け、中へと入っていくロベルト。
 スタン達も、その後へと続いていった。

「ふわぁ……凄い数ですねぇ」

 中の様子を見たエルが、感嘆の声を上げる。
 倉庫の中には、武具や冒険で使う消耗品の類い、そして更には家庭用品など、様々な品物が所狭しと置かれていた。

「開店に合わせて、各地から色々と取り寄せておりますので。スタン様達のご希望の品は、こちらでございます」

 先頭を行くロベルトが指し示したのは倉庫の奥。
 そこに一台の馬車が置かれていた。

「ほぅ」

 馬車を目にしたセトナが、感嘆の声をあげる。
 ロベルトが用意した馬車は、車輪や荷台の部分が、太く、しっかりとした木材で組まれており、その上に丈夫な布地で作られた幌が張られていた。
 見るからに頑丈そうな造り。これならば、多少の風雨にもビクともしないだろう。

「なかなか良さそうな馬車ですね」
「これだけ大きければ、私達全員が乗っても問題無さそうね」

 エルやアリカも近くで確認し、満足そうな声をあげる。

「そうだな」

 少女達の言葉に頷いたスタンは、この馬車を購入する事に決めた。
 これだけの造りのものならば、それなりに値が張るだろう。
 しかし、この先の旅の事を考えれば、馬車は出来る限り良い物の方がよい。
 何より、ウィルベール商会の品物なら信頼できるというものだ。

「この馬車を貰うとしよう。それと、数日分の食糧と消耗品も頼みたい。いくらになる?」
「そうですな……」

 注文の内容を聞いたロベルトは、少し考えるような仕草を見せた後、置いてあった羊皮紙へとペンを走らせ、スタンへと見せる。

「これくらいの値段でしょうか」

 スタンは羊皮紙に書かれた内容へと目を通し、そして眉をひそめた。

「……なぁ、この値段は間違っていないか?」
「はい、間違いございません」

 スタンの疑問に対して、ロベルトは即座に答えを返した。

「いや、この値段は明らかにおかしいだろう?」

 羊皮紙に書かれた商品の値段。
 それは、スタンには到底信じられない値段であった。
 何故ならば、

「何で馬車の値段が、こんなにも安いんだ?」

 そう、書かれていた値段は、あまりにも安すぎるものだった。
 これでは食糧や消耗品の値段にしかならないだろう。
 しかし、ロベルトの答えは変わらなかった。

「いえいえ、その値段で合っていますよ」

 再度の確認に対しても、平然としているロベルト。
 その態度を目にし、スタンはある事へと思い至った。

「……爺さんハンネスの差し金か」

 商会の会長である、ハンネスから指示が出ているのだろうと、スタンは判断した。
 スタン達へと便宜を図るように、と。
 そして、その予想は間違ってはいなかった。

「それだったら遠慮させて貰いたい。あの爺さんに、あまり借りを作る気はないんでな」
「借りなどと、めっそうもない。そちらの馬車は依頼料だとお考え下さい」
「依頼料?」

 スタンは、ハンネスから依頼を受けた記憶はない。
 何の事だと、ロベルトへと問い掛けると、

「はい、アリカお嬢様の護衛の依頼でございます」

 そんな答えを返してきた。
 これにはスタンも呆れてしまう。

「それこそ貰う理由がないな」

 依頼などなくても、スタンはアリカの事を守るからだ。
 ハンネスとて、それは分かっているはずだろう。
 要するに、この依頼は建前にすぎないのだ。

「まぁまぁ、そうおっしゃらないで下さい。折角用意した物を受け取って貰えないとあっては、会長も哀しみますし、何より、指示を守れなかった我々が、どのようなお叱りを受けるか……」

 わざとらしく、困った様な仕草をするロベルト。
 ハンネスからの指示が出ている限り、彼は何が何でも退かないだろう。
 結局、スタンは諦める事にした。

「分かった。今回だけはあんた達の顔を立てよう。ただし、こういう事はこれっきりにしてくれ」
「かしこまりました。会長にも、そうお伝えしておきます」

 スタンはため息をつくと、代金の詰まった革袋をロベルトへと投げ渡した。
 交渉が上手くいった事に満足し、笑顔で中身の確認したロベルト。
 その彼の表情が、いぶかしげなものとなる。

「……今回の代金にしては、ずいぶん多い様ですが?」

 ロベルトの表情を見たスタンが、ニヤリと笑う。

「なに、あの馬車が気に入ったんでな、代金にイロを付けただけさ。そっちの顔は立てたんだし、別にそれくらいは構わないだろう?」
「……貴方も、なかなかに食えないお人のようだ」

 返そうとしても、スタンは受け取らないだろう。
 それが分かったから、ロベルトは苦笑し、素直にその代金を受け取る事にした。
 


「では明朝、馬車を街の入口へと運んでおきますので」
「ああ、よろしく頼む」

 馬車の引き渡しに関しての話を済ませたスタン達は、店を後にする事にした。
 店の外まで出て、一行を見送るロベルト。
 スタン達の姿が見えなくなったのを確認した彼は、店内へと戻り、商品の準備を始めようとしたのだが、

「よお、おっさん。ちょっといいかぁ?」

 その途中で、呼び止める声が聞こえた。
 ロベルトが声を掛けられた方へと振り向いてみると、ガラの悪そうな男達が近付いてくるのが見える。
 それに気が付いた周囲の人々が、関わり合いを避けるように店から離れて行く。
 しかし、ロベルトは平然とした態度で、彼らを迎え入れた。

「いらっしゃいませ、お客様。何か御入用でしょうか?」

 普段のように、笑顔で、丁寧に頭を下げて。
 そんなロベルトの姿を、男達は馬鹿にしたように笑う。

「違う違う。俺達は客じゃねえんだわ」
「……と、申しますと?」

 未だに状況が分かっていないような、ロベルトの態度に、男達がイラつき始める。

「最近、ここらに店を出して、羽振りの良い奴がいるって聞いてなぁ。だがおかしな事に、俺達の所に挨拶に来てないと思ってよぉ」
「成程、そういう事ですか」

 大きな街へと店を出せば、この様な事もある。
 古くからある商店からの嫌がらせや、みかじめ料をせしめようとするゴロツキの類い。
 目の前の男達は後者であるようだったが、ロベルトにとってはどちらでも良かった。

「そういう訳だから、ちょっとツラを貸して貰うぜ?」

 事情が飲み込めたであろうロベルトを捕まえようと、男達の手が伸びる。
 その無造作に伸びた手を、ロベルトは素早く掴むと、

「ふっ!」

 一気にへし折った。

「っっっ!?」

 声にならない悲鳴を上げ、地面へと這いつくばるゴロツキ。

「なっ!? 手前!?」
「俺達に逆らおうってのか!?」

 思わぬ反撃を受け、他の男達が慌ててロベルトを囲み始める。
 しかし、ロベルトが焦る事は無かった。

「ウィルベール商会は、会長であるハンネス様が一代で築き上げた商会です。その道のりは険しく、真っ当な方法だけでは、ここまで来る事は出来なかったでしょう」

 自分が囲まれているにも関わらず、淡々と語り始めるロベルト。
 その様子が、男達には不気味に映った。

「何を言っていやがる! 何の話だ!」
「つまりは……今回のような事は想定の範囲内だと言っているのですよ」

 ウィルベール商会は、暴力を是とする組織ではない。
 しかし、降りかかる火の粉は断固として払う。
 やられっぱなしでいてやるほど、甘い組織ではないのだから。

「顔を貸せと? 良いでしょう。ただし……私の顔は安くはないですよ?」

 普段と変わらぬ笑みを、ロベルトは見せる。
 だが、男達はその笑顔に恐怖を感じていた。

「さぁ、さっさと済ませてしまいましょう。なにせ、やらなければいけない事が沢山あるのですから」

 笑顔と商品と、そして、暴力と。
 その三つを武器に、ウィルベール商会は版図を広げていく。
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