とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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商会の暗躍

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 多くの人々が行き交い、活気のあふれる街の中をスタン達は歩いていた。
 先日、アリカ達と無事に合流したスタンの一行は、近くの街へと向かい、そこで休息をとる事にしたのだ。
 街道の要所にあるというこの街は、多くの人々が集まり、近隣の中では一番の大きさを誇っている。
 大通りには大小様々な店が建ち並んでおり、アリカを始めとした少女達は、気になった商品を眺めては、思い思いに買い物を楽しんでいた。
 しかし、一行の中で一人だけ、満足に買い物を楽しめていない者の姿が。

「なぁ……やはりこれは被らなくてはいけないのか? どうにも落ち着かないのだが……」

 ポツリとそう呟いたのはセトナだった。
 彼女は不満そうな顔をしながら、頭に被っている帽子へと手をやる。

「仕方ないでしょ。あなたの耳は目立つのだから」

 セトナの不満に対して、アリカは困ったように笑う。

 セトナは他の少女達とは違う、クルガ族と呼ばれる少数民族の出身だった。
 クルガ族という民族は、他の人々とは違い、獣の耳と尻尾を持ち、高い身体能力を誇る。
 だが、その外見は珍しく、国や地域によっては迫害を受けたり、奴隷として扱われる事もあった。
 そういった無用なトラブルを避ける為、人目の多い所ではクルガ族の特徴を隠そうと、アリカはセトナへと外套マントを羽織わせた上で、無理やり帽子を被せたのである。

「アリカの言いたい事は分かるが、やはりいつもと感覚が違ってな……」

 もぞもぞと帽子の位置を調節しながら、セトナがぼやく。
 耳が覆われた事により、いつもと音の聞こえ方が違う事や、耳に当たる帽子の感触が、セトナはあまり好きでは無かったのだ。

「宿に戻れば帽子を被る必要がなくなるんだ。それまでは我慢するんだな」

 うんざりとした様子を見せるセトナに、スタンが軽く笑う。
 そんな彼に対して、セトナがムッとした表情をする。

「お前は何だか楽しそうだな。私が困っているのが、そんなに楽しいか?」

 セトナから発せられるトゲのある言葉。
 しかし、彼女も本気で言っている訳ではない。
 いわばこれは、八つ当たりにすぎないのだ。
 そんなセトナのいじけたような態度に、スタンは苦笑する。

「おいおい、せっかく買い物に来ているんだから、そんな顔をしているなよ」
「そうは言うがな……」
「それに、その帽子だってそんなに悪い物じゃないと思うぞ? 結構似合っていると思うしな」

 スタンのその言葉に、セトナの足が止まる。
 突然止まったセトナを不思議に思い、スタンも同じように足を止めて振り返った。

「どうかしたのか?」

 しかし、セトナはスタンの問い掛けに答えない。
 両手を帽子の上へと載せ、抑えつけるように被り直したセトナは、代わりに、別の事を質問してきた。

「……この帽子は、私に似合っているか?」
「ん? ああ、よく似合っていると思うぞ?」
「……そうか、似合っているのか」

 帽子を目深に被り直したセトナの表情は見えない。
 しかしその口元は、嬉しそうにほころんでいた。 

「ゴホン……まぁ、余計なトラブルに巻き込まれるのは私も望まないし、仕方ないよな。うん、宿に戻るまでは我慢して被っている事にしよう」

 咳ばらいをしたセトナは、帽子を元の位置へと戻すと、再び前へと進み始める。
 その表情は先程とは打って変わり、とても機嫌が良さそうなものだった。
 風もないのに外套がバタバタとはためいているのは、その下で尻尾が左右に揺れているせいだろう。
 機嫌よさそうに歩き出したセトナを確認したスタンも、再び歩き出そうとしたのだが、

「…………何だよ、アリカ?」

 ジトリとした視線を受け、またもや足を止めた。

「何か言いたい事でもあるのか?」
「……べっつに~。何でもないわよ」

 何でもないという事はない口ぶりで、アリカはそっぽを向き、前へと進んで行ってしまう。

「……勘弁してくれよな」

 セトナの機嫌が良くなったと思ったら、今度はアリカの機嫌が悪くなってしまった。
 スタンは頭を抱えたくなったが、それを我慢し、アリカを追いかけて行く。
 その後ろ姿を眺めていたエルとサラサは、顔を見合わせた後、やれやれと肩をすくめるのだった。



 足を早め、前を行くアリカを追いかけようとしたスタンだったが、その必要はなかった。
 アリカはスタン達の少し前で足を止め、額に手をかざし、怪訝な顔で前を見詰めていたのだ。

「あれって……間違いないわよね……?」

 ぶつぶつと呟いているアリカの下へとスタンと、そしてその様子に気付いた他の少女達も集まってくる。

「お嬢様? どうしたのですか?」
「あれを見てよ、サラサ」
「……あれは……」

 アリカが指で差し示した方向。サラサもそちらを眺め、何かを考えるような仕草を見せた。

「何だ? 二人とも何を見ているんだ?」

 二人の傍まで寄ったスタンは、そのまま少女達の見ている方へと視線を向ける。
 アリカとサラサの視線の先、そこにあったのは、通りの店に掲げられていた何の変哲もない看板だった。

「どこかで見たような看板だが……あの看板がどうかしたのか?」
「あれって、ウチのお店ウィルベール商会の看板なのよね」

 アリカの言葉を聞き、スタンは思い出した。
 あの看板が、ウィルベール商会の掲げる看板である事を。

「あの爺さん、こんな場所にも店を出していたのか」
「ううん、そんな筈はないのよ」

 感心したようなスタンの呟きを、アリカは即座に否定した。

「私達は国を出てくる前に、国外にあるお店の場所は全て聞いてきたの。何かあった時に、すぐに駆け込めるようにって」
「まぁ、あの爺さんなら、それくらいの事は言うだろうなぁ」

 アリカの祖父であるハンネスの事は、スタンも知っている。
 孫娘を溺愛しているあの老人であれば、それくらいの事は言うだろう。
 何せ自分の傍に仕えていた老執事エバンスですら、こちらへと送ってきているのだから。

「だけどね、この街にウチの店があるなんて話は聞いていないのよ」

 ここでやっと、スタンはアリカ達が何を不思議に思っているのかを理解した。
 本来この場所に、ウィルベール商会の店があるはずがないのだ。

「看板が似ているだけの、別の店なんじゃないのか?」

 スタンの疑問に対し、アリカは首を横に振る。

「まったく同じ看板なのよ? その可能性はないんじゃないかしら?」
「じゃあ、お前がこの店の事を忘れている可能性は?」

 今度もアリカは首を横へと振った。

「それはない、とは思うのだけど……」

 ただし、自信がなさそうに。

「……本当に忘れていないよな?」
「……」

 スタンからの再度の確認に、アリカの言葉は詰まってしまう。
 そこに、サラサから助け船が入った。

「いいえ、お嬢様は忘れてはいません。私も全ての店の場所を聞いていますが、この街にある事は知りませんでした」
「……サラサがそう言うんだったら、間違いないな。じゃあ爺さん達が伝え忘れたのか?」

 今度はスタンも納得し、別の可能性を考え始める。

「ちょっとスタン? 私には何度も確認したのに、何でサラサの言葉はすぐに信じたのかしら?」

 そのスタンの事を不機嫌そうに睨むアリカ。

「まぁまぁ、アリカさん、落ち着いて下さい。それに師匠も。こんな所で悩んでないで、直接お店に行ってみればいいじゃないですか」
「……それもそうだな」

 またもや騒がしい事になりそうなスタン達だったが、エルの建設的な意見に従い、とりあえず店へと向かう事にしたのだった。


 
「やっぱりこれって、ウィルベール商会の看板よねぇ」

 店の前へと到着したスタン達一行。
 そこでアリカは、再び看板の確認をしてみた。
 だが、何度見ても看板は変わらない。
 アリカが幼い頃から何度も見た事のある、ウィルベール商会の看板だった。

「中で話を聞いてみれば、分かるだろうさ」

 そう告げたスタンが、先頭に立って店の入口をくぐる。
 そして、中で作業している店員へと声を掛けた。

「すまない、ちょっといいか?」
「はい、いらっしゃいませ。……おや?」

 話し掛けられ、即座に明るい声と笑顔で対応する店員。
 しかし、スタンの顔を見ると、少し考え込むような素振りを見せた。

「何だ? 俺の顔に何かついているか?」

 どこかで会った事でもあるだろうかと、スタンは疑問に思ったが、店員の顔には見覚えが無かった。

「お前……また何かやらかしているんじゃないだろうな?」

 疑うような目で睨んでくるセトナに対して、スタンはただ黙って肩をすくめる。
 そんなスタン達へと、我に返った店員が声を掛けてきた。

「失礼しました。もしかしてですが……スタン・ラグウェイ様ではありませんか?」
「……俺の事を知っているのか?」

 スタンの返答から、間違いないと判断した店員が嬉しそうに頷いた。

「はい、お話はハンネス会長から伺っておりますので」
「って事はやっぱりこの店は……」

 ハンネスという名前が出た時点で、スタンは確信した。
 その予想通り、ニコリと笑った店員は、こう答えたのだった。

「はい、ウィルベール商会の店でございます」
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