捧げし者達への鎮魂歌

馬之屋 琢

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前夜

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 アレン達の前から姿を消したギールは夜の山道を彷徨さまよっていた。
 山中の獣を狩る事で、空腹を満たす事は出来た。
 だが、アレンと戦う為に必要な、魔剣への供物が足りなかった。
「さ~て、どうするかねぇ……」
 魔剣の能力を高める為に必要な物。それは大量の人の生き血。
 その為には……。
 その時ギールは、山間にいくつかの明かりが付いている事に気が付いた。
 明かりの数からして、小さな村落か何かだろうか。
「丁度いいなぁ」
 だが、何であろうとギールには関係なかった。
 あの明かりの下に、人がいるのは事実なのだから。
 狩場を見つけた狂犬は、獰猛な笑みを浮かべ、闇の中へと消えて行くのであった。



 山道を進んでいたアレンとクレアは、開けた場所にて夜を越す事にした。
 平地よりも高い位置にある山中では、星の輝きが普段よりも近くに感じられる。
 しかし二人が、夜空に関心を持つ事はなかった。
 ギールの襲撃以降、アレンはひたすら黙ったまま。
 食事を終えた今でも、二人の間に会話はなく、重苦しい雰囲気がただよっていた。
 アレンはおもむろに剣を抜き、その手入れを始める。
 黙々と作業をするアレン。
 そして、その様子を無言で眺めるクレア。
 このまま何も会話が無いまま、朝を迎えるのではないかと思われたその時、
「あの……これからどうするのですか?」
 やっとの事で意を決したクレアが、声を上げた。
 アレンは、クレアの方へとチラリと視線を向けたが、すぐにまた、視線を剣へと戻す。
「この先を少し進んだ先に、村があるようだ。ひとまずはそこへ寄る事にする」
「あの男の事は……?」
「どこにいるかも分からないしな。まぁ襲って来たら、対処するだけだ」
 剣をみがく手を止めず、淡々たんたんと答えるアレン。
「勝てるのですか?」
 そんなアレンに対し、おずおずとクレアは質問する。
 戦いに関して素人のクレアには、アレンの強さやギールとの力の差といったものは分からない。
 ただ、昼間に見た、魔剣を操るギールの姿からは、恐ろしい何かを感じ取っていた。
「勝負なんて時の運だからな」
 クレアの不安をよそに、アレンはなおも淡々と答えるだけだった。
 そんなアレンの態度を、少々不満に思うクレアだったが、文句を言う事はなかった。
「その剣は魔剣なんですよね? 人の魂を、喰らう魔剣」
「……ああ、そうだ。人の魂を糧とし、力とする剣だ」
 磨き終えた剣を、アレンは眼前へとかざす。
「この剣が恐いか?」
 魔剣というものは、持ち主に強大な力を与えるのは確かではあったが、同時に、不穏な噂も多くあった。
 アレンの問いに対し、クレアは少し迷いながらも、正直に答える。
「恐いです。魔剣は周囲に災いを招くと聞いた事がありますから」
 突き付けられた剣に対し、恐れるように目をらすクレア。
 だが、
「でも、必要なんですよね」
 自分の弱気な心を打ち払い、クレアは魔剣へと視線を戻した。
 ギールとの戦いには、この魔剣の力が必要だという事が、クレアにも分かっていたから。
「そうだな、向こうにも魔剣がある。こちらも使う事になるだろうな」
 覚悟と共に、アレンは剣を鞘へと納める。
 魔剣の能力を使う為には、その代償が必要となる。
 それは……。 
「もし……」
 震える声で、クレアはつぶやいた。
 両腕で身体の震えを抑えつつ、彼女は言葉を続ける。
「もしも必要な時は、私の魂を使って下さい。私には……それくらいしかできませんから」
 クレアの脳裏に浮かぶのは、老婆から言われた言葉。
 アレンから受けた今までの恩に対し、今のクレアに返せる物。
 戦闘の役に立てないクレアには、それしか思い浮かばなかった。
 震えるクレアの事を、じっと見詰めるアレン。
 見詰め返してくる強い眼差まなざしに、少女の想いの強さを知ったアレンは、
「……ああ、分かった」
 クレアの決意に対し、ただ、そう答えるだけだった。



 アレンは気が付くと、色の無い、灰色の草原へと立っていた。
「……またか」
 再び、夢を見ているのだと気付いたアレンは、首を巡らし、辺りを見回す。
 この夢を見ているという事は、必ず出てくる人物がいるのだ。
 案の定、目的の少女はすぐに見つかった。
 だが、その頬はふくれており、自分が不機嫌である事を、大いに主張しているのであった。
「むー……」
「……何だよ?」
 とがめるような少女の眼差しに、居心地の悪さを感じながらも、アレンは少女へと問い掛ける。
「アレン……キミはボクとの約束を破ったよね?」
 少女の目付きはますます鋭くなっていき、耐えかねたアレンは思わず視線を逸らしてしまう。
「その、何だ……悪かったな」
 言い訳を考えていたアレンだったが、この少女には嘘が通じぬ事を思い出し、素直に謝る事にした。
 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、アレンが悪いと思っている事は伝わったのだろう。
「……仕方ないなぁ」
 少女はため息を吐き、怒気を収めた。
「まぁ、キミは優しいから、あの娘の事が見捨てられないとは思っていたしね」
 やれやれと、少女は肩をすくめる。
 しかし、次の瞬間には真面目な顔になり、アレンへと改めて向き合った。
 少女の本題は、ここからなのだ。
「アレン、キミは今度あの男が襲って来たら、どうするつもりだい?」
 そう遠くないうちに、再びギールは襲ってくるだろう。
 少女にもアレンにも、その予感があった。
「使うのかい? あの魔剣を」
「そのつもりだ」
 少女の問いに対し、キッパリと答えるアレン。
「使えば、どういう事になるかは分かっているんだろう?」
 しかし少女は、なおも問う。
 力を得る為の、代償を知っているから。
「それでも、キミは使うのかい?」
「……ああ」
 それでも、アレンの決意が揺らぐ事はなかった。
「何の為に? あの娘の為かい?」
「いいや」
 少女の為などでは、断じて無い。
 アレンが剣を振るう理由。
 それは、
「俺が後悔しない為だ」



「俺は別に聖人でも何でもない。困った人間全てを助けるつもりなんかサラサラない。そんな力がある訳でもないしな」
 アレンは自分の思うまま、言葉を続ける。
「だけどな、今、俺の手元には力がある。魔剣という名の力がな」
 過去の自分には無かった。誰かを守れるだけの力。
「だったらせめて、その力で守れる物くらいは、守っても良いんじゃなかと、そう思ってな」
 守れなかった少女に対し、自分の想いを伝えるアレン。
 もう二度と、後悔したくはないという想いを込めて。
「そっか……」
 アレンの言葉に対し、少女は寂しそうに笑う。
「ボクとしては反対なんだけど、キミの決意は変わらないもんね」
「……すまないな」
 アレンの言葉に、少女は首を横へと振る。
「キミがそう決めたのだから、ボクはそれを応援するよ、アレン。それがどんな結末になろうとね」
 そう微笑ほほえむ少女の姿が、徐々に薄れ始めていった。
 もはや、言うべき事を言い終えたのだろう。
「だから、頑張ってアレン。そして、幸せな未来を掴んでほしい」
 少女の言葉に対し、アレンは苦い笑いを返す。
「そいつは、奇跡でも起こらないと難しいかもな」
 ギールとの戦いがどうなるにしろ、魔剣の能力を使えば、幸せな未来など訪れない。
 アレンはそう諦めていたし、覚悟もしていた。
 そんなアレンに対し、薄れゆく少女は明るく笑う。
「アレン、一つ良い事を教えてあげるよ」
 楽しそうに、とっておきの秘密を教えるかのように、彼女は告げた。
「奇跡は起こるものじゃない。自分の力で起こすものだよ」
「……お前は相変わらず無茶を言うよな……」
 苦りきったアレンの顔を笑い、少女は今度こそ、景色の中へと溶けていくのであった。
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