JKのスカートは、太もも丈よりひざ丈の方がかわいい

たたた、たん。

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短編

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 JK女子高生の時、スカートは短ければ短い程かわいいと思っていた。






 速見愛はやみあい、二十歳。来年の春、短大を卒業してから大企業の下請けの下請けの会社の事務に就職する予定の学生だ。社会人として働く立派な大人になるまで、半年を切っている。

 もう、子供気分ではいられない。

 朝の駅は人で混雑していて、朝に弱い私は人を避けて歩くのもかったるい。やっと衣替えして、何年かぶりに会った白いブラウスと緑のひざ丈スカート。赤いチョーカーに靴ズレの酷いデザイン重視のヒールブーツを履いて、それなのにメイクは手抜きだから最早、必須品のマスクを着けている。
 周りの人は、忙しそうなサラリーマンと私服姿の人ばかり。その中で、この少し寒い気温の中、生足をこれでもかと言うほど披露したJKの姿は少し目立っていた。

 スカート丈は、太ももよりもっと短い。確かマイクロミニスカートと呼ばれる位の短さじゃないか。

 その短いスカートのJKは、彼氏であろうDK男子高校生とイチャイチャしていて、いかにも自信ありげだ。



 きっと、今の自分が最強に可愛いと思っているのだろう。


 私はそんな彼女を鼻で嗤う。あなたよりは、その隣にいるひざ丈スカートの中学生の方がよっぽど可愛いわ。大人になってみると、その短いスカート丈は下品な印象しかもたらさない。
 まあ、そう言う私だって学生の時のスカート丈は太もも丈。だから、人のことは言えないのだけれど、そんな風に思う自分はやっぱりあの頃から成長したのだと思えた。

「あ、いけない。遅刻しそう」

 感傷に浸れば時間なんてあっという間。少しだけ痛む足を無視して、私は走り出した。








「あー、絶対血ぃ出てるよ。滅茶苦茶痛いもん」

 やっと授業が終わり、夜の帰り道。私は靴ズレをして痛む足を引きずりながら駅に向かっていた。あと五分で電車は発車、次の電車は三十分後だからなんとしても乗っておきたい。電車に乗ればどうせ休めるし、あともう少しの我慢、と自分に鞭を打てば続く道は工事で塞がれていた。

 くそー!!

 さすれば、遠回りするしかない。普段なら五分あればギリギリ間に合うのだけれど、この足で急ぐ余裕なんてあるはずもない。私はしょうがなく今回の電車は見送って、取り敢えず足を休められるカフェに入ることにした。
 頼んだのは、サンドイッチと珈琲。苦い珈琲なんて本当は苦手だけど大人なんだからとミルクたっぷり、砂糖少し入れたそれをちびちびと飲む。私が座ったのは店のウインドウ側にあるカウンター席で行き交う人々の様子を見ることが出来た。
 ツイッターで愚痴を呟きながら、なんとなく目が行ったのは、またもやスカートの短いJK達。信号待ちをしている彼女達のスカートは朝の子ほど短くはなく、丁度太もも丈と言った所で、隣の地味な学生君は彼女達に怯えたように少し距離を離して待っている。


 ああ、本当にアイツには悪い事をしてしまった。


 そんな様子を見て、思い出すのは過去の過ちあやまち。言い訳をするとすれば、私はあの頃酔っていたのだ。あの青春独特の雰囲気に。

 只でさえお口の中が苦いのに、心まで苦い感情に襲われて少し憂鬱な気分。私だって、今ならアイツにちゃんと謝れるもん。


 神様は、そんな言い訳じみた事を思う私に天罰を下したかったのだろうか。いや、もしかしたら善意でその機会チャンスを与えてくれたのかもしれない。

 兎に角、次の瞬間。私は珈琲の苦味なんて吹き飛んでしまった。

「速見? 」
「弘樹ひろき!? 」

 それは、隣から顔を覗き込んできた男が、まさに過去の過ちに違いないからだ。






「久し振りだね」
「あ、うん。二年ぶりかな」
「二年か……時が流れるのは早いな。最近、調子はどう? 」
「まぁまぁかな。弘樹こそ一流の国立大学は大変じゃない? 」
「忙しいけど、毎日充実してる」

 自信の滲んだ声と満足気な表情。

「なんか変わったね」
「そうかな? でも、まあ二年もあれば変わるよ」
「そうだね」

 少し気恥ずかしそうに頬を掻いた男は、以前とは考えられないほど垢抜けている。休日はいつだってジャージだったのに今はお洒落なお洋服。高校生の時、黒く四角いフレームのメガネは、真ん中が金属でくっ付けられた丸メガネに変わっていて、真面目臭さがなくなり、優しそうで落ち着いた弘樹そのままの魅力をそのまま演出していた。

 本当に変わった。良い方向に。

 気軽に話しかけてきて笑顔で話す弘樹に反し、私は気まずくて逃げたしたくて仕方なくなる。でも、今、席を立ったら弘樹は私が自分を拒否していると勘違いしてしまう。
 喉元に込み上げてくる苦いナニカをぐっと押し込めて、なるべく笑顔で話すように意識した。

「あのさ、あの時……」

 あの時はごめんね。

 神様のくれた機会を無駄にしないために、その台詞を伝えたいのに胃に閉じ込めた苦いナニカが気道を塞いで声が出ない。

「何? 」
「いや、なんでもない。それで? 」

 あの時はごめんね。

 佐藤弘樹とは、高校一年生の時から付き合っていた。弘樹とは小学生の時からの付き合いで、経済的理由で弘樹が私と同じ高校に進学し、その頃には男子として意識していた私は自ら告白した。高校一年生の時は順調で、好きだったアニメの話をしたり馬鹿な私の勉強を手伝ってくれたり。なかなか友人の出来なかった私は弘樹と仲良く一年を過ごせた。

 変わったのは、高校二年生の時。文理選択で私は文系、弘樹は理系に進み教室が離れたから会いにくくなって。

 クラスに馴染めず一人の時間が多かった私に話しかけてくれたのは、なんとクラスカーストトップの女子集団だった。彼女達は格好も立ち回りも派手で、私は少し苦手だったけれど、話しかけてくれた嬉しさからそんなものは乗り越えた。
 一回何故私に話しかけてくれたのか尋ねた事があったのだが、その答え「可愛かったから」が嬉しがればいいのか悲しんでいいものか微妙な気分になった覚えがある。

 彼女達のスカート丈は太もも丈で、教師から注意されることもしょっちゅう。おまけに私の好きなマンガやアニメなどのサブカルチャーのことは馬鹿にしていて、自分がオタクなことは絶対に言えなかった。
 少し無理して彼女達と供にいたある日、弘樹が私のクラスに訪ねて来てくれた事があった。彼女達と出会う前はそれが嬉しくてすぐに駆け寄ったが、その時は彼女達の価値観が植え付けられていて、弘樹が恥ずかしくて見られたくないから素早く駆け寄って場所を移させた。

 弘樹は少し不審そうに私を見る。
 制服を改造して太もも丈にしたスカートに、派手なメイク。そして、排他的に自分に劣ると思った者を見下す姿勢。私は完全に彼女達に染まっていた。
 あの時、私はそれが正しいと信じていたし、自分でも格好いいと思っていた。

 今は違う。あの時の私はおかしかったと思う。あの雰囲気が、学校独特の同調の雰囲気と発達途中の精神、不安定な友人関係、言い出せばきりがないが、誰しもが味わったことのある不気味な空気。
 きっと殆どの人がその空気に呑まれ、当然のようにその空気で循環呼吸を行う。

 そんな中、何にも染まらずそのままでいた弘樹は芯が強いのか、ただ鈍いのか。いや、でもアニメオタクに加えて、物理オタクにもなりかけていたから、そんな空気すら目に入らなかったのかもしれない。
 透明なバリアに囲まれ純粋培養された弘樹と汚れた空気を目一杯吸い込んでいる私。そうなってしまえば、上手くいかなくなることも当然だった。


「ア~イ、今のだっさい男誰ぇ?」

 それは私の恐れていた言葉だった。その日は私の誕生日で弘樹がプレゼントを私に来てくれた。流石にそれを無下には出来ず、受け取っていた所を同じグループの女子に見られたのだ。

「えっと……」

 彼氏だよ、なんて言えなかった。予想していた向けられるであろうマイナスの言葉が命中して、それでも尚、自信を持って誇れることなんて出来ない。
 その時の彼女の笑顔は、ニヤニヤと歪んでいて私のことまで馬鹿にしてきそうな雰囲気もある。

「小学生から一緒の古い友達だよ。誕生日だったからプレゼント貰っちゃったの」

 途端に彼女はつまらなそうな顔をして、つうっと私を見回してから私の手元をみてまたニヤッと笑う。

「ふ~ん、ねぇ、プレゼントの中身見せてよ。何が入ってるか気になる」
「……いや、汚したくないから家で開けようと思ってたんだけど」
「はぁ? 別に汚さないし。見せてよ」
「でも」

 あの頃、弘樹にはセンスと言うものがなくてくれるのは、微妙にダサい小物だったり、去年は文房具。このプレゼントの形からまた文房具類だと推測した私は、彼女達に見せることを拒んだ。
 馬鹿にするに違いないから。

 彼女達にとって勉強とは、青春のちょっとしたスパイスであり本気で取り組むものではない。この時私は自分が馬鹿にされるのも嫌だったし、せっかく弘樹が選んでくれたプレゼントを馬鹿にされるのも嫌だった。だが、しかし、そんな頑な私に対して彼女はこう言い放ったのだ。

『最近、アイって付き合い悪いよねって皆言ってるよ・・・・・・? 』


 その言葉は学生に置いて、絶大な効果をもたらす。皆、皆とはどの範囲の皆なのか。大抵、人が使う皆と言うモノは自分を入れて二三人なんて微々たるものなのだけれど、学生という小さな箱庭で生活する羊は周りからの反感を誰よりも恐れている。

「そ、そうかな?えー、じゃあ、開けてみるね」
「うわぁ! ダサ!! 誕プレにノートとシャーペンとか引くわ。あ、メッセも入ってんじゃん。愛は数学が苦手だからこれで勉強して。お誕生日おめでとう。だって。うっわ!! ガリ勉~。引くわぁ」

 案の定、中身は文房具で。弘樹はけちょんけちょんに貶される。そのプレゼントは、当時同じ大学に行こうねと約束していた弘樹の厳しい優しさだった。誇らしい筈のそれも彼女の言葉で変わっていく。
 恥ずかしくなった。

 彼女に否定されるのは、私の世界そのものから否定されることと同義で、私は震え上がる。この時、弘樹への感謝なんてなくなって私は弘樹のせいで・・・・・・馬鹿にされることが恐怖だった。
 微かに震える私に更なる追い討ち。

「えー、何それ? ミカのぉ? 」
「は!? 違うし。アイのプレゼントだよ」
「その文房具が!? うわぁ、ないわぁ。何、もしかして男から? 」
「あ、うん。……男友達から」

 グループの皆がやって来て、次々に彼の好意を汚していく。彼氏がトロフィーだと思っている彼女達にとって弘樹のような男は論外で。また、友達だと嘘をついてしまった。
 それでも、私に悪意が向くことはなくほっとした時。グループの中心人物、私を仲間にいれてくれた子が心配そうに言った。


「切った方が良いよ」


 グループに入ってから知った『切る』、と言う意味。すなわち、縁を切ること。

「いや、それは」
「でも、アイ。せっかく可愛いんだし、そんな奴といるとイメージが悪くなるじゃん」
「あー、確かに。え、実はガリ勉仲間でーすみたいな? 」
「そんなことない、と思うけど」

 本当に。本当に恐ろしいのは、彼女達がそれを本気の善意で言っている事だ。派手な彼女達は簡単に人を馬鹿にすることもあるが、仲間意識は強く少しの冗談で怯える私も彼女達が私を好きでいてくれているという確信があったから、供にいられた。

 その時は頷く事のなかった私も、彼女達の善意の言葉はその日以降も度々告げられるようになって苦痛な日々が続いた。私は、弘樹が好きで。でも、彼女達は仲間で、私の世界で、供にいる時間は彼女達の方が倍以上に長かった。そして、私の発展途上な精神は少しずつ傾き始め、彼女達の善意が耳に残るようになる。


 今なら分かる。私は間違っていた。


 大切な人を馬鹿にして、悪意はなくとも縁を切れと言われる位ならいっそのこと私はあのグループを出れば良かったのだ。

 あの時、世界はあそこだけじゃなかった。大なり小なり私を囲む箱庭は幾つもあって、私は思いきってその箱庭から飛び出してみれば。
 そうすれば。

 と、後悔しているが実際それが出来たかと言うと多分無理。私は、臆病だから外に出る勇気を持てなかったし、そもそもそんな考えを持つことを学校の雰囲気が、空気が許さなかった。

 彼女達の善意に耳を傾ければ傾けるほど、なんだか私と弘樹がつりあわないように思えて憎らしくなった。なんで弘樹はダサいの? なんで弘樹は暗いの? なんで弘樹はオタクなの? なんでもっと私を敬わないの? 一度考えれば無限に出てくる不満は遂に私の心を支配して私にあんなことをさせた。









「あの時はごめんね」
「えっ……」

 近況報告を面白おかしく話していた弘樹は、私の突然の謝罪にポカンとびっくりしている。

「三年生になる時、理由もなしにいきなり別れてごめん。その後も、避けるようにしててごめん。……それでも話しかけてきてくれてありがとう」
「ああ、やっぱり避けてたんだ。なんとなくそうかな? とは思ってたけど。過ぎた事だしもう気にしてないよ」

 私にとって重大な謝罪は、弘樹にとっては些細なことだった。それに、拍子抜けしながらも少し安堵して、それから何故か胸がズキッと痛んだ。
 後になってこの痛みの理由が分かったのだが、私がこれをずっと後悔していたのは未だに弘樹に未練があったから。それで、私にとっても癒えない傷も弘樹にとっては、もうただの古傷になっていてショックを受けたのだ。ああ、弘樹にとって私はそんな程度だったのか、と。

「お詫びにそれ奢るよ。いくら? 」
「そんなの別にいいよ。本当に気にしてないし」
「いや、でも私の気が済まない! 何かさせて」
「えー、じゃあ、俺の恋愛相談させてくんない? 」

 は?
 よりによってそれですか? 元カノに恋愛相談って。馬鹿なの。

「実は、最近好きな子出来てさ。同じ学科の子なんだけどまだ友達にすらなれてなくてさ。速見はそう言うの慣れてそうだしなんかアドバイスくれないかな、と思って」
「慣れてるって、私、弘樹以外と付き合ったことないし」
「えっ、そうなの!? 」
「うん」
「意外……」

 こいつ。無神経はあまり変わってないな。でも、少し嬉しそう。やっぱり男心としてこういうのは嬉しいのか……

「……いいよ。相談乗ってあげる」
「でも、経験」
「弘樹の十倍は女心を分かってるから! どうせ弘樹、女友達いないでしょ」
「物理学科なんて女子はほぼいないんだよ……」
「そんなに落ち込まない! 私も男友達いないから」
「いや、高校でいっぱいいたじゃん」
「あれは、私の友達じゃなくて友達の友達だから」
「そうなんだ……」









「それでさ、その子は『それはエキセントリックな放物線ですね』って言ってくれてさ。俺、素直にその褒め言葉が嬉しくて」
「それは褒め言葉なの……!? 」

 相談にのってから数ヶ月が過ぎ、会う場所はいつも再会したカフェになった。垢抜けた弘樹もヘタレな所は変わっていなくて未だに進展はほぼない。

 私は、週一にある弘樹の報告をいつもドキドキしながら待って「変化なし」の言葉を聞くたびに安心した。口先だけは、残念だったね。次は頑張れ。なんて言うけど本心はいつだって失敗しろ、と念を送っている。

 私は、また弘樹のことが好きになっていた。

 そんな予感はしていた。

 お詫びに相談に乗ると言ったとき、自分にも気付かぬうちに下心が潜んでいたから。でも、これは叶わない恋。今更、叶っていい恋でもない。二年前の不誠実がいつだって私の喉を締めて放さないのだ。私から一方的に振ったくせに、また告白? そんな格好悪い身勝手なこと出来ない。

 あと、数ヶ月で社会人だ。
 大学でも大人の心積もりは何度も教えられた。

 あの青春の時の衝動や、勇気なんて最早必要ない。あの頃は、あたって砕けても進路が違えばもう会うことはないが、大人は違うのだ。やっと抜け出せた箱庭の外、空を見上げたら天井があって、愕然として地平線を見ようとしたら壁があった。前よりも、もっともっと大きくて硬いそれは絶対に壊すことが出来ない。

 私は、社会人になることで、やっと果てしない世界なんて存在しないことに気付いたのだ。これ以上を望んではいけない世界、妥協しなければいけない世界、諦めなければいけない世界。それは、これ以上広い世界があると箱庭で期待していた時よりも、もっと窮屈で苦しい。

 大人なのだから、諦めないと。
 大人なのだから、みっともないことは駄目。
 大人なのだから、妥協しないと。
 大人なのだから、たかが恋で躓いちゃ駄目。
 大人なのだから、自分よりも他人を優先しないと。
 大人なのだから、愛想が上手くないと。

 並べられたmustにうんざりしながらも、私はそれを受け入れることしか出来ない。世界の、社会の習わしに逆らうなんて馬鹿なこと出来る筈もない。

 そうだ。こうやって諦めればいいのだ。
 私は、大人でちゃんとしないといけなくて。
 諦めることに慣れなければいけないから、弘樹の事だって諦める。
 それでいい。

 この世界で大人てして生きる為のルールに基づいて、大人しく波風たてず身を引こう。




「ーーーそれでさ、どうすれば良いと思う?」
「あー、それはね。何だかんだ言って女の子は、ちょっとした好意が嬉しいんだよ。背伸びなんてしないで、本当に弘樹があげたい物をあげた方がいい」
「でもさ、ウケが良くないと不安じゃん」

 毎週水曜日の午後五時。いつもの席で。

 ダサメンの汚名を返上した弘樹は、落ち着いた青のセーターを着て、ブラウンのコートとニットのキザな帽子を空いた席に置いている。この時間は人が少ないから私の隣にも人はいず、ダッフルコートを置かせて貰った。

 常に金欠な私たちが頼むのはただの珈琲一杯で、各自精算。たまに、ケーキみたいのを頼んでみると次の週は弘樹が頼んでいて、それを二つに割って食べあった。
 しかも、弘樹のヘタレのお蔭で、話題は恋愛相談を出来る部分なんてほぼなく、大抵は雑談だ。
 昔に戻ったみたい。
 まだ仲が良くてアニメの話をしたり、分からない勉強を弘樹に教えて貰ったり、これと言った特別なことはなかった毎日。今となって、幸せだったのだと気付けたあの日々。

 幸せだ。
 もう二度と訪れないと思った日々が返ってきただけ、私はラッキー。高望みはいけない。

「それにしても、速見はもう社会人か。先輩さん」
「うん。後輩君は勉学を頑張りたまえ」
「頑張ってますよ。でも、速見は忙しくなるし、こんなしょっちゅう会うことは出来なくなるな」
「は……!? 別に大丈夫だよ」
「いや、でもさ。 申し訳ないし」
「だから! 大丈夫なの!! 私は弘樹と話すのが楽しかったし、そもそも弘樹の恋愛相談は終わってないでしょ!! あやふやになんて終わらせられる訳ない」
「おぉ、……ありがとう。俺も速見と話すの楽しいよ」

 勢い余って余計な事を言ってしまった。緩みそうな頬を苦い珈琲で元に戻す。

「速見のいつも一生懸命だよな。そんなに本気で相談に乗ってくれるのは、きっと速見くらいだよ」

 その台詞で思い出した。照れ屋で、ヘタレな弘樹が唯一言ってくれてた褒め言葉。
『お前の諦めないで一生懸命な所、好きだよ』
 完全にそっぽを向きながら、二人だけの勉強会で私だけ上手くいかなくて、励ましてと駄々をこねたら言ってくれた。今まで、好きだなんて弘樹の口から聞いたこともなかったら、二人照れあって、結局そわそわして勉強会が早くお開きになってしまって。

 そうだ。
 弘樹は、私の諦めないで一生懸命な所が好きだったのか。







 別に空から槍が降るほどに驚いたわけでもない。だけど、それは確かに盲点を突いてきて、視界をクリアにさせた。

「そうだ、そうだよ。ふざけんな」
「え?」
「諦めるのが大人? 妥協するのが大人? 不自由なのが大人? 違う。違う、違うに決まってる。大人って称号はそんな悲しいもんじゃない。私が都合よく使っているだけ」
「お~い、速見どうした? 」
「佐藤弘樹! 」
「は、はい! 」
「あんたが好きだ。付き合って下さい」

 勢いよく告げた告白の声は大きく、店内に響いた。ぎょっとして見てくる店内の客と店員。だけど、それ以上に驚いたらしい弘樹の声は一拍空けて私の声以上に店内に響き渡った。












 JK女子高生の時、スカートは短ければ短い程かわいいと思っていた。




 朝の駅は相変わらず混雑していて、それでも朝しっかりと朝食を食べれば目が覚めることを知った私の足取りは軽い。黒いワンピースにダッフルコート、会社用の地味なパンプスを履いて、メイクはナチュラルに短時間で済ませた。
 周りの人は、忙しそうなサラリーマンと私服姿の人ばかり。その中で、この寒い気温の中、生足をこれでもかと言うほど披露したJK達の姿は少し目立っていた。

 スカート丈は、丁度太もも丈。

 その短いスカートのJK達は、同じタイプの友人らしく騒がしく話していて、いかにも自信ありげだ。



 きっと、今の自分が最強に可愛いと思っているのだろう。



 そこでポケットの中のケータイが鳴った。

「弘樹からだ」

 届いたメールの内容は、今日こそは会おうねの一言のみ。それでも、私は嬉しくて今日一日頑張れそうな気がした。

 弘樹の驚きの声の中、こうなったらしつこく猛アタックをしてやると決心したのだが、弘樹は案外すぐに受け入れてくれた。どうやら弘樹も実は私の事を引きずっていて、気なっていたらしい。気にしてない、と言っていたじゃないかと問い詰めれば『男の沽券に関わることだから見栄をはっていた』と白状した。
 全く下らない沽券である。因みに気になっていた女の子は、途中で彼氏がいたことを知っていたらしく、もう好意はなかったそう。
 その後もあのカフェで待ち合わせするのだが、それは頑として弘樹が払ってくれる。「彼氏だから」とそっぽを向きながら言ってくれるのは嬉しいが、私の方が社会人なのだから寧ろ私が二人分払うべきじゃないかと思う。


「うちのカレシがさぁ」
「マジでぇ? 」

 スカートは短ければ短い程かわいい。

 目の前で信号待ちをしているJK達が、その間違いに気付くのはいつだろうか。

 あなたよりは、その隣にいるひざ丈スカートの地味系な高校生の方がよっぽど可愛い。大人になってみると、その短いスカート丈は下品な印象しかもたらさない。
 それが正直な感想なのに、私は何故か憎めないよなぁ、と大人らしい微笑を浮かべた。

「あ、いけない。急がなきゃ」

 感傷に浸れば時間なんてあっという間。残業なんてしたくないから、早めに出社して仕事を終わらせようと計画していた私は走り出した。




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