転校していった幼馴染は、可愛かったはずなのに

たたた、たん。

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 高校三年の夏休みが終わり、来なければいいと何回願ったかわからない始業式。長ったらしい校長の話なんて、右から左へ受け流して。生徒指導の耳の痛い話も故意に聞かないようにした。

 だが、案外早くその無駄な儀式は終えて生徒はさっさと教室に戻された。帰る順番は高学年から。こういう時だけ、三年生で良かったと思う。

 校舎の二階にある教室は、窓を開けると校舎を囲むように育つ木の葉を触ることが出来る。俺は、四十三人クラスで一人あぶれた窓側の一番後ろの席に腰をおろした。そこは、自分だけが教室全てを見渡すことが出来る俺の特等席。

「あれ、なんでここに机があんの?」

 何故か、俺の隣にある筈のない机が存在していて。下級生が掃除をするときに間違えたんだろう位にしか思っていなかった俺と違い美香は興味津々のようだ。そのとりとめのない疑問にわざわざ答えるのが面倒で口を閉ざしていたのか、窓の外から聞こえる声が俺の意識を捕まえてならないから答える余裕もないのか。

 どちらなのか分からない。
 まあ、どちらでもいいんだけど。

 八月の中盤、今年はめっきり聞かなかった蝉の鳴き声を始業式の日に聴くことになろうとは。その喧しいジージーとした高音を聴くといつもあの事を思い出した。




 遠い夏の日。二年三組の教室で交わした幼馴染との約束。
 俺には、昔、そう小学校の二年生まで幼馴染と言える少女が存在していた。彼女は家が隣通しだから幼稚園に入る前からいつも二人で遊んでいた仲の良い友達で、そして、初恋の人だ。

 彼女は活発な少女だった。幼稚園までは髪の毛がベリーショートで、所謂クソガキであった俺に呆れず共にいてくれた大切な友人だったのだが、小学生になり、彼女が髪を伸ばし始めた頃から俺は彼女が女の子として意識するようになる。相変わらず、俺の無茶な遊びには喜んで付き合ってくれるものの、男っぽい名前をからかわれたのがきっかけで、どんどん女の子らしくなっていくのだから。

 それに、暴れん坊の俺と人見知りな彼女は友達が出来ずに、益々二人だけの時間は増えていった。いつしか俺の隣の空けておいた指定席は完全に彼女の居場所となって、共にいて当たり前な存在に。だけど、彼女の顔を見る度に胸がドキドキ高鳴るピュアな初恋を経験していた。

 最初は戸惑ったものだが、彼女の可愛い顔を見ないなんて選択肢を俺は持っていなかったから次第に慣れていった。



 そして、運命の日。彼女が引っ越すことを知った一学期の終業式。蝉が騒がしく鳴いていたその場所に。
 彼女はそれを俺になかなか伝えられなかったらしく、その事実を知ったのは俺と彼女の会える最後の日で。恥ずかしながら、その衝撃的な事実を認められず、暴れだしたきかんぼうな俺を見ながら、彼女はポロポロと瞳から涙をこぼした。

「ずっと一緒にいたかった。ヒロくんと離れたくない」

 その言葉を聞いてやっと俺は暴れるのを止めた。彼女が自分と同じ想いでいたのが嬉しかったからなのか、彼女の想いが目に鱗だったのかは忘れた。そしてその後、どうしてそんな展開になったのかはうろ覚えではあるが取り敢えずその時、気付いたら告白していた。

「俺はたっちゃんが好きだ」

 ぽろっと漏らしたこの想いは更に彼女を泣かせてしまう。

「私も、私もヒロくんが好きだよ。だから、離れたくない。一緒にいたいんだよ!!」
「だったらさ、ーーーーーー」







「ちょっと、宏樹ひろき聞いてる?今日、早く帰れるしさ、皆でカラオケ行こうよって話になったんだけど」

 美香は、当然のように俺の隣の空いた席に座り熱心にこちらを見ていた。幼い頃の神聖な思い出に水をさされて不愉快な俺は、美香を見てああ、成長するとこうも心が汚れていくんだな、としみじみ思う。別に、美香のことが嫌いなわけじゃない。付き合う位には好きだし、美香の見た目はクラスで一番。学年で三番目には入るくらいには美人ではあるのだけど、やっぱり違う。

 彼女と美香では、違うのだ。
 何が違うのか。

 多分、世界が違う。心が違う。重さが違う。
 どう考えても、あの幼馴染の彼女の方が綺麗で、儚くて、純愛で。付き合う女の子が変わる度に、いつも彼女と比べて落胆してしまう。

 まだ、俺の中の彼女に勝てる女の子には会ったことがない。




 彼女と離れてから、十年。きっと俺は彼女に気付いて貰えない程に変わった。あの暴れん坊で嫌われていたクソガキは、顔だけは一丁前な軟派な男に変わってしまった。変わったきっかけは、中学生の時。
 当時、サッカー部だった俺はグラウンドの外でキャーキャーと黄色い声をあげている女子を見て、やっと自分は顔が整っていたことに気付いた。その黄色い声が気持ちよかった俺は今までの横柄な態度を治して、仲良くしてこなかった女子とも話すようになる。

 そして、気付いたらコレだ。
 告ってきた女の子と片っ端から付き合い、女子の甘い態度に気をよくした俺は一気にイケメンのヤリチン男に変わっていた。仲の良かった男友達とも疎遠になったが、まあいいか、と思える。女の子に、ちょっと優しくしてあげれば大抵好きになって貰えるしボッチになることはないから。

 今の自分のことは嫌いではない。だけど、今の俺を見て彼女がどう思うかは凄く気になった。

 かっこよくなったことに頬を染めて喜んでくれるのか。それとも、幻滅して軽蔑されるのか。


 多分、後者じゃないかと思っている。だから、時々自分が嫌になるときもある。きっと彼女は昔の俺を愛していた。




「ねえ、宏樹。この間会ったなつみがさ宏樹のこと好きになっちゃったんだって。ウケる。マジ馬鹿だよね。宏樹は私と付き合ってんのに」
「……そうだね」

 やっぱり彼女との思い出と今の現状を比べると、気落ちしざるをえない。確かに、あれはおままごとの一種であり、恥ずかしい思い出ではあるが純粋な好意のかたまりだった。優越感とか、性欲とか、巧妙な駆け引きとか、そんな邪よこしまなモノなんてなく、今の現状を擦れた恋愛と呼ぶのならあの思い出は、純粋な愛。好きだから、ただ単純にお互いが好きで好きで、ただそれだけだった。

 それが、今になってとても美しく思える。


「それにしても、山崎遅くね?」
「ああ、確かに」

 山崎とは、このクラスの担任の名前である。真面目な数学教師で、時間厳守を唱っているくせに今日はやけにクラスに来るのが遅い。ホームルームは十時十五分からの予定。そして、時計は十時二十五分を指している。

「自分で言っておきながらそれを守らないなんて最低だな」
「だね」

 結局、山崎がやって来たのは、それから五分後のこと。何か一言あるか、と思いきや山崎は少し緊張した面持ちで話始めた。

「えー、お前たち三年生は受験や、就職活動で忙しかったと思うが二学期も気を引き締めて精進するように。あとは、まあ朝配ったプリントに色々書いてあるからそれを見てくれ。そして、本題だ」

 珍しく話を早くきった山崎は、廊下をチラリと見て一言。クラス中を驚かせる一言を放った。

「実は、今日からこのクラスに転校生が来る」

 普通なら情報がもれて少し位噂になってそうなその転校生は、クラスメイト全員において寝耳に水で。この変な時期にやって来る転校生の事情なんて思い付きもせずに囃し立てた。
 女の子ですか、男の子ですか、という質問に軽く女子だと答えてから山崎は手を三回ならしてその騒ぎを静める。

「はしゃぐな。転校生が入って来にくくなるだろう。今、廊下にいるから入っていてもらう。城田、入ってきてくれ」


 山崎のその声と共に入ってきた彼女は、しっかりとした足取りで、でも少し緊張しながら教卓の前にあがった。

 女子だったね、しかも微妙な感じ。と前の席の女子達がコソコソ話していると彼女は自己紹介を始めた。

「城田達美しろたたつみです。小学二年生まではここに住んでいたので、もし顔見知りの人がいたら声をかけてください。そうでない方もどうぞよろしくお願いします」



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