転校していった幼馴染は、可愛かったはずなのに

たたた、たん。

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 卒業式。長いと思っていた三年間は呆気なく終焉を迎えて、その時には美香とは別れていた。

 どうでも良かった。卒業したら芸能活動を本格的に開始して輝く未来を夢見ていたから、つまらない今現在なんて興味がなかった。

 ただ、俺の矜持にかけて袴は完璧に着あげて入った教室には一人知らない女の子がいる。
 彼女だ。彼女だった。

 記憶の中の可愛らしい彼女は、女子に囲まれ困りながらも笑って対応している。
 彼女は彼女じゃなかったはずで、でもそこにいるのは紛れもない彼女で。彼女がいる。

「城田さん、凄い化けたね。超可愛いんだけど」
「ありがとう。実は今までが地味になるように頑張ってたんだけどね」
「えー意味わかんない!どうして!?」
「卒業式が終わったら教えるよ」

 もう、彼女は俺の隣の席にはいないから、わざと彼女に近い女子に話しかけ、彼女の会話を盗み聞く。話し方は変わらない。ただ、見た目が変わっただけだが、記憶の中の彼女が実際に笑っている。それだけで、何故か感動して彼女に冷たい態度を取ったことを後悔した。最初からそうしていたら。

 自分の容姿を褒め囃す数々の声なんて聞こえないで、ただ彼女だけを見た。






「えー、今年の冬は寒さが一段と厳しかったからか、本日の別れの日の春の日ざしが、優しく感じられます。卒業生の皆さん。本日はご卒業おめでとうございます」

 おそらく、本にでも書いてあったような明媚な文句を並べるまだ大人にならない青年は表情が硬い。勿論、大勢の前で緊張しているのもあるが、おおよそ在校生の後ろにある立派なカメラのせいではないか。

 俺たちが練習通り体育館の在校生徒の間をぬっていくと、予定になかったテレビ局のカメラが鎮座していた。厳かな式の最中だから声には出さなかったが皆不審げにそれを見る。去年も一昨年もこんなカメラなかったはず。

 だが、結局誰もそのカメラに触れることもなく卒業式は終わろうとしていた。最後に、校歌を歌いながらまた、彼女をコソコソと見る。感動で泣き出している女子もちらほらいたが、彼女には感動するほどの思い出はこの学校にないらしく平然と覚えたての校歌を歌っている。

 その日、彼女とは一度も目があっておらず自分だけが彼女を意識しているのだと思うと馬鹿らしく思えてまた、すぐに目をそらした。












「三年二組の皆。一年間ありがとうな。君たちにも学ぶことは多かっただろうが私自身君たちから多くのことを学ばせてもらったーーー」

 卒業式終わりの最後のホームルーム。普段より熱の入った山崎の話に俺の隣の席の女子がまたしくしくと泣き出す。俺は、いかにもおあつらえな言葉に、白けていて半分聞き流していたから山崎の言葉に反応するのが遅れた。


「ーーーこの中には就職する者や、大学へ進学する者、浪人する者、そして城田みたいに海外へ留学する者もいる。君たちに待ち受けるのは決してーーー」


 初めて彼女が海外へ留学することを知った。








「城田さんって留学するの!?」
「うん。パリに」
「えっ、凄い。なんでなんで?」
「実は、私ヴァイオリンやってて。プロ目指してるからやっぱり世界屈指の実力者がいるところで学ばなきゃって」
「へぇ。じゃあ、上手いんだ?」
「うん。上手い方だと思う。地味目な格好をしてたのも雑誌とかテレビとかに取材とかされたことがあって、騒がれたら嫌だったんだ。まあ、クラシック業界の事情を知る人なんていないと思ったんだけど。一応ね。でも、自意識過剰だったかも」
「そんなことないよ!!あのテレビカメラ、城田さんの取材で来てるんでしょう」




 恒例の全体写真を撮ってから各々に散らばる人の中で、多くの人に囲まれたのは俺と彼女だ。俺は、騒がしく話すクラスメイトに軽い相槌を打ちながら慌てて「ヴァイオリン 城田達美」と検索をかける。そしてやっと彼女の本当を知った。



 鬼才ヴァイオリニスト城田達美



 業界で彼女を知らない者はいない。日本だけでなく世界レベルで彼女は有名人だったのだ。検索して出てきた記事は全て、彼女の才能をもてはやますもの。ティキペディアに出てきた彼女の紹介文から彼女が俺と別れてからすぐにヴァイオリンを始め、逸脱した才能であっという間に頭角を現した、と知る。そう言えば。彼女が放課後遊びに行っていたことはなく私生活が謎だらけなのもヴァイオリンをしているのを隠していたからか。体育で休みが多かったのも頷けた。彼女の持つ最大の魅力を、綺麗に奏でる為に必要な繊細な指を守るためだろう。
 あの無駄に厳しい体育教師が彼女の見学に甘かったのは、そういうことか。これから国の宝になる彼女のためだから。俺が嫌嫌受けていたバスケの授業もそれだから彼女は、見学で特別扱いだったのか。




 なんだ。

 なんだ。身の程知らずなのは、


「城田……」
「ああ、羽賀君。短い間だったけどありがとね」


 彼女はテレビ局のインタビューに答えるため、教室を出ていく。凛とした後ろ姿が俺の見た彼女の最後の姿だった。

















「ちっ」

 あれから七年経った。俺は今だ劇団員のモブをやっている。収入はほぼないから、アルバイト三昧。疲れた。

 大きな希望を持って入った芸能界は厳しい所だった。一般人では騒がれる程イケメンだった俺も芸能界に入れば、中の下レベル。演技だって心がこもっていない、なんて馬鹿みたいな理由のせいで評価されない。
 何もかも上手くいかない。

 今日のレストランのアルバイトだって、この見た目のおかげですぐに採用されたが注意散漫という理由でクビにされた。

「暇だ」

 だから、久し振りに暇が出来てしまった。時間が出来たからといって何かしたいこともないし、趣味もない。その上、お金もないもんだから、どうにか無料で娯楽を手に入れられないかと入った先は書店。
 そこで手に取った週刊誌をパラパラめくっていると、城田達美の文字を見る。


『Overachieverのボーカル、アーサーと城田達美が結婚』


 普通に生活していれば必ず聞いたことがあるだろう世界的超有名ミュージシャンOverachieverのボーカルと、これまた超一流のヴァイオリストになった彼女が結婚したことを大々的に祝う記事だった。


 まただ。また思い知らされた。
 こんな最悪な状態で、最悪な気分で、彼女との差を。身の程を思い知らされた。

 だが、七年前よりショックではない。
 あの時、既に俺は認めていた。



 彼女と俺。
 身の程知らずなのは、俺だったのだと。


 これ以上屈辱的な気分を味わいたくはなかった俺は、さっさと書店を去る。やってられない。
 しょうがない。こんな日はやけ酒ならぬやけ寝だ。貧乏人はそれに限る。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この度はご結婚おめでとうございます。今回は、達美さんに様々な質問をしていきたいと思います。

 はい。お手柔らかにお願いしますね(笑)


 ……
 Q17 初恋はいつでしたか?

 初恋は幼馴染です。その彼と大人になったら結婚しようねって約束までしたんですよ!!凄いおませさんですよね。と言っても、小学二年生の時に転校してしまったから会えなくなってしまって。……私はロマンチストだから日本を離れる決断をした時にまだそれが心残りだったんです。だから、私、会いに行ったんですよ、彼のところまで。そしたら、彼凄くかっこよくなってて、彼女も出来てて別人みたいになってました。それで、ああ、あの約束はなかったことにしているんだなってすぐ分かったんですけど、どうしても踏ん切りがつかなくて。しょうがないから彼にすっぱりとフって貰いました。


 それは、予想外にドラマチックな話ですね。でも、フラれたときはやっぱり悲しかったですか?


 いえ、私はただあの約束が気掛かりだっただけで、再会して変わっていた彼を好きにはならなかったので。悲しいというより、やっと日本を出る決心がついたぞ、みたいな。そんな感じで寧ろ、ほっとした位でしたよ。それに、彼のその言葉のおかげで海外に出る決心がついて、その海外の地でアーサーと出会ったんです。彼には感謝しないと。


 達美さんとアーサーさんが運命の出会いを果たす切っ掛けにその幼馴染さんがいたんですね。ふむ、きっとその幼馴染さんは、こんな大物をふってしまって後悔してるんじゃないですか?


 さあ。どうですかね。でも、多分彼のことだから後悔なんてせずに、美しい彼女でも持って人気者の生活を送ってるんじゃないかと思いますよ。




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