あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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本編

8.忙しいふたり

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 それからというもの、東と蓜島にしばらくはこれと言った交流はなかった。マンションの隣同士とは言え、出会った初めの日に話していた通り二人の仕事柄、まず生活時間帯が合わないし、店では裏方のパティシエと客の関係である。どちらかが積極的に迫ったり何か特別なことが起こらなければ、仲良くなるようなことはない。

 しかしながら、二人はそれぞれに特別なこと、とは言わないまでも、大変なことにはなっていた。
 蓜島は仕事で担当しているプロジェクトが難航しているのもあり、そのリーダーを務めている立場上、どうしても激務のうえ深夜残業や休日出勤、帰宅後にも他社員からの電話問い合わせに対応する…などの日々が続き、心身共に疲労していた。
 東はといえば、こちらも夏の新商品のアイディアがなかなか出て来ず、行き詰まっていた。店も三年目となると夏の新商品開発も三度目となってくる。パティスリー・ジュジュでは月ごとの新商品を出していて、当然のことながらそれを全て東が考案・試作している。和山は試食からは協力してくれるものの、レシピ考案についてはあまり戦力にならないのだった。なので、ここ最近の東は閉店後もひとり頭を悩ませている。

 そんなある日、二人はまたマンションでばったりと出くわすことになる。珍しく蓜島の仕事が20時には終わり、早めに帰れた日だった。東は店が夕方ごろに終わってからも、新商品の試作のため店の厨房に篭っていて、続きは家でやろうと色々と持ち帰ってきたところだった。
「あ、どうも」
「こんばんは」
 やけに大荷物を抱えた東と、くたびれた蓜島がエレベーターを待つ前で出会った。普段すれ違う生活をしているので、ここで会うのは珍しいな、と二人は思った。
「今日はこの時間なんですね」
「ええ、今日はたまたま早く帰れまして。いつもこうだと良いんですが……東さんは、少し遅いのでは?」
「えへへ、まあ、はい」
「それに、重たそうです」
「そうなんですよ、まあ意外と力持ちなんで、へっちゃらです」
 パティシエは繊細そうなイメージを持たれることも多いが、実は結構な力仕事だったりもする。蓜島はずっしりと重そうな荷物を心配そうに見たが、東はひょいひょいとそれを軽く持ち上げて見せた。

 甘いものが好きで、週末にはいくつものケーキを一人で平らげていると言っていた蓜島の言葉を思い出し、東はふと思いつく。
「……あの、蓜島さん、この後お時間ありますか?」
 思いついたものの、そんなに親しいというわけでもないのに大丈夫だろうかと、少し恐る恐るといった様子で東は尋ねた。
「…? はい、この後は特に予定はありません」
「というか、お腹の空きはあります?」
「おなか…? 今日は夕食はまだですし昼もあまり食べられてないので、かなり空いている方だとは思います」
「今おれ来月出す新しいケーキの試作をしていて、蓜島さんさえよかったら、試食してみてほしいなって思ってるんですが…どうでしょう?」
 東の新商品開発は、素材や調理法を変えたパターンのものをいくつも試作していく。それらを食べ比べるのはもちろんのこと、ケーキやタルト類はそれ用の型があるため、少量ずつ作ることが難しい。それゆえに、評価をできずとも食べてくれる人が必要なのだ。
「私が、ですか? 私はただの甘いもの好きで、レビュー等は出来ないかと思います」
「それは全然、気にしなくていいんで! 試作ってたくさん作るので、食べてもらえるだけでも助かるっていうか…まあ、感想があれば聞かせてもらえたら嬉しいですけど」
「……それなら、喜んで協力致します。東さんのまだお店に並んでいないスイーツを食べさせていただけるなんて、光栄です」
 言葉の割に嬉しそうな表情はないが、これが蓜島のスタンダードだと東はもう知っている。
「やった! じゃあちょっと準備したらお部屋伺います、もしくはウチの方がいいですか?」
「…今少し部屋が荒れてまして、もしよければお伺いします」
「了解です」
 東は蓜島の家が荒れてるなんてあまりイメージじゃないな、なんて考えたが、同時にそういえば最近忙しそうなことを言っていたから本当に大変なんだなとも思った。そんなときに試食なんて頼んでしまって良かったのだろうかと少し申し訳なくなったが、今更この流れをひっこめられはしなかった。
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