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本編

お返し?

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 ドライオーガズムは、射精よりもずっと長く、イッた感覚が身体に残るのだという。俺自身はそんな聞きかじりの知識だけ持っていたけれど、榛名くんが枕に顔を埋めたまま、なかなか起き上がれず、荒い呼吸を繰り返しているところを見ると、本当なんだな、と思った。
「……大丈夫?」
「…っ、うん……だい、じょぶ……」
 だいぶ呼吸が落ち着いてきた頃にそう声をかけたら、途切れ途切れに大丈夫だと返してくれた。その言葉と同時に、榛名くんはもぞもぞと起き上がり、まだぽやぽやと、どこかうつろな目のまま俺を見た。
「……きもち、よかったよ」
「…! なら、良かった」
「……はずかし」
 榛名くんはそう言ってくれた後、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「…………あ、」
 照れ隠しに視線を下げた彼の視界には、その角度的に、自然と俺の下半身が映ってしまう。彼が思わず小さく声を上げてしまったのは、その視線の先で、かわいそうなほどに股間を膨らませている俺に気付いてしまったからだった。
「……勃ってる」
 今度は俺が顔を赤くする番だった。そりゃあ男なのだから、好きな子の痴態を目の前で見て勃起しない訳がない。当たり前の生理現象で、そんなに恥ずかしいようなことではない。

 そうは思うけれど、やはり、好きな子の前なのだ。衣服を押し上げるほどにがちがちに勃起しているところを見られるのは、どうしたって恥ずかしさを感じてしまうものだろう。
「そりゃ、ね」
「まあ、そうだよね……ふふ、でもすごい」
「わっ、ちょっ……!」
 榛名くんは少し嬉しそうに微笑みながら、まるで小さな子の頭を撫でるみたいに優しく、布越しに俺のモノをさすった。するすると指先でくすぐるみたいな、ほんのささやかな刺激が、硬いデニム生地の上からでもぴりぴりと痺れるみたいに感じる。正直、もうずっとさっきから、ギンギンになり過ぎていて、痛いくらいだった。
「……苦しそう」
「……うん」
「苦しいんだ?」
「勃ちすぎて、痛い」
「……直接、触ってもいい?」
 期待していた言葉が、まるで待っていたでしょ、とでも言いたそうに、薄く笑ったままの唇から溢れる。そのイタズラに潤んだ瞳は、さらに俺の情欲を煽ってきた。
「……いいの?」
「僕でよければ、お返し」
「榛名くんがいいんだよ」
「……ふふ、そっか」
 じゃあ、脱いじゃおっか、と耳元で妖しく囁かれて、背中がぞくりとした。これから与えられる快感への期待で指がうまく動かないながらも、もたもたとベルトを外し、下着ごとずり下げる。下着からぼろりと溢れ出た俺のモノは、はち切れそうなくらいに膨れていて、たらたらと僅かにカウパーが漏れている。
「すご。もうがちがちだね」
「恥ずかし……」
「僕も恥ずかしいとこ見られてるんだし、お互い様ってことで」
「う、うん……は、ア」
 するりと下から掬い上げるような動きで、榛名くんの手が俺の竿部分を指先でなぞり、それを軽く持ち上げた。たったそれだけのことで、情けない声が僅かに漏れ出る。

 そのまま榛名くんのなめらかな手が、ゆるりとやさしい力で全体を擦り始める。多分俺が痛くならないように、先端から溢れているカウパーを塗り広げるような動作だった。手を動かされるたび、くちくちと濡れた音がかすかに響く。
「きもちい?」
「きもち、いいっ……」
 指で輪っかを作って、カリの部分にひっかかるように、軽く揉み込むみたいにしてしごかれると、目眩がしそうなくらいに気持ち良い。
 やばい。俺いま、あの憧れの子に手コキしてもらってるんだ。そう思うと、興奮が高まりすぎてすぐにイッてしまいそうになる。
 それでなくとも、ずっと我慢していたところにようやく刺激を与えられて、しかもやはりと言うべきか、榛名くんの手つきはとてもいやらしくて、巧みだった。強い力はかけてこないけれど、感じるところを的確に丁寧に、耐えられるか耐えられないかギリギリのラインで快楽をくれる。
「はっ、……っ、ん、はる、」
「好きなときに、出していいよ」
「…ッア、…はるなくん…っ! イきそ…」
「いいよ、イッちゃお」

 頭の中が、ショートしそうだった。声を上げて感じてるところが恥ずかしくて見ないでほしいような気持ちもあるし、榛名くんの痴態でしぬほど興奮してるところを見てほしいような気持ちもある。ずっとこうしていてほしいのに、一秒でもはやく気持ち良く出してしまいたい。

 まとまらない思考のまま、ふいに視線を上げると、榛名くんと目が合う。すると彼は、ふわりと微笑んでくれたのだった。
「……っっ!! ア……、んんっ…!」
 その顔を見て、耐えられなかった。せめておかしな声をあげてしまわないように必死に息を殺して、榛名くんの手の中に射精した。目を見つめたままではいられず、顔を俯かせてしまったのは、イクときに体を丸めてしまう男の癖みたいなもので、わざとそうした訳ではなかったけれど、イキ顔を真正面から見せるようなことにならずにホッとした。
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