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本編
会いたいな
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季節が移りかわっていくと、受験モードの学校はどんどんと空気が張りつめていく。穏やかで柔らかな【金木犀珈琲店】の雰囲気が恋しくなるけれど、今の自分にはこのぴりぴりとした環境も必要だ。
かりかりとノートにペンを走らせる微かな音や、ぺらりと参考書のページをめくる紙の擦れる音しか、この図書館の自習室には存在していない。人の出入りさえ、みんな音を殺すように行動している。隣に居る人がライバルかもしれないけれど、決してその人の邪魔をしてはいけない。ただ自分を高めていくことで試験という戦いに勝とうとしている。
そんなストイックな雰囲気が俺は嫌いじゃなかった。
勉強は楽しい。進学先で学びたいこともある。何より中学生、高校生、大学生とだんだん自分の肩書が変わっていって、大人に近づいていることを実感できることが嬉しい。
俺ははやく大人になりたかった。千蔭さんと同じ大人に。
出会った頃の千蔭さんは大学四年生だった。当時小学生だった俺から見た千蔭さんは、とても大人に見えた。いざ自分がこれから大学生になるという段階になっても、あのときの千蔭さんのような落ち着いた大人になれるだろうかという自信はまだない。
大学では経営について学びながら、バリスタになるための知識をつけ様々な資格なども取っていたらしい。いつか自分の店を持ちたいと思っていたと話していた。
あれから時が経って、あの頃は千蔭さんの叔父である松田さんが主に店に立っていたけれど、今は徐々に交代して千蔭さんが店舗管理をしている。松田さんはそろそろ身体がしんどいからと、裏方で千蔭さんのサポートする側に回っているようだった。話を聞くと、始めからそうするつもりで千蔭さんはあの店で働き始めていたらしい。
だから、千蔭さんはもうほとんど夢を叶えたようなものだった。店を自分のものにしてしまうのではなく、かつての常連さんもそのままに、けれど千蔭さんらしさも活かしたうえで、千蔭さんの店であるという雰囲気が受け入れられている。
新しくお客さんも増えたけれど、それでもあの店のゆったりとして人と人との距離が近い、あたたかな空間は変わらなかった。それは千蔭さんの力だ。
そんな風にやわらかに、しなやかに進んでいく千蔭さんは俺の憧れでもある。だから俺は日々こつこつと努力を重ねて、無理せず軽やかに、自分の夢を叶えていきたい。
そう思える人に出会えたことも、俺にとっては幸福なことだった。
暑かった夏ももう終わるのだと思わせる、少し涼しい風が吹いた頃。しばらく千蔭さんには会えていなかった。
いつものように自習室の机にかじりついたままで固まった肩と首をゆっくりと回すと、ばきばきとひどい音がする。
(ああ、ちょっと疲れたな)
そう心の中で思うと、自然と千蔭さんの顔が浮かんでくる。会いたいな。もうどれくらい、会ってないんだっけ。時間を確認すると、まだ店は開いている時間だけれど、ちょっとぎりぎりだった。
どうしようか、と悩んだのはわずかな数秒だけだった。思い立ったらすぐに荷物をまとめて、図書館を出る。店に向かう俺は、少し足早に、弾むような足取りだった。
かりかりとノートにペンを走らせる微かな音や、ぺらりと参考書のページをめくる紙の擦れる音しか、この図書館の自習室には存在していない。人の出入りさえ、みんな音を殺すように行動している。隣に居る人がライバルかもしれないけれど、決してその人の邪魔をしてはいけない。ただ自分を高めていくことで試験という戦いに勝とうとしている。
そんなストイックな雰囲気が俺は嫌いじゃなかった。
勉強は楽しい。進学先で学びたいこともある。何より中学生、高校生、大学生とだんだん自分の肩書が変わっていって、大人に近づいていることを実感できることが嬉しい。
俺ははやく大人になりたかった。千蔭さんと同じ大人に。
出会った頃の千蔭さんは大学四年生だった。当時小学生だった俺から見た千蔭さんは、とても大人に見えた。いざ自分がこれから大学生になるという段階になっても、あのときの千蔭さんのような落ち着いた大人になれるだろうかという自信はまだない。
大学では経営について学びながら、バリスタになるための知識をつけ様々な資格なども取っていたらしい。いつか自分の店を持ちたいと思っていたと話していた。
あれから時が経って、あの頃は千蔭さんの叔父である松田さんが主に店に立っていたけれど、今は徐々に交代して千蔭さんが店舗管理をしている。松田さんはそろそろ身体がしんどいからと、裏方で千蔭さんのサポートする側に回っているようだった。話を聞くと、始めからそうするつもりで千蔭さんはあの店で働き始めていたらしい。
だから、千蔭さんはもうほとんど夢を叶えたようなものだった。店を自分のものにしてしまうのではなく、かつての常連さんもそのままに、けれど千蔭さんらしさも活かしたうえで、千蔭さんの店であるという雰囲気が受け入れられている。
新しくお客さんも増えたけれど、それでもあの店のゆったりとして人と人との距離が近い、あたたかな空間は変わらなかった。それは千蔭さんの力だ。
そんな風にやわらかに、しなやかに進んでいく千蔭さんは俺の憧れでもある。だから俺は日々こつこつと努力を重ねて、無理せず軽やかに、自分の夢を叶えていきたい。
そう思える人に出会えたことも、俺にとっては幸福なことだった。
暑かった夏ももう終わるのだと思わせる、少し涼しい風が吹いた頃。しばらく千蔭さんには会えていなかった。
いつものように自習室の机にかじりついたままで固まった肩と首をゆっくりと回すと、ばきばきとひどい音がする。
(ああ、ちょっと疲れたな)
そう心の中で思うと、自然と千蔭さんの顔が浮かんでくる。会いたいな。もうどれくらい、会ってないんだっけ。時間を確認すると、まだ店は開いている時間だけれど、ちょっとぎりぎりだった。
どうしようか、と悩んだのはわずかな数秒だけだった。思い立ったらすぐに荷物をまとめて、図書館を出る。店に向かう俺は、少し足早に、弾むような足取りだった。
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