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本編
きみのためのラテアート
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「いらっしゃいま……夕陽くん!」
「こんばんは。今日はまだ大丈夫ですか?」
店のドアを開くと、久しぶりの千蔭さんのいらっしゃいませの声が聞けると思ったら、千蔭さんは言葉の途中で俺の顔を見るなり、少し驚いたように目をぱっと見開いて、名前を呼んでくれた。なんだかそのリアクションに、俺は嬉しくなってしまう。
「もちろん、座って座って」
「ありがとうございます」
閉店時間も近づいてきている店内は他の客がおそらく友人同士で来ている二組ほどで、みんな和やかにおしゃべりをしたりしていて、今日は千蔭さんを独占できそうだ。
「久しぶりだからびっくりしちゃった。忙しかったの?」
「忙しかったというか、まあ、一応受験生なんで。でも今日は、なんだか千蔭さんに会いたくなっちゃって……」
「……! ふふ、そっか。会いに来てくれてありがとう」
「今日はラテにしようかな。お願いします」
「はーい、かしこまりました」
会いたくなったと話すと嬉しそうに目を細めるのを見て、ああ、やっぱり好きだなあと思う。
なんだかいつもよりも千蔭さんが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。俺が会いたかったって言ったからだなんて、勘違いしてしまいそうなほどに、その笑顔がきれいでかわいい。
注文するとラテの準備を始める千蔭さん。大好きなコーヒーに向き合っているときの姿が一番好きだ。いつもニコニコと笑っている顔がふと真剣なまなざしになって、けれど柔らかな空気感は変わらなくて。ぴんと伸びた背筋も動くたびにふわりと揺れる長い髪も、手元を見つめるのに伏せられたまつげの影も、食器や器具にていねいに触れる白い指先も、全部がきれいでひとつの芸術品みたいだ。
しばらく真面目に勉強していて会いに来ていなかったけれど、こうして眺めているとどうして会えずにいられたのだろうと不思議に思う。それほどまでに、千蔭さんのことが好きだ。好き、大好き。
そんな想いをちゃんと伝えられたら、どんなにいいだろう。俺はそんなことを夢見る。
それなりに時間はかかっているはずだけれど、千蔭さんのことを見ていたらラテができあがるのはあっという間だった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。わ、かわいい」
目の前に差し出されたラテにはきれいな曲線を描く模様と、かわいい犬のイラストが入ったデザインのラテアートが施されていた。
「最近上達したんだよ、ラテアート」
「すごいです、なんだか飲むのがもったいない…」
「あはは、美味しく淹れたから見るのも飲むのも楽しんで」
「写真撮っておこう…」
美人な千蔭さんにはちょっとミスマッチなとてもかわいらしいイラストに心が和むと同時になんだか感激してしまって、スマホでぱしゃぱしゃと写真に残した。
コーヒーの苦みと香りで頭がすっきりとしていき、ミルクのまろやかさでほっとする。千蔭さんの淹れてくれるコーヒーは後味の切れがよくて、口の中に豆の香ばしい香りだけが残る。
「いつもここで買った豆でコーヒーは淹れてますけど、やっぱり千蔭さんが淹れたものは全然違いますね」
「ほんと? そう言ってもらえると、お兄さん頑張ったかいがあるなあ」
「俺も母さんも頑張ってみてはいるんですけどね。道具も凝り始めるときりがないし」
「あはは、わかる。僕もお気に入り見つけるまで結構お金使っちゃったよ」
そんな何気ない話も二人でしていたら楽しい。試験のために、肩に力を入れすぎずに頑張っていたつもりだったけれど、いつの間にか自分もぴりついてしまっていたことに気づいた。千蔭さんとの穏やかな時間で、張りつめていた心がほどけていくみたいだった。
「こんばんは。今日はまだ大丈夫ですか?」
店のドアを開くと、久しぶりの千蔭さんのいらっしゃいませの声が聞けると思ったら、千蔭さんは言葉の途中で俺の顔を見るなり、少し驚いたように目をぱっと見開いて、名前を呼んでくれた。なんだかそのリアクションに、俺は嬉しくなってしまう。
「もちろん、座って座って」
「ありがとうございます」
閉店時間も近づいてきている店内は他の客がおそらく友人同士で来ている二組ほどで、みんな和やかにおしゃべりをしたりしていて、今日は千蔭さんを独占できそうだ。
「久しぶりだからびっくりしちゃった。忙しかったの?」
「忙しかったというか、まあ、一応受験生なんで。でも今日は、なんだか千蔭さんに会いたくなっちゃって……」
「……! ふふ、そっか。会いに来てくれてありがとう」
「今日はラテにしようかな。お願いします」
「はーい、かしこまりました」
会いたくなったと話すと嬉しそうに目を細めるのを見て、ああ、やっぱり好きだなあと思う。
なんだかいつもよりも千蔭さんが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。俺が会いたかったって言ったからだなんて、勘違いしてしまいそうなほどに、その笑顔がきれいでかわいい。
注文するとラテの準備を始める千蔭さん。大好きなコーヒーに向き合っているときの姿が一番好きだ。いつもニコニコと笑っている顔がふと真剣なまなざしになって、けれど柔らかな空気感は変わらなくて。ぴんと伸びた背筋も動くたびにふわりと揺れる長い髪も、手元を見つめるのに伏せられたまつげの影も、食器や器具にていねいに触れる白い指先も、全部がきれいでひとつの芸術品みたいだ。
しばらく真面目に勉強していて会いに来ていなかったけれど、こうして眺めているとどうして会えずにいられたのだろうと不思議に思う。それほどまでに、千蔭さんのことが好きだ。好き、大好き。
そんな想いをちゃんと伝えられたら、どんなにいいだろう。俺はそんなことを夢見る。
それなりに時間はかかっているはずだけれど、千蔭さんのことを見ていたらラテができあがるのはあっという間だった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。わ、かわいい」
目の前に差し出されたラテにはきれいな曲線を描く模様と、かわいい犬のイラストが入ったデザインのラテアートが施されていた。
「最近上達したんだよ、ラテアート」
「すごいです、なんだか飲むのがもったいない…」
「あはは、美味しく淹れたから見るのも飲むのも楽しんで」
「写真撮っておこう…」
美人な千蔭さんにはちょっとミスマッチなとてもかわいらしいイラストに心が和むと同時になんだか感激してしまって、スマホでぱしゃぱしゃと写真に残した。
コーヒーの苦みと香りで頭がすっきりとしていき、ミルクのまろやかさでほっとする。千蔭さんの淹れてくれるコーヒーは後味の切れがよくて、口の中に豆の香ばしい香りだけが残る。
「いつもここで買った豆でコーヒーは淹れてますけど、やっぱり千蔭さんが淹れたものは全然違いますね」
「ほんと? そう言ってもらえると、お兄さん頑張ったかいがあるなあ」
「俺も母さんも頑張ってみてはいるんですけどね。道具も凝り始めるときりがないし」
「あはは、わかる。僕もお気に入り見つけるまで結構お金使っちゃったよ」
そんな何気ない話も二人でしていたら楽しい。試験のために、肩に力を入れすぎずに頑張っていたつもりだったけれど、いつの間にか自分もぴりついてしまっていたことに気づいた。千蔭さんとの穏やかな時間で、張りつめていた心がほどけていくみたいだった。
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