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追加エピソード
クリスマスデート
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今日は高校三年生の二学期の終わりで、クリスマスイブ。
受験生にクリスマスなんてない、と言わんばかりのクラスメイトたちは、足早に帰宅したり図書館へ向かったり塾へ向かったりしている。
「花村、今日のカラオケ来る?」
そんな中でも、推薦などで既に進路が決まっている者や専門学校に進む者は気楽なものだった。カラオケやパーティをひっそりと企画して和やかに過ごしているグループもある。
「いや、俺は今日予定あるから」
「えっ、そうなん? もしかして彼女!?」
「まあ、そんな感じ」
今日は千蔭さんとクリスマス市に出かけて、その後食事に行く予定だった。
「お前知らなかったの? 夏終わりくらいだろ、付き合いだしたの」
「えーマジ!? 知らなかったの俺だけ? 寂しいなあおい、言えよ~」
「ごめん、でもなんか自分から言い出すのもなって…」
「それもそうか。え、どんな子? かわいい系? キレイ系?」
「うーん、どっちも?」
「おいおいべた惚れじゃん~!」
きっと友人たちは女の子を想像しているんだろうな、と思いつつ、実は彼女じゃなくて彼氏なんだよねと言い出すタイミングもきっかけもつかめないまま、なんとなく笑って流していた。
それでも、写真見せろよとか会わせろよとか、踏み込みすぎたことはしない友人たちだ。必要以上に詮索したりしない優しい友人たちで本当に助かっている。これだからみんなのことが大好きだ。
「クリスマスデート、楽しんでこいよ!」
「お幸せに~」
そう送り出してくれる友人たちがいる高校生活も、あと少し。
「夕陽くん、学校お疲れ様。着替えてきたんだ」
「はい。制服だとかっこつかないじゃないですか」
待ち合わせ場所には、いったん帰宅して私服に着替えてから行った。食事に行くお店はそんなに高いところというわけでもないけれど、デートなのに制服というのも微妙だなと思ったのだった。
「え~、制服姿見れるのもあとちょっとだし、堪能したかったな」
「…今度、制服でお店行きます」
「ほんと? やった~」
付き合いだしてしまえば、年下として扱われるのもそこまで複雑な気持ちにならないものだった。付き合っている、という余裕が生まれるのだろうか。むしろ今の俺を好きでいてくれているんだな、とわかって、今のやりとりはすごく嬉しい。
千蔭さんのおねだりにはめっぽう弱い。俺の制服姿なんかでよければ、いくらでも見せてあげよう。
「学生同士だったら制服デートとかもできたのにね」
千蔭さんと制服デート。想像するのは難しかったけれど、もしもの世界を考えただけでも楽しそうだった。
「それは、めっちゃイイですね。千蔭さんの学生時代なんて、あんまり想像できないけど」
「ふつうだよ。まあ、夕陽くんほど真面目な子じゃなかったって感じかな」
「それよく聞きますけど、不良だったってことですか?」
「ふふ、それほどじゃないけど。でも夕陽くんみたいな子にとってみれば同じかも」
「ええ~、もっと想像できないな」
俺は千蔭さんの怒った顔だって見たことがなくて、いつだってきれいに笑っている姿からは不良だったなんてことは考えられない。
「ほら、このピアスとかはその名残りだよ。今は好きだからつけてるけど」
「え! これ、学生のときに開けたんですか?」
「うん。高二だったかな……その、当時付き合ってた奴がね、そういうの好きで。影響受けちゃうお年頃だったの」
少し言い淀んだのは、今付き合っている俺には少しだけ言いにくかったからだろう。俺よりずっと長く生きてる千蔭さんが、俺以外と付き合ったことがないなんて思っている訳ではないから、遠慮しなくてもいいのに。なんて、余裕ぶった考えと同時に、しっかりちょっとした嫉妬心も芽生えるものだから、恋というのは面倒なものだ。
「……妬ける?」
「まあ、少しは」
「ふふふ、素直でいいね。僕もそう言ってもらえないと不安になっちゃうよ」
「不安?」
「恋人なんだから、昔の恋人に嫉妬くらいはしてもらえないと」
「もう、人の気も知らないで」
「あはは、ごめんごめん」
嫉妬してほしかったのか、俺に。そう思うと、千蔭さんの思惑通りになってしまった自分が恥ずかしいやら、安心してくれたなら良かったやらで複雑だ。
付き合う前はたまにからかってきたりもしたけれどただ優しくておっとりとした人で、付き合い始めてからは少しいじわるをしてくるようになった。俺はそれさえもかわいいと思ってしまうから、本当にべた惚れなんだ。
「夕陽くんは僕だけだもんね」
「そうですよ、嫉妬されるようなこともありませんよ」
「え~、でもきっと夕陽くんのことを好きだった子もいたでしょ」
「俺は知らないです」
「いたよ、絶対。素敵な人なんだから、夕陽くんは」
そうもまっすぐに褒められると、なんだかむず痒い気持ちになって、いたたまれない。でも、嬉しい。
「たまに僕なんかが独占しててもいいのかなって思うんだ」
「いいんですよ。してほしいんです」
「ふふ。そうだね。他の子になんか譲ってあげない」
「そうしてください」
そんなかわいいことを言いながら、俺の腕をぎゅっと掴んで離さない千蔭さんが愛おしい。ずっと一方的に自分だけが好きなんだと思っていたから、いまだにこういう状況には慣れないけれど、すごく幸せだ。
クリスマス市で部屋に飾れる小さな置物や、ドイツのお菓子なんかを買ったりその場で食べたりして楽しんだ。行き交う人たちはカップルがたくさんで、その中で俺たちはどういう関係に見えているんだろう、なんてことを考えたりもしたけれど、隣で千蔭さんが笑っていてくれるのなら、周りにどう思われたっていいやと思えた。
「すっかり楽しんじゃったね。ツリーもキレイだった~」
「ですね。初めて来たんですけど、楽しかったです」
「僕も初めてだったよ。こんなに色々あるなんて知らなかった。ホットワイン、もっと飲みたかったな~」
「あのナッツのお菓子も美味しかったです。また来年も一緒に食べましょ」
「ふふ、そうだね。また来年もね」
珍しい食べ物や売り物に二人で目を輝かせて、美味しいねキレイだねって笑い合って。また来年も一緒に過ごす約束なんかもして。こんなにも幸せなクリスマスは初めてだった。
予約していたレストランで食事をして、たくさん話をした。一緒に過ごしてきた時間が長いようで短い俺たちは、その時間を埋め合うように色々なことを話す。
これまで知らなかった部分も知られていなかった部分も、全部が大好きだった。
「こんなに遊んじゃって大丈夫だった?」
「何がですか?」
「何がって、受験生じゃない。年末の受験生をこんなに連れまわして大丈夫なのかなって思っちゃったんだよ」
千蔭さんはこうして、一緒に居る時間も俺自身のことも大事に思ってくれている。
「一日遊んだくらいでダメならもう何してもダメですよ。それに模試はこれまで全部判定Aなので」
「えっ、K大の判定ずっとAってすごくない?」
自分自身のこととなると、あっさり肯定はできないものの、確かに頑張ってきた成果が出ているなとは思う。
「夕陽くんってめちゃめちゃ優秀な子だったんだね……」
「ひ、引かないでくださいよ」
さっき話した内容からも、千蔭さんからしてみれば別世界の人みたいな感覚なのかもしれない。
「俺が真面目に頑張れたのは、千蔭さんのおかげなんですよ。隣に並んでも恥ずかしくないように立派な人になろうって思わせてくれたし、まだ若いのにお店を継ぐのに努力してるのを見てたから」
「あ、ああ~……まあ、最近ようやく落ち着いてきたけど、慣れないうちはね。僕も必死だったな」
誰にでも穏やかに笑いかけてくれる裏で、叔父である店主の松田さんに追いつこうと必死で働いていたのを、俺は知っている。それを話すと、千蔭さんは照れ隠しに長い髪をいじっていた。
「平気なふりしてたけど、なんでもがむしゃらにやってたから、それを見てそんな風に思ってくれてたなら、頑張ってきてよかったなって思えるよ」
「はい。千蔭さんは、すごい人ですよ」
俺に真正面から褒められて照れくさそうに笑う千蔭さんがたまらなくかわいい。やっぱり俺はまだ、この人の彼氏だって胸を張るには少し頼りないと感じる。
「……そんな千蔭さんに恥じない自分で居たいっていうのは本音ですけど、俺もずっと千蔭さんのこと独占していたいんで。もっとかっこいい俺になって、夢中になっていてもらわないと」
「……! ふはっ、なにそれ、かわいい」
「かわいくない。俺の話聞いてました?」
「聞いてたよ。ちゃんと聞いてた!」
冬のイルミネーションで彩られた夜道を歩きながら、そう言って笑う千蔭さんが何よりも綺麗でまぶしい。
かっこよくて綺麗で大人な千蔭さんに並んで歩くのは、今でもまだ背伸びが必要だけれど。いつかきっと、絶対。千蔭さんが夢中になって目が離せなくなるような自分になろうと聖夜に誓った。
***
End.
受験生にクリスマスなんてない、と言わんばかりのクラスメイトたちは、足早に帰宅したり図書館へ向かったり塾へ向かったりしている。
「花村、今日のカラオケ来る?」
そんな中でも、推薦などで既に進路が決まっている者や専門学校に進む者は気楽なものだった。カラオケやパーティをひっそりと企画して和やかに過ごしているグループもある。
「いや、俺は今日予定あるから」
「えっ、そうなん? もしかして彼女!?」
「まあ、そんな感じ」
今日は千蔭さんとクリスマス市に出かけて、その後食事に行く予定だった。
「お前知らなかったの? 夏終わりくらいだろ、付き合いだしたの」
「えーマジ!? 知らなかったの俺だけ? 寂しいなあおい、言えよ~」
「ごめん、でもなんか自分から言い出すのもなって…」
「それもそうか。え、どんな子? かわいい系? キレイ系?」
「うーん、どっちも?」
「おいおいべた惚れじゃん~!」
きっと友人たちは女の子を想像しているんだろうな、と思いつつ、実は彼女じゃなくて彼氏なんだよねと言い出すタイミングもきっかけもつかめないまま、なんとなく笑って流していた。
それでも、写真見せろよとか会わせろよとか、踏み込みすぎたことはしない友人たちだ。必要以上に詮索したりしない優しい友人たちで本当に助かっている。これだからみんなのことが大好きだ。
「クリスマスデート、楽しんでこいよ!」
「お幸せに~」
そう送り出してくれる友人たちがいる高校生活も、あと少し。
「夕陽くん、学校お疲れ様。着替えてきたんだ」
「はい。制服だとかっこつかないじゃないですか」
待ち合わせ場所には、いったん帰宅して私服に着替えてから行った。食事に行くお店はそんなに高いところというわけでもないけれど、デートなのに制服というのも微妙だなと思ったのだった。
「え~、制服姿見れるのもあとちょっとだし、堪能したかったな」
「…今度、制服でお店行きます」
「ほんと? やった~」
付き合いだしてしまえば、年下として扱われるのもそこまで複雑な気持ちにならないものだった。付き合っている、という余裕が生まれるのだろうか。むしろ今の俺を好きでいてくれているんだな、とわかって、今のやりとりはすごく嬉しい。
千蔭さんのおねだりにはめっぽう弱い。俺の制服姿なんかでよければ、いくらでも見せてあげよう。
「学生同士だったら制服デートとかもできたのにね」
千蔭さんと制服デート。想像するのは難しかったけれど、もしもの世界を考えただけでも楽しそうだった。
「それは、めっちゃイイですね。千蔭さんの学生時代なんて、あんまり想像できないけど」
「ふつうだよ。まあ、夕陽くんほど真面目な子じゃなかったって感じかな」
「それよく聞きますけど、不良だったってことですか?」
「ふふ、それほどじゃないけど。でも夕陽くんみたいな子にとってみれば同じかも」
「ええ~、もっと想像できないな」
俺は千蔭さんの怒った顔だって見たことがなくて、いつだってきれいに笑っている姿からは不良だったなんてことは考えられない。
「ほら、このピアスとかはその名残りだよ。今は好きだからつけてるけど」
「え! これ、学生のときに開けたんですか?」
「うん。高二だったかな……その、当時付き合ってた奴がね、そういうの好きで。影響受けちゃうお年頃だったの」
少し言い淀んだのは、今付き合っている俺には少しだけ言いにくかったからだろう。俺よりずっと長く生きてる千蔭さんが、俺以外と付き合ったことがないなんて思っている訳ではないから、遠慮しなくてもいいのに。なんて、余裕ぶった考えと同時に、しっかりちょっとした嫉妬心も芽生えるものだから、恋というのは面倒なものだ。
「……妬ける?」
「まあ、少しは」
「ふふふ、素直でいいね。僕もそう言ってもらえないと不安になっちゃうよ」
「不安?」
「恋人なんだから、昔の恋人に嫉妬くらいはしてもらえないと」
「もう、人の気も知らないで」
「あはは、ごめんごめん」
嫉妬してほしかったのか、俺に。そう思うと、千蔭さんの思惑通りになってしまった自分が恥ずかしいやら、安心してくれたなら良かったやらで複雑だ。
付き合う前はたまにからかってきたりもしたけれどただ優しくておっとりとした人で、付き合い始めてからは少しいじわるをしてくるようになった。俺はそれさえもかわいいと思ってしまうから、本当にべた惚れなんだ。
「夕陽くんは僕だけだもんね」
「そうですよ、嫉妬されるようなこともありませんよ」
「え~、でもきっと夕陽くんのことを好きだった子もいたでしょ」
「俺は知らないです」
「いたよ、絶対。素敵な人なんだから、夕陽くんは」
そうもまっすぐに褒められると、なんだかむず痒い気持ちになって、いたたまれない。でも、嬉しい。
「たまに僕なんかが独占しててもいいのかなって思うんだ」
「いいんですよ。してほしいんです」
「ふふ。そうだね。他の子になんか譲ってあげない」
「そうしてください」
そんなかわいいことを言いながら、俺の腕をぎゅっと掴んで離さない千蔭さんが愛おしい。ずっと一方的に自分だけが好きなんだと思っていたから、いまだにこういう状況には慣れないけれど、すごく幸せだ。
クリスマス市で部屋に飾れる小さな置物や、ドイツのお菓子なんかを買ったりその場で食べたりして楽しんだ。行き交う人たちはカップルがたくさんで、その中で俺たちはどういう関係に見えているんだろう、なんてことを考えたりもしたけれど、隣で千蔭さんが笑っていてくれるのなら、周りにどう思われたっていいやと思えた。
「すっかり楽しんじゃったね。ツリーもキレイだった~」
「ですね。初めて来たんですけど、楽しかったです」
「僕も初めてだったよ。こんなに色々あるなんて知らなかった。ホットワイン、もっと飲みたかったな~」
「あのナッツのお菓子も美味しかったです。また来年も一緒に食べましょ」
「ふふ、そうだね。また来年もね」
珍しい食べ物や売り物に二人で目を輝かせて、美味しいねキレイだねって笑い合って。また来年も一緒に過ごす約束なんかもして。こんなにも幸せなクリスマスは初めてだった。
予約していたレストランで食事をして、たくさん話をした。一緒に過ごしてきた時間が長いようで短い俺たちは、その時間を埋め合うように色々なことを話す。
これまで知らなかった部分も知られていなかった部分も、全部が大好きだった。
「こんなに遊んじゃって大丈夫だった?」
「何がですか?」
「何がって、受験生じゃない。年末の受験生をこんなに連れまわして大丈夫なのかなって思っちゃったんだよ」
千蔭さんはこうして、一緒に居る時間も俺自身のことも大事に思ってくれている。
「一日遊んだくらいでダメならもう何してもダメですよ。それに模試はこれまで全部判定Aなので」
「えっ、K大の判定ずっとAってすごくない?」
自分自身のこととなると、あっさり肯定はできないものの、確かに頑張ってきた成果が出ているなとは思う。
「夕陽くんってめちゃめちゃ優秀な子だったんだね……」
「ひ、引かないでくださいよ」
さっき話した内容からも、千蔭さんからしてみれば別世界の人みたいな感覚なのかもしれない。
「俺が真面目に頑張れたのは、千蔭さんのおかげなんですよ。隣に並んでも恥ずかしくないように立派な人になろうって思わせてくれたし、まだ若いのにお店を継ぐのに努力してるのを見てたから」
「あ、ああ~……まあ、最近ようやく落ち着いてきたけど、慣れないうちはね。僕も必死だったな」
誰にでも穏やかに笑いかけてくれる裏で、叔父である店主の松田さんに追いつこうと必死で働いていたのを、俺は知っている。それを話すと、千蔭さんは照れ隠しに長い髪をいじっていた。
「平気なふりしてたけど、なんでもがむしゃらにやってたから、それを見てそんな風に思ってくれてたなら、頑張ってきてよかったなって思えるよ」
「はい。千蔭さんは、すごい人ですよ」
俺に真正面から褒められて照れくさそうに笑う千蔭さんがたまらなくかわいい。やっぱり俺はまだ、この人の彼氏だって胸を張るには少し頼りないと感じる。
「……そんな千蔭さんに恥じない自分で居たいっていうのは本音ですけど、俺もずっと千蔭さんのこと独占していたいんで。もっとかっこいい俺になって、夢中になっていてもらわないと」
「……! ふはっ、なにそれ、かわいい」
「かわいくない。俺の話聞いてました?」
「聞いてたよ。ちゃんと聞いてた!」
冬のイルミネーションで彩られた夜道を歩きながら、そう言って笑う千蔭さんが何よりも綺麗でまぶしい。
かっこよくて綺麗で大人な千蔭さんに並んで歩くのは、今でもまだ背伸びが必要だけれど。いつかきっと、絶対。千蔭さんが夢中になって目が離せなくなるような自分になろうと聖夜に誓った。
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