金木犀の馨る頃

白湯すい

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本編

いつの間にか (終)

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「……っ、それはちょっと、反則じゃない……?」
 両手で顔を覆って少しうつむいたままの千蔭さんが、ぼそぼそとそうつぶやく。
「す、すみません。でも俺、ずっと十八歳になったら言おうって決めてて。こんな素敵なものもらってしまって、もう止めらんなくて……」
「うわ~~、もう、なに、それ」
 たくさん言葉を知っていて、ていねいに話す千蔭さんの語彙が壊滅的になってしまっている。告白した後で心臓ははちきれそうにドキドキしているのに、そんな様子がついかわいいなんて思ってしまう。

「……いつの間にそんなかっこよくなっちゃってるの、夕陽くん」
「か、かっこいいですか?」
「今の告白はずるいじゃない……」
「ごめんなさい……?」
 千蔭さんの話す意図がわからなくて、しどろもどろになってしまう。
 千蔭さんはそんな俺の手をテーブル越しに握って、見たことのない、何と表現したらいいかわからない表情で見つめてきた。

「……こんなの、僕もだよって言うしかなくない?」
「……っ、ほんと、ですか?」

 一瞬、時が止まったみたいだった。白い肌を赤く染めた千蔭さんが、俺の告白に「僕もだよ」と言ってくれた。まるで言葉がわからなくなってしまったみたいに、すぐに理解ができなかった。
 それくらい、信じられないことだったのだ。

「こんなときに、嘘なんて言わないよ」
「で、ですよね」
 それでも、夢ではないらしい。こんな気持ちを受け止めてもらえるなんて、夢のまた夢だと思っていたのに。

「……正直言うと、そんなつもりは、あんまりなかったんだけど。夕陽くんって、ずっと前から僕のこと好きだったでしょ」
「はい……やっぱり、気づいてましたよね」
「そりゃあ、ね。でも子ども相手だしさ、きっとそのうち僕なんかよりも好きな人ができるだろうって思ってて、本気で自分がどうこうとか考えてなかったの。かわいいなって、ただそれだけ。でも、夕陽くんはずっとずっと、そんな僕でも見てくれてた」
 昔を懐かしむみたいに、窓の外の遠くのほうを見ながら話す千蔭さんは、多分その目に外の景色は映していない。きっと俺と同じように、出会った頃の記憶を見ている。

「急に会えなくなったときに、寂しいなって気持ちに気づいちゃって。そこであれ?って思ったんだよ。そしたらまた急に会いに来てくれて、デートに誘ってくれたりなんかしちゃってさ」
 最初からこれをデートだと思ってくれていたんだ、ということがじんわり嬉しいけれど、もう俺の頭の中はそれどころではなかった。だって、こんなの。
「……待ち合わせよりも全然前に来ちゃってるしさ。連れて行ってくれる場所も、俺が喜ぶかなって考えてくれたんだろうなって思ったら、そんなの愛おしいに決まってるじゃない。それでこんな……告白されたら、僕も好きって認めるしかないじゃない……」

 淡々と話している千蔭さんは、もうどこまで赤くなるんだろうっていうくらいに恥ずかしそうにしていて。話を聞けば、きっと好きだって思ってくれたのはつい最近か、もう今この瞬間だったのだろうと思う。

 それは、今まで俺がしてきたことや話したこと、今日千蔭さんが喜んでくれることを考えたことも、告白するのを今日に決めていたことまで、全部ぜんぶ、間違ってなかったんだよって言ってくれているみたいに思えて、今度こそ涙がじわりと滲んだ。

「……俺、千蔭さんの恋人になりたいです」
「……うん。僕も、夕陽くんとそうなれたらいいなって思ってる」
「夢じゃないですよね」
「夢にされちゃったら困るよ」

 こらえきれずに、一滴だけぽろりとこぼれた涙を、千蔭さんの指が拭ってくれる。その手つきの優しさにまた泣けてくるけれど、これ以上かっこわるいところは見せられないと、ぐっとこらえた。

「……僕、見た目より結構おじさんなんだけど。それでもいいの?」
「千蔭さんは、ずっときれいですよ。俺が千蔭さんじゃなきゃだめなんです」

「夕陽くんが思ってるより僕って重いし、めんどくさいよ」
「千蔭さんが僕のことで重たくなってくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しいんですけど」

「……ふふ、夕陽くんって、ほんとに僕のことが好きなんだね」
「今知りましたか?」
「知ってたよ。ずっと昔からさ」

 ずっと知っていてくれた。俺の覚悟が決まるまで、それを忘れないままでいてくれた。今、それを受け入れて、同じものを返してくれた。


 叶うはずがないと思っていた夢は、今俺の手の中にある。

 大好きの気持ちが抑えきれなくて、きっと俺はだらしなく笑っていたと思う。
 テーブルの上で握られた千蔭さんの熱くなった手を、俺はぎゅっと握り返したのだった。
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