花冷えの風

白湯すい

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番外編

オウカの歓迎会

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「オウカくん! オウカくんじゃないか」
「げ、ジョシさん」

 オウカの歓迎会という名目で開かれた宴だったはずだが、どういう訳かまだ始まった直後にも関わらず既に酔っぱらった男が一人。

「いや~、ずいぶん大きくなって。前に会ったときはこんなんだったのに」
「指くっついてるじゃないですかそれ」
「あれ? でも言うほど大きくなってないな」
「うるさいな! あんたがでっかいんだよ!」
 オウカに面倒くさく絡むのはジョシという文官だった。少し前までは軍事のことにも関わっていたが、今は内政と地方の管理に忙しくしている男だった。ジョシはひょろひょろの痩せぎすであるが昔から背が高く、近くで話すと小柄なオウカはすっかり見下ろされるかたちになる。

「おやおや、もうすっかり仲良しですか?」
「これをどう見たら仲良しに見えるんですか、ムカイ殿」
 穏やかなゆったりとした口調で声をかけてきたのはムカイだった。ムカイはシュナの異母兄弟であり、シュナとよく雰囲気が似ているおっとりとした優しい人だった。
「こうして皆が集まると、昔を思い出して懐かしいですね」
「僕はあまり、当時のことは覚えていません」
「オウカ殿はまだ小さかったですから、無理もありません」
「私は昔のこと過ぎてもうほとんど忘れた!」
「ジョシ、経ってる時間は皆一緒ですよ」

 シュナ、オウカ、ムカイ、ジョシの四人は皆出身が同じだった。同じ雨の降る学び舎に通った友でもある。田舎で子どもの数が多くなかったから年齢の離れた四人も一緒になって机を囲み、先生から学んだり、それぞれ得意な学問について教え合ったりしていた。

 大人になるにつれてひとり、またひとりと町を離れていきバラバラになった。共に過ごした時間は短かったけれど、皆あの頃学び舎で結んだ友としての関係を大事に思っていた。
「でもあの頃は良かったなあ、家の中でいくらでも学んでいられたし、書にも打ち込めた。今はあちらこちらへと走り回っていてせわしない」
「あの頃は良かったと言い始めたら、おじさんのはじまりですよ」
 地方を飛び回っているジョシはぼやき、それをムカイに笑われている。変わり者で有名なジョシという男を、ムカイが一番飼いならしているのだから不思議なものだとオウカは思っていた。ムカイは基本的には優しいが、ああ見えて実は気が強くて物怖じせずに発言するし怒るとかなり怖い人だから、ジョシはムカイのそういうところを気に入っているのかもしれないと思った。

「僕、あの人苦手です」
「ふふ、知っています。悪い人ではないんですよ」
「そうですけどね」
 こっそりとオウカがシュナにだけ聞こえるようにつぶやくと、シュナは無理もないと微笑んでいた。

「……でも僕も、こうしているとなんだか感慨深いです。また集まれるなんて、思っていなかったから」
「本当ですね。あの頃は、仕える主を違えるとも、同じくするとも、考えていませんでした」
 一番年長のジョシが一番の変わり者で、その次に年上のムカイがそれを世話したり諫めたり、時には一緒になって悪だくみをしたりして。小さい頃のシュナはジョシの変人ぶりにもっとおろおろとしていたが、今はムカイがなんとかしてくれると安心しているので穏やかだ。オウカは小さい頃からシュナにべったりだった。生意気だけれど少し怖がりで、いつもシュナにくっついて歩いていた。
「……全然、変わってないですね」
「そうかもしれません」

「私はいつかみんなで仕事がしたいと思ってたぞ~!」
「……それは確かに。結局私たちは、ジョシとの縁を頼ってしまいましたし」
「しまったとはなんだ。どんどん頼りたまえ」
「はいはい、酔っぱらいは頼りにはしないですけどね」
 当時はそうするしかなかった状況ではあったのだが、ムカイとシュナは既に琰に居たジョシを頼ってクムラの元へ来た。そしてシュナがオウカを呼び寄せたのだから、集まるべくして集まったとも言える。やはり同郷の縁は強かった。


「僕、ここに来られてよかったです」
「はい。そう言っていただけてよかった」

 オウカは歳が一番下だ。それも二番目のシュナとも九つも離れている。幼い頃、次々と学び舎の仲間たちが外へ学びに行ったり勤めに行くのを見送ってきた。ぽつりとひとり、残される寂しさがずっと胸にあったけれど、今夜の宴でその気持ちが少し緩んでいくようだった。騒がしい酒の席はあまり好きではないオウカだったが、たまにはこんなのもいい、とあたたかな気持ちになった。

「おい、いつまでもそんな辛気臭い男と居ないでこっちに来なさい。今日は飲もうじゃないか」
「ちょっと、辛気臭いって誰のことを言ってるんですか」
「おお、お花ちゃんがお怒りだ。怖い怖い」
 お花ちゃん。小さい頃にあまりにも小柄で細くて可憐だったオウカをからかってジョシがつけたあだ名だ。ジョシは最初オウカを女の子だと思っていた時期がある。今もオウカは美しい娘のような外見をしているが、ジョシにとってはいつまでもオウカはお花ちゃんのままらしい。

 歓迎会と言えども、本当に心から歓迎している人ばかりが居るわけでもない。オウカにとってこの宴はさしずめ品評会といったところだ。それぞれに挨拶をかわすオウカという小僧がいったいどれほどの者なのか、皆言葉にはせずとも値踏みするような目で見ている。オウカのよく見える目で見ずとも、そんな視線は体中で感じていた。
(……正直この感じは、不快じゃない)
 不躾なじろじろと見つめられる視線も、オウカには苦痛ではなかった。美しい自分の姿など好きなだけ見たらいいし、己の価値はこの先いくらでも示すことができる自信があるからだ。

 その胸の中で考えていた通り近いうちに、その小さな自信家の若者の力は強敵シレンを見事打ち破る策によって全軍に知らしめることになるのだった。
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