花冷えの風

白湯すい

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第二章

北の不穏

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 シュナが城を離れたことでカリカリしているのはオウカだった。戦の後処理に追われシュナもオウカも忙しくしていてろくに話せていなかったうえに、自分がようやく落ち着いたと思えばシュナが居なくなってしまった。地方に派遣された理由を聞いて、オウカはより責任を感じて落ち込んだし、その気持ちのやり場がなくてずっとイライラとしている。

「今日もカリカリしておるなあ、オウカ」
「クムラ様。今日はそうでもないですよ」
「それでか? まあ、お前には可哀相なことをしてしまったな」
 周りの文官や兵たちが避けて歩くほどにイライラが隠せていなかったオウカだったが、今日はそれでも本人としてはまだ良かったほうだったらしい。そんな風には見えなかったが、クムラは気にせず話を続けた。
「仕方ないってわかってますよ。僕だってシュナさんには、ちゃんと休んでもらいたいですし……シュナさんがあんな風になっちゃったのは、僕のせいでもありますし」
「なんだ、そんな風に思っていたのか。お前もシュナのことに関しては殊勝な男だな」

 オウカ自身も、冷静になってみればあの状況はああすることが最善だったと思う。あの策以上に成功率が高くて味方の被害を最小限にとどめる策を思いつかないし、そのために全員がやるべきことをやっていた。だから、本当は責められるべき人なんて、自分を含め居ないということはわかっている。
 しかし、頭でそうわかってはいても、悔やまれるのだ。誰よりも力になりたい、守りたいと思っている人が、一番傷ついている。シュナの異能についてどのようなものなのか知らなかったオウカも、後で戦況を報告されて頭を抱えた。確かにシュナの力で状況を打破することに成功しているが、あの優しすぎる人が心を痛めるのも無理はない力だと思った。

「……あの力が、僕のものだったらよかったのにな」
「持つ者を選べぬのが異能というものよ。俺も何度もそう考えたさ」
「……ふふ、僕かクムラ様でしたら、顔色一つ変えずに使うでしょうにね」
「その通りだ」
 二人は自嘲気味に笑う。事実そうであったなら、オウカはともかくクムラはシュナのように心を痛めることはなかったであろう。それこそが人の上に立つ者、王者の器だ。


「で、どうしたんです? そんな雑談をするために話し掛けたというわけではないのでしょう」
 ひとつため息を吐き、オウカはいつでも何か企み顔の主にそう尋ねた。クムラはにこりと笑う。
「ひと段落してすぐに働かせて申し訳ないのだがな、いくつか見てきてほしいところがある。期間は長く設けるから、ゆったり観光客でも気取りながら地図を作ってきてほしいのだ」
「なんだ、普通に仕事の話でしたか」
「なんだとはなんだ。また夜の誘いのほうが良かったか?」
 クムラの物言いでオウカはぴくりと反応する。クムラとオウカは恋仲ではなくただお互いにしたいときにするだけの関係であるから、下世話な話題に反応したわけではない。
「……いえ、そういう気分ではありません」
 であれば、何故今更クムラの誘いなどに過剰な反応をしてしまったのか。オウカ自身、理解に苦しんだ。クムラは何故かその様子をにやにやしながら見つめている。
「そうか? ではそういう気分になったらまた誘ってくれ」
「ええ、もちろん」
 一旦そこで二人の話は終わった。これ以上立ち話ですることはないし、詳しいことは後日会議することとなった。


「次は北ですか」
「ここにきて漸くと言うべきか、北の動きが不穏なものになってきた。報告によると国内は平穏そのものだが内部は相当荒れている」
「荒れている……またエルハが暴れているんですか?」
 エルハは北の大国・沁を治める王だった。かつては右に出る者なしと言われた名門中の名門の家系だったが、昨今はなかなか才のある者が現れることもなく衰退していっている。しかしその国土の広さと豊かさは大陸随一である。かつての名声は失われつつあれども、古くから仕えている名士たちも多い。
「少し前まではそういう話だったんだがな。それがどうやら、奴はとある一人の軍師ばかりを贔屓して其の者の思う通りに動く傀儡のようになっているらしい」
「誰です? それは」
「名をシボクと言う。沁国の中では歴は浅く、今は亡くなっているが父親と共に仕官している倫国出身の男だ」
「……それは、どうにもきな臭い」
 倫国といえば、西南のリンという男が治める国である。リンというのがまた厄介な男であり、琰国と同じくらいの時期に建国された若い国だがカルト的な側面があり、リン王はまるで神のように崇められている。そこを出たシボクという男が、北の沁国を我が物のように操っているというのだ。誰でも怪しく思ってしまうものだった。
「まあ、其奴の動向は探らせている最中だ。オウカにはここの山中と、市街地の周りを見てきてほしい」
「城はよろしいので?」
「城内は俺が把握している。エルハとは昔馴染みでな、何度か中まで入っているのだ」
「へえ、それは初耳です」
 クムラは明け透けなようでいて秘密主義だ。その名が有名ながら、謎が多い。一国の王ともなれば当然かもしれぬが、その正体が掴めたかと思えばするりとすり抜けてもう違う場所にいるような、思いもよらぬ事実を知ることも多かった。

 「間者によれば内部は改修されたような跡もなく俺が伝えた通りのままだと言う。まあしかし、お前の力で城壁や城門周りを見ておくのも手だな」
「はい、そこはお任せくださいませ」
 オウカのそこにあるもの全てを見透かす『観測』の異能があれば、山中の行軍も城攻めも優位に進めることができるであろう。クムラは本当に得難い宝を得たと実感するのだった。

「しかしオウカ、お前の名前も先の戦で少しばかり売れてしまった。念のため護衛をつけてゆけ。リュエに頼んでおいた」
「……は?」
 クムラがそう言って合図をして呼び出したのは、先の戦でシレン軍から得た将のリュエだった。
「……なんであんたが護衛なわけ!?」
「クムラ様よりオウカ様の身の安全を守るようにと仰せつかった。よろしく頼みます」
 オウカの態度も意に介さず丁寧に手を組み頭を下げるリュエ。
「この前訓練にて腕試しをさせたが、此奴かなり強いぞ。目も良いし何より咄嗟の判断がはやい。聞けばシレンの警護をしていたという。旅先での護衛としては腕はピカイチだ」
 クムラとしても、オウカの力は最大限に活かしつつも失う危険は侵したくない。コハクが居ない今、適任はリュエだったのだ。
 そのクムラの意図をその言葉で察したオウカは、理解してしまえばイヤとは言えなくなるというものだった。
「……わかりました。リュエ殿と参ります」
「頼んだぞ!」
「はっ。承知仕りました」

 こうして琰国の内部はまた忙しなく動き出す。全てはこの争いの絶えぬ大陸を統一するため。クムラをその頂へと届かせるため。たたかう者たちは奔走する。
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