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二章5
しおりを挟むアデリナはしばらくの間、カイの顔をまともに見ることができなかった
。
(薬のせい……かどうかはわからないけど、あんなにはしたない姿を見せてしまうなんて)
いっそのこと薬でこの記憶ごと失っていたらよかったのに、とさえ思う。とにかく、アデリナは無意識のうちにカイをさけていたので、彼も同じように自分をさけていることに気がつくのが遅れた。
最初の違和感は朝食時間のズレだった。カイは多忙なのでいつも夕食は別々に取るのが普通だった。だが、アデリナがこの屋敷に来てからずっと朝食は一緒に取っていたのだ。それなのに、あの夜以来アデリナがダイニングルームにおりていくと彼はもう食事を済ませている。それについてなんの説明もない。
夜、アデリナは自室のベッドで膝を抱えてため息をついた。あれから一週間、カイは部屋を訪ねてこないし、自分の部屋に来いとアデリナを呼ぶこともない。
アデリナは切なく疼く自身の身体を慰めるように、ぎゅっと強く腕をつかんだ。
(あの夜、私なにか決定的に嫌われるようなことをしちゃったかな?)
そこまで考えて、アデリナはその思考自体がおかしいことに気がつきはっとする。最初から嫌われて、憎まれているのに、なにを馬鹿なことを考えているのだろうか。
(嫌われたのではない。それなら……飽きた?)
それが一番しっくりと納得できるように思えた。あの夜、彼は何度もアデリナを抱いた。それでもう満足し、アデリナの身体に興味がなくなったのだろう。
「そういうことかぁ……って、あら?」
ふいにアデリナの目から涙がこぼれた。なぜ涙など出るのだろう。アデリナだってカイを憎んでいるのだ、それは間違いない。この生活が早く終わることを望んでいたはずなのに。
アデリナは意を決して部屋を出た。向かいの彼の部屋をノックすると、しばらくしてから細く扉が開きカイが顔をのぞかせた。
「なにか用か」
カイの声は硬い。
「入ってもいいかしら」
彼は逡巡し、ためらいがちに口を開いた。
「悪いが、まだ片づけないとならない仕事が」
「なら、ここでいいわ」
アデリナがあっさりと引き下がったことにカイは少し驚いた顔を見せた。アデリナは苦笑する。
「心配しないで。抱いてほしいなんて言わないから」
アデリナは笑おうとしたが、うまくいかなかった。ゆがんでひきつった表情で彼に言う。
「実家に帰ろうかと思うの。認めてくれるかしら?」
夜をともにしないのであれば、身ごもることは絶対にない。アデリナがこの屋敷にいる意味はなく、ただの穀つぶしだ。
探るようなカイの視線から逃れるように、アデリナはペラペラとしゃべり出す。
「よく考えたら、身ごもる目的のために一緒に暮らす必要もないのかなって」
「――ここにいるのは嫌か?」
カイの瞳が切なげに揺れる。アデリナは混乱した。
(そんな顔するなら、どうして私をさけるの? なぜなにも話してくれないのよ)
カイはふぅとため息をひとつ落とした。
「お前がそうしたいなら好きにすればいい。だが、俺が嫌なだけなら急ぐ必要はないぞ」
「どういう意味?」
アデリナの問いにカイは短く答える。
「スリュー地方で起きている暴動が南の騎士団だけでは手に負えず、俺も鎮圧に駆りだされることになった。半月ほどここを留守にする」
アデリナは驚いた。そんな話は初耳だった。スリュー地方は帝国の南端で、帝都とはかなり距離が離れている。
「いつ決まったの? 出発はいつ?」
「通達があったのは三日前、明朝に発つ」
アデリナは肩を震わせ、両のこぶしを握り締めた。
「どうして……そんな大事なことを黙ってるのよ。もういい! カイなんて嫌いよ」
アデリナはバタバタと足音を立てて、自室へ駆け戻った。
嫌いと、わざわざ口にしたのはなんの意味があったのだろうか。口にすればするほど、自分の本心が見えなくなっていく。
(私は……カイを……)
結局、アデリナはカイが戻るまで屋敷に残ることにした。サーシャからのもっともな助言があったからだ。
「今はやめておいたほうが……。旦那さまの不在時に出ていかれますと、妻失格だとか、よそに男がとか、あらぬうわさを広められてしまうかと思います」
「確かに……」
それに、主人の留守を守るのは妻の務めだ。地方とはいえ暴動が起き、情勢が不安定なときに使用人をほったらかして家を空けるのはよくないだろう。
婚姻解消が決まるまでは、実態はどうあれアデリナはオーギュスト家の人間なのだ。
(彼が戻ってから考えよう)
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