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五章2
次に訪ねたのは上官であるエスファハーン総司令官のもとだった。反皇帝派の情報を集めるためだ。カイの話を聞いた彼は少しためらいながら、重い口を開く。
「まぁ、小さな火種を大きくしようとしている奴らがいるのは事実だな」
「少し前のスリュー地方での暴動、あまりにも不可解な点が多いですよね」
カイが核心に切り込むと、彼は落ち着きなく視線をさまよわせた。その様子からカイは自分の憶測が的外れではないことを確信する。
「暴徒軍は立派な武器をそろえ、想像以上に統制が取れていた。地方役人が寝返ってくらいでああはならないでしょう。裏で支援していた者がいるはず……」
暴徒軍と向き合ったときから違和感があった。あれは、民衆の蜂起といったレベルではない。
「スリュー地方での戦いは前哨戦なのでは? いずれは帝都ローザで――」
そこまで言って、カイは続く言葉を飲み込む。総司令官の目が『それ以上話すな』と訴えていたからだ。エスファーン家は皇帝を巡る対立のなかで中立を保っている。この騒動に深入りしたくない彼の心情は理解できる。
カイはそれ以上の追及はせず場を辞した。総司令官の屋敷からオーギュスト本家の屋敷へと続く大通りを急ぎながら、思考を巡らせる。
屋敷に着くと、待ち構えていたようにジェインが話し出した。
「僕も少し動いてみた。反皇帝派は思っているより本気のようだな」
「この帝国の人間はどうしようもないほど血に飢えてるんだな」
カイは吐き捨てる。
(皇帝もレイン殿下も、なにが神の分身だ。名誉と権力に取りつかれた俗物そのものだろうが)
現皇帝カールが玉座に座るために、多くの血が流れた。カイの尊敬していた兄ヴィルも、アデリナの父と姉もその犠牲者だ。だが、それでも飽き足らず皇宮という名の魔境はまだ血を求めているらしい。
ジェインは冷静に淡々とした口調で言う。
「まぁ、内乱の覚悟はしておこう」
前回は叔父と甥、今回は父と子の間で。ジェインはレインをたきつけている反皇帝派の貴族たちの名をいくつかあげたが、カイはそんなものに興味はなかった。
「オーギュスト家としては、もちろんカール陛下を――」
ジェインの言葉を遮って、カイは椅子から立ちあがる。
「悪いが、オーギュスト家がどっちにつこうが俺には関係ない。アデリナに害を及ぼす気ならどっちも排除する」
不自然な結婚の理由がおぼろげながら見えてきた。おそらく、レインは父陛下への反逆にアデリナをなんらかの形で利用しようとしているのだろう。本人にその気はなくとも彼女は反皇帝派の旗頭になりうる存在だ。
ジェインは面食らったように目を見開き、苦笑を返す。
「それは、ずいぶんと穏やかじゃないね」
「俺のせいで、オーギュスト家は帝国の歴史から完全にその名を消すことになるかもしれないから先に謝っておく。だが、止めても無駄だ、諦めてくれ」
「いやいや」
「アデリナの無事を確かめてくる」
「早まった動きはするなよ!」
カイはジェインの小言を背中で受け流して部屋を出た。
ジェインはバルコニーに出て、ミュラー家に向かおうとしているカイの姿を見送った。思わずふっと笑みがこぼれる。
「若いっていいなぁ。僕は応援するよ。……ねぇ、君もそう思うだろ?」
ジェインは誰かに問いかけるように、空を見あげた。どんよりと厚い雲に覆われた暗い空だった。
「まぁ、小さな火種を大きくしようとしている奴らがいるのは事実だな」
「少し前のスリュー地方での暴動、あまりにも不可解な点が多いですよね」
カイが核心に切り込むと、彼は落ち着きなく視線をさまよわせた。その様子からカイは自分の憶測が的外れではないことを確信する。
「暴徒軍は立派な武器をそろえ、想像以上に統制が取れていた。地方役人が寝返ってくらいでああはならないでしょう。裏で支援していた者がいるはず……」
暴徒軍と向き合ったときから違和感があった。あれは、民衆の蜂起といったレベルではない。
「スリュー地方での戦いは前哨戦なのでは? いずれは帝都ローザで――」
そこまで言って、カイは続く言葉を飲み込む。総司令官の目が『それ以上話すな』と訴えていたからだ。エスファーン家は皇帝を巡る対立のなかで中立を保っている。この騒動に深入りしたくない彼の心情は理解できる。
カイはそれ以上の追及はせず場を辞した。総司令官の屋敷からオーギュスト本家の屋敷へと続く大通りを急ぎながら、思考を巡らせる。
屋敷に着くと、待ち構えていたようにジェインが話し出した。
「僕も少し動いてみた。反皇帝派は思っているより本気のようだな」
「この帝国の人間はどうしようもないほど血に飢えてるんだな」
カイは吐き捨てる。
(皇帝もレイン殿下も、なにが神の分身だ。名誉と権力に取りつかれた俗物そのものだろうが)
現皇帝カールが玉座に座るために、多くの血が流れた。カイの尊敬していた兄ヴィルも、アデリナの父と姉もその犠牲者だ。だが、それでも飽き足らず皇宮という名の魔境はまだ血を求めているらしい。
ジェインは冷静に淡々とした口調で言う。
「まぁ、内乱の覚悟はしておこう」
前回は叔父と甥、今回は父と子の間で。ジェインはレインをたきつけている反皇帝派の貴族たちの名をいくつかあげたが、カイはそんなものに興味はなかった。
「オーギュスト家としては、もちろんカール陛下を――」
ジェインの言葉を遮って、カイは椅子から立ちあがる。
「悪いが、オーギュスト家がどっちにつこうが俺には関係ない。アデリナに害を及ぼす気ならどっちも排除する」
不自然な結婚の理由がおぼろげながら見えてきた。おそらく、レインは父陛下への反逆にアデリナをなんらかの形で利用しようとしているのだろう。本人にその気はなくとも彼女は反皇帝派の旗頭になりうる存在だ。
ジェインは面食らったように目を見開き、苦笑を返す。
「それは、ずいぶんと穏やかじゃないね」
「俺のせいで、オーギュスト家は帝国の歴史から完全にその名を消すことになるかもしれないから先に謝っておく。だが、止めても無駄だ、諦めてくれ」
「いやいや」
「アデリナの無事を確かめてくる」
「早まった動きはするなよ!」
カイはジェインの小言を背中で受け流して部屋を出た。
ジェインはバルコニーに出て、ミュラー家に向かおうとしているカイの姿を見送った。思わずふっと笑みがこぼれる。
「若いっていいなぁ。僕は応援するよ。……ねぇ、君もそう思うだろ?」
ジェインは誰かに問いかけるように、空を見あげた。どんよりと厚い雲に覆われた暗い空だった。
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