仇敵騎士団長と始める不本意な蜜月~子作りだけヤル気出されても困ります~

一ノ瀬千景

文字の大きさ
38 / 44

番外編 彼女の記憶2

しおりを挟む
***

 ぬるま湯につかるような人生を『幸福』と考えるか、『不自由』と思うか。それは人によって大きく違う。ジェインはどちらかといえば前者だった。名門貴族の家に生を受け、容姿・能力にもそれなりに恵まれ、輝かしい未来が約束されている。そんな自分を『幸運』だと思う。だが、彼女は違った。ジェインとは真逆の、嵐のような激しさを持つ女だった。

 花々のかぐわしい香りに満ちた中庭で、夫婦になったばかりの若い男女が幸せそうにほほ笑み合う。ジェインは彼らに惜しみのない拍手を送る。花嫁のほうが貴族学院の同級生なのだ。特別親しいわけでもないが、結婚お披露目パーティーの誘いを断るほど不仲でもない、そんな関係だ。花嫁のマリアは栗色の巻き毛が愛らしく、楚々とした雰囲気を持つ。彼女よりふたつ年上の花婿は真面目で優しそうな男で、似合いのカップルだ。

「よぅ、ジェイン。また会ったな」

 友人のひとりがグラスを持って近づいてくる。彼とは先週もなにかの夜会で顔を合わせたばかりだ。

「同級生の女の子たちは結婚ラッシュだからね」

 ジェインは笑顔で応じる。ジェインは今年十八歳、同じ年の女性たちはちょうど婚姻決定通知をもらうピークを迎えている。

「めでたいことだが、こうも続くと少し飽きるな」

 彼は声をひそめてぼやくように言った。その気持ちはよくわかる。決してつまらないわけではないのだが、段々と新鮮味が薄れていくのは仕方のないことだろう。もっとも、パーティーで顔を売るのもオーギュスト家子息としての義務、とジェインはとっくに割り切っていた。

 自分には兄ヴィルのようなカリスマ性も、弟カイのような天賦の才もない。穏やかで誠実、せめてその評判だけは落とさないようにしなければと思っている。

「このあとは男だけで飲みにでも行こうかと話してるんだが、ジェインはどうする?」
「ぜひ行きたいところだけど、あいにく別の予定が入ってるんだ」
「そうか、人気者も大変だな」

 彼はジェインに労いの言葉をかけて去っていった。別の予定、というのは嘘ではない。このあとは遠縁の男爵家の食事会に招待されている。そろそろここを出てそちらに向かわねばならない時刻だ。ジェインは目立たぬよう注意しながら、賑やかな会場をそっと抜ける。

「あ~、つっかれた」

 門をくぐるとき、思わずそうこぼしてしまった。人当たりのよさを売りにしているジェインでも、パーティーのはしごはさすがに気が重い。だが、誰もいないと思っていたその場所には先客がいて、ジェインの声にくるりと振り返った。

「同感だわ」

 薄暗くなった夕刻の空に、彼女の赤い髪は鮮やかに映える。燃えるように情熱的な瞳も、小悪魔めいた唇も、ジェインの脳に鮮烈な衝撃を与える。

「――クリスティア」

 彼女のことはもちろん知っている。同級生で、宿敵エバンス家のご令嬢。もっとも、あまり親しく口をきいたことはない。ふたりきりになることなど、これが初めてだろう。

「あなたも抜け出してきたの?」
「いや……」

 自分は次の予定があるから、そう説明するより前にクリスティアがしゃべり出す。レンガ造りの塀に背中を預けながら、彼女は天を仰ぐ。

「つくづく時間の無駄よね、お披露目パーティーなんて」

 クリスティアはジェインの顔をのぞき込むようにして、くすりと皮肉めいた笑みを浮かべる。

「だってあの子、ゆうべは別の男の上で腰を振ってたのよ」

 悪趣味きわまりない発言だが、不思議と彼女が言うと不快感がなかった。おそらくそこにマリアをおとしめてやろうという思惑がないからだろう。きっと、彼女がおとしめたいのは結婚披露パーティー、いや、この国の婚姻制度そのものなのだ。

「まぁ、それは言わないお約束ってやつでしょう」

 ジェインは苦笑して答える。ジェインの目にはマリアは清楚な娘に見えた。だが、そうでもなかったらしい。ということは、真面目そうに見えたあの花婿も明日の夜は別の女に覆いかぶさるのかもしれない。この国は、何事にも本音と建前が存在する、それだけのことだ。

「ねぇ……」

 クリスティアは鼻にかかる色っぽい声で言いながら、ジェインの手を取り指を絡ませた。

「どこか行かない?」

 甘く、あらがいがたい誘惑だった。遠縁の食事会など、心底どうでもよくなってくる。

「どこか行って、なにするの?」

 ジェインは唇の端だけでふっと笑む。自分はオーギュスト家の人間で、彼女はエバンス家の娘。自分たちが楽しくお茶をするというのは、ちょっと考えられない。

 クリスティアはジェインの首筋に腕を回し、耳元でささやく。

「もちろん、あなたの上で腰を振るのよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...