TEIZI(パラレルワールドの旅) 全9作

當宮秀樹

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1「サラリーマン村井貞治」

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1「サラリーマン村井貞治」

 紫陽花の咲く頃、北鎌倉の円長寺山門でひとりの青年がたたずんでいた。彼を近くで見たいたその寺の
老僧が青年に声を掛けた。

「中に入ってみませんか?今は紫陽花が綺麗に咲いてますよ、私が50年程前からずっと手入れしてきました。
綺麗ですよ、良かったら見てやってください」

老僧の深くて慈しみのある声。

「紫陽花ですか・・・あっ、はい観させて頂きます」

青年は山門を潜り境内に足を勧めた。禅宗ならではの
質素ながら風格のある凛とした建物が青年を迎えた。

初めて修行寺というものを目にした。ここから沢山のお坊さんが日本各地の禅寺に散らばったんだろうな・・・

先ほどのお坊さんがまた声を掛けてきた。

「禅寺は初めてですか?」

「はい、本格的な修行寺は初めてです」

「そうですか・・・ここは日本各地の臨済宗のお寺から若い僧侶が修行しに来るんですよ。
最近は世界的に禅ブームとかで外人さんも多く入門されます。

今日は一般参加の座禅会があります。もし良かったら禅を無料で体験されませんか?」

「禅ですか?」

「そう、座禅です。何も難しいことを考えずに、只々座れば良いんです」

急の誘いに少し困惑したが、禅を組んでみたくなった。

「はい、座ってみたいです。お願いします」

老僧は禅堂に青年を招き入れた。
禅堂の中には3人の墨染めの衣を着た僧侶と私服を着た一般の参禅者が30名ほどいた。

先ほどの老僧が青年に「これを使ってください、座布といいます。座禅を組む時に尻に敷くんです。
背筋が真っ直ぐ伸びて安定し禅を組みやすくします」

黒くて丸い20㎝ほどの厚みのある固めの円形座蒲団だった。

「はい、ありがとうございます」

青年にとって、僧堂はもちろん禅じたいが初めての体験だった。

老僧が簡単な説明をした。

「目は半眼にして、視線を1メートル先に落とす。
手はみんなと同じように右手を下にします、親指どうしは少し離します。
これを法界上印といいます。
背筋を伸ばし、呼吸は鼻からゆっくり吸って、
ゆっくりヘソ下の炭田に落し、そのまま止めます。

止めた呼吸は背筋を通って登り口からゆっくりと
吐きます。舌は上顎に軽くつけます。
それが禅の姿勢と呼吸法です。

あの棒は警策といいまして、雑念が入ると自然と親指がくっついたり、大きく離れたりします。
その手や姿勢を目安に警策を持った僧が禅者の前に立ちます。そしたら合掌して静かに身体を前に
倒して下さい、警策を左右の肩から背中にかけて二度づつ打ちます。
以上が簡単な禅の作法です」

その後、鈴の叩く音がした。禅の開始の合図だった。

禅堂内に緊張と静寂が同時に訪れた。青年は禅僧の云われるままに呼吸を整えた。
どの位い経った頃か警策を持った僧侶が目の前に立った、

青年は姿勢をを前屈みにし警策を左右二度ずつ叩かれた。その跡がヒリヒリと痛くそして
暖かく感じられた。

青年は妄想に入っていたが、また我に返り座り直した。
しばらくすると鈴の音がした。張り詰めていた空気が一瞬で溶けた。

後ろから「どうでしたか?」先ほどの老僧だった。

「なんか緊張してして、気が付いたら終わってました」

「気が付いたら終わってたということは、禅に入っていた証拠ですよ。初めて禅を組む人は、
頭の中にたくさんの思いが過ぎってしまい、足が痛く時間が長く感じるんです」

「そうですか、いい体験させて頂きました。
今日はどうもありがとうございました」

「良ければ、毎週日曜日の朝は、一般参禅の
日ですから、禅を組にまたいらっしゃいませんか」

「はい、ありがとうございます」


青年は円長寺を後にし、そのまま細い道を通って
八幡宮へ向けて歩き出した。


 青年の名は、村井貞治30歳独身、仕事は大手建築
メーカーの設計士を8年勤めてきた。
ごく普通のサラリーマン。

30歳を期に突然疑問に思うことがあった。

それは、僕がこのまま死んだらどうなる?何をしにここに居るんだ?僕って何に?こんな単純なことが何で
解らない? そんなことを考えることが変なのか・・・・?

もう、ひと月も考えている。

そんな悶々としたある日曜の朝のことだった。

貞治は気が付くと北鎌倉の駅で下車し、円長寺の山門前でたたずんでいた。その時に老僧が声を
かけてきたのだった。


自宅に戻った貞治は円長寺での座禅を振り返った。

座禅中に感じたことがあった。もうひとりの自分がいるような気がした。それが何処にいるのか全然
解らないけど・・・でも、その存在も貞治を意識してるのがなんとなく解った。

翌日には普通通り会社に出社していた。

鎌倉で禅を組んでから一週間が過ぎ、又円長寺の禅堂で座っている貞治がいた。

そう貞治は、あの経験が忘れられずもう一度、円長寺に足を運んだのだった。

禅を組み、最初は呼吸に気を取られていたが、徐々に意識が鮮明になり、そのうち例のもうひとりの自分が
存在することが前回より明瞭に確認できた。

同時に二つの意識がそこにあった。ひとりの自分は座禅を組んでいる自分。
もうひとりは小説を書いている自分。

同時に感じられる意識だったが、比率からすると小説を書いている意識が優位。
書くといってもパソコンのキーボードを叩いている自分だった。

小説の内容はパラレルワールドを題材にしたもので、
文面は解らないけど書こうとする内容は何故か理解できた。

次の瞬間禅を組んでいる自分に戻った。

座禅後はお粥をいただいて会は終了した。

あの老僧に挨拶した。

老僧から「今週もお出でになりましたね。何か座禅を通じて見えたことでもありましたか?」

「はい、座禅中にビジョンが見えました」

「ほう、どんなビジョンでしたか?」

貞治が視たビジョンをそのまま話した。

「それは自分の中にあるもうひとつの世界が視えたのかも知れませんね。仏教では三千世界といって、
沢山の世界が存在するといわれてます。 それを垣間見たのかもしれません。

禅の世界では絶えず今を大事にしますから、ビジョンが視えてもビジョンはビジョンであり
全てではありません、ビジョンに囚われないで下さい。

それが禅の見解です」

「解りました」

貞治はなにか釈然としないけど老僧の言葉を心に
止めた。

もうひとりの自分をそれほど鮮明に感じたからだった。
その後、円長寺に参禅することはなかった。


 また、いつもの会社と自宅の日々が始まり、円長寺のあの経験からひと月が過ぎた頃。

本屋で立ち読みしてると一冊の本が目に入った。

ONEという本だった。著者はリチャード・バックとあった。内容がパラレル・ワールドといって、
同時に複数の宇宙が存在するという内容だった。

本を購入し、その日のうちに読破したがもっと知りたいという思いが敏郎を駆り立てた。

座禅中に経験した小説家の自分ももっと知りたい・・・

思ってはみてもどうやって知ればいいのか皆目検討が付かない。家で座禅をしてもあの感覚になれない。
でも、どうしても知りたい。

だんだんと会社に行くのも辛くなってきた・・・

体調にも変化が出て来た。

食欲不振・下痢で微熱が理由もなくつづく。

次に思ったことが死にたい・・

小説家の自分が気になる・・・

誰か・・・

教えて・・・

会社も辞めた。

というか続けられなかった。

僕って誰?

人って?

貞治は会社を辞めて2ヶ月が過ぎた。

精神科に行こう。

もう自分では何も出来ない。

何もしたくない。

お母さんごめんなさい。

僕は・・・先に逝くかもしれない。

嗚呼、今日も目が醒めた。

その時だった。

自分の奥深いところで声がした。

「大丈夫」

「えっ?」思わず聞き返した。

 もう声はなかった。

「何が大丈夫なんだ・・・?」

誰の声だ・・・?

しばらく考えたが解らない??

何日ぶりかで窓を開けて朝日を見た。

その瞬間だった。

意識が飛び出てパラレル・ワールドの貞治と重なった。
その貞治は淡々と小説を書いていた。

何処からか湧き出るような文章をキーボードで打ち込んでいる自分がいる。

なるほど・・・こんな感覚で執筆してるのか・・・

貞治はパソコンに向かった。 書ける・・・あの感覚と同じだ。

あとはテーマが必要だ・・・そうだ建築設計について書いてみよう。

書ける、頭で考えなくても文章が勝手に出てくる。

ほぼ4日で原稿用紙300ページ出来上がった。

妙に面白い。 

他のパラレル・ワールドも視られるのかな? ・・・?結婚してる僕がいるのか視てみよう。

意識を集中した。

いた。結婚してる自分がいた・・・しかも子供が2人いる、2人とも男の子だ。しかも僕ソックリだよ。

嘘っ・・・

嫁さんは?・・・えっ、これって・・・もしかしてノ・リ・コ・・・?

そうだ幼なじみの紀子だ。 パラレル・ワールドの僕は紀子と結婚してたのか。

あまりにも身近すぎて考えてもみなかった。

で、仕事はなにを?

あっ、建築設計だ。

こっちの僕と同じか・・・

そっか、パラレル・ワールドの僕はこっちの僕と無関係ではないんだ。

なんか似たようなところがあるんだ。

もしかしたら何処かで繋がってるんだ、これは面白い。
もう少しパラレル・ワールドを研究してみたい。
幾つのパラレル・ワールドと繋がってるのか?

パラレルって並行。ワールドは世界か。
並行してる世界という意味か。

並行ということは同時進行か・・・
同時に並行している複数の世界という意味か。

パラレルの僕と話が出来たらいいのに・・・

そう思った瞬間だった「出来る」

「えっ???」頭の中で声にならない声がした。

「誰?」僕は頭の中に問いかけた。

「パラレルの君」

「なぜ?」

「なぜって?君が話しかけてきた」

僕はハットした。

「君は何をやっている僕なの?」

「その質問のしかた面白いね、僕は小説を書いてる」

「他にもパラレルの自分を視たことあるのかい?」

「僕は4人まで視てきた。 こうして会話したのは君だけだけ」

「みんなどんな仕事してたの?」

「小説家・建築設計・イラストレーター。みんな創造性ある仕事」

「こっちの僕は会社を辞めてから鬱状態が続き、死まで意識し始めてるんだ。 笑っちゃうだろ・・・」

「そんなことない、始まりはいつも順調とは限らない。 ゼロやマイナスからの出発もある」

「なるほど・・・君いいこと言う僕だね・・」

「君いいこと言う僕だね・・・それも面白い。 小説に頂く」    

「どうぞ」

「で、会社辞めたしこれからどうする?君も小説書かないか?」

「どんな?」

「パラレル・ワールドをもっと視てきて、文章にするのはどう?」

「それらしい事は、もうやってるけど」

「じゃぁ、やってみなよ」

「うん、考えてみる・・・」

「じゃあ、又来るから書いておいて」そう言って小説家の僕は消えた。

どうせ、今の僕はなんにもやることないし、とりあえずPCの電源を入れた。

一太郎の原稿用紙を出して書き始めた。

まず題名は・・・「テロリスト・テイジ」よし。
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