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3 オネェの髭Ⅰ
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3オネェの髭Ⅰ
あたいエバ、この世界では片乳(カタチチ)のエバちゃんで有名なの。 なんで片乳かって?
あたいが夜の商売で働きかけの頃、大きな胸に憧れてたのね、それで思い切って
豊胸の手術することにしたのよ。 でも、胸を工事する予算が足らなかったのね、
だから医者に頼んでとりあえず片側の胸だけ手術したの。 あたいおバカでしょ!
でもそれぐらい豊胸にあこがれていたのよね、当然、もう片方もすぐに豊胸する予定だったのよ。
今考えると馬鹿よねぇ笑っちゃうわよね。でもその時は真剣だったのよ。
すぐに胸を膨らませたかったの、で、とりあえず予算の都合で片乳だけ。
そしたら、片乳のエバっていうあだ名がついちゃったのね。
それ以降ずっと片乳のエバちゃんなの、笑っちゃうでしょ。
今は?
今も片乳。 だって、片乳で定着したから今更変えられないでしょ。
お店を変えたら別だけど今のところその予定ないし。
ママもとってもよくしてくれるのね、だから今も片乳のエバなの。
エバ困っちゃう~。 てなもんよ。
オネェに目覚めたのが中学生の時。 だからオネェ歴十年。
初恋は、クラスメートの川田くんが格好いいと思ったのね、その時思ったわよ、
僕ってもしかして○○○?
高校は当然男子高校。この世界のオネェは男子高校が多いのよ。 まっ当然よネ。
卒業後は順調に夜の世界まっしぐら。 今はオネェの髭っていう店で世話になってるの。
でもあたいはただのその辺にいるオカマやオネェじゃないの。
どの辺にいるのかって?………
面白いこというのね! フフ、おめぇ! 聞き方に気をつけろ! なめんなよおら!
あら……? ごめんなさいお客が来ちゃったみたい……
じゃっ、失礼しますあとで、顔かせよてめえ……!
「いらっしゃいませ~健太さんお久しぶり~。 元気してた~?」
「おう、片乳のエバちゃん元気だったかい」
「エバ、ぜんぜん元気……」
エバは、おしぼりを健太に渡した。
健太はエバの顔をジッと見て云った「 エバ、髭の剃り忘れ一本あるぞ」
「えっ! うっそ~。恥ずかしぃ~。美奈ちゃん鏡持ってる?」
同僚の美奈が「あるわよ」。
「チョット貸せや!」エバは急に男に戻る癖があった。
「どらっ!」エバは鏡を見た。
「やだ~本当だ……恥ずかし~」
「相変らずエバはにぎやかだなあ」
ボックスは笑いに包まれていた。
ある時、店に顔色の悪い中年の紳士がひとりで入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
「ここに、片側のエバさんっていますか?」
「ハイ、おります。 少々お待ち下さい」
「片側のエバちゃんお客様で~す」
「な~に? その片側って……いい加減にしろよな」
店は盛り上がった。
「ハ~イ、エバで~す」
「あ、あの~僕」
エバはその男性の顔を視た瞬間「あっ! こちらにどうぞ」
「美奈ちゃんお願いしま~す」
客は店の奥に通された。 そこは畳二帖ほどの個室になっていて、
小さめのテーブルと椅子が向かい合わせにあった。
そこは、店の雰囲気とまったく違う空間。
二人は向かい合わせに座った。
「いらっしゃい、エバと申します。 今日は寒いですね」
「あっ、ハイ、あのう~ 俺……」
「あっ、解りますからそれ以上は結構ですよ」
「なんだ? まだなんもいってねえけど……」
「お客さんのガイドさんから全部聞きましたから」
「ガイド……?」
「お客さんを守護している存在です。 私に、お客さんがここに来た理由を教えてくれましたから」
「なんで? 話せば長いのに……」
「時間は関係ありませんし、ガイドさんの方が正確に伝えてくれますから」
「続けますね。 ガイドさん曰く、お客さんは考え方がいつも否定的だから物事がその
否定した方向に引きつけられていくんですって。 せっかくいいチャンスが来ても、
否定する自分がそのチャンスをことごとく駄目にしたっていってます。 心当たりあります?」
男はしんみょうな顔になり、急に涙を流し始めた。
エバが続けた「はい、もう心配入りません。 お客さんは気付きましたね」
「片側のエバさんありがとうございます。 納得いきました」
「そうですか、よかったですね。 それと私は片側でなく片乳のエバですから。
か、た、ち、ち、ですから…… 以後お見知りおきを・」
「エバさんごめんな、こげな店初めてだから緊張しちまって」
「どうです? 私が席に着くので遊んでいきませんか? せっかくいらしたんですから」
「そうすっかな? 焼酎あるが?」
「ありますとも。 どうぞお店のほうに」
部屋から二人は出てきた。
「ママ、お客様を席にお通しして下さ~い」
出て来たお客を視て他の客が驚いた。 さっき店の奥に通って行った疲れ切った様子の客が
別人のようだったから。 店の関係者はいつもの光景なので微笑んでいるだけ。
エバはその客を席に案内した。
「ママ、焼酎ボトルでお願いします」ボトルがセットされ二人はグラスを持った。
「改めまして片側のエバで~す。 乾杯!」
そう、エバはホステスともうひとつの顔があった。 チャネラーとしての顔だった。
本人はチャネラーという言葉が嫌いなのでガイドの通訳と表現した。
相談者の背後にいるガイドと会話が出来るので、そのガイドからの言葉を相談者にわかりやすく
伝えるというチャネラーの一面を合わせ持っていた。
店には相談目当てにくる客も多く、その場合の通訳料は三千円で店のチャージとは別に上乗せしていた。
その事によって店の常連さんも増え、店もエバに通訳専用の個室を用意するまでになっていた。
先ほどの中年男性が「今日は、うめぇ酒だったな~や。 こんな旨い酒久しぶりだ。 エバさんありがどな」
「いいえ、どういたしまして。 喜んでいただいてよかってです」
「うん、んだどもどうしで片乳なんだ?」
「いいの、今度きた時教えてあ、げ、る」
「そっか。また来いっでが。 おめっ、商売うめえな! がははは」
エバが真顔で「お客さん自分を変えようと思ったら二ヶ月間続けてね。
そしたら考え方も身体の細胞も生まれ変わるから。 必ず二ヶ月は間続けてね、自分のために家族のために」
街は一面冬景色と変わっていた。 今日もひとり頭に雪を頭に乗せたままで店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ~~」
常連客の歯科医師マミコだった。
ママが「いらっしゃいマミコ先生」
「今晩は、エバちゃんいる?」
「今、便所よ。 くっさ~い匂い付けて戻ってくるわよ」
「マミコ先生いらっしゃいませ~」エバが手を拭きながら戻ってきた。
「今日はエバちゃんに話しがあって来たの」
「……じゃあ、奥へどうぞ」
二人は席に座った。
「マミコ先生どうしました?」
「実は私の甥なんだけど、この前木登りして遊んでいて落ちたらしいの。
その時は軽い打撲だったらしいのね。 でもその二日後から左手が動かなくなったみたいなの。
数件の病院に行ったけど外科的に異常はないって言われたらしいの。 どう思う?」
「その甥の顔を頭に思い描いてくれる?」
マミコは目を閉じた。 沈黙が続いた。
「はい、原因は腰から三番目の脊椎の歪みみたい。 整骨院に行って歪みを矯正して下さい」
「腰は打ってないみたいだけど、明日妹に報告してみるね。 ありがとうエバちゃん」
「は~ぃ」
かるい世間話を交わし二人はカウンターに戻った。
「エバちゃん、なんで腰だって思ったの?」
「思ったっていうか感じたのよねぇ。 そしたら、背骨が見えて下から三番目が赤く歪んでたの……それだけ。 私の場合理屈は解らないの、ただそう感じただけ毎度のことだけど」
「面白い能力だよね。 何でもみえちゃうの?」
「どっかにスイッチがあるの、だからスイッチをONにしないと何にも視えない。
解らないこともいっぱいあるわよ」
「じゃあ、テレビに出てる霊能者と呼ばれる人は、みんなスイッチを持ってるの?」
「たぶん、ほかの人はわからないけど」
「でも、ネットで見たけど、スイッチが入ったままの人もいたわ。 その人は言ってることが、
あちらの世界から話してるみたいだった。 たぶん悟りを開いた人ね、私達と言葉のでどこが違うわよ」
「エバちゃん、そんなことまでわかるの?」
「わかるというか、感じるのよね」
「じゃあ。どこで感じるの?」
「片チチで……。 やだ~なにいわせるの~」
数日後マミコ先生から店に電話があった。
「ママ、私マミコ。 エバちゃんに変わってくれますか」
「はい、エバで~す」
「この前話してた甥なんだけど、整骨院に行ったらやっぱり脊椎が歪んでたらしいの、
だから矯正してもらったらなんとその日から手が普通に動く様になったの。
エバちゃんありがとうね。 近々お店に行くから」
「良かったわね~。 報告ありがとう。 お礼はいいから今度店に来る時、
いい男連れてきてちょうだいお願いね!」
「は~い! わかった。 またね」
「マミコ先生なんだって?」
「甥っこさん、整骨院で矯正したら手がよくなったって」
「良かったわね」
「あら、誰か来た! いらっしゃいませ。 三上さんお久しぶり~」
「ママ、元気だったかい?」
「ハイ、元気です。 元気過ぎて髭もどんどん生えてきてます~」
「片チチにはなしあるんだけど」
「いやだ~三上さん。 私はエバです。 ちゃんと覚えておけよてめぇ!」
「はは、相変らず絶好調だなエバは?」
ボトルをカウンターに出しながら「おめえもな」
「ガ、ハハハ~」
三人で乾杯し、飲んでいると急に三上が神妙な顔付になった。
「俺、会社閉じようと思ってんだ」
ママが心配そうに「どうしたの? 長年頑張ってやってきたじゃない」
「最近仕事がめっきり暇になったんだ。 特に冬場はな」
三上の会社は造園屋。
「エバどう思う?」
「待ってね、スイッチ入れるから……」
「三上さんのガイドと通訳するよ」
「おう」
「三上さんが数年前から冬場の仕事に対しての意識が変わったって。
以前は造園の仕事に夏冬関係なく取り組んできたが、近年は自分から冬場は仕事が来ないって
決めつけてるっていうのね。 だから、仕事が来なくなったんだっていってるよ」
三上が「エバちゃん、今の少しかいつまんで説明してくれるかなぁ」
「冬場仕事がなくなったんじゃあなく。 三上さんが意識的に冬場の仕事を来なくしてるっていうことみたい」
「その辺が、わかんねえけど……?」
「自分の思いが形になるのよ。 三上さんは冬場仕事がないと思い込んでるから、本当に仕事が来ないの。
思う通りになってるじゃない」
「じゃっ、なにかい。俺が冬場も仕事は当たり前に来ると思い込んだら、冬場も仕事が来るってぇことかい?」
「そういうことだと思うけど…… 思いは形になるっていうから。 きっとそうよ。
ガイドさんは間違わないよ」
「へぇ、そんなもんかね……」
「そっか、明日から仕事の練り直しだな」
「はいよ!」
「エバ、ありがとう。胸の支えが落ちたような気がした。 そういえばエバも片胸の支えが落ちてるぞと」
エバは眉間にしわを寄せて「うっせえ!おめ」
三上は嬉しそうに笑った。
エバは真顔で「ふふ、 三上さん。大丈夫よ」
数ヶ月後、突然三上がお土産を沢山抱え上機嫌で店にやってきた。
ある日の開店まもなく、女子高校生風の二人が来店した。
「ごめん下さい……」
「ハイ、いらっしゃいませ?」
ママが入口を見た。
髪の長い娘が「あの~~う。 すみません」
「お姉さん達ここは未成年者の入店は断ってるのよ……」
「……」
なにかを察したママは優しく「なにか用事ですか?」
「こちらにエバさんという方がいるって……?」
「エバちゃんはいるけど、あなた達この店どういうところか知ってるの?」
「オカマバーでしょ」
「まっ、ハッキリ言うのね。 まっ、そういわれればそうだけど。で、エバちゃんに相談事なの?」
「あ、ハイ!」
「そっかぁ、じゃあ地下鉄駅の前にハンバーガー屋あるでしょ。 そこに行って待ってなさいよ。
エバちゃんに行ってもらうから三十分ほどかかるけどね。
それと、おかしな男達が声掛けてくるから相手にしちゃ駄目よ。
あいつら性悪だから相手したら怖いよ。 じゃあ行って待ってなさいね」
「ハ~イ!」
ハンバーガーショップにエバが来た。
「私、エバだけど…… あんた達なの? 私に用事があるって娘」
「ハイ、私が奥山でこっちが小山内です。 初めまして」
「ハイ、初めましてエバです。 緊張しなくていいのよ、私は人間だからね。
妖怪じゃあありませんから。 で、ご用件は?」
髪の短い小山内が口を開いた「先日、木から落ちて手が動かなくなった中学生を、
エバさんが霊視して動くようにしたって聞いたんです。 本当ですか?」
「そういうこと確かにあったわよ。 でも、動くようにしたのは整体師さん。
私は整骨院に行くように助言しただけ、で、それがどうかしたの?」
「私の母が半年前に脳梗塞を患って、右半分が麻痺してるの。それで、エバさんの意見が聞きたいのですが…」
小山内は涙目になっていた。
「そういうことか…… それでわざわざ店に来たのね。あんなところだから、
入るのに勇気必要だったでしょ」
「ハイ……」
「最初にいっておくけど絶対に期待はしないでね。 どういう結果になってもこればっかりは
私の自由にならないことなの」
「はい」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「あのね、今よりかなり改善され手足はよくなるみたい。 但し三年様子みるようにって。
徐々にそして急激に回復しますって」
小山内の目から涙が落ちてきた。
「死んだ脳の代わりを違う脳がするんだって、なんでも出来ないって諦めないで肯定して考えなさいって。
それが回復を早くさせるって。 お母さん主婦なの?」
「はい」
「家事を普通にどんどんさせなさいって。 家事は普段からやってることだから肯定的な意識が強いの、
一番のリハビリーだって。 あなたわかるかしら?」
「はい、解りました。 わざわざありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。 お母さんを助けてね、でも甘やかしたら駄目よ。
それがお母さんのため。 じゃあ私お店だからこのへんでね。 あんた達、もう少し大きくなったら
お店に遊びに来てね約束よ! 楽しみに待ってるから気をつけてお帰り。 じゃあね、さようなら!」
「ママただいま」
「どうだった?」
「やっぱ、あの年代は純粋ね、私の昔を思い出すわ」
「あんたは男の尻ばっか追っかけてたんじゃないの」
「それ正解!」
「今日は忙しくなるわよ」
常連の弥生が店に来た。
「いらっしゃいませ」
弥生はエバのライバルというか天敵だった。
美奈が「弥生さん久しぶりね元気だった?」
「そうでもないのよ。バーボン、ボトルでお願い、氷の頂戴ロックでいく」
美奈が心配そうに「どうしたの? お店で何かあったの?」
「……」
美奈は気を利かせて「エバちゃん、私買い物行ってくるからここいいかしら。 お願いできる……」
エバは渋々やってきた。
弥生の目を見て「弥生どうした元気なさそうね。 なにかあったのかい?」
「生きてりゃあそういう事もあるよ……」
「あっ、そう…… どうも失礼こきましたね!」
二人のあいだに沈黙が続いた。
そのうち弥生のコップを持つ手の震えをエバは察した。
「あんた、ちょっとこっちに来ない?」
二人は個室に入った。
エバが「なにあったのさ? いってみなさいよ」
「だれが、あんたなんかに……」
「あっ、そう」
エバは続けた「じゃあ、なにしに店に来たの?」
「飲みに来ちゃあ駄目なの?」
「勝手にしな」
「私もエバみたいに脳天気に生きてみたいわよ」
「脳天気で悪かったね」
突然、弥生のガイドの意識がエバに伝わった。
語気を強め「弥生、あんたなにあったのよ?」
「なによ……」
「ちゃんと話しなさいな……」
弥生は下を向いた「……」
「わたし、お付き合いしてた男が交通事故で死んだの」
「それで?」
「もう、いい」
「よくない…… いいなさいよ」
「……」
「じゃあ、私がい言おうか、あんたその男性のあとを追おうと思ってるでしょ。
それで今日はお別れに寄ったってことね」
「……」
「彼は絶対に死ぬな! って言ってるけど、あんたはこっちの世界でやり残してることたくさんあるから、
もう少しこっちで生きて欲しいって。 時期が来たら迎えに来るからって。これ彼からの伝言……」
「何で先に逝ったのよ」弥生が呟いた。
「こっちの世界でやることは終わったって。人間としての役目が終わったらもと居た世界に帰るのよ。
弥生、解った? 彼、あんたのこと心配してるよ」
弥生の目から大粒の涙が止めどなく流れ落ちた。
もう大丈夫。エバは思った。
「私、戻るからメイク直してからおいで。 今、そんな顔で出て来たら店中大変な騒ぎになるから。
今日はその彼の弔いよ一緒に飲もう。 あんたのおごりで、待ってるから」
弥生はエバに深々と頭を下げた。 しばらくして弥生は出て来た「美奈ちゃん、
エバにグラスやってちょうだい」
まだ涙目の弥生は「エバ、今日はありがとうね」
「なにが? 聞こえないけど……」
「エバ、今日はありがとうね」
「やっぱ、聞こえな~い」聞こえないふりをした。
「うるせぇ、てめぇ。耳腐ってんじゃねえのか片乳……」
「弥生、それでいいのよ」小声でエバは微笑んだ。
そして「聞こえねえもんは、聞こえねんだよ~」
「なんだって! 片乳のくせに生意気言うじゃねえ。この半分オカマ野郎が」
「半分オカマ野郎だってか? 親にもいわれたことねえ事をてめえは……」
「なによ、私の酒ただ飲みしてるくせに」
ママも美奈も、いつものエバと弥生に戻ったのを見てホッとしていた。
美奈が帰る頃にはすっかり酔っていた。
店を出る時に「エバ、ありがとうね」と呟きながら出て行った。
桜の咲く季節だった。店は花見帰りの客で朝方まで混んでいた。この店は遅い時間になってからが
忙しい店で、エバが帰宅したのは朝の五時過ぎた頃。
「あ~~もう駄目、今日は寝る!」そういいながら布団に入った。
眠りに入ってすぐ意識が遠のいて、気が付くとそこは薄暗い見たことのない街を歩いていた。
獣のような異臭のする空気感。 ここはどこ? 遠くで、なにやら複数の人影があり口論してるような
異様な雰囲気がした。 次の瞬間その人影の中にエバも立っていた。
目を凝らして見てみると、なんとエバが数人相手に口論していた。
「あんたが悪いのよ、謝るのはあんたでしょうが」エバの声だった。
「なんだとコラ! オカマのくせに偉そうに」
「オカマのどこが悪いのよ!」見ていたエバが声を掛けてしまった。
次の瞬間人影がざわつきだした。
「なんだ? 同じオカマが二人いるぞ、オイ」
「何ジロジロ見てるのよ。 見せ物じゃないのよ。 とっとと帰んな」
エバと喧嘩していた相手は「なんだ? こいつら気持ち悪い」その相手は何処かに消えてしまった。
残ったのは二人のエバだった。
この世界に来たエバが口を開いた「ここは何処? あんたは誰?」
「私はエバ、ここはここよ。 日本でしょ新宿」
「なにいってんのよエバは私。 昭和六十二年二月五日生れ。あんたは?」
「同じだ……? どういう事?」
眠りについたエバはパラレル・ワールドに紛れ込みもうひとりのエバと対面したのだった。
「紛らわしいからこっちの暗い世界のあなたが、エバAで、明るい世界から来た私がエバBでどう?」
「好いけど、こっちの世界は暗いって?」
「暗いし臭いし湿度も高いわよ」
「じゃあ、Bの世界はどうなのよ?」
「ここよりはずっと明るいし空気も透き通ってるけど……」
「こっちがそんなに暗いの? じゃあBの世界は天国なの?」
「天国じゃあないけどここよりはマシかもしれないね」
「なんでこっちに来たの?」
「解らないの。 仕事から帰って寝た瞬間にここに来たの」
「仕事はホステス?」
「そう、それは一緒ね」
「何ていう店なの?」Aが聞いた。
「オネェの髭っていう店なの」
「同じね」
Bが「Aのお店に行ってみたい」
「じゃあ私が先行ってるから後からあんたが来てよ。 ママと美奈も驚かそうか」
店の場所もビルも同じだったがBの知る世界とは雰囲気が違った。
「今晩は。おじゃましま~~す。」
「どうぞ」ママの声だった。
Bが店に入ったと同時にドアが閉められ鍵をかける音がした。
「ママ、こいつよ!」Aが指さした。
「な、なに? どうしたの……?」
ママが「ほんとエバにソックリ。 あんたどういうつもり? なにが目的なの金かい?」
ママの顔は鬼の形相。 やっぱり、こっちの世界は全然違う。
美奈が「何もしないから酒でも飲んでいったら? 勘定少し高いけど。 痛い思いしたくないなら安いもんよ。 下手な小細工しやがって」
エバは思った。 私の知る美奈はこんな言い方をする娘じゃあないし、この世界はなんなの?
魔界なの? それとも地獄? 神様助けて……
次の瞬間いつもの部屋に戻っていた。
……怖かった~ なんなのよ今のは?
あの鬼のような三人の顔、一人は自分だけど自分があんな世界にいるなんて最低。 それから数日が過ぎ、
また意識が遠のいた。 今度の世界は明るくてワクワク感を感じる所だった。
空気は見たことのないくらいすっきりと済んでいた。 前回行ったあの世界とは雲泥の差。
次の瞬間、集落のような所にエバは立っていた。 人々の顔はみんな明るく笑顔で何よりも透明感があった。
顔を視た瞬間その人の意識が鮮明に伝ってくる。 この世界に言葉は要らないと思った。
胸になにかの意識が響いた「この世界に言葉は無い。 思った瞬間に意識が伝わる。
本来のありかた。 本当の世界」
エバはこの世界の意識を感じただけで幸福感を得た。 今、私に語りかけた意識は?
「私よ、あなた」
エバは咄嗟に思った。 やっぱりオネエなの?
瞬間「あなた達のような意味合いの身体はない。 雌雄は人間界だけ。 ここは雌雄がない。
あるのは意識だけ」
次の瞬間、別の所に立っていた。
意識が入ってきた「空」
エバは上を見た「あれ? 明るいのに太陽がない?」
意識が入ってきた「セントラル・サン。 個人個人の中央に太陽」
動物も草木、石にも意識があり、全てが調和されているという実感があった。
「ここはきっと天国だわ」と思った瞬間。
「実存世界」と伝わってきた。
「私も死んだら此処に住みたい」と思った。
瞬間エバはいつもの部屋に戻った。
しばらく放心状態が続き何もしたくなかった「あんな世界なら死んでもいいかな……」
エバの体験を店の二人に話した。
ママが「エバちゃん、不思議な体験したのね」
エバが「天国なら何回行っても良いわね。 最高。 ところで美奈ちゃん、あんた別世界でこの
私を恫喝いや恐喝したのよ。 とっても怖かったんだからねぇ、ほんとうにびびったんだから。
どう責任取るのよ……」
「エバさんごめんなさい。 今度いいヒゲ剃り貸してあげま~す」
「くれるんじゃなくて貸すんかい。 貸すならいらないわよ……ケチ」
三人は笑って話しをしていた。いつもの生活が始まった。
その後、エバは新しくオープンした「オネエの髭 池袋店」の雇われママとして働いた。
店の奥にはエバの部屋が用意されていた。
END
あたいエバ、この世界では片乳(カタチチ)のエバちゃんで有名なの。 なんで片乳かって?
あたいが夜の商売で働きかけの頃、大きな胸に憧れてたのね、それで思い切って
豊胸の手術することにしたのよ。 でも、胸を工事する予算が足らなかったのね、
だから医者に頼んでとりあえず片側の胸だけ手術したの。 あたいおバカでしょ!
でもそれぐらい豊胸にあこがれていたのよね、当然、もう片方もすぐに豊胸する予定だったのよ。
今考えると馬鹿よねぇ笑っちゃうわよね。でもその時は真剣だったのよ。
すぐに胸を膨らませたかったの、で、とりあえず予算の都合で片乳だけ。
そしたら、片乳のエバっていうあだ名がついちゃったのね。
それ以降ずっと片乳のエバちゃんなの、笑っちゃうでしょ。
今は?
今も片乳。 だって、片乳で定着したから今更変えられないでしょ。
お店を変えたら別だけど今のところその予定ないし。
ママもとってもよくしてくれるのね、だから今も片乳のエバなの。
エバ困っちゃう~。 てなもんよ。
オネェに目覚めたのが中学生の時。 だからオネェ歴十年。
初恋は、クラスメートの川田くんが格好いいと思ったのね、その時思ったわよ、
僕ってもしかして○○○?
高校は当然男子高校。この世界のオネェは男子高校が多いのよ。 まっ当然よネ。
卒業後は順調に夜の世界まっしぐら。 今はオネェの髭っていう店で世話になってるの。
でもあたいはただのその辺にいるオカマやオネェじゃないの。
どの辺にいるのかって?………
面白いこというのね! フフ、おめぇ! 聞き方に気をつけろ! なめんなよおら!
あら……? ごめんなさいお客が来ちゃったみたい……
じゃっ、失礼しますあとで、顔かせよてめえ……!
「いらっしゃいませ~健太さんお久しぶり~。 元気してた~?」
「おう、片乳のエバちゃん元気だったかい」
「エバ、ぜんぜん元気……」
エバは、おしぼりを健太に渡した。
健太はエバの顔をジッと見て云った「 エバ、髭の剃り忘れ一本あるぞ」
「えっ! うっそ~。恥ずかしぃ~。美奈ちゃん鏡持ってる?」
同僚の美奈が「あるわよ」。
「チョット貸せや!」エバは急に男に戻る癖があった。
「どらっ!」エバは鏡を見た。
「やだ~本当だ……恥ずかし~」
「相変らずエバはにぎやかだなあ」
ボックスは笑いに包まれていた。
ある時、店に顔色の悪い中年の紳士がひとりで入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
「ここに、片側のエバさんっていますか?」
「ハイ、おります。 少々お待ち下さい」
「片側のエバちゃんお客様で~す」
「な~に? その片側って……いい加減にしろよな」
店は盛り上がった。
「ハ~イ、エバで~す」
「あ、あの~僕」
エバはその男性の顔を視た瞬間「あっ! こちらにどうぞ」
「美奈ちゃんお願いしま~す」
客は店の奥に通された。 そこは畳二帖ほどの個室になっていて、
小さめのテーブルと椅子が向かい合わせにあった。
そこは、店の雰囲気とまったく違う空間。
二人は向かい合わせに座った。
「いらっしゃい、エバと申します。 今日は寒いですね」
「あっ、ハイ、あのう~ 俺……」
「あっ、解りますからそれ以上は結構ですよ」
「なんだ? まだなんもいってねえけど……」
「お客さんのガイドさんから全部聞きましたから」
「ガイド……?」
「お客さんを守護している存在です。 私に、お客さんがここに来た理由を教えてくれましたから」
「なんで? 話せば長いのに……」
「時間は関係ありませんし、ガイドさんの方が正確に伝えてくれますから」
「続けますね。 ガイドさん曰く、お客さんは考え方がいつも否定的だから物事がその
否定した方向に引きつけられていくんですって。 せっかくいいチャンスが来ても、
否定する自分がそのチャンスをことごとく駄目にしたっていってます。 心当たりあります?」
男はしんみょうな顔になり、急に涙を流し始めた。
エバが続けた「はい、もう心配入りません。 お客さんは気付きましたね」
「片側のエバさんありがとうございます。 納得いきました」
「そうですか、よかったですね。 それと私は片側でなく片乳のエバですから。
か、た、ち、ち、ですから…… 以後お見知りおきを・」
「エバさんごめんな、こげな店初めてだから緊張しちまって」
「どうです? 私が席に着くので遊んでいきませんか? せっかくいらしたんですから」
「そうすっかな? 焼酎あるが?」
「ありますとも。 どうぞお店のほうに」
部屋から二人は出てきた。
「ママ、お客様を席にお通しして下さ~い」
出て来たお客を視て他の客が驚いた。 さっき店の奥に通って行った疲れ切った様子の客が
別人のようだったから。 店の関係者はいつもの光景なので微笑んでいるだけ。
エバはその客を席に案内した。
「ママ、焼酎ボトルでお願いします」ボトルがセットされ二人はグラスを持った。
「改めまして片側のエバで~す。 乾杯!」
そう、エバはホステスともうひとつの顔があった。 チャネラーとしての顔だった。
本人はチャネラーという言葉が嫌いなのでガイドの通訳と表現した。
相談者の背後にいるガイドと会話が出来るので、そのガイドからの言葉を相談者にわかりやすく
伝えるというチャネラーの一面を合わせ持っていた。
店には相談目当てにくる客も多く、その場合の通訳料は三千円で店のチャージとは別に上乗せしていた。
その事によって店の常連さんも増え、店もエバに通訳専用の個室を用意するまでになっていた。
先ほどの中年男性が「今日は、うめぇ酒だったな~や。 こんな旨い酒久しぶりだ。 エバさんありがどな」
「いいえ、どういたしまして。 喜んでいただいてよかってです」
「うん、んだどもどうしで片乳なんだ?」
「いいの、今度きた時教えてあ、げ、る」
「そっか。また来いっでが。 おめっ、商売うめえな! がははは」
エバが真顔で「お客さん自分を変えようと思ったら二ヶ月間続けてね。
そしたら考え方も身体の細胞も生まれ変わるから。 必ず二ヶ月は間続けてね、自分のために家族のために」
街は一面冬景色と変わっていた。 今日もひとり頭に雪を頭に乗せたままで店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ~~」
常連客の歯科医師マミコだった。
ママが「いらっしゃいマミコ先生」
「今晩は、エバちゃんいる?」
「今、便所よ。 くっさ~い匂い付けて戻ってくるわよ」
「マミコ先生いらっしゃいませ~」エバが手を拭きながら戻ってきた。
「今日はエバちゃんに話しがあって来たの」
「……じゃあ、奥へどうぞ」
二人は席に座った。
「マミコ先生どうしました?」
「実は私の甥なんだけど、この前木登りして遊んでいて落ちたらしいの。
その時は軽い打撲だったらしいのね。 でもその二日後から左手が動かなくなったみたいなの。
数件の病院に行ったけど外科的に異常はないって言われたらしいの。 どう思う?」
「その甥の顔を頭に思い描いてくれる?」
マミコは目を閉じた。 沈黙が続いた。
「はい、原因は腰から三番目の脊椎の歪みみたい。 整骨院に行って歪みを矯正して下さい」
「腰は打ってないみたいだけど、明日妹に報告してみるね。 ありがとうエバちゃん」
「は~ぃ」
かるい世間話を交わし二人はカウンターに戻った。
「エバちゃん、なんで腰だって思ったの?」
「思ったっていうか感じたのよねぇ。 そしたら、背骨が見えて下から三番目が赤く歪んでたの……それだけ。 私の場合理屈は解らないの、ただそう感じただけ毎度のことだけど」
「面白い能力だよね。 何でもみえちゃうの?」
「どっかにスイッチがあるの、だからスイッチをONにしないと何にも視えない。
解らないこともいっぱいあるわよ」
「じゃあ、テレビに出てる霊能者と呼ばれる人は、みんなスイッチを持ってるの?」
「たぶん、ほかの人はわからないけど」
「でも、ネットで見たけど、スイッチが入ったままの人もいたわ。 その人は言ってることが、
あちらの世界から話してるみたいだった。 たぶん悟りを開いた人ね、私達と言葉のでどこが違うわよ」
「エバちゃん、そんなことまでわかるの?」
「わかるというか、感じるのよね」
「じゃあ。どこで感じるの?」
「片チチで……。 やだ~なにいわせるの~」
数日後マミコ先生から店に電話があった。
「ママ、私マミコ。 エバちゃんに変わってくれますか」
「はい、エバで~す」
「この前話してた甥なんだけど、整骨院に行ったらやっぱり脊椎が歪んでたらしいの、
だから矯正してもらったらなんとその日から手が普通に動く様になったの。
エバちゃんありがとうね。 近々お店に行くから」
「良かったわね~。 報告ありがとう。 お礼はいいから今度店に来る時、
いい男連れてきてちょうだいお願いね!」
「は~い! わかった。 またね」
「マミコ先生なんだって?」
「甥っこさん、整骨院で矯正したら手がよくなったって」
「良かったわね」
「あら、誰か来た! いらっしゃいませ。 三上さんお久しぶり~」
「ママ、元気だったかい?」
「ハイ、元気です。 元気過ぎて髭もどんどん生えてきてます~」
「片チチにはなしあるんだけど」
「いやだ~三上さん。 私はエバです。 ちゃんと覚えておけよてめぇ!」
「はは、相変らず絶好調だなエバは?」
ボトルをカウンターに出しながら「おめえもな」
「ガ、ハハハ~」
三人で乾杯し、飲んでいると急に三上が神妙な顔付になった。
「俺、会社閉じようと思ってんだ」
ママが心配そうに「どうしたの? 長年頑張ってやってきたじゃない」
「最近仕事がめっきり暇になったんだ。 特に冬場はな」
三上の会社は造園屋。
「エバどう思う?」
「待ってね、スイッチ入れるから……」
「三上さんのガイドと通訳するよ」
「おう」
「三上さんが数年前から冬場の仕事に対しての意識が変わったって。
以前は造園の仕事に夏冬関係なく取り組んできたが、近年は自分から冬場は仕事が来ないって
決めつけてるっていうのね。 だから、仕事が来なくなったんだっていってるよ」
三上が「エバちゃん、今の少しかいつまんで説明してくれるかなぁ」
「冬場仕事がなくなったんじゃあなく。 三上さんが意識的に冬場の仕事を来なくしてるっていうことみたい」
「その辺が、わかんねえけど……?」
「自分の思いが形になるのよ。 三上さんは冬場仕事がないと思い込んでるから、本当に仕事が来ないの。
思う通りになってるじゃない」
「じゃっ、なにかい。俺が冬場も仕事は当たり前に来ると思い込んだら、冬場も仕事が来るってぇことかい?」
「そういうことだと思うけど…… 思いは形になるっていうから。 きっとそうよ。
ガイドさんは間違わないよ」
「へぇ、そんなもんかね……」
「そっか、明日から仕事の練り直しだな」
「はいよ!」
「エバ、ありがとう。胸の支えが落ちたような気がした。 そういえばエバも片胸の支えが落ちてるぞと」
エバは眉間にしわを寄せて「うっせえ!おめ」
三上は嬉しそうに笑った。
エバは真顔で「ふふ、 三上さん。大丈夫よ」
数ヶ月後、突然三上がお土産を沢山抱え上機嫌で店にやってきた。
ある日の開店まもなく、女子高校生風の二人が来店した。
「ごめん下さい……」
「ハイ、いらっしゃいませ?」
ママが入口を見た。
髪の長い娘が「あの~~う。 すみません」
「お姉さん達ここは未成年者の入店は断ってるのよ……」
「……」
なにかを察したママは優しく「なにか用事ですか?」
「こちらにエバさんという方がいるって……?」
「エバちゃんはいるけど、あなた達この店どういうところか知ってるの?」
「オカマバーでしょ」
「まっ、ハッキリ言うのね。 まっ、そういわれればそうだけど。で、エバちゃんに相談事なの?」
「あ、ハイ!」
「そっかぁ、じゃあ地下鉄駅の前にハンバーガー屋あるでしょ。 そこに行って待ってなさいよ。
エバちゃんに行ってもらうから三十分ほどかかるけどね。
それと、おかしな男達が声掛けてくるから相手にしちゃ駄目よ。
あいつら性悪だから相手したら怖いよ。 じゃあ行って待ってなさいね」
「ハ~イ!」
ハンバーガーショップにエバが来た。
「私、エバだけど…… あんた達なの? 私に用事があるって娘」
「ハイ、私が奥山でこっちが小山内です。 初めまして」
「ハイ、初めましてエバです。 緊張しなくていいのよ、私は人間だからね。
妖怪じゃあありませんから。 で、ご用件は?」
髪の短い小山内が口を開いた「先日、木から落ちて手が動かなくなった中学生を、
エバさんが霊視して動くようにしたって聞いたんです。 本当ですか?」
「そういうこと確かにあったわよ。 でも、動くようにしたのは整体師さん。
私は整骨院に行くように助言しただけ、で、それがどうかしたの?」
「私の母が半年前に脳梗塞を患って、右半分が麻痺してるの。それで、エバさんの意見が聞きたいのですが…」
小山内は涙目になっていた。
「そういうことか…… それでわざわざ店に来たのね。あんなところだから、
入るのに勇気必要だったでしょ」
「ハイ……」
「最初にいっておくけど絶対に期待はしないでね。 どういう結果になってもこればっかりは
私の自由にならないことなの」
「はい」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「あのね、今よりかなり改善され手足はよくなるみたい。 但し三年様子みるようにって。
徐々にそして急激に回復しますって」
小山内の目から涙が落ちてきた。
「死んだ脳の代わりを違う脳がするんだって、なんでも出来ないって諦めないで肯定して考えなさいって。
それが回復を早くさせるって。 お母さん主婦なの?」
「はい」
「家事を普通にどんどんさせなさいって。 家事は普段からやってることだから肯定的な意識が強いの、
一番のリハビリーだって。 あなたわかるかしら?」
「はい、解りました。 わざわざありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。 お母さんを助けてね、でも甘やかしたら駄目よ。
それがお母さんのため。 じゃあ私お店だからこのへんでね。 あんた達、もう少し大きくなったら
お店に遊びに来てね約束よ! 楽しみに待ってるから気をつけてお帰り。 じゃあね、さようなら!」
「ママただいま」
「どうだった?」
「やっぱ、あの年代は純粋ね、私の昔を思い出すわ」
「あんたは男の尻ばっか追っかけてたんじゃないの」
「それ正解!」
「今日は忙しくなるわよ」
常連の弥生が店に来た。
「いらっしゃいませ」
弥生はエバのライバルというか天敵だった。
美奈が「弥生さん久しぶりね元気だった?」
「そうでもないのよ。バーボン、ボトルでお願い、氷の頂戴ロックでいく」
美奈が心配そうに「どうしたの? お店で何かあったの?」
「……」
美奈は気を利かせて「エバちゃん、私買い物行ってくるからここいいかしら。 お願いできる……」
エバは渋々やってきた。
弥生の目を見て「弥生どうした元気なさそうね。 なにかあったのかい?」
「生きてりゃあそういう事もあるよ……」
「あっ、そう…… どうも失礼こきましたね!」
二人のあいだに沈黙が続いた。
そのうち弥生のコップを持つ手の震えをエバは察した。
「あんた、ちょっとこっちに来ない?」
二人は個室に入った。
エバが「なにあったのさ? いってみなさいよ」
「だれが、あんたなんかに……」
「あっ、そう」
エバは続けた「じゃあ、なにしに店に来たの?」
「飲みに来ちゃあ駄目なの?」
「勝手にしな」
「私もエバみたいに脳天気に生きてみたいわよ」
「脳天気で悪かったね」
突然、弥生のガイドの意識がエバに伝わった。
語気を強め「弥生、あんたなにあったのよ?」
「なによ……」
「ちゃんと話しなさいな……」
弥生は下を向いた「……」
「わたし、お付き合いしてた男が交通事故で死んだの」
「それで?」
「もう、いい」
「よくない…… いいなさいよ」
「……」
「じゃあ、私がい言おうか、あんたその男性のあとを追おうと思ってるでしょ。
それで今日はお別れに寄ったってことね」
「……」
「彼は絶対に死ぬな! って言ってるけど、あんたはこっちの世界でやり残してることたくさんあるから、
もう少しこっちで生きて欲しいって。 時期が来たら迎えに来るからって。これ彼からの伝言……」
「何で先に逝ったのよ」弥生が呟いた。
「こっちの世界でやることは終わったって。人間としての役目が終わったらもと居た世界に帰るのよ。
弥生、解った? 彼、あんたのこと心配してるよ」
弥生の目から大粒の涙が止めどなく流れ落ちた。
もう大丈夫。エバは思った。
「私、戻るからメイク直してからおいで。 今、そんな顔で出て来たら店中大変な騒ぎになるから。
今日はその彼の弔いよ一緒に飲もう。 あんたのおごりで、待ってるから」
弥生はエバに深々と頭を下げた。 しばらくして弥生は出て来た「美奈ちゃん、
エバにグラスやってちょうだい」
まだ涙目の弥生は「エバ、今日はありがとうね」
「なにが? 聞こえないけど……」
「エバ、今日はありがとうね」
「やっぱ、聞こえな~い」聞こえないふりをした。
「うるせぇ、てめぇ。耳腐ってんじゃねえのか片乳……」
「弥生、それでいいのよ」小声でエバは微笑んだ。
そして「聞こえねえもんは、聞こえねんだよ~」
「なんだって! 片乳のくせに生意気言うじゃねえ。この半分オカマ野郎が」
「半分オカマ野郎だってか? 親にもいわれたことねえ事をてめえは……」
「なによ、私の酒ただ飲みしてるくせに」
ママも美奈も、いつものエバと弥生に戻ったのを見てホッとしていた。
美奈が帰る頃にはすっかり酔っていた。
店を出る時に「エバ、ありがとうね」と呟きながら出て行った。
桜の咲く季節だった。店は花見帰りの客で朝方まで混んでいた。この店は遅い時間になってからが
忙しい店で、エバが帰宅したのは朝の五時過ぎた頃。
「あ~~もう駄目、今日は寝る!」そういいながら布団に入った。
眠りに入ってすぐ意識が遠のいて、気が付くとそこは薄暗い見たことのない街を歩いていた。
獣のような異臭のする空気感。 ここはどこ? 遠くで、なにやら複数の人影があり口論してるような
異様な雰囲気がした。 次の瞬間その人影の中にエバも立っていた。
目を凝らして見てみると、なんとエバが数人相手に口論していた。
「あんたが悪いのよ、謝るのはあんたでしょうが」エバの声だった。
「なんだとコラ! オカマのくせに偉そうに」
「オカマのどこが悪いのよ!」見ていたエバが声を掛けてしまった。
次の瞬間人影がざわつきだした。
「なんだ? 同じオカマが二人いるぞ、オイ」
「何ジロジロ見てるのよ。 見せ物じゃないのよ。 とっとと帰んな」
エバと喧嘩していた相手は「なんだ? こいつら気持ち悪い」その相手は何処かに消えてしまった。
残ったのは二人のエバだった。
この世界に来たエバが口を開いた「ここは何処? あんたは誰?」
「私はエバ、ここはここよ。 日本でしょ新宿」
「なにいってんのよエバは私。 昭和六十二年二月五日生れ。あんたは?」
「同じだ……? どういう事?」
眠りについたエバはパラレル・ワールドに紛れ込みもうひとりのエバと対面したのだった。
「紛らわしいからこっちの暗い世界のあなたが、エバAで、明るい世界から来た私がエバBでどう?」
「好いけど、こっちの世界は暗いって?」
「暗いし臭いし湿度も高いわよ」
「じゃあ、Bの世界はどうなのよ?」
「ここよりはずっと明るいし空気も透き通ってるけど……」
「こっちがそんなに暗いの? じゃあBの世界は天国なの?」
「天国じゃあないけどここよりはマシかもしれないね」
「なんでこっちに来たの?」
「解らないの。 仕事から帰って寝た瞬間にここに来たの」
「仕事はホステス?」
「そう、それは一緒ね」
「何ていう店なの?」Aが聞いた。
「オネェの髭っていう店なの」
「同じね」
Bが「Aのお店に行ってみたい」
「じゃあ私が先行ってるから後からあんたが来てよ。 ママと美奈も驚かそうか」
店の場所もビルも同じだったがBの知る世界とは雰囲気が違った。
「今晩は。おじゃましま~~す。」
「どうぞ」ママの声だった。
Bが店に入ったと同時にドアが閉められ鍵をかける音がした。
「ママ、こいつよ!」Aが指さした。
「な、なに? どうしたの……?」
ママが「ほんとエバにソックリ。 あんたどういうつもり? なにが目的なの金かい?」
ママの顔は鬼の形相。 やっぱり、こっちの世界は全然違う。
美奈が「何もしないから酒でも飲んでいったら? 勘定少し高いけど。 痛い思いしたくないなら安いもんよ。 下手な小細工しやがって」
エバは思った。 私の知る美奈はこんな言い方をする娘じゃあないし、この世界はなんなの?
魔界なの? それとも地獄? 神様助けて……
次の瞬間いつもの部屋に戻っていた。
……怖かった~ なんなのよ今のは?
あの鬼のような三人の顔、一人は自分だけど自分があんな世界にいるなんて最低。 それから数日が過ぎ、
また意識が遠のいた。 今度の世界は明るくてワクワク感を感じる所だった。
空気は見たことのないくらいすっきりと済んでいた。 前回行ったあの世界とは雲泥の差。
次の瞬間、集落のような所にエバは立っていた。 人々の顔はみんな明るく笑顔で何よりも透明感があった。
顔を視た瞬間その人の意識が鮮明に伝ってくる。 この世界に言葉は要らないと思った。
胸になにかの意識が響いた「この世界に言葉は無い。 思った瞬間に意識が伝わる。
本来のありかた。 本当の世界」
エバはこの世界の意識を感じただけで幸福感を得た。 今、私に語りかけた意識は?
「私よ、あなた」
エバは咄嗟に思った。 やっぱりオネエなの?
瞬間「あなた達のような意味合いの身体はない。 雌雄は人間界だけ。 ここは雌雄がない。
あるのは意識だけ」
次の瞬間、別の所に立っていた。
意識が入ってきた「空」
エバは上を見た「あれ? 明るいのに太陽がない?」
意識が入ってきた「セントラル・サン。 個人個人の中央に太陽」
動物も草木、石にも意識があり、全てが調和されているという実感があった。
「ここはきっと天国だわ」と思った瞬間。
「実存世界」と伝わってきた。
「私も死んだら此処に住みたい」と思った。
瞬間エバはいつもの部屋に戻った。
しばらく放心状態が続き何もしたくなかった「あんな世界なら死んでもいいかな……」
エバの体験を店の二人に話した。
ママが「エバちゃん、不思議な体験したのね」
エバが「天国なら何回行っても良いわね。 最高。 ところで美奈ちゃん、あんた別世界でこの
私を恫喝いや恐喝したのよ。 とっても怖かったんだからねぇ、ほんとうにびびったんだから。
どう責任取るのよ……」
「エバさんごめんなさい。 今度いいヒゲ剃り貸してあげま~す」
「くれるんじゃなくて貸すんかい。 貸すならいらないわよ……ケチ」
三人は笑って話しをしていた。いつもの生活が始まった。
その後、エバは新しくオープンした「オネエの髭 池袋店」の雇われママとして働いた。
店の奥にはエバの部屋が用意されていた。
END
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