オネェの髭Ⅰ(短編集)

當宮秀樹

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7オネェの髭Ⅱ(コナちゃん)

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7オネェの髭Ⅱ(コナちゃん)

 オネエの髭 池袋店がオープンして一年が過ぎた。 徐々に常連さんが増え店内は今日も大忙し。 
雇われママのエバはスタッフの面接をしていた。 面接に来たのは店の常連明美さんの紹介で、
年の頃なら三十歳前後の一見、芸能人のカリナ風のスレンダーな美人系のオカマ。

「初めまして。 あなたがコナちゃんっていうの? 明美さんから伺ってます。 私エバですよろしく」

「あっ、はい、コナです宜しくお願いいたします」

「早速だけど、コナちゃんはこの道長いの?」

「まだ三年位です。 前は吉祥寺のハッピーで働いてました。 その時のお客さんが明美さんだったのです」

「じゃあ、客扱いはもうベテランね。 で、なんか特技ある?」

「私、お客さんの顔を見ると、どのお酒が飲みたいか、何の歌が歌いたいかわかるんです」

「それは、常連客なら誰でも解るでしょ?」

「それが、初めてのお客さんでもわかっちゃうんです。 それで以前の店でも気味悪がって、
引くお客さんが多くいたんです」

「わかってもいわなきゃいいでしょう?」

「それが私、瞬間的にすぐ言葉に出しちゃうタイプなんです。 
いつもいってしまってから後悔するんです……」

「そう、わかったわ。 で、他にもなんかあるでしょ?」

コナは目を丸くして「他にもって……?」

「具体的にわからないけど身体的に?」

「なんで、わかるんですか?」

「う~ん! 雰囲気がなんか……」

小さな声で「実は片玉なんです」

「えっ?」

「私、子供の頃なんですけど、睾丸に菌が入ってしまい、化膿してとっちゃったんです。片側だけ…… 
お金が貯まったら全摘手術しようと考えてます」

「私も似たような経験があるのよ、気に入った! 片玉のコナちゃん。 で、明日からでも働ける?」

「はい、働けます。 でも、片玉とい名はどうかと……」

こうして、コナはオネェの髭に勤めることになった。 スタッフに紹介された。

「今日から働いてもらう片玉のコナちゃんです。 コナちゃん、挨拶して」

「あのう、片玉って内緒にしてほしぃ……」

「いいのよ! 私だって片乳のエバなんだから、あんたも片玉で通しなさいよ」

「えっ、あっ、はいコナです。 宜しくお願いします」

「さっ、今日も忙しくなるわよ! お願いね」

こうしてコナの初日が始まった。 さっそく客がやってきた。

「山ちゃん、いらっしゃいませ」

「ママ、こんばんわ」

「山ちゃんどうしたの? 奥さんにでも逃げられた?」

「いやぁ、ママチョットいいかな……」

ママは察知した。

「あ、はい解りました。 奥へどうぞ」

ふたりは個室に入っていった。その様子をコナは不思議そうに見つめていた。 
後ろからスタッフのアクビがニコニコしながらいった。

「コナちゃん、ママから個室のこと何も聞いてないの?」

「いえ、何にも……?」

アクビはコナに特別室の説明をひととおりした。

「……という訳なの。 コナちゃんも何かあったらママに相談するといいよ。 
的確な答えが返ってくるわ。 ママはそっちの顔も凄いの」

コナはエバに特別な親近感を覚えた。 ママが戻りコナに話しかけた。

「アクビちゃんに聞いたと思うけど私には二つの顔があるの。 私もはじめはコナちゃんのように
隠していたの、でも、途中で気が変わったわ。 少しでも人の話し相手になれるもなら、
もしかして何かの役にたてるかなってね。 そして私、解ったのよ。 
最終的に結論を下すのは相談者自身以外に無いって事を。 
だから、私のやる事は相談者の話を聞くことと、ガイドの通訳だけ。それだけでいいの。 
それが私の役目だとおもってるの。

それで吹っ切れたのよ。 コナちゃんにもきっと何かあるはずよ。 たぶんもうすぐ解ると思う。 
自分の隠された能力。 私、漠然とだけどわかるんだ。 
因みにアクビちゃんは、お客さんのオーラが視えるの。 
お客さんのオーラを視て、その人の疲れ具合や身体の変調などが解るの。 
その時のお客さんの体調を視て、水割りを薄めにしたり、場合によっては酒を飲ませないで
帰ってもらったりするのよ。 そのことを知ってる常連さんは、この店を魔女屋敷って呼んでるわよ。

どこが魔女よ、失礼だと思わない…… まったく。

うちのお客さんは飲みに出た日の帰りに必ず寄ってくれるの。 そういう常連さんでこの店はもってるの。 
コナちゃんも魔女屋敷にようこそね。

持って生まれた能力はどんどん使うべき。 それと、オカマやニューハーフには霊感の強い人が多いの、
男女の性を超越していて人間の本質に目を向ける人が多いから」

コナは、自分の中で何かが弾けたのを感じた。 もっと早く、この人達と出会いたかったと心から思った。 
コナが働きはじめ、ひと月が過ぎた頃。

店のドアが開いたコナが「いらっしゃいませ~」

コナには初めての客だった。

ママが「野田さん、いらっしゃいませ~。 ご機嫌よろしいようで、このこ、片玉のコナちゃんです。 
先月から店で働いているの」

「コナです。 宜しくお願いします」

「コナちゃん。 こちら野田社長さん」

「あ、野田です。どうも」

アクビが「コナちゃん、ハイ」

青いグラスをコナに渡した。 青いグラスは水多めで酒を薄く作り、それ以外のグラスは普通に作る。 
アクビが感じた客の体調のサインだった。

「初めまして~ 先月からお世話になってる片玉のコナで~す」

「また、怪物が一人増えたな。 僕は野田です。 まあ、コナさんも飲んで下さい」

「カンパ~イ!」二人は乾杯した。

次の瞬間コナの足が震えてきた。

「何だろう?」コナはママの顔を見た。

なにかを察知したママが咄嗟に「社長、今日、なに食べてきたの?」

「生の牡蠣とか刺身類だけど…… それがどうかした?」

「いえ、ごめんなさい」

「何だよ、急に」

「いえ、本当にごめんなさい」

三十分程して野田社長がトイレに頻繁に行くようになった。

ママが野田に言った「社長、申し訳ないけど病院に行かれたらどうかしら?」

「なんで?」

「ただの酒で酔ったのと違うようだけど…… 下痢もしてないですか?」

「うん、なんか腹の具合が……」

ママは近くの病院を紹介した。

数日後、ママの携帯が鳴った。

野田社長からだった「ママ、野田だけど、先日はありがとう。 病院で牡蠣が原因っていわれたよ。 
おかげさまで処置が早かったから軽く済んだけど。 よく、あの段階で解ったね?  医者も感心してたよ」

「大事に至らないで良かった。お大事に。 立場上、私達はお見舞いに行けないけどごめんなさい。 
良くなったら又、遊びに来てちょうだい。コナちゃんも心配してるから」

「うん、解った。必ず行くから。 今日はママにひとことお礼がいいたくて」

「わざわざありがとうございました。お大事に」

ママはコナの事を考えていた。

その日の夜、ママはコナに「今日、野田社長さんから電話があって牡蠣が原因だったらしいのよ。 
コナちゃんに宜しくって言ってたわ。 元気になったら飲み直しに来ますって」

「大事にならないでよかった」コナが呟いた。

「コナちゃんさぁ、もっと早く解るようその能力なんとかしたいね」

「それ、私も前から思ってたんですけど、早くわかる方法がまだ……」

コナはすがりつくような目でママをじっとみつめた。

ママが「そうよね、私も解らないわ。 ハハハハ」

「いらっしゃいませ~」

男が一人入ってきた。

「あ、あ、あのう~エバさんておりますか?」

「はい、私エバですけど」

「エバさんていう方が、相談に乗ってくれるって聞いてきたんですけど」

「あっ、はい、どうぞこちらに」

アクビがお客を部屋に誘導した。 ママが後について行こうとした瞬間コナが言った。

「ママ、待って、何か変なの…… 行かないで!」

「コナ、何を感じたの?」

「あの人、怖い」

「ありがとう。注意する!」

ママは部屋に入っていった。 部屋の横でコナとアクビが聞き耳を立て控えていた。

「いらっしゃいませ。エバです」

「あっ、はい」

「どうしました?」

「ぼ、ぼ、僕は神の声が聞こえるんです」

「あっ、そうですかそれで何か?」

「あなたを救うようにって、啓示があったんです。 あなたを救うようにって?」

「私の何を救うんですか?」

部屋の横で聞いていたコナは胸の中で「ママ、相手にしないで」

「邪霊から」

「ご忠告ありがとうございます。 解りました。そういうことならうちのスタッフから邪霊を払って
もらいます。 助言、ありがとうございます」

部屋から出ようとした瞬間ママはその男に腕を捕まれた。

エバは強い口調で「何するの! その手を離しなさいな!」

側で聞いていたコナとアクビが部屋のドアを開け。

コナが叫んだ「おいこら、その手をさっさと離さんかい…… シバクぞ、おらボケ!」

男はコナの勢いに何も言えずその場に立ちすくんだ。 男の怯んだスキを見てママは部屋から出て来た。 
その後で男は震えながら出て来た。

ママが「何なの? あんた」

「すいません、すいません」男はうずくまって動かない。

「いいわ、今日は許します。 今度また何かあったらすぐに警察呼ぶからね。 解ったらとっとと帰りな……」

男はすんなり帰っていった。 その後、店は何事もなかったように混んでいた。

閉店後三人は話した。

ママが「コナ、いざという時は事前に解るんじゃないのよ。 それにしてもあんた関西にいたの?」

「いえ、関西ヤクザの映画が好きで、咄嗟にあんな言葉が出てしまったの。 
今、考えると私も怖い小便ちびりそう」

「ドスの効いた声で私の方が焦ったわよ。 ねえアクビ」

「ママもそう? 私も、こっちがびびるわよね……」

3人は腹を抱えて笑った。

「二人ともありがとうね。 よし、今日は私のおごりで、ぱあっとホストクラブに行こう!」

「さんせ~い!」


その数日後、店のオープンと同時に二人の厳つい男がやってきた。

「ごめんください、こちらにエバさんという方おられますか?」

「はい、エバは私ですが?」

「申し遅れました。私、こういう者です」

男は胸のポケットから手帳を出して見せた。 七曲署の刑事だった。

「この男に見覚えないですか?」

「あっ、この男はつい先だってこの店に現われて、私を悪魔から救うとか訳の解らないこといって、
私の腕を捕まれたの。気持ち悪かったわよ。 あいつなにかやったの?」

「同じ事を他の店でもやってて、二日前に身柄拘束したんです。 
その言い分が、オネェの髭のママの指示だって言ってるんです。 それで、確認の為お邪魔しました」

話しを聞いていたアクビとコナは吹き出した。刑事に事情を説明して聞かせた。

エバが「あいつ精神病院行き決定ね」

「まあ、最近こういう人間が多くてね! こちらは大事に至らなくてよかったですね」

そう言い残し刑事は帰った。
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