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3「私はマリ、体外離脱したけどなにか?」

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3「私はマリ、体外離脱したけどなにか?」

 中国拳法全国大会実戦の部3位のマリが、久々に道場に顔を出した。

「おうマリ、久しぶりだな。生きてたのか?」

道場主の豊野師範がマリに声をかけた。

マリが道場へ顔を出したのは4ヶ月ぶりだった。

「師範、ご無沙汰しておりました。オス」

「もう辞めたのかと思った…ぞと」

「いえ、燃え尽き症候群で頭が真っ白になってしまい、道着を着る気にならなかったんです。オス」

「そうか、また着る気になったのか?ぞと」

「はい、身体が鈍ってきたので少し動かそうかと思いまして顔を出しました。オス」

「そうか、分かった。準備運動をしっかりやってから
練習しなさい。ぞと」

「ありがとうございます。オス」
                            
準備運動に三〇分ほどかけてから軽く突き蹴りの練習を始めた。マリは突き蹴り両方のバランスが良く、なんといっても
技の早さと正確さに定評があった。どんな体勢からでも繰り出す正確な技は師範を時折驚かせた。

「4ヶ月ぶりにしては良い動きだな。さすが天才マリだぞと」

「ありがとうございます。オス」

「あの大会の準決勝は勝ってた試合なのに、なんであんなところで大きいクシャミするかな~?試合中のクシャミを見たのは、この道35年の俺でも、後にも先にもあの時だけだぞと」

「師範、もうその話はやめてください。オス」

その後、練習生の中に入って稽古を始めたその時だった。急に立ちくらみがして意識が少し遠のいた感じがした。

「師範、チョット立ちくらみするので休憩させて下さい。オス」

「久しぶりだからな無理するな少し休んでろ、ぞと」

マリは深く深呼吸をして体育座りをした。その時だった。再び目眩が襲い身体の揺れを感じて意識が遠のき、次の瞬間自分の意識が道場の天井の高さにあることに気が付いた。

「???な・なにこれ???」

そしてマリの意識は小樽の上空にあった。

「これって?わたし死んだの?うそ!まだ結婚してないし」

思った瞬間だった。何処かのお寺らしき建物の山門が目の前にあった。

「なにこれ??寺林少山崇?てらばやししょうさんすう?なんだこれ!」

「すうざんしょうりんじ」胸の奥で声がした。

「すうざんしょうりんじ?どっかで聞いた事あるけど?あっ、思い出した。小樽で我が中国拳法のライバル少林寺拳法だ。なんでお寺なのよ?しかも少林寺?」

また意識は移動し、今度は僧侶らしき人間が中国拳法と似た動きで稽古していた。その男は花岡先生に似ていたので一瞬吹き出しそうになった。次の瞬間その花岡と稽古している僧侶に意識が重なってしまった。

「あれ?肉体の感覚がある」

その花岡が上段突きを入れてきたので、左手で受けながら右で中段突きを入れた。瞬間相手は床にうずくまり倒れ込んでしまった。横から「やめ!」声がかかった。

また、場面が変わり、今度は浜辺でなにやら、ユラユラと岩場の昆布を思わせる白い道着を着た集団がいた。

「人間昆布?笑えるし…チョー受けるんだけど…」

またもやその中の意識に重なってしまった。

師範らしき男が「いいか、ワカメだワカメ。ゆらゆらと波に抵抗しない。ワカメのように波にひたすら身を任す。波の力を受け流す。抵抗しないでとにかく受け流す。それが永谷園流拳法の極意」

マリはだんだん自分がワカメになった気分になり、海水の味や臭いまで感じられた。その時遠くから声が聞こえた。

「マリ・マリ・大丈夫か?」

マリの意識が戻った。

「あつ、師範?」

「おい、マリ、大丈夫か?」

「あっ、はい大丈夫です」

「急に練習したから身体が馴れてないのかもしれんな、今日はもう帰りなさい。ぞと」

「あっ、帰ります。オス」

今視た光景の不可思議さが大きなショックだった。そのまま自宅に戻りベットに仰向けになると、今日のあのリアルな映像を思い浮かべた。

「私、もしかして臨死体験した?あの少林寺やワカメはなに?」だんだんマリの意識は混乱してきた。

「そうだ、こういう時にはテイジ店長に相談しよっと」


店は暇だった。

「こんにちわ」

「あれ?マリちゃん今日出番だっけ?」アヤミだった。

「いえ、店長に話しがあって来ました」

「あっそう、その辺に水族館のトドみたいに横になってるはずだけど…」

「いま、なにか言ったかい?アヤミちゃん」

「いえ、なんにも言ってませんけど。マリちゃんが店長に話あるそうで~す」

笑顔で「マリちゃんなに?」。

アヤミが「わたし、お邪魔かしらね?」

「いえ、アヤミさんも聞いて下さい」

マリは道場でのことを話した。

「マリちゃん、それって体外離脱してそのまま前世とか、パラレルの違う自分と重なり合ったんじゃない?」

「店長いいこと言うね。案外的を射てるかも…マリちゃん、その時って口で会話した?それともテレパシーのようなもので会話した?」

「それです、相手の考えてることが解るんです…」

「やっぱりそうだよ体外離脱したんだよ」

「でも私は頭も打ってないし、交通事故にも遭ってないですよ」

「そんなの関係ないよ。歩きながら臨死体験というか正確には体外離脱だね。聞いたことあるよ。マリちゃんはそれかもしれないね」

「体外離脱ですか・・・なんで私が体外離脱を?」

「思春期の頃に体験する人が多いんだよ。雑誌のMooで特集されてたの読んだよ」

アヤミが「店長そんな雑誌読んでるの?」

「ここはスピリチュアルショップだよ。それ系の情報は頭に入れないと、商売なんだからね。そうだ、閃いた!」

店長は上の棚から紙とマジックと蛍光ペンを取り出し。

[このコーナーの水晶を購入後、体外離脱を経験された方は体験談を当店にご連絡ください]

マリが「店長なんです、これ? 私、水晶持ってませんよ、それに水晶と体外離脱は無関係に思えますけど?」

店長は、アヤミ制作の水晶を組み込んだオーダーメード・ネックレスを取り「アイデア料。これ、店からプレゼント」マリに渡した。

アヤミが「さすが商売人テイジ。だてにハゲてないね」

「アヤミちゃんなんか言った?」

その後、店には体外離脱コーナーが設置され、急に水晶の売れ行きが復活した。そして体外離脱体験談のPCメールや封書が届くようになった。

マリが「シゲミさん、こんなに反響があって店長も私も驚いてます」

「でも、人間って面白いよね。体外離脱がこんな石で誘発されると思い込んだら、本当にする人いるんだね。鰯の頭も信心からって云うけど本当だね…私は体外離脱しなくっていいから彼氏欲しいな…マリちゃん、私に彼氏出来る水晶選んでくんない?」

「勘弁してくださいよ。…そうだ!店長なんてどうですか?店長はまんざらでもないみたいですよ。シゲミ姉さんを見る時の店長の目に星が出てますよ。知ってました?」

「マリ!お前ぶっ飛ばすよ。なんで私があんな中年ハゲと…あ~~気色悪い」

二人が笑ってると店長が「どうかしたの?なになに?聞かせてよ」

「店長のハゲ、よく見たら格好いいなって話してました」シゲミがそう言い終わると、二人はまた笑い転げた。

「あのね、僕の頭で遊ばないでね…さ、働いてちょうだい」

その後マリは頻繁に体外離脱を繰り返し、自分から意識的に体外離脱出来るようになり、色んな世界を体験した。

ある時店長が「マリちゃんは3年生だよね。もう進路は決まったのかい?」

「まだです。上の学校に行っても勉強したいこと無いから意味無いと思うし、札幌に出て就職でもしようかなって?まだ分かりません」

「事務系はどうなの?」

「私そんなガラじゃないし。机に座ってるのって私にあいません」

「でも書道部なんでしょ?」

「あれは子供の頃から嫌々させられましたから、その延長線上でジッタに頼まれてやってます」

「そうなんだ。文武両道で凄いなって思ってたんだけどね。ところでパソコン出来るのかい?」

「駄目です」

「そっか…でもマリちゃんなら何やらせても一流になれると思うけどね、なんかその特性を活かせる仕事見つけたいね。ジッタも誉めてたよ。マリはただの高校生と違うって」

「店長、話し変わりますけど、私、体外離脱簡単にできるように上達したんですよ。その特性を活かした仕事何かありませんか?」

「あるよ!」後ろからシゲミの声がした。

「あっ、シゲミさん、聞いてたんすか?」

「ハゲ店長が高校生のマリを口説いてるんじゃないかと心配でね、つい話しを聞いてしまったよ」

店長が「シゲミちゃんそれって、嫉妬なの?」

「おい、ハゲ!残ってる髪の毛抜いたろか?そのハゲ頭出せ、おら」

「また、すぐ頭のこと言うもんな…これでも、けっこう気にしてるんだけど…」

シゲミとマリは大笑いした。

「ところでシゲミさん、さっきの話しの続きなんですけど…」

「うん、マリが体外離脱して、自分のパラレル・ワールドに行ってそっちの世界の自分が、なにをやってるのか視てくるの。必ずこちらの自分の考えていることを既にやってる自分がいるはずなのよ。そして、その自分と重なるの。何回も繰り返してやってるとその技術がだんだん習得できるというわけ」

店長が「それ可能だよ。理屈に合ってると思う。シゲミちゃん、何処でそんな知識習得したわけ?尊敬するよ」

「店の雑誌Mooだけど、店長、せっかく買ってるのに読んでないの?どこ読んでるわけ?」

「たまたま見落としてるだけだよ…」

「店長・シゲミ先輩、良いアドバイスありがとうございます」

こうしてマリはパラレル・ワールドで職業訓練をすることになった。数ヶ月、マリは真剣に技術の習得に励んだ。ある時、学校で進路決定の報告が先生にされた。

花岡が「マリは進路どうするんだ?」

「先生・・・私、○○○・・・やりたいです」

耳に手を当て「なに?もう一度聞いていいかな?」

「おい、何度も言わせるな・・・ジッタしっかり聞けよ・・・」



END
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