三色の楽譜 全5話

當宮秀樹

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二「宮内光子」

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二「宮内光子」

   ここは札幌の繁華街にあるホテルの一室。 
大越、森田、カメラマンの女性と札幌市在住の主婦で名は宮内光子六十歳が座っていた。

「今日はお忙しい中おいでいただきありがとうございます。 
私が、なんどか電話でお話しさせていただきました森田です。 
そして彼女が私の上司大越です」

「大越です。 今日はありがとうございました。 この彼女はスタッフの山口です。 
写真撮影と録音を担当してます。 よろしくお願いいたします」

「はい、はじめまして宮内です。 今日は苦労様です。 
私の話など参考になるかどうか解らないのに恐縮です」

三人は簡単な挨拶と五分ほどの雑談を交わした。

森田が「では、早速ですが宮内さんの経歴というか、どういう女性なのか簡単なでかまいません。 
お聞かせ願えませんでしょうか? 
掲載する際にどんな女性なのか、話の形式上簡単な履歴を載せるかもしれませんので
よろしければお話ください」

「ブログにもアップしてるように、高校卒業と同時に禅の世界に興味を持ちまして
東京に就職しました。 なぜ東京かというと幼なじみが東京にいてそこは鎌倉にも近いからです。 
日曜日は朝一番で鎌倉に行き禅寺で参禅するという生活を数年続けました。 
もう四十年以上前の話しです。 時間とお金に余裕ができた時は京都にも足を運びました」

大越が「京都へは参禅の為ですか?」

「はい、参禅と観光をかねてです」

「いつ頃からスピリチュアルに興味もったのですか?」

「高校生の時です。 当寺はスピリチュアルという言葉は聞き覚えありませんでした。 
精神世界ですね。 といっても私の興味は禅の世界観ですけど。 
禅宗は自力本願なので浄土門のような他力本願と考えが違ってました。 
私の尊敬する歴代のお坊さんは禅宗の僧侶が多かったせいもあります」

森田が「因みにどのようなお坊さんが好きでしたか?」

「はい、一般的ですけど白隠、臨済、道元、一休、良寛、隠元、親鸞さんです」

「いずれも日本を代表する禅宗の名僧ですね」

「名を残す方は何か抜きん出たところをを持ってるのかも知れませんね…… 
話を戻しましょう。 東京と鎌倉に通い三年ほど過ぎた頃でした。 
同じ札幌出身の幼なじみで当時医大生の友人が家に遊びに来たんです。 
わたしが禅に傾倒していたことを知っていたその友人は、こんな事を話してくれたんです。 

『わたし、お姉ちゃんに連れられてある男性に会ってきたんだ。 
それが面白い人で、Ryoっていう二十七歳位の人なんだけど、
私と初めて会ったのにそのRyoは私の方ばかりみて話すんだよね? 

その時は別になにも感じなかったんだけど、翌朝起きたら身体がとても
軽く感じられ、何かがすごく清々しく感じられたの。 
その時だけじゃあないの何日も何日も同じ感覚が続く…… 

小悟ってやつかもしれない。 
バラ色で総てが差別のないそんな世界なのよ』

そう彼女の眼はランランとしてたの。 今でもハッキリ覚えてる…… 
でも私はその友人がまたいかがわしい霊能者かなにかと関わったのかな? 
と正直半信半疑だったの、でも話してるうちにだんだん引き込まれる私がいたの、
胸の奥からいい知れぬワクワク感がこみ上げてくるの不思議でした。

友人の話はまだ続くの、Ryoは小学生の頃なんだけど。 
誰に教わるわけでもなく禅を組むのが好きな子供だったみたい。 
母親もそんな変わった子供だったから理解に苦しみ、
お兄さんとお外で遊ぶようにいうと『は~い』といいつつ
また違う部屋で座禅を組んでるような子供だったらしい。

そんなRyoも中学に入り物思いに耽る事が多くなり、神を意識し始めたらしいの。 
ところがなかなか神の声が聞こえず、気持ちはすっかりネガティブに陥り、
気がついたら吉祥寺のとあるビルの屋上に立っていたらしい。 
その時はこのまま死んでしまおう……そう決意したみたい。 
そして、ビルから飛び降りて死のうとしたその瞬間。
 
胸の奥で何かが弾け、すべての迷いがいっきに解決したらしいの……
そう悟りを開いたのね…… 
涙が溢れてその場に座り込んで大泣きしたらしいの。 

そしてこんな歌を詠んだの。

すずめが鳴いて すずめを生き
石ころが鳴いて 石ころを生きる

私はこれを聞かされた時、正直いって意味がわからなかった…… 
今考えると悟った人の意識状態が小娘にわかるわけないよね…… 
でも心の奥深くで彼は本物だと実感したの!……
そしてこのRyoという人に会ってみたい! 
そう思ったの。 で、友人に今度会う時は私にも声をかけてほしい、
友人は快諾してくれたの、会うまではドキドキしてたの今でも鮮明におぼえてる…… 
これが四十年ほど前でRyoの場合。

次に記憶に残る覚者は長崎ののiさんです。 
彼は私より二十歳年下なの。
現在も実在し活躍中。 
だから名前はいえませんのでとりあえず長崎のiさんとします。

彼はネット上でリンクして知りました。 
彼と行動してるKさんという人がブログにiさんの行動や言葉を几帳面に紹介してるの、
それを初めて目にした時、直感でiさんも悟ってると解ったの。 
iさんは目に見えない世界のこともいうし、商売や多岐にわたることも
正確にポイントを突いて話すの。 話しに無駄がないの。 
覚者特有の間合いというかテンポなの。 この方も本物と確信しました。

わたし長崎まで会いに行ったのね、そして五日間の講習を受講したの、
ネットで受けたイメージと同じだった。 好い経験させてもらいました。 
Ryoはまだ古典的宗教観、仏教、ヨガ、神道など背負っていたけど、
iさんはそういった形骸化された宗教が嫌いらしいの。 
彼の口癖が『価値満タン』という言葉をよく使っていたの」

森田が「ちょっとすみません、長崎の講習はなんの講習なんですか?」

「講習に意味というよりも、私の場合iさんと直接会話がしたかったの、
因みにその時の講習内容は体外離脱のセミナーです」

大越が「体外離脱って霊体を肉体から飛び出すっていうあの体外離脱ですか?」

宮内は「ええ、そのとおりです」

大越が「そんなこと出来るんですか……?」

宮内が「そこなのよ、人間はそんなこと簡単に出来ない。 
体外離脱は特殊な能力を持った人や、修行した人のやることかなにかと思いこんでるの。 
人間はこうなんだという思いこみ、つまり固定観念がいつも思考や行動を限定してるの、
一般的な常識っていう器というか壁ね。 彼は、その固定観念を簡単に外す術を知ってるのよ。 
そのための講習なのね、だから参加者も初めから肯定的だから簡単に体外離脱できちゃうのね。 
参加者十数名全員出来たのよ、体外離脱を! 私の知る限りそんな人はじめて……」

森田が「宮内さんも経験されたんですか?」

宮内が「そう、私の場合は最初は全員アイマスクをして仰向けが基本なの、
室内にはリラックスさせる音楽が流れてるの、ところが二日目になると
iさんが私にだけ座るように指示してきたのね、私も指示に従ってひとりだけ座って瞑想したの、
瞑想に入ってすぐ眉間のチャクラを何者かに両手でこじ開けられたの、
そしたらその存在が眉間から身体の中に入ってきたの。 
その意識体が『私とあなたは一体』と伝わってきたの、
次の瞬間私の意識が上に引っ張られ眼下には座して瞑想してる自分がみえたの。 
それからぐんぐん上昇し今度は下に長崎と周辺の島々がみえたの、
それからまだまだ上がり今度は宇宙に飛出てしまったのね」

森田が「なんで宇宙だって解るのですか?」

「眼下にはバレーボール大の青い地球があったから一目瞭然。 
そういう活動を今も続けているのが長崎のiさん。 彼も本物の覚者」

大越が「三人目の方も現在活動中なんですか?」

「そう、ただし数年前から表には出ないで、どこかで畑を作りをして、
ひっそりと暮らしいてると思います。 本人がそう話てましたから」

大越が「解りました。 では差し障りないようなかたちでお話ください」

宮内が「彼は、Zさんと云います。 
彼の本を購読して面白いと思ったの内容はこうです。 
彼が自宅でタンスの角を曲がった刹那、忽然と悟りを開いてしまった。 
それから日常とのギャップがかみ合わず奥さんに理解されず結局は離婚。 
その後、道路工事の警備員などをしながら、全国の神社周りしてお清めしたり、
封印を解くという神道系の覚者です。 
Zさんは教えというよりもお清めや各地の神社などの封印を解くことを主にやっていました。

全国での講演活動を終えて、今は四国のどこかで若くして隠遁生活なさってると思います。 
彼自身のブログが無いので定かではありません。 
年齢は五十歳ぐらいと記憶しています。 
札幌での講演会に四度ほど行きました。 
夜の懇談会で何度も一緒にお酒を飲み、個人的にもいろいろ話しもしました。 
やはり覚者特有の語りの間合いがあります。 
以上が私の知る三人の覚者です」

大越が「貴重なお話しありがとうございました。
私はスピリチュアルな仕事を紹介する仕事に長年携わっておりますが、
正直悟りを開いた人に会ったことが今だありません。 
なぜ、宮内さんは三人も知り合えたと思いますか?」

「チューナーかな……?」

「チューナーですか? ……なんの?」

「最初のRyoさんの時はどこかに半信半疑だったんです。 
私自身が未熟だったから簡単に理解出来なかった。 
でもそれは受け取る側の問題でした。
数度会う毎に彼の言ってることが超越してることに気がついたんです。 
たぶん少しは理解出来るように自分が近づいたのかもしれません。 
いくらいい話しを聞いてもそれを受診できるこちらの意識のレベルが合わないと真に理解できません。 
私もそうですけど本物かどうかなんて、なかなか判断できません。

例えば、Ryoさんは知り合った当時二十台後半でした。 
彼は仕事しておりません。 一緒に暮らしていた女性が生計を立てていたみたいです。
私は、なんで? なんでこの人はヒモみたいなことしてるの? 
Ryoって本当に大丈夫なの? と正直思いました。 
その時のわたしの素直な感想です。
でも、彼には一般的な常識のたぐいは眼中にないのだとわかりました。 

というか一般常識に縛られないの、

縛る鎖が無いのね

くさりを取る鎖取

差取り(さとり) 

彼は、本当の意味で人生を戯れるのが素直にできる人。 
そういう境涯にあるからだと思います。 
私たち凡人はとかく世間体や一般常識に囚われているから、Ryoの行動は
理解できないのだと思います。 

彼とは意識レベルが違うからなんです。

私は仕事の都合で札幌に転勤になり、Ryoから離れることになりました。
東京を離れて数年後にその友人からRyoの死の知らせを聞かされました。 
もうこの世ではお会いできない、そう思うと本当に残念でした。

話しがそれてごめんなさい。 
つまり、彼らを本当の意味で知るには、彼らと同等かそれ以上のレベルにないと
本当の意味で知りえないということです。 
高校生の勉強を小学生では理解できません。 理解するには高校生か大学レベルでないと
本当に理解できないのです。 つまり私がいま上げた三人は私レベルの話しです。 
私より境涯が上の人が彼らを話したらもっと違う彼らを楽しめると思います。 
あくまでも今のわたしのレベルでの話しです。 
その辺を理解していただいて、なおかつ私の話をもっと聞きたいと思うのであれば、
今日中にわたしの携帯に電話ください。

明日はひとりひとりの思い出をお話しします。 
よくお考えください。今日はこの辺で失礼いたします。 
せっかくの札幌ですから大通りのビアガーデンでも楽しんでくださいませ。 
いい雰囲気ですよ、この時期しか味わえません。 
みんな平和な顔してビール飲んでるのよ! 
その雰囲気が私は大好きなんです。 
毎年楽しみなの札幌にいるなら是非どうぞ……」

宮内は少し一方的に話しを打ち切りホテルを去った。


 森田が「どう思われます? 彼女の話し……」

大越が「うん、別れたあともう一度わたしなりに考えたのね。 
とても的を得た話しだと思う。 
的確に分析してるし普通こういう話しになると自分の意識や感情が入った話し方をする人多いの。 
たとえば、すごい人とか、大きい人や怪物みたいなどそういう表現が多くなるの、
感情移入した漠然とした話しかた。
彼女はさすが見極める眼をもってる。  三人も覚者を自己流に判別しただけある。 
そのへんの宗教お宅と視る眼が違うの、しっかりした眼を持ってる」

森田が「そっかぁ、じゃあ、さっそく彼女に電話しましょうか?」

「うん、そうね、そうしてちょうだい」

スマホを手にした森田が「今お会いしたINS出版の森田です。 
大越と話したのですが森田さんのお話が聞きたいのでもう一度、明日お越し願いたいのですが」

「はい、わかりました。 明日の朝十時にうかがいます。 失礼します」

「アポとれました」

大越が「了解、じゃあこれから大通りビアガーデンに三人でいこうか」

「さんせい~~」
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