13 / 214
変身ヒーローと異世界の魔物
正義を決める心
しおりを挟む
はやる気持ちを抑えて、俺が向かったのは馬車屋。
『彰。どうするつもりですか?』
「決まってるだろう。ヨミは悪い魔物じゃない。討伐なんかさせない」
『ちょっと待ってください。あの魔物を救うことに一体何の意味があるというのです』
「意味?」
改めてAIに問われて、俺は走るのをやめた。
……そうだ。
意味なんてない。ヨミは魔物だったじゃないか。
魔物の世界は弱肉強食だから、倒されたならその魔物が弱かっただけで誰かにその責任を押しつけたりなんかしない。
ヨミがそう言っていたんだ。
討伐されたなら、それはヨミが弱かったってだけで、俺には関係ないじゃないか。
……本当に、それでいいのか?
『彰のするべきことは、一刻も早く未来さんを見つけて元の世界へ戻ることではないのですか?』
「ヨミは俺とエリーネをオークデーモンから救ってくれたんだぞ。それこそヨミにとって意味のあることだと言えるか?」
ヨミは人を助けた。
そこに意味なんてなかったはずだ。
自分だけが生き残ればいいなら、俺たちのことなんて無視して縄張りで生活していればよかったのに。
それは、俺だって同じだった。
俺はネムスギアでデモンと戦った。
そこに意味を見出すなら、それは未来と殺されてしまった未来の父のためだった。
でも、だからといって目の前でデモンに襲われている人を助けたことに意味がなかったと言うつもりはない。
あの時助けた命には、きっと生きているだけで意味があったんだ。
例えそれが国の思惑や大衆に流されてしまうような小さな命だったとしても。
『確かに、ヨミという魔物には義理があると言えます。しかし、よく考えてください。ギルドに討伐依頼が出されていると言うことは――』
「何か悪いことをしたって言うのか? あのヨミが? 俺たちを助けたことは本性を隠すための偽装だったとでも」
『感情的にならないでください。私が言いたいのは不確かな話ではなく、もっと具体的な問題です。すでに他の冒険者が討伐に向かっていると言うことは、彰はネムスギアを使って人間と戦うつもりなのですか?』
その問いかけには即答できなかった。
考えていなかったが、確かにその通りだ。
ヨミを助けると言うことは、ヨミを討伐しようとする人間と衝突することになる。
相手は仕事として魔物を討伐することを正しいことだと考えている。
ヨミが人を襲わない良い魔物だと説得して応じるとはとても思えない。
戦いは避けられないだろう。
ネムスギアで、この世界の冒険者と戦うのか?
ネムスギアはデモンを倒すために開発されたものだ。
それを人類に向けるなんて考えたくなかった。
だから、俺は――今この世界に居るんじゃないのか。
――本当に、そう思うか?
誰、だ。
――俺は、お前だ。
――重要なことを忘れている。ネムスギアを開発したのは人類を守るためなんかじゃない。大切な人を守るためだ。
――俺は最初からそのためにデモンと戦ったんじゃないか。
――ネムスギアに人の心を模したAIが組み込まれているのは、正義も悪も表裏一体だからだ。究極的には機械に正しいと判断することも悪いと判断することもできないんだ。
――人間の行いは全てがその人間のエゴによる。
――だったら、俺は俺の思う通りに行動すればいい。
――信じるのは己の心だ。
――そして、己の心に従って行動したこと全てを受け入れていくしかない。
重いな。
――それが、正義を守るヒーローなんだろう。
「……俺は、ヨミを助けたい。それが今の俺の心だ」
『人間と戦うことになっても、ですか?』
「人間じゃなくても、戦わなくて問題が解決できるならそうするが、戦わなければならないなら、誰であろうと俺の心は変わらない」
『……今の彰にとっては、デモンが相手でも話し合いが通じるなら戦わないということですか』
「話の通じる相手ならな」
『そして、例え人間でも話し合いが通じないならば、ネムスギアの使用も躊躇わない』
「そういうことになるな。お前はどうする? ネムスギアの起動を阻止するのか?」
『いえ、ネムスギアの起動コードの認証に必要なのは彰の心と覚悟です。それがある彰の変身を機械的に止めることはできません』
「人間にネムスギアを向けることに否定的だったんじゃないのか?」
『私は彰の心と覚悟を知りたかっただけです。それがなければ、そもそも人間を前にして変身できませんから』
……さっきの声は、AIの声だったのか?
それにしては、何か感じが違ったような気がしたが……。
でも、言っている意味は同じなんだよな。
いや、もう考えてる場合じゃないか。
俺は再び馬車屋へ向かって走り出した。
馬車屋の駐車場には3台馬車があった。
あの御者がいればいいんだが……。
「お兄さん。どこかへ運んで欲しいなら、安くしておきますよ」
揉み手で話しかけてきた御者は見たことのない奴だった。
俺はそいつを無視して奥へ行く。
すると、見覚えのある馬車の前で御者が馬の手入れをしているのを見かけた。
「よかった。まだこの町にいたんだな」
「へ? 兄さんは、ジョサイヤの旦那の……」
「あんたに仕事を頼みたい。番犬の森まで連れて行って欲しいんだ」
「はい? え? あの、王都にお連れしたのは昨日でしたよね。どうしてまた?」
「急ぎの用事ができた。できれば、3日で連れて行って欲しい」
御者は馬の毛並みを整えていたブラシを落として口をパクパクさせた。
「おい、こっちは急いでいるんだ。早く出発してくれないか。金ならあるだけくれてやる」
「ちょっ、ちょっと待ってください! クリームヒルトの町から王都に来るまで何日かかったのかもう忘れちまったわけじゃありませんよね。それを3日で戻れって、私には無理ですよ」
「やってみなければわからないだろう。もう街道の魔物とか気にしなくていいんだし、休まず走らせれば――」
言いながら自分でも無茶な要求してるなと思った。
でも、他に手段が思いつかない。
車とかバイクとか電車があるならそれを使いたいところだ。
『変身すれば身体能力は劇的に変化しますが、あの距離を変身したまま走って行くとなると……体力的に変身を維持できなるかも知れませんね』
「変身には体力も必要なのか?」
『当たり前です。ネムスギアはナノマシンと彰の体の細胞で形成されているのですから。どちらかのエネルギーが失われれば、当然維持できなくなりますよ』
それじゃダメだ。
相手は少なくとも中級冒険者だ。
話し合いで解決できればいいが、戦うとなったら変身できないのは不利だろう。
「兄さん。確か、乗り物酔いしなかったよな」
御者が腕組みをしながら険しい顔をしている。
「それは、あんたがよく知っているだろう」
あの悪路でも俺が酔わなかったのは見てるんだから。
「……一つ、方法がないわけじゃない」
「え?」
「何か他に乗り物があるのか?」
「いやあ、そうじゃないんだ。ちょっと待っててくれるか」
そう言って御者は馬車屋の中へ入っていった。
馬車屋の建物の中って何があるんだ?
そう思って近くにいた別の御者に聞いたら、馬車屋の中には馬車を借りるための受付と御者の休憩所兼待合室があるらしい。
ってことは、そもそもあっちに行かないと馬車は借りられなかったのか。
御者は程なくして若い女性を連れてきた。
長い金髪はウェーブがかかっていて優雅に揺れている。
垂れ目で優しげな瞳が愛らしい。
引き締まったスタイルとのコントラストが美しかった。
……受付嬢だろうか。
でも、あの御者は方法があると言わなかったか?
「待たせたな。この子はまだ御者になって半年の新人なんだが、スピードだけなら王都……いや、国内一だ」
「よろしくお願いしますぅ。ディルカ=エッタネラと言います」
そう言って微笑みながら握手を求めてきた。
おっとりとした雰囲気で話し方までゆっくりだ。
急いでいるって言うのに、こっちまで気持ちが引きずられそうになる。
本当に大丈夫なのか?
「ディルカと言ったか、あんたなら番犬の森まで3日でいけるのか?」
「そうですねぇ。さすがに馬車を使うとなると、3日では難しいかも知れませんねぇ」
「おいおい、話が違うじゃ――」
「兄さん。急いでるんだよな。なら、馬車はいらないだろ」
「は? どういう意味だ」
「ディルカの操る馬に二人乗りで行けばいい」
「あ、それなら簡単ですぅ。それじゃあ、私のお馬さんを連れてきますね」
そう言って、ディルカは馬小屋へと向かってしまった。
「本当に、大丈夫なのか?」
「兄さん。私は兄さんの体が丈夫だと見てあの子を紹介したんだ。……死ぬなよ」
「おい、小声でボソッとつぶやいた言葉はどういう意味だ?」
「おい! 何グズグズしてんだ!? さっさと乗りな!」
俺と御者の間に割り込んできたのは毛並みが赤く図体の大きな馬。
他の馬よりも一回りは大きいんじゃないか。
っていうか、上に乗ってるのはディルカ……だよな。
ウェーブのかかった金髪を頭の後ろで縛っているが、それ以外の部分がさっきまでの姿と一致しない。
「ディルカは腕はいいんだが、手綱を握るとちょっと性格がきつくなるんだ。早く乗らないと馬に蹴られますぜ」
ちょっときつくなるってレベルじゃないと思うんだが。
俺は言われるがままに馬に飛び乗った。
「そんじゃあ飛ばすよ。あたしの腰をしっかり抱きしめてな! それから、走ってるときに口を開くんじゃないよ! 舌を噛むからね!」
女性の体を後ろから抱きしめることに戸惑いを覚えたが、勢いに押されて言われたとおりにした。
ちょっと睨んでるし。
「行くよ! レッドウィング!」
ディルカがかけ声をかけると、いなないた。きっと馬の名前なんだろう。
そして、次の瞬間――馬は空を駆けた――。
いや、実際には空を飛んだわけじゃない。
ジャンプしただけなんだろうが、そう表現するしかないくらい高かったんだ。
ディルカの乗馬技術と彼女の馬、レッドウィングは確かに速かった。
それだけじゃない。
スタミナも底知らず。
一度も休まずに3日後にはクリームヒルトの町に戻っていた。
俺は崩れ落ちるように馬から下りた。
「どうでしたかぁ?」
ディルカは何事もなかったかのように優雅に馬から下りてそう微笑んだ。
ただ――走っているときにチラリと見たが髪を振り乱して馬を操っていたからか、美しい金髪はボサボサで、頭の上で蛇が踊っているかのようだった。
「……か、金はいくらだ?」
「えーと、金貨1枚でいいですぅ」
「あ、あの距離を走ってきて……それだけでいいのか?」
「楽しかったので。ねぇ、レッドウィング」
ディルカが馬を撫でると満足そうに顔を寄せていた。
「あ、もし王都に行くならまたのご利用を。次のお客さんが付くまではこの町の馬車屋で待機してますから」
「あ、ああ……」
ディルカに馬車を操らせたらどうなるのか、あまり想像はしたくなかった。
『……足腰が震えていますよ。休んでから行きますか?』
「いや、そんなことをしてる場合じゃないだろ」
AIに促されて俺は顔を引き締めた。
すぐに番犬の森に行けば、まだヨミは見つかっていないかも知れない。
俺はふらつきそうになる足でそのまま番犬の森へと向かった。
番犬の森に向かう道を見て、俺は焦りを覚えた。
あの時はほとんど足跡なんてなかった。
あれから約10日。
この道を踏み荒らす足跡は、冒険者たちのものだろうか。
そういえば、ヨミを討伐する依頼って、一人の冒険者が請け負ったわけじゃなかったのか?
焦っていたからすぐにギルドを飛び出したけど、ジェシカからよく話を聞いておくべきだった。
「さて、問題はここからだ」
番犬の森の入り口。ちょうどヨミと別れた辺りまで来て立ち止まった。
この辺りを縄張りにしてるって言っていたが、魔物に住所なんてものはないだろうし、それに今は冒険者たちに追われている身だ。
ヨミ自身がそれを認識できているかどうかは別として。
どうやって探すか。
『ヨミという魔物のデータは登録してあります。センサーを使えばある程度の場所は特定できるかと』
「さすがだ」
『この辺りにはいないようですね。ですが、人の熱を感知しました。北東方向、森の奥の方に向かっているようです』
「よし! 追いかけるぞ!」
迷ったとはいえ、1日歩き回った森だ。
ある程度は歩きやすい道がわかる。
それでも大きな木が邪魔してなかなか進まないことにイライラした。
『あ、センサーに引っかかりました。もう少し東寄りです。ですが……反応が弱々しい』
「きゃああああああ!!」
AIの案内を破るような声が森の中に響いた。
俺は枝を薙ぎ倒して、声のする方へ駆けだした。
爆発音が聞こえる。
「や、やめてください……私は……」
木々の向こう。
ヨミの姿が俺の目に入った。
蜘蛛の体から生えていた足が半分程なくなっている。
人間の体の部分も左腕がだらりと下がっていて、肩のところから血を出していた。
俺は走りながら心が熱くなるのを感じた。
「――変身――」
『彰。どうするつもりですか?』
「決まってるだろう。ヨミは悪い魔物じゃない。討伐なんかさせない」
『ちょっと待ってください。あの魔物を救うことに一体何の意味があるというのです』
「意味?」
改めてAIに問われて、俺は走るのをやめた。
……そうだ。
意味なんてない。ヨミは魔物だったじゃないか。
魔物の世界は弱肉強食だから、倒されたならその魔物が弱かっただけで誰かにその責任を押しつけたりなんかしない。
ヨミがそう言っていたんだ。
討伐されたなら、それはヨミが弱かったってだけで、俺には関係ないじゃないか。
……本当に、それでいいのか?
『彰のするべきことは、一刻も早く未来さんを見つけて元の世界へ戻ることではないのですか?』
「ヨミは俺とエリーネをオークデーモンから救ってくれたんだぞ。それこそヨミにとって意味のあることだと言えるか?」
ヨミは人を助けた。
そこに意味なんてなかったはずだ。
自分だけが生き残ればいいなら、俺たちのことなんて無視して縄張りで生活していればよかったのに。
それは、俺だって同じだった。
俺はネムスギアでデモンと戦った。
そこに意味を見出すなら、それは未来と殺されてしまった未来の父のためだった。
でも、だからといって目の前でデモンに襲われている人を助けたことに意味がなかったと言うつもりはない。
あの時助けた命には、きっと生きているだけで意味があったんだ。
例えそれが国の思惑や大衆に流されてしまうような小さな命だったとしても。
『確かに、ヨミという魔物には義理があると言えます。しかし、よく考えてください。ギルドに討伐依頼が出されていると言うことは――』
「何か悪いことをしたって言うのか? あのヨミが? 俺たちを助けたことは本性を隠すための偽装だったとでも」
『感情的にならないでください。私が言いたいのは不確かな話ではなく、もっと具体的な問題です。すでに他の冒険者が討伐に向かっていると言うことは、彰はネムスギアを使って人間と戦うつもりなのですか?』
その問いかけには即答できなかった。
考えていなかったが、確かにその通りだ。
ヨミを助けると言うことは、ヨミを討伐しようとする人間と衝突することになる。
相手は仕事として魔物を討伐することを正しいことだと考えている。
ヨミが人を襲わない良い魔物だと説得して応じるとはとても思えない。
戦いは避けられないだろう。
ネムスギアで、この世界の冒険者と戦うのか?
ネムスギアはデモンを倒すために開発されたものだ。
それを人類に向けるなんて考えたくなかった。
だから、俺は――今この世界に居るんじゃないのか。
――本当に、そう思うか?
誰、だ。
――俺は、お前だ。
――重要なことを忘れている。ネムスギアを開発したのは人類を守るためなんかじゃない。大切な人を守るためだ。
――俺は最初からそのためにデモンと戦ったんじゃないか。
――ネムスギアに人の心を模したAIが組み込まれているのは、正義も悪も表裏一体だからだ。究極的には機械に正しいと判断することも悪いと判断することもできないんだ。
――人間の行いは全てがその人間のエゴによる。
――だったら、俺は俺の思う通りに行動すればいい。
――信じるのは己の心だ。
――そして、己の心に従って行動したこと全てを受け入れていくしかない。
重いな。
――それが、正義を守るヒーローなんだろう。
「……俺は、ヨミを助けたい。それが今の俺の心だ」
『人間と戦うことになっても、ですか?』
「人間じゃなくても、戦わなくて問題が解決できるならそうするが、戦わなければならないなら、誰であろうと俺の心は変わらない」
『……今の彰にとっては、デモンが相手でも話し合いが通じるなら戦わないということですか』
「話の通じる相手ならな」
『そして、例え人間でも話し合いが通じないならば、ネムスギアの使用も躊躇わない』
「そういうことになるな。お前はどうする? ネムスギアの起動を阻止するのか?」
『いえ、ネムスギアの起動コードの認証に必要なのは彰の心と覚悟です。それがある彰の変身を機械的に止めることはできません』
「人間にネムスギアを向けることに否定的だったんじゃないのか?」
『私は彰の心と覚悟を知りたかっただけです。それがなければ、そもそも人間を前にして変身できませんから』
……さっきの声は、AIの声だったのか?
それにしては、何か感じが違ったような気がしたが……。
でも、言っている意味は同じなんだよな。
いや、もう考えてる場合じゃないか。
俺は再び馬車屋へ向かって走り出した。
馬車屋の駐車場には3台馬車があった。
あの御者がいればいいんだが……。
「お兄さん。どこかへ運んで欲しいなら、安くしておきますよ」
揉み手で話しかけてきた御者は見たことのない奴だった。
俺はそいつを無視して奥へ行く。
すると、見覚えのある馬車の前で御者が馬の手入れをしているのを見かけた。
「よかった。まだこの町にいたんだな」
「へ? 兄さんは、ジョサイヤの旦那の……」
「あんたに仕事を頼みたい。番犬の森まで連れて行って欲しいんだ」
「はい? え? あの、王都にお連れしたのは昨日でしたよね。どうしてまた?」
「急ぎの用事ができた。できれば、3日で連れて行って欲しい」
御者は馬の毛並みを整えていたブラシを落として口をパクパクさせた。
「おい、こっちは急いでいるんだ。早く出発してくれないか。金ならあるだけくれてやる」
「ちょっ、ちょっと待ってください! クリームヒルトの町から王都に来るまで何日かかったのかもう忘れちまったわけじゃありませんよね。それを3日で戻れって、私には無理ですよ」
「やってみなければわからないだろう。もう街道の魔物とか気にしなくていいんだし、休まず走らせれば――」
言いながら自分でも無茶な要求してるなと思った。
でも、他に手段が思いつかない。
車とかバイクとか電車があるならそれを使いたいところだ。
『変身すれば身体能力は劇的に変化しますが、あの距離を変身したまま走って行くとなると……体力的に変身を維持できなるかも知れませんね』
「変身には体力も必要なのか?」
『当たり前です。ネムスギアはナノマシンと彰の体の細胞で形成されているのですから。どちらかのエネルギーが失われれば、当然維持できなくなりますよ』
それじゃダメだ。
相手は少なくとも中級冒険者だ。
話し合いで解決できればいいが、戦うとなったら変身できないのは不利だろう。
「兄さん。確か、乗り物酔いしなかったよな」
御者が腕組みをしながら険しい顔をしている。
「それは、あんたがよく知っているだろう」
あの悪路でも俺が酔わなかったのは見てるんだから。
「……一つ、方法がないわけじゃない」
「え?」
「何か他に乗り物があるのか?」
「いやあ、そうじゃないんだ。ちょっと待っててくれるか」
そう言って御者は馬車屋の中へ入っていった。
馬車屋の建物の中って何があるんだ?
そう思って近くにいた別の御者に聞いたら、馬車屋の中には馬車を借りるための受付と御者の休憩所兼待合室があるらしい。
ってことは、そもそもあっちに行かないと馬車は借りられなかったのか。
御者は程なくして若い女性を連れてきた。
長い金髪はウェーブがかかっていて優雅に揺れている。
垂れ目で優しげな瞳が愛らしい。
引き締まったスタイルとのコントラストが美しかった。
……受付嬢だろうか。
でも、あの御者は方法があると言わなかったか?
「待たせたな。この子はまだ御者になって半年の新人なんだが、スピードだけなら王都……いや、国内一だ」
「よろしくお願いしますぅ。ディルカ=エッタネラと言います」
そう言って微笑みながら握手を求めてきた。
おっとりとした雰囲気で話し方までゆっくりだ。
急いでいるって言うのに、こっちまで気持ちが引きずられそうになる。
本当に大丈夫なのか?
「ディルカと言ったか、あんたなら番犬の森まで3日でいけるのか?」
「そうですねぇ。さすがに馬車を使うとなると、3日では難しいかも知れませんねぇ」
「おいおい、話が違うじゃ――」
「兄さん。急いでるんだよな。なら、馬車はいらないだろ」
「は? どういう意味だ」
「ディルカの操る馬に二人乗りで行けばいい」
「あ、それなら簡単ですぅ。それじゃあ、私のお馬さんを連れてきますね」
そう言って、ディルカは馬小屋へと向かってしまった。
「本当に、大丈夫なのか?」
「兄さん。私は兄さんの体が丈夫だと見てあの子を紹介したんだ。……死ぬなよ」
「おい、小声でボソッとつぶやいた言葉はどういう意味だ?」
「おい! 何グズグズしてんだ!? さっさと乗りな!」
俺と御者の間に割り込んできたのは毛並みが赤く図体の大きな馬。
他の馬よりも一回りは大きいんじゃないか。
っていうか、上に乗ってるのはディルカ……だよな。
ウェーブのかかった金髪を頭の後ろで縛っているが、それ以外の部分がさっきまでの姿と一致しない。
「ディルカは腕はいいんだが、手綱を握るとちょっと性格がきつくなるんだ。早く乗らないと馬に蹴られますぜ」
ちょっときつくなるってレベルじゃないと思うんだが。
俺は言われるがままに馬に飛び乗った。
「そんじゃあ飛ばすよ。あたしの腰をしっかり抱きしめてな! それから、走ってるときに口を開くんじゃないよ! 舌を噛むからね!」
女性の体を後ろから抱きしめることに戸惑いを覚えたが、勢いに押されて言われたとおりにした。
ちょっと睨んでるし。
「行くよ! レッドウィング!」
ディルカがかけ声をかけると、いなないた。きっと馬の名前なんだろう。
そして、次の瞬間――馬は空を駆けた――。
いや、実際には空を飛んだわけじゃない。
ジャンプしただけなんだろうが、そう表現するしかないくらい高かったんだ。
ディルカの乗馬技術と彼女の馬、レッドウィングは確かに速かった。
それだけじゃない。
スタミナも底知らず。
一度も休まずに3日後にはクリームヒルトの町に戻っていた。
俺は崩れ落ちるように馬から下りた。
「どうでしたかぁ?」
ディルカは何事もなかったかのように優雅に馬から下りてそう微笑んだ。
ただ――走っているときにチラリと見たが髪を振り乱して馬を操っていたからか、美しい金髪はボサボサで、頭の上で蛇が踊っているかのようだった。
「……か、金はいくらだ?」
「えーと、金貨1枚でいいですぅ」
「あ、あの距離を走ってきて……それだけでいいのか?」
「楽しかったので。ねぇ、レッドウィング」
ディルカが馬を撫でると満足そうに顔を寄せていた。
「あ、もし王都に行くならまたのご利用を。次のお客さんが付くまではこの町の馬車屋で待機してますから」
「あ、ああ……」
ディルカに馬車を操らせたらどうなるのか、あまり想像はしたくなかった。
『……足腰が震えていますよ。休んでから行きますか?』
「いや、そんなことをしてる場合じゃないだろ」
AIに促されて俺は顔を引き締めた。
すぐに番犬の森に行けば、まだヨミは見つかっていないかも知れない。
俺はふらつきそうになる足でそのまま番犬の森へと向かった。
番犬の森に向かう道を見て、俺は焦りを覚えた。
あの時はほとんど足跡なんてなかった。
あれから約10日。
この道を踏み荒らす足跡は、冒険者たちのものだろうか。
そういえば、ヨミを討伐する依頼って、一人の冒険者が請け負ったわけじゃなかったのか?
焦っていたからすぐにギルドを飛び出したけど、ジェシカからよく話を聞いておくべきだった。
「さて、問題はここからだ」
番犬の森の入り口。ちょうどヨミと別れた辺りまで来て立ち止まった。
この辺りを縄張りにしてるって言っていたが、魔物に住所なんてものはないだろうし、それに今は冒険者たちに追われている身だ。
ヨミ自身がそれを認識できているかどうかは別として。
どうやって探すか。
『ヨミという魔物のデータは登録してあります。センサーを使えばある程度の場所は特定できるかと』
「さすがだ」
『この辺りにはいないようですね。ですが、人の熱を感知しました。北東方向、森の奥の方に向かっているようです』
「よし! 追いかけるぞ!」
迷ったとはいえ、1日歩き回った森だ。
ある程度は歩きやすい道がわかる。
それでも大きな木が邪魔してなかなか進まないことにイライラした。
『あ、センサーに引っかかりました。もう少し東寄りです。ですが……反応が弱々しい』
「きゃああああああ!!」
AIの案内を破るような声が森の中に響いた。
俺は枝を薙ぎ倒して、声のする方へ駆けだした。
爆発音が聞こえる。
「や、やめてください……私は……」
木々の向こう。
ヨミの姿が俺の目に入った。
蜘蛛の体から生えていた足が半分程なくなっている。
人間の体の部分も左腕がだらりと下がっていて、肩のところから血を出していた。
俺は走りながら心が熱くなるのを感じた。
「――変身――」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」
チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。
だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。
魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。
だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。
追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。
訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。
そして助けた少女は、実は王国の姫!?
「もう面倒ごとはごめんだ」
そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる