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変身ヒーローと異世界の魔物
目覚めと夢
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明晰夢。
夢だというのに意識はやけにはっきりしていて、妙な感覚だった。
俺はそこで、絵を描いていた。
ネムスギアで変身したヒーローの絵だ。
いつ、描いたのだろう。
いや、夢なんだからいつも何もないか。
自分で自分の姿を描くなんて何だか照れくさい。
いつの時のだろうか。
デモンと戦っているときか。
それとも、平和になった後か。
多分、前者だろうな。
格好良く描かれたそれには、憧れや夢や希望がつまっていた。
デモンを倒せば、幸せになれる。
きっと、そう思っていたんだ。
デモンを倒すほどの力が何をもたらすのかなんて考えていない。
ただただ純粋に、未来を守りデモンを倒すことが俺の使命。
やるべきことだと思っていたんだ。
おとぎ話だってそうだろう。
めでたしめでたしで幸せになって終わるんだ。
終わった後に物語が続いたら、興ざめだろう。
でも、現実はそう単純じゃなかった。
人類がデモンから救われた後も当たり前のように日常は続いていく。
そもそも、デモンに襲われていても人類は日常生活から離れていたわけじゃなかった。
最初こそ逃げていたけど、ネムスギアを使う変身ヒーローが現れてからは、すぐに日常生活を取り戻していた。
そうか。
だから人類にとってデモンは脅威じゃなくなった。
それを倒せる存在がいるならそいつに任せておけばよかったんだ。
そして――今度がそれがネムスギアに取って代わっただけだった。
デモンから直接救われた人たちは、デモンを脅威だと感じ、ネムスギアを救世主のように思ってくれた人もいたのだろうが、デモンの脅威にさらされなかったほとんどの人にとって、デモンは人間の犯罪者とたいして認識は変わらない。
それを倒したのが警察や軍隊なら、扱っているのは人間だとわかっているから理解できても、ネムスギアはそもそも扱っている人間が普通の人間ではなくなってしまったから、理解できる存在の枠を越えてしまっていた。
おまけにAIに対する潜在的な恐怖感もそれに一役買ってしまったんだろう。
……もし、元の世界に帰れることができたとして、それを変えることはできるんだろうか。
ネムスギアを封印し、顔を変えて全くの別の人になれば、元の世界でも平穏な生活はできるようになるだろう。
それが、俺の夢見た救われた世界だったか?
俺の手が止まった。
絵は途中までしか完成していない。
続きを描こうと手を伸ばそうとしたが、それは次第に遠ざかって――。
目を開けると、俺は膝枕されていた。
「え?」
「あ、おはようございます」
頭の上から聞こえてきた声は、聞き覚えがある。
いや、何ならその容姿にも見覚えがあった。
長い黒髪は月明かりに照らされて輝いている。
切れ長の目に赤い瞳が色っぽい。
スタイルは抜群だが、下半身は確か……。
「いえ、今晩は。でしょうか」
「ヨミ!?」
俺は起き上がってマジマジと見た。
俺が寝ていたのは膝の上だった。
蜘蛛の腹の上じゃない。
「それだけ元気なら安心しました。一緒に倒れていたときは、何が起こったのかと困惑しましたが」
「いやいや。その前に聞かなければならないことがある」
「何でしょう?」
「蜘蛛の腹と足はどうなった? なぜ、人間の足になってるんだ?」
もしかして、これはあれか。
俺の腕ごとナノマシンを移植したことによる変化か。
もしそうだとしたら、むしろ戸惑っているのはヨミの方じゃないのか。
どう説明しよう。
そうだ。こういう時こそAIに説明させるべきだろう。
「おい、AI。起きてるか?」
『……どうかしましたか?』
「ヨミの足が人間になっちまった。あれって、ナノマシンの影響だろ。ちょっと説明してやって欲しいんだが」
『……いえ、移植したナノマシンにはそれほどのエネルギーはありませんよ。治療するのが精一杯で、一部の箇所を細胞の代わりとして補助的に補修していますが、その部分もやがて細胞が増えれば元に戻って役割を終えたナノマシンは体外に排出されます。他の細胞と共に』
「ヨミの体で半永久的に生き続けるわけじゃないのか?」
『それは、その機能を体に保有する彰にしか不可能です。彰の体から物理的に離れたナノマシンはエネルギー循環システムから離れてしまうので、要は充電できない電池と同じになってしまうと言うことです』
「じゃあ、あれは? どう説明する」
『……人間の足に見えますね。実に興味深い現象です。魔物とナノマシンが何かしらの作用を引き起こしたのでしょうか』
俺が聞きたいことだってのに。
「……あの、変ですか?」
足を見せてくるヨミから俺は目を逸らした。
「ちょっと待った! 何か穿く物はないのか?」
「穿く物? ですか?」
上半身は人間と似たような布の服を着ている。
だが、よく見りゃ下半身は裸だった。
まあ、今までは蜘蛛の腹と足だったから服を着るという発想自体なかったのかも知れない。
「とにかく、腰から膝くらいまでを何かで隠してくれ」
「はぁ……アキラさんがそう言うなら。――はあっ!」
俺がヨミに背を向けると、何か気合いの入った声が聞こえてきて、
「これでどうでしょう」
振り返ると、ヨミは白いタイトスカートのようなものを穿いていた。
何だかちょっとキラキラしている。
ラメでも入っているかのよう。
「あ、これ私の糸で作ってみたんですよ」
蜘蛛の糸で作ったスカートか。
糸を出すための腹の部分がなくなってどこからどう見ても人間のようになってしまったのに、どうやって作ったのか気にはなったが、取り敢えずはこれでやっとまともに話ができる。
「いや別に、変じゃないんだ。むしろとても自然に見える。まるで、人間のように」
「そうでしたか。私、何か間違えてしまったのかと思いました」
「……間違えた?」
「はい。初めて変身できたものですから。上手にできたのかどうか、自分ではよくわからなくて」
「……変身って……。その姿はヨミが変身したのか?」
「はい。そうですよ」
いやそんなあっけらかんと言われても何が何やら。
「おい、やっぱり変身したってことは、ネムスギアの力が――」
『あのですね。ネムスギアは戦士の方へ変身するのであって、人間に変身するわけではありません。それに、人間に変身するというならそれはまるで……』
AIは最後まで言葉を続けなかったが、何を言いたいのかはよくわかった。
魔物の姿から人間に変身する。
それは、デモンが人間の世界に紛れるために使った能力だった。
俺を殺すために。
ただ、人間の状態だと本来の能力が発揮できないらしく、結局戦うときはデモンの本来の姿に戻るんだけど。
「悪いが。最初から説明してくれないか」
「はい? 何をでしょう?」
「まず、そうだな。もう怪我はいいのか?」
「はい。見ての通り、アキラさんの不思議な治療魔法がよかったみたいです」
……魔法じゃないんだが。
取り敢えず、ナノマシンはヨミの怪我を治すことには成功したのか。
「センサーでどうなってるか分析できるか?」
『はい。折れていた左腕の部分と、腹部から腰の辺りにかけてナノマシンが代替部品を形成して身体機能を補っているのが見えます』
「それって、今の俺の左腕も似たようなものなんだよな」
『はい。彰の左腕はそのほとんどがナノマシンで形成された義手です』
そう言われても感覚的には元の腕と変わりがない。
神経だって通っているし、動かしてみても違和感はなかった。
『運動機能に問題はありませんよ。ただ、痛覚は通っていませんから、指を折っても感覚はないでしょうね。もっとも、ナノマシンで形成している指なので、折れてもすぐに元に戻りますが』
「便利なんだか不便なんだかよくわからないな」
「アキラさん、ありがとうございました」
感覚がないと言われた手をヨミが握る。
でも、温もりは伝わってきた。
「いや、ヨミには助けられてるからな。放っておくのは寝覚めが悪かっただけだ」
「でも、アキラさんが治療してくれたおかげで、魔物としての格が上がったのです」
「魔物としての、格?」
「はい。激しい戦いを生き抜いたので、クリスタルが覚醒して魔力が解放されました」
それ、どこかの宇宙人のようじゃないか。
やっぱり、魔物ってのは戦うための存在なのか。
「この姿は闇の魔法の一つ。姿形を望むものへと変えるんです。私は、人間のように生きたかったから、人間の姿に変えてみたのです」
「魔法! そうか、魔法か」
それなら納得できる。
「これで、人間と結婚して子供が作れます。そして、小さな家を買って家族で慎ましやかな生活を送るんです」
目をキラキラさせて夢を語る。
「いや、人間と魔物じゃ、結婚はできないだろう……。子供って言ったって、どうやって……」
元の姿のヨミを想像して、結婚相手に選ばれた人間の末路を哀れに思った。
「作れますよ。この姿は見た目だけじゃなくて、機能もバッチリ同じになってますから」
「ああ、そう……」
その場合、生まれてくる子供は人間なのか魔物なのか、それともハーフなのか。
「……信じていませんね」
「そう言うわけじゃないさ。夢は良いんじゃないか? そういう生き方もあるだろう。取り敢えず、魔物としての格が上がって、やっぱり人間を襲いたくなった――とかじゃないみたいだから、少し安心したよ」
「ありがとうございます。いい夢だと言ってくれて」
「しかし、人間のように生きたいなんて変わった魔物だな」
「そうでしょうか」
「そうだろう。だいたい、その人間に殺されかかったってのに」
「でも、助けてくれた方も人間です」
俺は半分人間じゃないんだが、それを言うのは無粋な気がした。
それに、俺がヨミを助けたいと思った心は、きっと人間の心だろうから。
「ところで、いつまで俺の手を握っている?」
「アキラさん。私の命はあなたに救われました。だから、私の生涯を預けられるのはあなたしかいないと思うんです」
嫌な予感しかしない。
AIではなく俺の心が危機を示している。
「ちょっと待った。それは、あれだ。吊り橋効果という奴だ。一緒にピンチを切り抜けたから、その時のドキドキを恋心と錯覚しているだけだ」
「……そうですか。この胸の高鳴りは人間の言葉では恋と呼ぶのですね」
「違う。断じて違うと言っている」
まずい。今は変身できない。
このままヨミと戦って逃げられる気がしない。
しかし、ヨミの夢に付き合う気もない。
何とか上手く誤魔化さなければ。
「では、どうして助けに来てくれたのですか? 私はただの魔物ですよ」
「それは、ヨミだって同じだろう。俺やエリーネを助ける義理はなかったはずだ。だから俺は、義理を返すために助けたんだ」
「ただの義理、ですか? 本当に?」
「ああ」
「……目が嘘を言っているような気がします」
勘の鋭さは妹の未来といい勝負だ。
義理だけだったら、俺は動けなかったし、おそらくは人間相手に変身はできなかっただろう。
俺はただ、ヨミのように人を助けることを当たり前だと思える心を守りたいと思った。
ただ、それを恋愛感情と一緒にされても困る。
俺はこの世界で家庭を築いて一生を送る覚悟はしていない。
「そうだ。人間の世界じゃ結婚するのに家族の同意が必要なんだ」
「……家族の同意ですか?」
「そう。結婚するってことは、俺の家族とも親戚になるってことだろう? だから、家族に認められなくちゃならない」
「……私に家族はいません。ですから、私の家族の同意は必要ありませんよ」
「俺には、妹がいる。この世界のどこかに。だから、まずは捜さなければならないんだ」
「……わかりました。では、妹さんに認められたら、私と結婚していただけると言うことでいいんですね」
「その時に俺がヨミのことを好きだったら、な」
「それは、当然です。好きになってもらえるように努力します」
未来、すまん。
心の中で謝った。
ほとんど問題の先送りに過ぎなかった。
そして、未来は多分ヨミを認めない。
いや、誰であっても俺に恋人ができることを認めることはない。
ヨミと未来は出会ったらきっと争いになることが約束されるだろう。
それなら変身しなくても何とかなる。
テレポートで逃げてしまえば、追いかけることは不可能だろう。
何だか、ヨミを騙しているみたいで胸が痛むが、仕方ないだろう。
だって魔物だぜ。
そりゃ、魔法を使って変身している姿は美しい人間だけどさ。
俺は魔物の姿のヨミも見てるわけで。
『異世界に来てやることが魔物を恋人にすることとは。未来さんが見ていたらきっと怒るでしょうね』
「俺はヨミを恋人にしたつもりはないが」
『彰が自分たちを追放した人類に不信感を抱いていることは認識していましたが、人以外を愛するようになってしまったとは思いませんでした』
「それはお前の思い違いだ」
「アキラさん。誰とお話ししているんですか?」
「気にしなくていい」
無駄口を叩くようなAIのことは説明してやらない。
「それよりも、手を離してくれないか」
「あ、ダメですか?」
このままでどうしろと。
「とにかく、お互い無事だったんなら森から出よう。この森には他にも魔物がいるんだろう」
「そうですね。一緒に行きましょう」
結局、ヨミは森から出るまでずっと俺の手を握ったままだった。
夢だというのに意識はやけにはっきりしていて、妙な感覚だった。
俺はそこで、絵を描いていた。
ネムスギアで変身したヒーローの絵だ。
いつ、描いたのだろう。
いや、夢なんだからいつも何もないか。
自分で自分の姿を描くなんて何だか照れくさい。
いつの時のだろうか。
デモンと戦っているときか。
それとも、平和になった後か。
多分、前者だろうな。
格好良く描かれたそれには、憧れや夢や希望がつまっていた。
デモンを倒せば、幸せになれる。
きっと、そう思っていたんだ。
デモンを倒すほどの力が何をもたらすのかなんて考えていない。
ただただ純粋に、未来を守りデモンを倒すことが俺の使命。
やるべきことだと思っていたんだ。
おとぎ話だってそうだろう。
めでたしめでたしで幸せになって終わるんだ。
終わった後に物語が続いたら、興ざめだろう。
でも、現実はそう単純じゃなかった。
人類がデモンから救われた後も当たり前のように日常は続いていく。
そもそも、デモンに襲われていても人類は日常生活から離れていたわけじゃなかった。
最初こそ逃げていたけど、ネムスギアを使う変身ヒーローが現れてからは、すぐに日常生活を取り戻していた。
そうか。
だから人類にとってデモンは脅威じゃなくなった。
それを倒せる存在がいるならそいつに任せておけばよかったんだ。
そして――今度がそれがネムスギアに取って代わっただけだった。
デモンから直接救われた人たちは、デモンを脅威だと感じ、ネムスギアを救世主のように思ってくれた人もいたのだろうが、デモンの脅威にさらされなかったほとんどの人にとって、デモンは人間の犯罪者とたいして認識は変わらない。
それを倒したのが警察や軍隊なら、扱っているのは人間だとわかっているから理解できても、ネムスギアはそもそも扱っている人間が普通の人間ではなくなってしまったから、理解できる存在の枠を越えてしまっていた。
おまけにAIに対する潜在的な恐怖感もそれに一役買ってしまったんだろう。
……もし、元の世界に帰れることができたとして、それを変えることはできるんだろうか。
ネムスギアを封印し、顔を変えて全くの別の人になれば、元の世界でも平穏な生活はできるようになるだろう。
それが、俺の夢見た救われた世界だったか?
俺の手が止まった。
絵は途中までしか完成していない。
続きを描こうと手を伸ばそうとしたが、それは次第に遠ざかって――。
目を開けると、俺は膝枕されていた。
「え?」
「あ、おはようございます」
頭の上から聞こえてきた声は、聞き覚えがある。
いや、何ならその容姿にも見覚えがあった。
長い黒髪は月明かりに照らされて輝いている。
切れ長の目に赤い瞳が色っぽい。
スタイルは抜群だが、下半身は確か……。
「いえ、今晩は。でしょうか」
「ヨミ!?」
俺は起き上がってマジマジと見た。
俺が寝ていたのは膝の上だった。
蜘蛛の腹の上じゃない。
「それだけ元気なら安心しました。一緒に倒れていたときは、何が起こったのかと困惑しましたが」
「いやいや。その前に聞かなければならないことがある」
「何でしょう?」
「蜘蛛の腹と足はどうなった? なぜ、人間の足になってるんだ?」
もしかして、これはあれか。
俺の腕ごとナノマシンを移植したことによる変化か。
もしそうだとしたら、むしろ戸惑っているのはヨミの方じゃないのか。
どう説明しよう。
そうだ。こういう時こそAIに説明させるべきだろう。
「おい、AI。起きてるか?」
『……どうかしましたか?』
「ヨミの足が人間になっちまった。あれって、ナノマシンの影響だろ。ちょっと説明してやって欲しいんだが」
『……いえ、移植したナノマシンにはそれほどのエネルギーはありませんよ。治療するのが精一杯で、一部の箇所を細胞の代わりとして補助的に補修していますが、その部分もやがて細胞が増えれば元に戻って役割を終えたナノマシンは体外に排出されます。他の細胞と共に』
「ヨミの体で半永久的に生き続けるわけじゃないのか?」
『それは、その機能を体に保有する彰にしか不可能です。彰の体から物理的に離れたナノマシンはエネルギー循環システムから離れてしまうので、要は充電できない電池と同じになってしまうと言うことです』
「じゃあ、あれは? どう説明する」
『……人間の足に見えますね。実に興味深い現象です。魔物とナノマシンが何かしらの作用を引き起こしたのでしょうか』
俺が聞きたいことだってのに。
「……あの、変ですか?」
足を見せてくるヨミから俺は目を逸らした。
「ちょっと待った! 何か穿く物はないのか?」
「穿く物? ですか?」
上半身は人間と似たような布の服を着ている。
だが、よく見りゃ下半身は裸だった。
まあ、今までは蜘蛛の腹と足だったから服を着るという発想自体なかったのかも知れない。
「とにかく、腰から膝くらいまでを何かで隠してくれ」
「はぁ……アキラさんがそう言うなら。――はあっ!」
俺がヨミに背を向けると、何か気合いの入った声が聞こえてきて、
「これでどうでしょう」
振り返ると、ヨミは白いタイトスカートのようなものを穿いていた。
何だかちょっとキラキラしている。
ラメでも入っているかのよう。
「あ、これ私の糸で作ってみたんですよ」
蜘蛛の糸で作ったスカートか。
糸を出すための腹の部分がなくなってどこからどう見ても人間のようになってしまったのに、どうやって作ったのか気にはなったが、取り敢えずはこれでやっとまともに話ができる。
「いや別に、変じゃないんだ。むしろとても自然に見える。まるで、人間のように」
「そうでしたか。私、何か間違えてしまったのかと思いました」
「……間違えた?」
「はい。初めて変身できたものですから。上手にできたのかどうか、自分ではよくわからなくて」
「……変身って……。その姿はヨミが変身したのか?」
「はい。そうですよ」
いやそんなあっけらかんと言われても何が何やら。
「おい、やっぱり変身したってことは、ネムスギアの力が――」
『あのですね。ネムスギアは戦士の方へ変身するのであって、人間に変身するわけではありません。それに、人間に変身するというならそれはまるで……』
AIは最後まで言葉を続けなかったが、何を言いたいのかはよくわかった。
魔物の姿から人間に変身する。
それは、デモンが人間の世界に紛れるために使った能力だった。
俺を殺すために。
ただ、人間の状態だと本来の能力が発揮できないらしく、結局戦うときはデモンの本来の姿に戻るんだけど。
「悪いが。最初から説明してくれないか」
「はい? 何をでしょう?」
「まず、そうだな。もう怪我はいいのか?」
「はい。見ての通り、アキラさんの不思議な治療魔法がよかったみたいです」
……魔法じゃないんだが。
取り敢えず、ナノマシンはヨミの怪我を治すことには成功したのか。
「センサーでどうなってるか分析できるか?」
『はい。折れていた左腕の部分と、腹部から腰の辺りにかけてナノマシンが代替部品を形成して身体機能を補っているのが見えます』
「それって、今の俺の左腕も似たようなものなんだよな」
『はい。彰の左腕はそのほとんどがナノマシンで形成された義手です』
そう言われても感覚的には元の腕と変わりがない。
神経だって通っているし、動かしてみても違和感はなかった。
『運動機能に問題はありませんよ。ただ、痛覚は通っていませんから、指を折っても感覚はないでしょうね。もっとも、ナノマシンで形成している指なので、折れてもすぐに元に戻りますが』
「便利なんだか不便なんだかよくわからないな」
「アキラさん、ありがとうございました」
感覚がないと言われた手をヨミが握る。
でも、温もりは伝わってきた。
「いや、ヨミには助けられてるからな。放っておくのは寝覚めが悪かっただけだ」
「でも、アキラさんが治療してくれたおかげで、魔物としての格が上がったのです」
「魔物としての、格?」
「はい。激しい戦いを生き抜いたので、クリスタルが覚醒して魔力が解放されました」
それ、どこかの宇宙人のようじゃないか。
やっぱり、魔物ってのは戦うための存在なのか。
「この姿は闇の魔法の一つ。姿形を望むものへと変えるんです。私は、人間のように生きたかったから、人間の姿に変えてみたのです」
「魔法! そうか、魔法か」
それなら納得できる。
「これで、人間と結婚して子供が作れます。そして、小さな家を買って家族で慎ましやかな生活を送るんです」
目をキラキラさせて夢を語る。
「いや、人間と魔物じゃ、結婚はできないだろう……。子供って言ったって、どうやって……」
元の姿のヨミを想像して、結婚相手に選ばれた人間の末路を哀れに思った。
「作れますよ。この姿は見た目だけじゃなくて、機能もバッチリ同じになってますから」
「ああ、そう……」
その場合、生まれてくる子供は人間なのか魔物なのか、それともハーフなのか。
「……信じていませんね」
「そう言うわけじゃないさ。夢は良いんじゃないか? そういう生き方もあるだろう。取り敢えず、魔物としての格が上がって、やっぱり人間を襲いたくなった――とかじゃないみたいだから、少し安心したよ」
「ありがとうございます。いい夢だと言ってくれて」
「しかし、人間のように生きたいなんて変わった魔物だな」
「そうでしょうか」
「そうだろう。だいたい、その人間に殺されかかったってのに」
「でも、助けてくれた方も人間です」
俺は半分人間じゃないんだが、それを言うのは無粋な気がした。
それに、俺がヨミを助けたいと思った心は、きっと人間の心だろうから。
「ところで、いつまで俺の手を握っている?」
「アキラさん。私の命はあなたに救われました。だから、私の生涯を預けられるのはあなたしかいないと思うんです」
嫌な予感しかしない。
AIではなく俺の心が危機を示している。
「ちょっと待った。それは、あれだ。吊り橋効果という奴だ。一緒にピンチを切り抜けたから、その時のドキドキを恋心と錯覚しているだけだ」
「……そうですか。この胸の高鳴りは人間の言葉では恋と呼ぶのですね」
「違う。断じて違うと言っている」
まずい。今は変身できない。
このままヨミと戦って逃げられる気がしない。
しかし、ヨミの夢に付き合う気もない。
何とか上手く誤魔化さなければ。
「では、どうして助けに来てくれたのですか? 私はただの魔物ですよ」
「それは、ヨミだって同じだろう。俺やエリーネを助ける義理はなかったはずだ。だから俺は、義理を返すために助けたんだ」
「ただの義理、ですか? 本当に?」
「ああ」
「……目が嘘を言っているような気がします」
勘の鋭さは妹の未来といい勝負だ。
義理だけだったら、俺は動けなかったし、おそらくは人間相手に変身はできなかっただろう。
俺はただ、ヨミのように人を助けることを当たり前だと思える心を守りたいと思った。
ただ、それを恋愛感情と一緒にされても困る。
俺はこの世界で家庭を築いて一生を送る覚悟はしていない。
「そうだ。人間の世界じゃ結婚するのに家族の同意が必要なんだ」
「……家族の同意ですか?」
「そう。結婚するってことは、俺の家族とも親戚になるってことだろう? だから、家族に認められなくちゃならない」
「……私に家族はいません。ですから、私の家族の同意は必要ありませんよ」
「俺には、妹がいる。この世界のどこかに。だから、まずは捜さなければならないんだ」
「……わかりました。では、妹さんに認められたら、私と結婚していただけると言うことでいいんですね」
「その時に俺がヨミのことを好きだったら、な」
「それは、当然です。好きになってもらえるように努力します」
未来、すまん。
心の中で謝った。
ほとんど問題の先送りに過ぎなかった。
そして、未来は多分ヨミを認めない。
いや、誰であっても俺に恋人ができることを認めることはない。
ヨミと未来は出会ったらきっと争いになることが約束されるだろう。
それなら変身しなくても何とかなる。
テレポートで逃げてしまえば、追いかけることは不可能だろう。
何だか、ヨミを騙しているみたいで胸が痛むが、仕方ないだろう。
だって魔物だぜ。
そりゃ、魔法を使って変身している姿は美しい人間だけどさ。
俺は魔物の姿のヨミも見てるわけで。
『異世界に来てやることが魔物を恋人にすることとは。未来さんが見ていたらきっと怒るでしょうね』
「俺はヨミを恋人にしたつもりはないが」
『彰が自分たちを追放した人類に不信感を抱いていることは認識していましたが、人以外を愛するようになってしまったとは思いませんでした』
「それはお前の思い違いだ」
「アキラさん。誰とお話ししているんですか?」
「気にしなくていい」
無駄口を叩くようなAIのことは説明してやらない。
「それよりも、手を離してくれないか」
「あ、ダメですか?」
このままでどうしろと。
「とにかく、お互い無事だったんなら森から出よう。この森には他にも魔物がいるんだろう」
「そうですね。一緒に行きましょう」
結局、ヨミは森から出るまでずっと俺の手を握ったままだった。
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ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
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