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変身ヒーローと異世界の戦争 後編

女王としての役割

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 静けさを取り戻した部屋には、俺とヨミとファルナとクラースだけが残された。
 近衛隊はガーゴイルを倒すと、天空の団を取り押さえると言ってすぐに廊下に戻ってしまった。
 でもたぶん、そんなことをしなくても彼らは逃げたりしないと思った。
「申し訳なかった!」
 ガバッと、クラースは頭を床に付けて土下座をした。
「……この国では偉い奴は失敗すると土下座をする決まりでもあるのか?」
 以前、ファルナも同じことを俺にして見せたから、疑問に思った。
「いや、そう言うわけではないが……」
「クラース、頭を上げてくれ。あんたがどうして正気じゃなかったのか、その理由はもうはっきりしてるんだ。今さら責める気はない」
「し、しかし……。女王陛下を補佐する立場の私が、このような失態など。しかも、複合戦略魔法を使うように進言してしまったと聞きました。もはや、我が命を神に捧げることによって償うほか――」
「ヨミ。羽交い締めにして立たせろ。ここでまた自殺騒ぎを起こされたらたまったもんじゃない」
「はい」
 ヨミはすぐにクラースの背後に回って押さえ込んだ。
「な、何を……」
 戸惑うクラースに俺は指を突き付ける。
「生き残った命を、粗末にするな! あんたにはまだ出来ることがあるんだ! そいつを全てやり尽くしてから死んでくれ!」
「う……」
「クラース殿。アキラ殿の言うとおりです。私たちにはまだやらなければならないことがあります。命で責任を取ることは、それらを投げ出すことにしかならない。辛くとも、それを背負って生きなければならないのです。キャリー……キャロライン女王陛下のように」
 ファルナがクラースの肩にそっと手を置いた。すると、クラースの瞳に輝きが戻ったような気がした。
「もう大丈夫だな?」
「……ああ、ありがとう」
 少し疲れている声だったが、強い意志を感じたのでヨミから解放させた。
「それじゃ、さっそくで悪いんだがこの近くに魔法水晶はないか?」
「魔法水晶ですか? そこにありますが」
 クラースが化粧机の上を指した。
「えーと、このメモの意味がわかるか? この魔法水晶に連絡を取って欲しいんだけど」
「それなら、簡単です」
 クラースが魔法水晶の前に立ち、何やら魔法を使うと水晶が輝き出す。
「えーと、もしもし?」
「……どちら様でしょうか? 王宮の中から魔法を送っているようですが……」
 ルトヴィナの声だ。
 彼女もメリディアの女王なら、クラースの声くらいは知っていそうなものだけど。
 今はそれを説明してる状況ではないか。
「ルトヴィナか、俺だ。キャリーを魔法水晶に映してくれ」
「ああ、アキラくんでしたの」
 そこでようやくルトヴィナの姿が映った。
「な……メリディア王国の――ルトヴィナ女王陛下!?」
 クラースが思いきり仰け反った。腰を抜かすんじゃないかと心配したくなるほど驚いている。
「あら? あなたは確か」
「クラース! 無事だったのね」
 ルトヴィナの横からキャリーが割り込んできた。
「あ、すみません」
 魔法水晶の向こうで、キャリーがルトヴィナに頭を下げている。
「いいえ、今はキャロラインさんが話をした方がよいでしょう」
 そう言われて、ルトヴィナから魔法水晶を受け取ったのか、キャリーの姿だけが魔法水晶に映し出されていた。
「アキラ、ヨミさん。本当にありがとう」
「挨拶は後にしてくれ。それよりもそっちの状況を知りたい」
「そうね。飛翔船は南門の前に降ろしたわ。それから、今シャリオットさんの兵士たちが部隊を組んで町に入る所よ」
 王都は近衛隊と王国騎士団の獅子の団、それから冒険者たちが魔物と戦っている。
 そこに、金華国の魔物たちを倒した部隊が加わるなら、大丈夫そうだな。
「俺たちは見ての通りクラースとファルナと合流した。キャリーとの合流を目指しながら、魔物を倒す」
「わかったわ。それじゃあ、私もエリーネちゃんと一緒にシャリオットの兵士たちと……え? ルトヴィナ女王陛下?」
 すぐに映像がルトヴィナに変わる。
「アキラくん。安心して、キャロラインさんは私とシャリオットさんが責任を持ってお連れいたしますわ」
「任せてください!」
 妙に張り切っているシャリオットが映し出されたかと思ったら、不安げなキャリーにまた映像が戻った。
「ちょ、あなた方は国王と女王ですよ? そんな危険に巻き込むわけには」
「あらあら? あなたも女王ではありませんか? そのようなことをおっしゃるのであるならば、この場で大人しく待てばよいのです」
「私は、アイレーリスの女王ですから、高みの見物をするつもりはありません」
「でしたら、私はアイレーリスの同盟国の女王ですから。お互いの国の関係が良好であることを示すためにも、ここでキャロラインさんを放り出すようなマネはできませんわ」
 魔法水晶の向こうで言い合いが始まってしまった。
 お互いに一歩も譲るつもりはないようだが、ルトヴィナの言葉の方が達者だった。
「キャリー! この時間がもったいねーよ。早く俺たちと合流すれば、そんな危険も少ないだろ。俺たちは円形広場へ向かうから、そっちも早く出発してくれ」
「……わかったわ」
 きっとキャリーもわかっていたんだろう。
 俺の意見に素直に頷いた。
 そこで魔法水晶の映像は途切れた。
「さ、ああ言った以上、俺たちも急ごう」
「そうだな」
「し、しかし……円形広場に同盟国の国王と女王が揃うことになるというのか? 私はこのような格好でそこへ向かってよいのだろうか」
 クラースの格好は囚人のようで、簡素な布の服一枚だけだった。
「諦めろ。今は時間が惜しい」
 俺は有無をいわせぬ口調でピシャリと言ってキャリーの第二寝室を出た。
 すると、廊下では近衛隊が天空の団を縄で括っている最中だった。
「ファルナ隊長、どちらへ向かわれるのですか?」
「円形広場で女王様と待ち合わせだ」
「我々も、同行いたしましょう」
「いや、城内に残っている魔物の退治と、天空の団の保護を任せる」
「……天空の団の、保護ですか?」
「ガーゴイルが狙っているのは、もはやこの国の人間全てのようだからな」
「わかりました。では、お気を付けて!」
 近衛隊の隊員が全員でファルナに敬礼した。
 俺たちは階段を一気に駆け下りて、城を出た。
 っていうか、ファルナがあんな命令を出したから警戒していたのに、もうほとんど魔物は残っていなかった。
 時折、空から攻撃してくるガーゴイルはどこからか魔法が飛んできて迎撃されている。
 それでも倒されなかったガーゴイルが、俺たちに向かってくるが、俺の剣とヨミの蹴りとファルナの剣で、片付けられない理由がない。
 約束の場所まで、すぐに辿り着いてしまった。
 そして、それはキャリーも同じだったようで、すでにエリーネと一緒に退屈そうにしていた。
 シャリオットは兵士たちに指示を出し、ルトヴィナはどこから用意してきたのか、カップで優雅に何か飲んでいる。
 辺りには人間の姿しか見えない。
 この中に、魔物に変身できるものが紛れているだろうか。
『いえ、その心配はありません。センサーが感知している魔力は人間のものです』
 変身中はAIとダイレクトに俺の意識が繋がっているから声に出さなくても会話が成り立つというのはありがたかった。
 ちなみに、どうして人間の魔力と判定できるのかというと、魔物の魔力はちょっとだけ質が違うらしい。
 ヨミが常にそばにいるからその分析もだいぶ進んでいるとか。
 その内サーモグラフィーのように見ただけで判定出来るようになるそうだ。
 取り敢えずもう魔物がいないならネムスギアの力は必要ない。
 俺は変身を解除してキャリーに近づいた。
「キャリー、エリーネ。ただいま」
「お帰り。まったく、アキラって本当に無茶なことをするわよね」
 飛び降りたことの文句をまだ言うつもりか。
「そう言う顔をしないで頂戴。心配だったんだから」
 反論するつもりはなかったのに、表情に出ていたようだ。
「俺が大丈夫だと言ったんだから、それを信じればよかったんだよ」
「信じていても、心配なものは心配なのよ」
「……そういうものか?」
「でもまあ、アキラはそうやってどんなやばい状況になってもケロッと生き残るんでしょうね」
「言うほどやばい状況になったことがないから、よくわからないな」
「アキラと結婚する人は、きっと苦労するわね」
「その心配は無用です。私でしたらその苦労も幸せのうちですから」
 ヨミが割り込んで胸を張った。
「ヨミさん。別にあなたがアキラの結婚相手になると決まったわけではないと思いますが」
「キャロラインさんは心配するのが嫌なのでしょう? でしたら、そのような苦労をするアキラとは結婚しない、ということではありませんか」
「別に嫌だとは言ってないわ。ただ、苦労するだろうな、って思っただけよ」
「そうでしょうか?」
「あの、キャリー。その辺でその話は終わりにしてくれないか。クラース殿もだが、この場には王国騎士団の獅子の団も集まってきている。痴話ゲンカを見せるのは……」
 ファルナの忠告で、ようやくキャリーは周りを見渡す余裕を取り戻した。
「コホン。えーと、クラース。無事で何よりだわ」
「はい。キャロライン女王陛下。ありがとうございます」
 クラースは跪いてそれ以上言葉を発することはなかった。
「ファルナも、獅子の団の解放とクラースの救出に尽力してくれてありがとう」
「まあ、一番の見せ場はアキラ殿とヨミ殿に奪われてしまったがな」
 よく言う。あれはどう考えても俺たちの力を当てにした突入だった。
「それより、どうする? ここに集まっていても仕方ないと思うんだが」
 魔物たちはもうほとんど王都にはいない。
 追撃戦はシャリオットの兵士たちに任せても良いだろう。
「そうね……城に帰りましょうか」

 俺たちは円形広場に集まっていた者たちをぞろぞろと引き連れて城の門をくぐった。
 城の庭を改めて見るが、花壇は乱れ、噴水は半壊して水はなくなっている。
 至る所に魔物との戦いの爪痕と、クリスタルが散乱していた。
 そして、壊れた噴水を囲むように近衛隊がいて、彼らが縛り上げた天空の団が正座していた。
「キャロライン女王陛下に、敬礼!」
 近衛隊の隊員が手を上げて出迎える。
 キャリーも真剣な眼差しで近衛隊の挨拶に応えた。
 そのまま階段を上り、両開きの扉をクラースとファルナが開けようとしたが、キャリーは二人を手で制して、自分の手で開けた。
 城の中も外と似たような状況だった。
 壁や扉は破壊されている。
 キャリーはただ真っ直ぐに歩き、そのまま謁見の間の玉座に向かった。
 玉座も左側の玉座は背もたれの部分が半分折れていたが、右側の玉座は埃で汚れているだけだった。
 キャリーは座る部分を手で払い、埃を落としてから腰を降ろした。
 すると、俺とヨミ以外の全員が跪く。
「……やっとここへ帰ることができました。アキラ殿、ヨミ殿、エリーネ殿。あなた方が私とこのアイレーリス王国にもたらした功績は、言葉では表すことすら叶いません」
「気にするな。どうせ、俺の目的と無関係じゃないし」
 妹の捜索を再開させるためには、戦争を終わらせる必要があった。
「本来であれば、あなた方にすぐにでも報奨をお渡ししたいのですが、未だアイレーリス王国は混乱の中にあります。どうか、もう少しだけ力を貸していただけないでしょうか」
 あくまでも女王としてキャリーは言葉を紡いだ。
 改めて考えれば、金華国との戦争は実質終わっている。
 後は、フレードリヒのクーデター……もはやテロ行為でしかないという評価だったか。それは国内問題だから、俺には関係のない話だった。
 フレードリヒの新聞がただの捏造新聞だと知れ渡った今となっては、俺に対する疑いも晴れているはずだ。
 それら全てを踏まえた上で、友人としてではなく、女王として頼みたいと言うことか。
「水くさいな。そう言うことこそ女王ではなくキャリーが手を貸してくれって言えば良いんだよ」
「そうですよ。私たちとキャロラインさんはもうお友達ですから」
「……ありがとう」
「恐れながらキャロライン女王陛下。僕と僕の兵士たちもテロの討伐に加わりたいと思います」
 シャリオットが大仰に演技をするように言った。
「あら? でしたら私もメリディアの代表として参加させていただきますわ」
「ご協力、ありがとうございます」
 また反対するかと思ったら、キャリーはお礼を言って受け入れた。
 同盟国の片方だけが協力するというのは、外交的にバランスがよくないと考えたのかも知れない。
 この辺りは、三人とも王を名乗るだけあって、抜け目ない。
「キャロライン女王陛下。進言したいことがあります」
 ファルナが手を上げてそう言った。
「近衛隊、隊長。ファルナよ、述べてみよ」
 これまで散々キャリーの本性を見てきたから、そのやりとりに吹き出しそうになるが、さすがに我慢した。
「フレードリヒとは戦いになることは避けられないでしょう。しかも、彼は魔物を戦力として使っているようです」
「そのようですね。魔物の口からフレードリヒの名を聞きましたから」
「はい。となると、天空の団の力が必要になるかも知れません。ですが、彼らは一時的にとはいえフレードリヒ側につき、クラース殿を人質にしました。この場で彼らの処分をしてから戦いに望むべきだと思います」
「良いでしょう。天空の団の各部隊長をここへ連れてきなさい」
 冷たい声でキャリーが告げると、まるで段取りが出来ていたかのように近衛隊の隊員が魔道士姿の王国騎士団を連れてきた。
 ただ、中でも縄で縛られているのは二人だけ。
 他に六人、天空の団の部隊長が女王の前に突き出されたが、彼らは後ろに近衛隊の隊員が控えているだけで拘束はされていなかった。
「あなた方が日ごろから獅子の団と対立しているのはわかっていました。それが、結果的にこのようなことを招いてしまったことの責任は私にもあるでしょう」
 キャリーは玉座から立ち上がって、天空の団の部隊長を端から見回した。
「もしこの中にフレードリヒの考え方に共感し、アイレーリス王国のさらなる繁栄に力を尽くしたいと思うなら、それもいいでしょう。フレードリヒの下へ行きなさい」
「女王陛下!? それは、さすがに。わざわざ敵を増やすのはどうかと思います」
 クラースが忠告したが、まだ着替えていないから場の雰囲気にあまりにもあっていない。
「彼らにも彼らなりの考え方があるのでしょう。私は自分の考えが正しいと信じていますが、彼らも同じように自分たちこそが正しいと思っている。それを頭から否定するつもりはありません」
 天空の団の部隊長たちはお互いの顔を見渡した。
 戸惑っている時点で、お前らの正義はその程度のものなんだと言ってやりたい気持ちだったが、ここはキャリーに全て任せるべきだろう。
「ただし、フレードリヒとの戦いになった場合。もちろん、私は見逃すつもりはありません。次に戦場で会ったときが本当の意味でのお別れだと言うことは胸に刻み込んでおきなさい」
 口調は厳しいが、怒っているというよりは諭すような話し方だった。
「それと、これは天空の団にだけ告げることではないのですが。今後は王国騎士団を再編し、獅子の団も天空の団も解散させます。ホルクレストの兵士たちを見て気付きました。来たるべき魔族との戦いに向けて、近接戦闘が得意な剣士や騎士と、遠距離戦闘が得意な魔道士たちは連携を強化するべきです」
 それはまあそうだろうな。
 シャリオットたちの兵士たちは実に連携が上手かった。
 兵士個人の能力は、王国騎士団とそれほど変わらないが、総合的な戦力はホルクレストの方が上だろう。
 それに、王国騎士団が二つに分かれているから無駄な争いが起こったわけで、今回は天空の団がフレードリヒに付いたが、逆だったとしてもおかしくない状況ではあった。
「女王陛下。私はあなたを裏切り、クラース殿を監禁しました。そして、戦いに負けた以上、私は女王陛下の処分に従うつもりです。フレードリヒ殿に助けを求めるつもりはありません。処刑してください。その代わり、部下たちの命は助けていただきたいのです」
「……何か、勘違いをしているようですね。私はあなた方を処刑するつもりはありません。話し合ってわかり合えるものを殺すことに一体何の意味があるというのです。私が戦うべき相手は言葉の通じぬものだけです」
「それでは、私たちを赦すおつもりなのですか?」
「いいえ、王国を混乱させた罪はあります。ですから、それを償うために私と共に国民のために尽くすのです」
「おお……」
 天空の団の部隊長たちはその場に立ち尽くしたまま泣くものや、跪くもの、土下座をするもの、リアクションは様々だったがキャリーの言葉の意味を深く噛み締めている様子だけは窺えた。
「それでは、ファルナと近衛隊で王国騎士団の再編をお願いします。取り敢えずフレードリヒのことが解決するまでの暫定で構いません。落ち着いたら、個人の戦力を詳しく調べてバランスよく部隊を組み直しますから」
「はい、畏まりました」
 ファルナは敬礼してから近衛隊の隊員たちと一緒に天空の団の部隊長を連れて謁見の間から出て行こうとした。
 その歩みを止めるように魔法水晶の緊急連絡の音が鳴り響いた。
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