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変身ヒーローと異世界の戦争 後編
嵐の前の優雅なお茶会
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クラースが慌てて二つの玉座の間に設置された魔法水晶の呼びかけに応じる。
「はい、どちら様でしょう」
「どちら様? ハハハッ、これはこれはクラース殿ではありませんか」
「フ、フレードリヒ伯爵」
連絡をしてきた相手は、テロ事件の主犯。
「そのようなみすぼらしい格好で、何をしていらっしゃるのです」
「き、貴様……!」
苦虫を噛みつぶしたような表情のクラースを退かして、キャリーが魔法水晶の前に立った。
「フレードリヒ、なぜ魔物たちに天空の団まで襲わせたのです。彼らはあなたの考えに共感した仲間だったはず」
「仲間? ハハハッ! さすがは国民にお優しい女王様だ。私に仲間などいませんよ。私の目的を果たすために有益だから使ってやっただけのこと。今となっては、もはやただの足手まといでしかない。本当に邪魔なものは敵ではないんですよ。役に立たない味方ほど厄介なものはありませんから。あなた方と一緒に処分してしまおうと思ったんですがね」
その言葉に、天空の団の部隊長たちは白い顔をさせて足下から崩れ落ちた。
彼らにとっては信じていた正義を否定されたようなものだろう。
「あなたの目的とは何なのです? 私から王座を奪い取ることではなかったのですか?」
「それは目的を達成させるための手段の一つに過ぎない。私の目的とは人間世界の統一にあります。人間は全て、魔族との戦争に備えて命を捧げて取り組むべきなのです。そして、私こそが全ての人間を従える英雄となる」
「あなたが英雄ですって? 笑えない冗談ですね。真の英雄とは人々から魔物や魔族から救ったアキラのようなもののことを言うのです。魔物を従えているあなたに、救って欲しいと願う人間はいません」
「ご安心を。私も己の幸せを優先する馬鹿な人間を救うつもりはありません。人類の未来のために貢献できる者だけが生き残れば良いのです」
随分と意識が高いのか、あるいはただの意識高い系か。
人間が優れているのは、多様性だ。
生きる目的がそれぞれ違うから、人間の世界は発展した。
少なくとも、俺の世界はそうだった。
「あんたのやり方じゃ、たとえ魔族に勝っても未来はない。その先に進んだ人間に生きる目的がないからな」
俺はキャリーと並んでフレードリヒに意見を言った。
「面白い冗談を言いますね。今のままではその魔族との戦争すら勝てはしないというのに」
「随分前にも言ったが、このまま主張をぶつけ合うことに意味はないだろ。どうせあんたは俺たちの話を聞くことはない。そして、俺たちもそれは同じだ」
「戦って決着をつける約束でしたからな。今度こそ、金華国などに逃げたりしないでいただきたいですね」
「ああ。もうその必要はなくなったから安心しろ。それと、せっかく王都を魔物から守ったばかりだからな、ここを戦場にするつもりはない。お前の町へ乗り込んでやるから待ってろよ」
「ええ、歓迎しましょう。それでは、楽しみにしています」
そう言って、魔法水晶からフレードリヒの姿が消えた。
すると、キャリーとクラースが同じように大きく息を吐く。
「緊張していたのか?」
「いいえ」「はい」
二人は真逆の答えを同時に言った。
「クラースは宰相でしょ? 伯爵相手にどうして緊張するのよ」
「……よくわからないのです。ですが、何やら嫌な予感が拭えません。記憶にはありませんが、魔族に操られていたときにフレードリヒとの間に何かがあったのでしょうか」
その間、ほとんど逃げ回っていた俺たちに聞かれても困る。
「気にしすぎよ。魔族は倒したんだし、ってことはフレードリヒのそばにいる魔族の分身みたいなのも、もういないはずよね」
「もう女王らしくしなくていいのか?」
「え? あ……」
否定していたけど、キャリーも緊張していたんじゃないか?
そこから解放されて、言葉を取り繕うことも忘れてしまったとか。
「本当に緊張していたわけではありません。ただ、同じ人間なのに、話し合いで理解することが出来ないのだと、改めてそう感じただけです」
失望感からのため息だったってことか。
「まあ、そうだな。一応人間のことを考えているんだから、自分の喜びのために支配しようとしていた金華国の王様よりはマシなんじゃないか」
「同じです。人間の世界を守るためでも、自分にとって都合のいい人間だけが生き残ればいいって言う時点で」
キャリーは静かに怒っていた。
国民の幸せを考えているキャリーにとって、生き方や在り方を押しつけるような奴は迷惑でしかないんだろう。
それに関しては俺も同意見だ。
「それで、いつ出発する? 俺はいつでも良いぜ」
ガーゴイルとの戦いではそれほど消耗していない。
相手が魔族だったとしても余裕を持って戦えるだけのエネルギーがある。
まあ、魔物を操ってはいるが、フレードリヒは人間だ。
本気で戦う必要すらない。
今やキャリーにも多くの仲間がいる。
魔物がどれだけ集まっていても、数でも圧倒できるだろう。
「王国騎士団の再編を終えたらすぐに出ます。シャリオット殿下、飛翔船も使わせていただいてよろしいですか?」
「それは、もちろん」
「ありがとうございます。それでは、今より半日後。戦闘に参加する者は南門の前に止まっている飛翔船に集まってください。一時解散します」
キャリーがそう告げると、ずっと跪いていた人たちが立ち上がり、敬礼した。
そして、キャリーが謁見の間を後にし、それからシャリオットとルトヴィナが揃って城を出た。
他の人たちも次々に城を後にする。
謁見の間に取り残されたのは、俺とヨミとエリーネだけだった。
「俺たちはどうする?」
「私は王都では何もすることがなかったから、休む必要すらないわ」
エリーネはキャリーと一緒にシャリオットの兵隊と王都に入ったから、魔物はほとんど彼らが相手をしたらしい。
「私も、魔法聖霊薬を一本いただければ。特に怪我はしていませんし、疲労も残っていません」
「それは、飛翔船に行けばもらえるだろうし……」
「じゃあ、もう飛翔船に行っちゃう?」
「そうだな」
エリーネの提案を断る理由はなかった。
城を出ると、庭に王国騎士団の獅子の団と天空の団が集合していた。
近衛隊のファルナが指示を出し、部下たちが動き回って騎士と魔道士の混成部隊を編成している。
結構な人数だけど、これを半日でやれとキャリーは指示したわけだよな。
さすがに話しかけられるような雰囲気ではない。
俺たちは脇をすり抜けるようにして城の門をくぐって王都に戻った。
町ではクリスタルの回収作業と建物の修復作業が始まっていた。
「ジェシカじゃないか。何やってるんだ?」
「あら? アキラくん。見ての通り、お掃除ね。今回の魔物のクリスタルは拾ったものの所有物にしていいらしいわよ」
「そうなのか?」
まあ、実際乱戦だったから、誰がどの魔物を倒したかなんて調べようもないか。
「シャリオット殿下――いえ、ホルクレストの国王が王都を襲った魔物のクリスタルは、アイレーリスの復興に役立てるように言ってくれたのよ。だから、町のあちこちで掃除してるわよ」
シャリオットの兵士たちも魔物を倒していたから、彼らがその所有権を主張すると面倒なことになったはずだ。
しかし、同盟国だからという理由だけで、簡単に所有権を放棄できるものなのだろうか。
その辺りのこと、後で本人に聞いてみるか。
「俺たちも拾っておくか?」
俺もヨミもガーゴイルやオークデーモンを結構倒した。多少なりとも権利はあるはずだ。
俺たちには生活費以上の金は必要ないが、エリーネには家族やメイドがいるし。
「ううん。その必要はないわ」
「遠慮しなくてもいいんだぜ。エリーネも戦ってたし」
「そうじゃないの。もう結構拾ってるのよ。飛翔船の上で倒したガーゴイルのクリスタルとか、誰も拾わないから仕方なく」
そう言って布の袋を開けて見せた。
中にはクリスタルがぎっしり入っている。ガーゴイルのだけじゃないな。今まで戦ってきた魔物のクリスタルもたくさんありそうだ。
そう言えば、俺もヨミも倒すだけでクリスタルにはほとんど目を向けてこなかった。
俺が手にしたのはせいぜいミュウのクリスタルぐらいだ。
「こりゃ、余計な心配だったな」
「多分、半年は働かなくても生活できるくらいのお金になると思う」
「今すぐに換金しに行くか?」
「全部終わってからでいいよ」
「それもそうだな」
「ねえ、アキラくんたちはこれからどこへ行くの?」
俺たちの話が終わるのを見計らうように、ジェシカが聞いてきた。
「決まってるだろ。飛翔船に乗ってフレードリヒと決着を付ける」
「そう! あれ、飛翔船っていうの?」
「え? 食いつくところはそっちなのか?」
「当たり前じゃない。私はこの国の政治がどうなろうと興味はないもの。それよりも、あの乗り物の方が興味深いわ」
「フレードリヒとの戦いに参加するなら、乗せてもらえるぜ」
「……意地悪な言い方しないでよ」
「ジェシカの実力を見ちゃったからな。強くて信頼できる仲間が加わるなら、心強いと思っただけだ」
「アキラくんほどじゃないわ。それに、やっぱり人間同士の争いには関わりたくないのよ」
「その気持ちはわかる。俺もまだ迷ってるからな」
「それでも、戦いに行くのね」
「フレードリヒを殺すかどうかはわからない。だが、俺たちは決着を付けないといけないと思う」
「勝った方が正義だと主張するのは、暴論よ」
「人間は神様じゃないからな。正しいと思うことを主張しても、それが他の人にとっても正しいとは限らない」
ジェシカの表情は硬いままだった。
「そこまで理解していて、それでも自分の正しさを押しつけるために力に訴えるつもりなの」
「フレードリヒがそれを望んでいる以上、もう逃げることは出来ない」
「愚かね……。行ってらっしゃい。人間相手にアキラくんが後れを取るとは思わないけど、気をつけてね」
「ああ」
俺たちは別れて大通りを南門へ向かった。
確かに、大通りも瓦礫の片付けをしながらクリスタルを拾っている人がたくさんいた。
この分なら数日以内に片付けは終わりそう。
南門に着くと、そこには門番がいた。
俺は一応冒険者の証を見せようかと思ったが、
「アキラ殿! あなた方のご活躍、拝見させていただいておりました。女王陛下のこと、本当にありがとうございます」
「いや、別に礼が欲しくてやったわけじゃないさ。俺の疑いも晴らさないといけなかったからな」
「ハッハッハッ! もはや、この国でアキラ殿をスパイなどと疑う者はおりませんよ」
「それじゃ、自由に門を出入りしていいのか?」
「当然です。どうぞどうぞ」
そう言って道を開けてくれたので、俺は冒険者の証を出すことなくそのまま南門を出た。
「……ねえ。そう言えばあまりにもいろんなことが一気に起こったから忘れていたけど、私たちはルーザスさんの新聞でスパイの疑いがかけられていたわよね」
さすがにさっきの会話でエリーネが気付いたか。
「ああ、そんなこともあったな」
「でも、誰も私たちを捕らえようとしないし、そもそも気にも留めていない。ううん、おかしなことはそれだけじゃないわ」
「ほら、きっとみんな魔族の魔法で騙されていたんだろ。俺たちが魔族を倒したから正気に戻ったんだよ」
「女王様への疑いもなくなってる。魔族の魔法は関係ないわ。全ては捏造の新聞による疑心暗鬼が原因だったんだもの」
ここまで来たら二人にはネタばらしをしても良さそうだけど……。
いや、フレードリヒとの戦いの前に、俺たちの結束が揺らぐのはよくないだろう。
何より、二人の口からキャリーに知られる恐れがある。
それだけはまだ避けなければならなかった。
「エリーネ。疑われたままの方がよかったのか?」
「え? そうじゃないけど、どうして疑いが晴れたのかわからないのも気持ち悪いじゃない」
「そんなに理由が大事か?」
「……アキラは、気にならないの?」
さすがにエリーネは頭がいい。
誤魔化すのも限界か。
「わかった。白状しよう。俺はみんなの疑いが晴れた理由を知っている。だけど、それを話すのはフレードリヒとの決着を付けた後にしてほしい。必ず話すと約束するから」
「……約束、ね。それならこの話は終わりでいいわ」
取り敢えずは納得してくれたので、ホッとして飛翔船へ向かった。
そこはある意味すでに戦場のようだった。
飛翔船の真ん中から降ろしてある階段の前で、シャリオットが兵士たちに指示を出して荷物を運び込んだり、部隊編成を行ったりしている。
俺たちのような部外者では、話しかけるだけでも迷惑になりそう。
どうせすることもないし、出来ることもなさそうなので、飛翔船に乗り込もうとしたらルトヴィナに話しかけられた。
「暇そうね」
「……ルトヴィナも何もしていないように見えるけど」
「ちょっと、失礼よ!」
エリーネが窘めるが、俺としては別に皮肉を言ったつもりはない。
同じようにしていたからそう思っただけだ。
「そう。暇なのよ。私も」
だから、ルトヴィナがそう言葉を返したとき、エリーネは少しだけ頭を抱えていた。
「そうですわ。暇な者同士、少し交流を深めませんか? よいお茶菓子があるのです」
「これから戦いに行こうってのにか?」
「ええ、ですから少しでも英気を養っておくべきだと思いませんこと」
これは、断ることは無理だな。すでに暇だと言ってしまっているし。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。誘われますか」
「素直でよろしいわ」
そう言うと、ルトヴィナは飛翔船の中へ入った。
向かったのは、二階の一番奥の船室。
そこは部屋の広さが俺たちの部屋の倍くらいあって、ベッドもタンスも本棚もテーブルも椅子もどれも高級感が漂っていた。
「どうぞ、座って」
俺たちは円形のテーブルを囲む四脚の椅子に座る。
すると、ティーポットとカップをお盆に載せて、ルトヴィナがテーブルに並べ始めた。
「あ、あの! 私、手伝います」
エリーネがたまらず立ち上がってそう言うが、ルトヴィナはほほ笑み返す。
「いいから座っていて。おもてなしをするの、嫌いじゃないのよ」
俺たちの前に用意されたカップにポットから温かい液体を注ぐ。
香りからして、これは俺の世界でいう紅茶のようだ。
「砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
俺はストレートのまま。エリーネはミルクと砂糖たっぷり。ヨミもエリーネのマネをしていた。
一口飲んで、俺の予測が間違っていなかったことがわかった。
この世界にはコーヒーもあったし、紅茶もあるってことか。
そして、その上品な味わいは、部屋のイメージにぴったり合うものだった。
「アキラくん。躊躇いなく飲むのね。毒が入れられてる、とか警戒されるかもと思っていたのだけれど」
「え!?」
今まさにカップに口を付けようとしていたエリーネが固まる。
ヨミは魔物だから毒のことなど頭の片隅にもなかったのだろう。
俺と同じでお構いなしに飲んでいた。
「俺には人間の毒はあまり効果がない。むしろ、率先して毒味をするべきだからな。そういうことを気にする必要がないんだ」
「あら、そうなの」
そう言った割に少しも残念な顔をしていない。何かリアクションを求められたらしいが、あいにく芸人ではないからな。
「それにしても、美味しい紅茶だな」
「ありがとう。こちらもどうぞ」
今度は皿にケーキとフォークを載せて俺たちの前に配った。
空いていた俺の正面の席にもカップとケーキを用意して、ルトヴィナもやっと席に着く。
ケーキは黒く三角形だった。
シンプルな見た目から察するに、チョコレートケーキだろうか。
さっきのルトヴィナの冗談を真に受けたのか、エリーネはフォークで切り分けたケーキを口に運ばず、俺を見ていた。
そういうことこそ失礼に当たるんじゃないかと言いたかったが、ルトヴィナも期待に満ちた眼差しで見ているので、俺が一番にケーキを口にする。
ほろ苦い甘さが口の中に広がる。
シンプルな見た目だが、しっかりと深みのあるチョコレートの味を引き出していた。
これは、俺の世界でも結構値が張るんじゃないかって思うほどの高級ケーキだ。
「俺はそんなに言葉が達者じゃないからな。食べ物の評価は美味いか不味いかしかない。その中で、このケーキは美味しいとしか表現できないな」
俺の言葉を聞いて、やっとエリーネも口に入れる。
目を丸くさせていたから、よほど美味しかったのだろう。
ヨミも黙々と食べている。魔物でも、お菓子のおいしさがわかるんだろうか。
「口に合ったようで何よりだわ。このケーキ私の手作りですから」
「て、手作り!? 女王様の!?」
エリーネは勢いよく立ち上がって、椅子が倒れた。
「魔法だけじゃなくて、お菓子作りも有能と言うことか」
「ただの趣味ですわ。けれど、ありがとうございます」
「女王様の……手作りケーキ……」
エリーネはその言葉のインパクトに、フォークで切り分けたケーキを見つめたまま震えていた。
俺たちはルトヴィナの部屋でお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごした。
そして、
「「出発の準備が整いました! これより飛翔船はフレードリヒの町を目指します!」」
キャリーが王都に帰還報告をした時に使った魔法――ハウリングウェーブだったか。
シャリオットの声もきっとそれで大きくさせたのだろう。
ルトヴィナの部屋の中にいても聞こえてきた。
優雅なお茶会もこれでお開きだ。
「しかし、本当にお茶とお菓子をごちそうになっただけだったな。俺はもっと何か根掘り葉掘り聞かれるかも知れないと思っていたのに」
部屋を出るとき、正直に思ったことを伝えたら。
「それは、戦いが終わった後でお話をする約束ですから」
そう言って、ルトヴィナは変わらぬほほ笑みを向けていた。
「はい、どちら様でしょう」
「どちら様? ハハハッ、これはこれはクラース殿ではありませんか」
「フ、フレードリヒ伯爵」
連絡をしてきた相手は、テロ事件の主犯。
「そのようなみすぼらしい格好で、何をしていらっしゃるのです」
「き、貴様……!」
苦虫を噛みつぶしたような表情のクラースを退かして、キャリーが魔法水晶の前に立った。
「フレードリヒ、なぜ魔物たちに天空の団まで襲わせたのです。彼らはあなたの考えに共感した仲間だったはず」
「仲間? ハハハッ! さすがは国民にお優しい女王様だ。私に仲間などいませんよ。私の目的を果たすために有益だから使ってやっただけのこと。今となっては、もはやただの足手まといでしかない。本当に邪魔なものは敵ではないんですよ。役に立たない味方ほど厄介なものはありませんから。あなた方と一緒に処分してしまおうと思ったんですがね」
その言葉に、天空の団の部隊長たちは白い顔をさせて足下から崩れ落ちた。
彼らにとっては信じていた正義を否定されたようなものだろう。
「あなたの目的とは何なのです? 私から王座を奪い取ることではなかったのですか?」
「それは目的を達成させるための手段の一つに過ぎない。私の目的とは人間世界の統一にあります。人間は全て、魔族との戦争に備えて命を捧げて取り組むべきなのです。そして、私こそが全ての人間を従える英雄となる」
「あなたが英雄ですって? 笑えない冗談ですね。真の英雄とは人々から魔物や魔族から救ったアキラのようなもののことを言うのです。魔物を従えているあなたに、救って欲しいと願う人間はいません」
「ご安心を。私も己の幸せを優先する馬鹿な人間を救うつもりはありません。人類の未来のために貢献できる者だけが生き残れば良いのです」
随分と意識が高いのか、あるいはただの意識高い系か。
人間が優れているのは、多様性だ。
生きる目的がそれぞれ違うから、人間の世界は発展した。
少なくとも、俺の世界はそうだった。
「あんたのやり方じゃ、たとえ魔族に勝っても未来はない。その先に進んだ人間に生きる目的がないからな」
俺はキャリーと並んでフレードリヒに意見を言った。
「面白い冗談を言いますね。今のままではその魔族との戦争すら勝てはしないというのに」
「随分前にも言ったが、このまま主張をぶつけ合うことに意味はないだろ。どうせあんたは俺たちの話を聞くことはない。そして、俺たちもそれは同じだ」
「戦って決着をつける約束でしたからな。今度こそ、金華国などに逃げたりしないでいただきたいですね」
「ああ。もうその必要はなくなったから安心しろ。それと、せっかく王都を魔物から守ったばかりだからな、ここを戦場にするつもりはない。お前の町へ乗り込んでやるから待ってろよ」
「ええ、歓迎しましょう。それでは、楽しみにしています」
そう言って、魔法水晶からフレードリヒの姿が消えた。
すると、キャリーとクラースが同じように大きく息を吐く。
「緊張していたのか?」
「いいえ」「はい」
二人は真逆の答えを同時に言った。
「クラースは宰相でしょ? 伯爵相手にどうして緊張するのよ」
「……よくわからないのです。ですが、何やら嫌な予感が拭えません。記憶にはありませんが、魔族に操られていたときにフレードリヒとの間に何かがあったのでしょうか」
その間、ほとんど逃げ回っていた俺たちに聞かれても困る。
「気にしすぎよ。魔族は倒したんだし、ってことはフレードリヒのそばにいる魔族の分身みたいなのも、もういないはずよね」
「もう女王らしくしなくていいのか?」
「え? あ……」
否定していたけど、キャリーも緊張していたんじゃないか?
そこから解放されて、言葉を取り繕うことも忘れてしまったとか。
「本当に緊張していたわけではありません。ただ、同じ人間なのに、話し合いで理解することが出来ないのだと、改めてそう感じただけです」
失望感からのため息だったってことか。
「まあ、そうだな。一応人間のことを考えているんだから、自分の喜びのために支配しようとしていた金華国の王様よりはマシなんじゃないか」
「同じです。人間の世界を守るためでも、自分にとって都合のいい人間だけが生き残ればいいって言う時点で」
キャリーは静かに怒っていた。
国民の幸せを考えているキャリーにとって、生き方や在り方を押しつけるような奴は迷惑でしかないんだろう。
それに関しては俺も同意見だ。
「それで、いつ出発する? 俺はいつでも良いぜ」
ガーゴイルとの戦いではそれほど消耗していない。
相手が魔族だったとしても余裕を持って戦えるだけのエネルギーがある。
まあ、魔物を操ってはいるが、フレードリヒは人間だ。
本気で戦う必要すらない。
今やキャリーにも多くの仲間がいる。
魔物がどれだけ集まっていても、数でも圧倒できるだろう。
「王国騎士団の再編を終えたらすぐに出ます。シャリオット殿下、飛翔船も使わせていただいてよろしいですか?」
「それは、もちろん」
「ありがとうございます。それでは、今より半日後。戦闘に参加する者は南門の前に止まっている飛翔船に集まってください。一時解散します」
キャリーがそう告げると、ずっと跪いていた人たちが立ち上がり、敬礼した。
そして、キャリーが謁見の間を後にし、それからシャリオットとルトヴィナが揃って城を出た。
他の人たちも次々に城を後にする。
謁見の間に取り残されたのは、俺とヨミとエリーネだけだった。
「俺たちはどうする?」
「私は王都では何もすることがなかったから、休む必要すらないわ」
エリーネはキャリーと一緒にシャリオットの兵隊と王都に入ったから、魔物はほとんど彼らが相手をしたらしい。
「私も、魔法聖霊薬を一本いただければ。特に怪我はしていませんし、疲労も残っていません」
「それは、飛翔船に行けばもらえるだろうし……」
「じゃあ、もう飛翔船に行っちゃう?」
「そうだな」
エリーネの提案を断る理由はなかった。
城を出ると、庭に王国騎士団の獅子の団と天空の団が集合していた。
近衛隊のファルナが指示を出し、部下たちが動き回って騎士と魔道士の混成部隊を編成している。
結構な人数だけど、これを半日でやれとキャリーは指示したわけだよな。
さすがに話しかけられるような雰囲気ではない。
俺たちは脇をすり抜けるようにして城の門をくぐって王都に戻った。
町ではクリスタルの回収作業と建物の修復作業が始まっていた。
「ジェシカじゃないか。何やってるんだ?」
「あら? アキラくん。見ての通り、お掃除ね。今回の魔物のクリスタルは拾ったものの所有物にしていいらしいわよ」
「そうなのか?」
まあ、実際乱戦だったから、誰がどの魔物を倒したかなんて調べようもないか。
「シャリオット殿下――いえ、ホルクレストの国王が王都を襲った魔物のクリスタルは、アイレーリスの復興に役立てるように言ってくれたのよ。だから、町のあちこちで掃除してるわよ」
シャリオットの兵士たちも魔物を倒していたから、彼らがその所有権を主張すると面倒なことになったはずだ。
しかし、同盟国だからという理由だけで、簡単に所有権を放棄できるものなのだろうか。
その辺りのこと、後で本人に聞いてみるか。
「俺たちも拾っておくか?」
俺もヨミもガーゴイルやオークデーモンを結構倒した。多少なりとも権利はあるはずだ。
俺たちには生活費以上の金は必要ないが、エリーネには家族やメイドがいるし。
「ううん。その必要はないわ」
「遠慮しなくてもいいんだぜ。エリーネも戦ってたし」
「そうじゃないの。もう結構拾ってるのよ。飛翔船の上で倒したガーゴイルのクリスタルとか、誰も拾わないから仕方なく」
そう言って布の袋を開けて見せた。
中にはクリスタルがぎっしり入っている。ガーゴイルのだけじゃないな。今まで戦ってきた魔物のクリスタルもたくさんありそうだ。
そう言えば、俺もヨミも倒すだけでクリスタルにはほとんど目を向けてこなかった。
俺が手にしたのはせいぜいミュウのクリスタルぐらいだ。
「こりゃ、余計な心配だったな」
「多分、半年は働かなくても生活できるくらいのお金になると思う」
「今すぐに換金しに行くか?」
「全部終わってからでいいよ」
「それもそうだな」
「ねえ、アキラくんたちはこれからどこへ行くの?」
俺たちの話が終わるのを見計らうように、ジェシカが聞いてきた。
「決まってるだろ。飛翔船に乗ってフレードリヒと決着を付ける」
「そう! あれ、飛翔船っていうの?」
「え? 食いつくところはそっちなのか?」
「当たり前じゃない。私はこの国の政治がどうなろうと興味はないもの。それよりも、あの乗り物の方が興味深いわ」
「フレードリヒとの戦いに参加するなら、乗せてもらえるぜ」
「……意地悪な言い方しないでよ」
「ジェシカの実力を見ちゃったからな。強くて信頼できる仲間が加わるなら、心強いと思っただけだ」
「アキラくんほどじゃないわ。それに、やっぱり人間同士の争いには関わりたくないのよ」
「その気持ちはわかる。俺もまだ迷ってるからな」
「それでも、戦いに行くのね」
「フレードリヒを殺すかどうかはわからない。だが、俺たちは決着を付けないといけないと思う」
「勝った方が正義だと主張するのは、暴論よ」
「人間は神様じゃないからな。正しいと思うことを主張しても、それが他の人にとっても正しいとは限らない」
ジェシカの表情は硬いままだった。
「そこまで理解していて、それでも自分の正しさを押しつけるために力に訴えるつもりなの」
「フレードリヒがそれを望んでいる以上、もう逃げることは出来ない」
「愚かね……。行ってらっしゃい。人間相手にアキラくんが後れを取るとは思わないけど、気をつけてね」
「ああ」
俺たちは別れて大通りを南門へ向かった。
確かに、大通りも瓦礫の片付けをしながらクリスタルを拾っている人がたくさんいた。
この分なら数日以内に片付けは終わりそう。
南門に着くと、そこには門番がいた。
俺は一応冒険者の証を見せようかと思ったが、
「アキラ殿! あなた方のご活躍、拝見させていただいておりました。女王陛下のこと、本当にありがとうございます」
「いや、別に礼が欲しくてやったわけじゃないさ。俺の疑いも晴らさないといけなかったからな」
「ハッハッハッ! もはや、この国でアキラ殿をスパイなどと疑う者はおりませんよ」
「それじゃ、自由に門を出入りしていいのか?」
「当然です。どうぞどうぞ」
そう言って道を開けてくれたので、俺は冒険者の証を出すことなくそのまま南門を出た。
「……ねえ。そう言えばあまりにもいろんなことが一気に起こったから忘れていたけど、私たちはルーザスさんの新聞でスパイの疑いがかけられていたわよね」
さすがにさっきの会話でエリーネが気付いたか。
「ああ、そんなこともあったな」
「でも、誰も私たちを捕らえようとしないし、そもそも気にも留めていない。ううん、おかしなことはそれだけじゃないわ」
「ほら、きっとみんな魔族の魔法で騙されていたんだろ。俺たちが魔族を倒したから正気に戻ったんだよ」
「女王様への疑いもなくなってる。魔族の魔法は関係ないわ。全ては捏造の新聞による疑心暗鬼が原因だったんだもの」
ここまで来たら二人にはネタばらしをしても良さそうだけど……。
いや、フレードリヒとの戦いの前に、俺たちの結束が揺らぐのはよくないだろう。
何より、二人の口からキャリーに知られる恐れがある。
それだけはまだ避けなければならなかった。
「エリーネ。疑われたままの方がよかったのか?」
「え? そうじゃないけど、どうして疑いが晴れたのかわからないのも気持ち悪いじゃない」
「そんなに理由が大事か?」
「……アキラは、気にならないの?」
さすがにエリーネは頭がいい。
誤魔化すのも限界か。
「わかった。白状しよう。俺はみんなの疑いが晴れた理由を知っている。だけど、それを話すのはフレードリヒとの決着を付けた後にしてほしい。必ず話すと約束するから」
「……約束、ね。それならこの話は終わりでいいわ」
取り敢えずは納得してくれたので、ホッとして飛翔船へ向かった。
そこはある意味すでに戦場のようだった。
飛翔船の真ん中から降ろしてある階段の前で、シャリオットが兵士たちに指示を出して荷物を運び込んだり、部隊編成を行ったりしている。
俺たちのような部外者では、話しかけるだけでも迷惑になりそう。
どうせすることもないし、出来ることもなさそうなので、飛翔船に乗り込もうとしたらルトヴィナに話しかけられた。
「暇そうね」
「……ルトヴィナも何もしていないように見えるけど」
「ちょっと、失礼よ!」
エリーネが窘めるが、俺としては別に皮肉を言ったつもりはない。
同じようにしていたからそう思っただけだ。
「そう。暇なのよ。私も」
だから、ルトヴィナがそう言葉を返したとき、エリーネは少しだけ頭を抱えていた。
「そうですわ。暇な者同士、少し交流を深めませんか? よいお茶菓子があるのです」
「これから戦いに行こうってのにか?」
「ええ、ですから少しでも英気を養っておくべきだと思いませんこと」
これは、断ることは無理だな。すでに暇だと言ってしまっているし。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。誘われますか」
「素直でよろしいわ」
そう言うと、ルトヴィナは飛翔船の中へ入った。
向かったのは、二階の一番奥の船室。
そこは部屋の広さが俺たちの部屋の倍くらいあって、ベッドもタンスも本棚もテーブルも椅子もどれも高級感が漂っていた。
「どうぞ、座って」
俺たちは円形のテーブルを囲む四脚の椅子に座る。
すると、ティーポットとカップをお盆に載せて、ルトヴィナがテーブルに並べ始めた。
「あ、あの! 私、手伝います」
エリーネがたまらず立ち上がってそう言うが、ルトヴィナはほほ笑み返す。
「いいから座っていて。おもてなしをするの、嫌いじゃないのよ」
俺たちの前に用意されたカップにポットから温かい液体を注ぐ。
香りからして、これは俺の世界でいう紅茶のようだ。
「砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
俺はストレートのまま。エリーネはミルクと砂糖たっぷり。ヨミもエリーネのマネをしていた。
一口飲んで、俺の予測が間違っていなかったことがわかった。
この世界にはコーヒーもあったし、紅茶もあるってことか。
そして、その上品な味わいは、部屋のイメージにぴったり合うものだった。
「アキラくん。躊躇いなく飲むのね。毒が入れられてる、とか警戒されるかもと思っていたのだけれど」
「え!?」
今まさにカップに口を付けようとしていたエリーネが固まる。
ヨミは魔物だから毒のことなど頭の片隅にもなかったのだろう。
俺と同じでお構いなしに飲んでいた。
「俺には人間の毒はあまり効果がない。むしろ、率先して毒味をするべきだからな。そういうことを気にする必要がないんだ」
「あら、そうなの」
そう言った割に少しも残念な顔をしていない。何かリアクションを求められたらしいが、あいにく芸人ではないからな。
「それにしても、美味しい紅茶だな」
「ありがとう。こちらもどうぞ」
今度は皿にケーキとフォークを載せて俺たちの前に配った。
空いていた俺の正面の席にもカップとケーキを用意して、ルトヴィナもやっと席に着く。
ケーキは黒く三角形だった。
シンプルな見た目から察するに、チョコレートケーキだろうか。
さっきのルトヴィナの冗談を真に受けたのか、エリーネはフォークで切り分けたケーキを口に運ばず、俺を見ていた。
そういうことこそ失礼に当たるんじゃないかと言いたかったが、ルトヴィナも期待に満ちた眼差しで見ているので、俺が一番にケーキを口にする。
ほろ苦い甘さが口の中に広がる。
シンプルな見た目だが、しっかりと深みのあるチョコレートの味を引き出していた。
これは、俺の世界でも結構値が張るんじゃないかって思うほどの高級ケーキだ。
「俺はそんなに言葉が達者じゃないからな。食べ物の評価は美味いか不味いかしかない。その中で、このケーキは美味しいとしか表現できないな」
俺の言葉を聞いて、やっとエリーネも口に入れる。
目を丸くさせていたから、よほど美味しかったのだろう。
ヨミも黙々と食べている。魔物でも、お菓子のおいしさがわかるんだろうか。
「口に合ったようで何よりだわ。このケーキ私の手作りですから」
「て、手作り!? 女王様の!?」
エリーネは勢いよく立ち上がって、椅子が倒れた。
「魔法だけじゃなくて、お菓子作りも有能と言うことか」
「ただの趣味ですわ。けれど、ありがとうございます」
「女王様の……手作りケーキ……」
エリーネはその言葉のインパクトに、フォークで切り分けたケーキを見つめたまま震えていた。
俺たちはルトヴィナの部屋でお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごした。
そして、
「「出発の準備が整いました! これより飛翔船はフレードリヒの町を目指します!」」
キャリーが王都に帰還報告をした時に使った魔法――ハウリングウェーブだったか。
シャリオットの声もきっとそれで大きくさせたのだろう。
ルトヴィナの部屋の中にいても聞こえてきた。
優雅なお茶会もこれでお開きだ。
「しかし、本当にお茶とお菓子をごちそうになっただけだったな。俺はもっと何か根掘り葉掘り聞かれるかも知れないと思っていたのに」
部屋を出るとき、正直に思ったことを伝えたら。
「それは、戦いが終わった後でお話をする約束ですから」
そう言って、ルトヴィナは変わらぬほほ笑みを向けていた。
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